最近、金属ナノクラスター、即ち特に大きさの揃った微細な金属超微粒子は、その化学的および物理的性質がバルクの金属とも金属原子とも異なるとして注目を集めている。高分子に保護された貴金属二元金属ナノクラスターの合成、構造および触媒作用については、本研究室での研究ですでに相当理解が進んできたが、貴金属と軽遷移金属とよりなる高分子保護二元金属ナノクラスターについての研究はほとんど無い。貴金属と軽遷移金属とよりなる二元金属ナノクラスターは、触媒としてのみならず新素材としても興味深いものである。 本研究では、高温でのアルコール還元法を用いて、銅および銅よりもさらに還元されにくいニッケルのような軽遷移金属とパラジウム、白金などの貴金属とよりなる二元金属ナノクラスターを合成し、ニトロベンゼンで代表される一連の水素化反応の触媒として応用すると共に、初めてそれらについてのX線吸収微細構造(XAFS)および表面増強ラマン散乱(SERS)効果の測定を行った。それらの結果とTEM、XRD、XPSなどの測定結果とを総合してナノクラスターの構造を推論した。 1.合成とキャラクタリゼイション1,2) ニッケル/パラジウム二元金属ナノクラスターの合成は次のようにした。まず硫酸ニッケルのエチレングリコール溶液と酢酸パラジウムのジオキサン溶液を所定の割合で混合し、ポリ(N-ビニル-2-ピロリドン)(PVP,K-30,平均分子量40,000)を加え、アルカリ水溶液でpH=9-11に調整した後、窒素気流下で3時間198℃で加熱還流することより安定なニッケル/パラジウム二元金属ナノクラスター分散液を得た。この方法は、Ni含量の多いものも合成できることが特徴で、反応は式(1)のように進む。 ほぼ同様の方法で、銅/パラジウム、ニッケル/白金、鋼/白金二元金属ナノクラスターおよびそれらの単独金属ナノクラスターの合成にも成功した。ニッケルは磁性があるため、ニッケル単独金属ナノクラスターを合成する場合、PVPの量を普通の4倍に増やし、また磁気攪拌を避けて、機械的攪拌を利用した。 軽遷移金属/貴金属二元金属ナノクラスターの構造解析のために、まず、TEMを使って粒径と粒径分布を観察したところ、貴金属分率が20-80%では、粒子の分散状態が非常に良く、均一で、凝集は殆ど見られず、合金化を示唆していた。高分解能電子顕微鏡(HRTEM)観察の結果も、ナノクラスター粒子は合金構造をとっていることを示した。例えば、Ni/Pd二元金属ナノクラスターの場合、平均粒径は1.5-2.3nmの範囲にあり、比較的単分散で微細な粒子であった(図1)。 つぎに、X線回折を利用していくつかの金属ナノクラスターの構造を比較したところ、軽遷移金属/貴金属二元金属ナノクラスターの回折パターンは、軽遷移金属単独および貴金属単独のナノクラスターのものと異っており、また、単独の軽遷移金属および貴金属のナノクラスターの混合物のものとも異っていた。これは、今回合成した二元金属ナノクラスターが軽遷移金属ナノクラスターと貴金属ナノクラスターの簡単な混合物ではなく、合金構造を採っていることを示唆している。 さらに、X線光電子分光(XPS)の測定より、軽遷移金属も貴金属も共に0価に還元されていることが明らかになった。一例としてニッケル/パラジウムナノクラスターのXPS測定結果を図2に示す。この結果もNiは0価であることを示している。Pdが合金化して共存することでNiが酸化されにくくなっていると考えられる。 図表Fig.1 Plots of average diameter(open circle)and standard deviation(closed circle)of Ni/Pd bimetallic nanoclusters vs Ni/Pd ratio / Fig.2 XPS spectra of Ni(2p)region in Ni/Pd(1/1)nanoclusters.2.XAFSによる構造解析2,3) 合金構造の決定に有効な手段であるX線吸収微細構造、いわゆるXAFSを利用して、軽遷移金属/貴金属二元金属ナノクラスターの局所構造を解析した。XAFS測定用試料は、窒素雰囲気下で、二元金属ナノクラスター分散液から溶媒を留去しウルトラフィルターで濾過することより、ナノクラスターの濃縮溶液をつくり、10-50mmのセルにつめて作成した。比較のため、金属箔(単独軽遷移金属箔、単独貴金属箔、軽遷移金属/貴金属の1/9、1/1、および9/1の合金箔)も用いた。XAFS測定は高エネルギー物理学研究所放射光実験施設で行い、透過法で軽遷移金属および貴金属の両エッジを測定した。 銅単独ナノクラスターと鋼/パラジウムモル比4/1,1/1,および1/4の二元金属ナノクラスターのCu-K吸収端のEXAFSスペクトルをフーリエ変換して曲線を得た(図3)。 Fig.3 Fourier-transformed EXAFS spectra at Cu K edge of the colloidal dispersions of PVP-protected monometallic Cu nanoclusters and Cu/Pd bimetallic nanoclusters at Cu/Pd mole ratio=4/1,1/1,and 1/4. 銅単独ナノクラスターの2.1Åの主ピークはCu-Cu結合に帰属できる。二元金属ナノクラスターのCu-Cuピークはパラジウム含量の増加とともに弱くなり、逆にCu-Pd結合に帰属すべき2.5Åの新しいピークがだんだん増加した。従って、銅/パラジウム二元金属ナノクラスターではCu-Cu結合の他にCu-Pd結合の存在することが明らかになった。同様な解析により、ほかの二元金属ナノクラスターの中にも貴金属-軽遷移金属の結合が存在していることを証明した。この結果は、前述のXRD、HRTEMなどのキャラクタリゼイションの結果とよく一致している。また吸収端近傍の微細構造(XANES)より、軽遷移金属/貴金属二元金属クラスター中の軽遷移金属は0価であって、酸化された状態を含まないことも確かめられた。金属-金属間結合の振幅および位相因子を極端に組成の偏った合金箔から抽出したパラメータに固定して、軽遷移金属/貴金属二元金属ナノクラスターのスペクトル成分を詳細に解析することで、各ナノクラスター内の原子間距離と配位数などの構造情報をそれぞれ抽出できる。比較的簡単な解析により、例えば、Cu/Pd二元金属ナノクラスターの場合、銅原子の周りの全体の配位数がパラジウム原子の周りの全体の配位数より大きく、パラジウム原子が銅原子よりナノクラスター粒子表面に優先的に分布する傾向にあることが示唆される。鋼/パラジウム二元金属ナノクラスターがある程度空気酸化に対して安定であるという観察結果も、このEXAFS解析結果と一致していると考えられる。 3.触媒作用2,4) 銅/パラジウム合金ナノクラスターは、銅が触媒となるアクリロニトリルの水和反応とパラジウムが触媒となるオレフィンの水素化の両方の反応に対して触媒活性を示した。このことは銅原子もパラジウム原子も共にナノクラスター粒子の表面に存在することを示唆している。 一方、ニッケル/パラジウム二元金属ナノクラスターを常温、常圧水素下で、工業的に重要なニトロベンゼンのアニリンへの水素化反応の触媒として応用したところ、パラジウムのモル分率が低いと、その初期活性は極めて低く、またパラジウム単独のナノクラスターもそれほど高い触媒活性を示さなかったが、パラジウム分率40-90%のとき、触媒活性は相当高くなり、パラジウム分率が約60%のところで、最も高い触媒活性を示した。この活性はパラジウム単独ナノクラスターの約3.5倍に達した(図4)。 このNi/Pd二元金属ナノクラスターのエタノール分散液をニトロベンゼンの誘導体の還元反応に用いたところ30℃、1気圧水素下で容易にそれらの還元体を得た。この触媒活性はNi/Pd比に依存し、ニトロベンゼンの場合Ni/Pd=2/3で、その誘導体の場合Ni/Pd=1/4で最大活性を示した。また置換基が電子吸引性のものほど容易に還元され、ハメットのと反応速度の間に直線関係が認められた(図5)。 図表Fig.4 Relationship between the metal composition and the catalytic activity of the colloidal dispersions of Ni/Pd bimetallic nanoclusters for the hydrogenation of nitrobenzene. / Fig. 5 Relationship between Hammett constant and the catalytic activity of nitrobenzene derivatives catalyzed by Ni/Pd(1/4)nanoclusters.4.銅を含む二元金属ナノクラスターへの吸着分子のSERSスペクトルによる解析3) これまで、Ag、Au、Cuなどの単独金属コロイドあるいはフィルムを用いたSERSの研究はあったが、二元合金での研究は極めて少ない。最近、我々の開発した還元法を用いて、銅含量の高く、しかも均一で安定な、高分子保護Cu/Pd(4/1)合金金属ナノクラスターの合成に成功した。SERSスペクトルは、金属ナノクラスターの有機配位子による安定化および金属ナノクラスターを用いる触媒反応の機構解明に多くの示唆を与えると期待されるので、吸着分子のラマン散乱を測定したところ、この新しい形の合金ナノクラスターではじめて、相当の強さのSERS効果を観察することに成功した。 実際にp-アミノ安息香酸(1)、チオフェノール(2)、およびビス(3-カルボキシ-4-ニトロフェニル)ジスルフィド(3)のラマン散乱を測定したところ、ラマンシグナル強度は、水溶液中の通常のラマン散乱と比べ約10-30倍増加した。このスペクトルデータから、表面吸着分子の吸着構造を推定できる。すなわち、分子は、S原子またはカルボキシル基のところで吸着し、ベンゼン環は金属表面に対して垂直方向に配向していると推定された。 発表状況 1)Chem.Lett.,1996,729. 2)J.Phys.Chem.,1999,103,9673. 3)Langmuir,1999,15,7980. 4)Bull.Chem.Soc.Jpn.,2000,73,in press. |