本論文は水道水源に発生する悪臭物質を測定するセンサーの開発に関するものであり、5章より構成されている。 近年,全国各地で水道水源や水道水にカビ臭が発生して大きな社会問題となっている。この原因は湖沼やダムなどの中の放線菌やらん藻類の異常増殖である。国内の水道水中の影響を与えているカビ臭原因物質はこれらの微生物が生産する二次代謝物であるgeosrnin(ジオスミン)と2-methylisobomeol(2-メチルイソボルネオール、以下2-MIBと略)である。最近では悪臭も環境汚染の一つと考えられるようになり、その防止が社会的にも強く要望されている。 悪臭は、環境問題の中でも非常に解決の難しいものの一つである。その理由として、臭気を除去することが難しいことが挙げられるが、臭気の測定が難しい点ももう一つの大きな理由である。臭気の計測・評価については、音や光の表現に用いられるような数値化された尺度は未だなく、客観的な表現が不可能である。そのため、今日においても、臭気の評価は、ガスクロマトグラフィーなどの分析機器を用いる方法はあるが、最終的には人間の嗅覚に頼っている。しかし、人間の嗅覚を用いる官能検査は感受性の個人差や順応、疲労などに左右され、結果が環境や生理的、心理的な条件の影響を受けやすい。従って、客観性に乏しく、信頼性が低い。このことから官能検査の代わりとなる臭気の測定方法が望まれている。 そこで本研究では、悪臭物質であるgeosminや2-MIBを高感度かつ選択的に定量し、正確に評価できる測定技術の開発を目的とした。具体的には水晶振動子(Quartz crystal microbalance)上に多孔質炭素膜を形成することによって表面積や吸着能を増やし、膜上に人工脂質を分子認識素子として用いることによって、高感度においセンサーを構築した。次に、人工分子認識素子の合成方法として汎用性のあるモレキュラーインプリンティング法に着目し、これを用いて悪臭物質を選択的に識別する高分子を合成し、得られた高分子をセンサーの素子として用いた。 第1章は緒論であり、本研究の行われた背景について述べ、本研究の目的と意義を明らかにした。 第2章では多孔質炭素膜センサーによる悪臭の測定を行った。高感度化を目指すため水晶振動子の表面に多孔質ナイロン膜を被覆し、その上、スパッタリング法により炭素薄膜を形成した。多孔質炭素膜は多孔質ナイロン膜に比べ2.6倍以上、平板な炭素膜に比べ23倍以上高いメタノールの吸着能を示した。位で分枝したアシル鎖を持つ人工脂質を多孔質炭素膜に積層したところ、においセンサーの応答値は3倍以上に増大した。さらに人の嗅覚試験で用いられる標準におい物質を測定した結果、分枝構造を持つ人工脂質を官能膜として用いたにおいセンサーは、人の嗅覚と同程度の感度を示した。カビ臭原因微生物であるPhormidium tenueを培養し、その培養液のカビ臭である2-MIBをヘッドスペース法により採集し測定した結果、400ng/Lの濃度まで測定可能であった。 第3章では、モレキュラーインプリンティング法で作成した分子認識膜センサーを用いて悪臭の測定を行った。まず、2-MIBを鋳型分子として重合する際の条件を詳細に検討した。鋳型分子と機能性モノマーであるメタクリル酸のモル比1:6.5が最適であることがわかった。また、溶媒としてヘキサンのかわりに極性の高いテトラヒドロフランやクロロホルムを用いたところ、ポリマーの認識能が低下したことから、分子認識が水素結合によって行われている可能性が示唆された。分子識別材料としてモレキュラーインプリンティング法で作成した高分子膜を水晶振動子に被覆したセンサーを作製し、悪臭物質を測定した。それぞれ終濃度で10mg/Lとなるように2-MIBとgeosminを混合した試料を測定した結果、溶媒としてヘキサンを使用した場合2-MIBが濃度40%以上の時、ガスの混合試料の場合は2-MIB濃度が20%以上の時、選択的な応答を得ることができた。 センサーでにおい物質を選択性よく測定した例はほとんどなく、かつモレキュラーインプリンティング法を用いてにおいセンサーを開発したのは本研究が最初である。カビ臭原因微生物であるPhormidium tenueを培養し、その培養液のカビ臭をヘッドスペース法により測定を行った結果、20g/Lの2-MIB濃度を識別し、検出することが可能であった。 第4章では、多孔質膜上にモレキュラーインプリンティング法で分子認識膜を形成させたセンサーを開発し、これを用いて悪臭の測定を行った。本研究ではセンサーを高感度化し、その選択性を上げるため、多孔質ナイロン膜の上に2-MIBを鋳型分子としてモレキュラーインプリンティング法で分子認識膜を合成させた。表面積を広げることで第3章で作製したセンサーより高感度に2-MIBを認識することができた。終濃度が10mg/Lとなるように2-MIBとgeosminを混合して測定した結果、溶媒としてヘキサンを使用した場合、2-MIB濃度が20%以上の時、ガスの混合試料を測定した場合は2-MIB濃度が10%の時、選択的な応答を得ることができた。また、Phormidium tenueを培養し、測定を行った結果、1g/Lの2-MIBを識別し、検出することが可能であった。 第5章は総括であり、本研究を要約して得られた研究成果をまとめた。 |