学位論文要旨



No 114884
著者(漢字) 岸川,善光
著者(英字)
著者(カナ) キシカワ,ゼンコウ
標題(和) ビジネス・ロジスティクスの現状およびその企業業績に及ぼす効果に関する研究 : SCM(Supply Chain Management)の進展を踏まえて
標題(洋)
報告番号 114884
報告番号 甲14884
学位授与日 2000.03.16
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博工第4572号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 廣松,毅
 東京大学 教授 児玉,文雄
 東京大学 教授 堀,浩一
 東京大学 教授 丹羽,清
 東京大学 教授 橋本,毅彦
内容要旨

 近年,米国や日本など先進諸国において,供給連鎖(機能連鎖,情報連鎖,資源連鎖の集合体)の組み替え,すなわちSCM(Supply Chain Management)と関連して,ビジネス・ロジスティクスが脚光をあびている.現実に,ビジネス・ロジスティクスは,企業間の「連合」,企業間の「提携」,企業間の「統合」など,企業間関係の革新を伴って,供給連鎖の組み替えの原動力になっている.

 ビジネス・ロジスティクスを原動力として,企業間関係の革新を実現し,供給連鎖の組み替えに注力している企業の業績は,ほぼ例外なく急激に向上している.なぜこれらのビジネス・ロジスティクスを導入している企業の業績が向上するのであろうか.

 本論文では,SCM(Supply Chain Management)の進展を踏まえて,ビジネス・ロジスティクスの現状およびその企業業績に及ぼす効果について,具体的な事例に基づいて分析した.

 本論文の構成は.次のとおりである.

 第1章では,本論文における問題意識および研究課題を記述した.具体的な研究課題としては,下記の作業仮説を設定し,その検証を試みることに主眼をおいた.

 -作業仮説:ビジネス・ロジスティクスの形態の違いが,ビジネス・ロジスティクスの企業業績に及ぼす効果を規定する.

 第2章では,本論文の分析枠組みの設定を兼ねて,ビジネス・ロジスティクスの基本概念について考察した.

 第一に,ビジネス・ロジスティクスの定義を試みた.すなわち,CLM(Council of Logistics Management:米国ロジスティクス管理協議会)の定義に準拠して,「ビジネス・ロジスティクスとは,顧客のニーズを満たすために,原材料,半製品,完成品およびそれらの関連情報の算出地点から消費地に至るまでのフローとストックを効率的かつ費用対効果を最大ならしめるように計画,実施,統制することである」と定義して議論を進めた.

 第二に,米国および日本におけるビジネス・ロジスティクスの発展経緯について考察した.その結果,ビジネス・ロジスティクスの発展の原動力は,規制緩和の進展と情報通信技術の進展の2つであることが明らかになった.

 第三に,ビジネス・ロジスティクスの基本機能について考察した.ビジネス・ロジスティクスの基本機能は,供給連鎖を組み替えて,供給連鎖の効率性および費用対効果を最大ならしめることである.なお,本論文では,供給連鎖を機能面からみた場合,(1)調達,(2)製造,(3)マーケティング,(4)物流,(5)顧客サービスの5つを主要機能とした.

 第四に,ビジネス・ロジスティクスの基盤としてのネットワークについて考察した.供給連鎖は通常,複数の組織(企業など)にまたがる場合が多いので,組織間ネットワークの構築および運用が極めて重要であることが判明した.

 第五に,ビジネス・ロジスティクスの形態について考察した.本論文では,ビジネス・ロジスティクスの対象である供給連鎖の範囲の広狭とビジネス・ロジスティクスの基盤としてのネットワーク(情報ネットワーク,資源ネットワーク)の種類によって,ビジネス・ロジスティクスの形態を,(1)形態I:部分/クローズド,(2)形態II:全体/クローズド,(3)形態III:全体/オープン,(4)部分/オープン,の4つの形態に分類した.

 第3章では,第2章で考察したビジネス・ロジスティクスの基本概念と分析枠組みに基づいて,ビジネス・ロジスティクスの現状について5つの観点から考察した.

 第一に,ビジネス・ロジスティクスの基盤であるネットワーク(情報ネットワークおよび物流ネットワーク)の現状について考察した.情報ネットワークと物流ネットワークは,ビジネス・ロジスティクスの最大の基盤であるにもかかわらずその整備が遅れている.

 第二に,ビジネス・ロジスティクス機能の現状について考察した.調達機能については,原材料,半製品,完成品の調達先および調達方法の多様化などが進展している.製造機能については,生産-販売モデルから受注-生産モデルへの移行など,従来とはその様相が大きく変化しつつある.マーケティング機能については,ワン・トゥ・ワン・マーケティングなど個客(顧客)ニーズの重視が目立つ.物流機能では,物流機能のアウトソーシングが図られている.顧客サービス機能については,「顧客満足」の充足が大きな経営課題になるに伴って,顧客サービス機能が極めて重視されるようになりつつある.

 第三に,ビジネス・ロジスティクス戦略の現状について考察した.ビジネス・ロジスティクス戦略の中で最も高度とされている「攻撃型-巻込み/インテグレーション型」戦略を採用できる企業は,花王などまだ数少ない.

 第四に,ビジネス・ロジスティクス部門の現状について考察した.現状では,ビジネス・ロジスティクス部門の形態は各社各様に異なっている.しかし,近年では,ロジスティクス・センターが次第に定着しつつある.

 第五に,ビジネス・ロジスティクスに影響を与える外的要因について,(1)ビジネス・ロジスティクス業界,(2)ビジネス・ロジスティクスに関する行政施策,(3)商慣行,の3点について考察した.その結果,業界別の事業法が多大な影響を与えていることが判明した.

 第4章では,ビジネス・ロジスティクスの4つの形態((1)形態I:供給連鎖の部分/クローズド→M社,(2)形態II:供給連鎖の全体/クローズド→花王,(3)形態III:供給連鎖の全体/オープン→ミスミ,(4)形態IV:供給連鎖の部分/オープン→ユニック)ごとに,事例研究を行なった.事例研究では,それぞれの企業について,企業の概要,ビジネス・ロジスティクス基盤,ビジネス・ロジスティクス機能,ビジネス・ロジスティクス戦略,ビジネス・ロジスティクス部門,ビジネス・ロジスティクスに影響を与える外的要因について考察した.

 第5章では,ビジネス・ロジスティクスの企業業績に及ぼす効果について考察した.

 第一に,ビジネス・ロジスティクスの企業業績に及ぼす効果を分析するための枠組みを設定した.

 第二に,ビジネス・ロジスティクスの費用面での効果について分析した.その結果,物流費の低減,調達コストの低減などの効果に加えて,統合,提携,連合など企業間関係の革新を伴って供給連鎖の組み替えを行なうことにより,「取引コスト」(情報コスト,決済コスト,在庫コスト)の低減を中心としたコスト低減効果が得られていることが明らかになった.

 第三に,ビジネス・ロジスティクスの便益面での効果について分析した.便益面での効果としては,ビジネス・ロジスティクスを原動力として,統合,提携,連合など企業間関係の革新を伴って,供給連鎖の組み替えを行なうことにより,産業フロンティアの拡大,事業構造の変革,競争優位の確立,消費時点情報の掌握,需要・供給の調整,財貨の円滑な移動,新事業創出,新業態開発などの効果が得られている.その結果,売上,利益の増大に寄与していることが明らかになった.

 第四に,ビジネス・ロジスティクスの企業業績に及ぼす効果の要因について分析した.具体的には,効果の主な要因として,(1)情報の連結,資源連結を可能ならしめるビジネス・ロジスティクス基盤,(2)統合・一元化された機能,(3)「他との差異」を追及する戦略,(4)販売・物流・生産情報を統合するビジネス・ロジスティクス部門,の4つについて考察した.

 第五に,ビジネス・ロジスティクスの企業業績に及ぼす効果を疎外する要因について分析した.効果を疎外する要因として,(1)ビジネス・ロジスティクス基盤としてのネットワークの整備の遅れ,(2)ビジネス・ロジスティクス機能の不全,(3)ビジネス・ロジスティクス戦略の不全,(4)ビジネス・ロジスティクス部門の不備,(5)ビジネス・ロジスティクスに影響を与える外的要因の不備,(6)ビジネス・ロジスティクス・ネットワークの構築主体の不全,の6点をあげることができる.

 第6章では,第一に,はじめに設定した作業仮説(ビジネス・ロジスティクスの形態の違いが,ビジネス・ロジスティクスの企業業績に及ぼす効果を規定する)に対する検証結果を要約した.

 (1)ビジネス・ロジスティクスの形態I(部分/クローズド)に属する企業では,ビジネス・ロジスティクスの費用面での効果はほとんど得られていない.また,便益面でも,新業態の開発など"新たな価値の創造"に失敗している.

 (2)ビジネス・ロジスティクスの形態II(全体/クローズド)に属する企業では,ビジネス・ロジスティクスの費用面での効果として,物流費の低減が共通している.また,便益面での効果としては,供給連鎖の組み替えによって,新業態の開発や新事業の創出など"新たな価値の創造"によって,売上および利益の増分が見込まれている.

 (3)ビジネス・ロジスティクスの形態III(全体/オープン)に属する企業では,ビジネス・ロジスティクスの費用面での効果として,情報コスト,在庫コストなど「取引コスト」の低減による企業業績への寄与が見られる.また,便益面での効果としては,新業態の開発や新事業の創出など"新たな価値の創造"によって,売上および利益の増分がすでに現実のものになっている.

 (4)ビジネス・ロジスティクスの形態IV(部分/オープン)に属する企業では,ビジネス・ロジスティクスの費用面での効果として,情報コスト,在庫コストなど「取引コスト」の低減が図られている.また,便益面での効果としては,新業態の開発や新事業の創出など"新たな価値の創造"によって,売上および利益の増分がみられる.

 このように,ビジネス・ロジスティクスの4つの形態ごとに考察した結果,ビジネス・ロジスティクスの形態の違いが,ビジネス・ロジスティクスの企業業績に及ぼす効果を規定するという作業仮説は,妥当性を有するといえよう.

 第二に,企業業績を規定する要因としてのビジネス・ロジスティクスの位置付けについて,他の機能との関連性について考察した.

 第三に,ビジネス・ロジスティクス指標の整備などビジネス・ロジスティクスに関する中長期的な研究課題について論述した.

 以上

審査要旨

 本論文は、アメリカや日本などの先進諸国において、供給連鎖(機能連鎖、資源連鎖、情報連鎖の集合体)の組み替え、すなわちSCM(Supply Chain Management)の1つの実現形態としてビジネス・ロジスティクスが急速に広がりつつあるという現状認識に基づいて、ビジネス・ロジスティクスの現状とそれが企業業績に及ぼす効果について分析したものある。

 本論文の特徴は、「ビジネス・ロジスティクスの形態の違いが、ビジネス・ロジスティクスの企業業績に及ぼす効果を規定する」という作業仮説に基づいて、ビジネス・ロジスティクスの4つの形態ごとに、事例研究を通して作業仮説の妥当性について実証的に分析していることである。

 本論文は全6章からなり、A4版で216ページ、本文400字x約630枚の業績である。各章の具体的な内容は、次の通りである。

 第1章は、本論文における問題意識および研究課題を記述している。そして、特に具体的な研究課題として、「ビジネス・ロジスティクスの形態の違いが、ビジネス・ロジスティクスの企業業績に及ぼす効果を規定する」という作業仮説を設定し、その検証を試みるとしている。

 第2章は、本論文で用いる分析枠組みの設定とともに、ビジネス・ロジスティクスの基本概念について考察している。具体的には、ビジネス・ロジスティクスの定義とその発展経緯、ビジネス・ロジスティクスの基本機能、さらにビジネス・ロジスティクスの基盤としてのネットワークについて考察している。その上で、ビジネス・ロジスティクスの形態を、供給連鎖の範囲(全体と部分)とネットワークの種類(クローズドとオープン)によって、4つに分類している。

 第3章は、第2章で考察したビジネス・ロジスティクスの基本概念と分析枠組みに基づいて、ビジネス・ロジスティクスの現状について考察している。現時点では、ビジネス・ロジスティクスの現状に関するデータ・資料およびその分析結果は必ずしも多くはないため、論文提出者の四半世紀に及ぶ経営コンサルタントとしての経験も生かして、(1)ビジネス・ロジスティクスの基盤であるネソトワーク(情報ネットワークおよび物流ネットワーク)、(2)ビジネス・ロジスティクス機能、(3)ビジネス・ロジスティクス戦略、(4)ビジネス・ロジスティクス部門、(5)ビジネス・ロジスティクスに影響を与える外的要因について、詳細に考察している。

 第4章は、ビジネス・ロジスティクスの4つの形態、すなわち形態I:供給連鎖の部分/クローズド→M社、形態II:供給連鎖の全体/クローズド→花王、形態III:供給連鎖の全体/オープン→ミスミ、形態IV:供給連鎖の部分/オープン→ユニックごとに、それぞれの企業について、企業の概要、ビジネス・ロジスティクスの基盤とそれが果たしている機能、ビジネス・ロジスティクス戦略、ビジネス・ロジスティクス組織、ビジネス・ロジスティクスに影響を与える外的要因について事例研究を行っている。

 第5章は、ビジネス・ロジスティクスが企業業績に及ぼす効果を分析するための枠組みを用いて、上記4つの形態ごとに、ビジネス・ロジスティクスが企業全体の費用および便益に与える効果について考察している。さらに、ビジネス・ロジスティクスが企業業績に及ぼす効果を促進する要因およびそれを疎外する要因についても考察している。

 終章の第6章では、第4章および第5章の分析結果に基づいて、第1章で設定した「ビジネス・ロジスティクスの形態の違いが、ビジネス・ロジスティクスの企業業績に及ぼす効果を規定する」という作業仮説が妥当であると結論付けている。最後に、企業業績を規定する要因としてのビジネス・ロジスティクスの重要性とそれを踏まえた今後の中長期的な研究課題を述べている。

 以上が本論文の要旨である。以下、評価を述べる。

 まず第1に、本論文は、ビジネス・ロジスティクスの基本概念とそれを分析するための枠組みを吟味するとともに、ビジネス・ロジスティクスの現状の問題点を明らかにすることに成功しており、学問的な理解の水準を高めたと評価できる。第2に、4つの形態ごとに、成功例だけではなくて失敗例も掘り起こして、ビジネス・ロジスティクスが企業業績に及ぼす効果を詳細に考察しており、他にこれだけ詳細な本格的研究がないだけに先駆的な業績として価値の高いものであると評価できる。しかも、それはビジネス・ロジスティクスに関する国際的な比較にも新たな視座を開く可能性を秘めている。

 もっとも、本論文にも注文をつけるべき点がないわけではない。まず、本論文の結論は主として事例研究の結果に基づいているために、それがどこまで一般化できるのかという問題点がある。また、中長期的課題として示されているビジネス・ロジスティクスに関するデータや指標類に関する考察、そして供給連鎖の組み替えによって生じると考えられる「新たな経済性」の概念に関する考察など、今後に残されている課題も多い。これらについて、もっと突っ込んだ言及があれば、本論文はさらに深みのあるものとなったと思われる。

 このように、改善すべき点が散見されているとはいえ、それによって本論文の価値が損なわれるものではない。本論文は、ビジネス・ロジスティクスの現状およびそれが企業業績に及ぼす効果について、実証的かつ学術的な考察を行っており、新規性およびオリジナリティを十分有すると同時に、この分野に関する研究に新たな1ページを開く貴重な貢献を学界にもたらすものである。

 よって、本論文は、博士(学術)の学位請求論文として合格として認められる。

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