学位論文要旨



No 114885
著者(漢字) 平塚,淳典
著者(英字)
著者(カナ) ヒラツカ,アツノリ
標題(和) 集積型グルコースセンサーの開発
標題(洋)
報告番号 114885
報告番号 甲14885
学位授与日 2000.03.16
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4573号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 輕部,征夫
 東京大学 教授 二木,鋭雄
 東京大学 教授 井街,宏
 東京大学 教授 須賀,唯知
 東京大学 講師 池袋,一典
内容要旨

 生体中のグルコース濃度測定は、血糖値コントロールに代表されるように、糖尿病患者において必要不可欠であり、またそのためのグルコースセンサーの需要も多い。このように患者等が毎日使用することを目的とした医療用グルコースセンサーには以下に記述する機能が備わっていることが必要である。はじめに分析法が迅速であることが要求される。急変した患者の生体成分を迅速に分析し、その病状に対応する処置が取られなければならない。また、患者に負担をかけないためには血液の採取量はできるだけ少ないことが望ましい。特に糖尿病患者の場合、頻繁に血糖値の測定を行う必要があり、分析量の微量化は重要である。同時に日常検査や個人での測定においては、専門家の助けを借りることなく測定できることが望まれ、簡易な測定法であることが求められる。つぎに、目的とする物質を混在する共存物質に影響されず、特異的に測定可能であることが求められる。特に血液などの生体成分中には多種多量の無機物質やタンパク質が含まれ、医療分析ではこれらの共存物質の影響が小さい測定法が求められる。最後に安価であることが求められる。特に使用される頻度が高いほど、安価であることが求められる。

 上記のグルコースセンサーに要求される課題を満たすセンサー開発法として、本研究では半導体加工技術に注目した。半導体加工技術は、一括加工化、微小化、集積化、量産化等の特徴を持つことから、上記の迅速、微量、簡易、正確性と精密度、安価等の要求に応えることが可能である。特に本研究では、まず機械的な駆動部を組み込まないキャピラリー効果による簡易な試料導入システムの開発を行った。また正確性と精密度を高めるために新型微小参照電極の開発と妨害物質排除膜の検討を行った。更に量産化を可能とする酵素固定化担体の開発を行った。最後にこれらの技術を組み込み、集積化したセンサーを開発した。以上、グルコースセンサー開発における、半導体加工技術の可能性を示すことが本研究の目的である。

 第1章は緒論であり、グルコースの従来の測定法及び半導体加工技術を用いたバイオセンサーの開発について、これまで得られている知見をまとめた。

 第2章では電極、キャピラリー一体型グルコースセンサーの開発を行った。一般にバイオセンサーの試料導入法として、機械的、電気的な力を利用した複雑な送液システムが利用されている。本研究では、簡易、迅速測定が可能なセンサーとしてキャピラリー、電極一体型グルコースセンサーを開発した。このセンサーは試料導入のためにキャピラリー構造を持ち、この構造を持つことから電気泳動、ポンプを必要とせず試料導入が可能となる。また、半導体加工技術をデバイス作製に利用することから小型化、大量生産が可能となる。更に、検出には電気化学測定法を利用することから分光学的検出法と比較して微小化、簡素化が可能となる。

 開発したセンサーは、直径2インチのシリコン基板とパイレックスガラスに挟まれた中に16個の一体型センサが放射状に形成されている。2対の白金電極が試料導入、酵素固定化部分を兼ねた溝に一体成形されている。2対の白金電極のうちキャピラリー導入口に近い電極を作用極に、内側の電極を参照、対電極とした。酵素固定化は化学修飾法を用いて基板表面にアミノ基を導入し、その後グルタルアルデヒドによりグルコースオキシダーゼを共有結合的に固定化した。それぞれのキャピラリーは深さ50m、長さ12mm、幅1mmであり、容量0.6Lである。2対の電極面積はそれぞれ1mm2である。

 このセンサーを用いてグルコースを測定した結果、0から200mMまでのグルコース濃度域においてr=0.898の直線応答性が得られた。更にリン酸緩衝溶液を使用してそれぞれのセンサーユニット応答性を測定した結果、S.D.=3.034が得られた。

 第3章では微小参照電極の開発を行った。参照電極の開発は従来、ほとんどが手作業による逐次生産技術によって作製されていた。またいくつかの、微小化参照電極の開発例が報告されているが、これら参照電極としての銀塩化銀電極は、基板上に金属の密着層を介して銀が張り付けられてあり、銀の表面全体が化学的、電気化学的に塩化銀化された構造である。この構造では、外部溶液との接触面積が非常に大きく、高濃度の塩化物イオン(Cl-)存在下、銀の溶解等が観測され参照電極の役割を果たさなくなる。また、実試料中には目的とする物質以外の物質も多数共存し、銀のポテンシャル電位が大きく変動し参照電極としての役割を果たさなくなる。そのため、本研究では高い塩濃度でも安定に機能し、また妨害物質の影響を受けづらい微小参照電極の開発を行った。

 参照電極の構造はシリコンを基盤とし、密着向上膜としてポリイミド膜、電極支持層、銀層、そして溶液保護膜としての上部ポリイミド層である。銀塩化銀は層の脇のみが溶液と接触しており、これによって耐久性と電位安定性が向上した。この改良型銀塩化銀電極を用いて種々の妨害物質を測定した結果、妨害物質中での電位安定性の向上が観測された。

 第4章では酵素固定化重合膜の開発を行った。現在までに酵素を固定化する担体としてはコラーゲンやセルロース、活性化ポリアミド等が報告されている。しかしこれら既存の固定化技術は手作業により行われており、いまだ一つ一つ逐次的に加工する技術が用いられている。前項で量産化が可能な技術として半導体加工技術をバイオセンサー製造技術に取り入れたが、金属やガラス表面上に固定化する技術として、修飾試薬(-APTES)が利用された。この方法は、逐次加工法であり、一般に時間がかかり、また歩留りが悪くなる。このようなセンサー作製上の問題を解決するため、一括加工技術である半導体加工技術を利用した新しい酵素固定化層の開発を行った。

 酵素を化学的に固定化させるための担体として、表面に一級アミノ基を持つ膜を開発することとし、膜作製技術として半導体加工技術であるプラズマ重合法を利用し、プラズマ重合膜の開発と評価を行った。本実験では、種々の窒素元素を持つモノマー分子を使用してプラズマ重合膜を作製し、その膜の性質を評価した。プラズマ重合膜の評価はESCAで行い、重合膜表面元素の割合と一級アミノ基の割合を調べた。その結果、6種類のプラズマ重合膜中、窒素元素の割合と1級アミノ基の割合が多く含まれた物質はエチレンジアミンプラズマ重合膜(窒素比17.9%、1級アミノ基の割合63.7%)とアセトニトルプラズマ重合膜(窒素比20.7%、1級アミノ基の割合31.6%)であった。

 つぎに、プラズマ重合膜の物質排除膜の検討を行った。プラズマ重合膜、特にアセトニトリルプラズマ重合膜は緻密な非結晶の膜であるため物質の大きさによる選択透過が可能である。本実験で検討を行った妨害物質はアスコルビン酸、アセトアミノフェンなど電極活性で、かつ過酸化水素よりも分子量の大きい物質である。そして電気化学法を用いてこれら妨害物質の選択透過能の評価を行った。その結果、それぞれの濃度範囲においてアセトアミノフェンで80〜90%、アスコルビン酸で20〜70%、ドーパミンで50〜80%の物質排除能が得られた。

 また、開発したプラズマ重合膜をグルコースセンサーデバイスに組み込み、評価を行った。作製したデバイスの構造はガラスを基盤とし、密着性向上膜としてヘキサメチルジシロキサン(HMDS)プラズマ重合膜、白金層、アセトニトリルプラズマ重合膜、グルタルアルデヒド、そしてGODである。本章では参照極として市販の銀塩化銀電極を用いた。0から5mMの範囲においてr=0.846、S.D.=7.06、5から20mMの範囲においてr=0.996、S.D.=2.14の結果が得られた。更にグルコース存在下での妨害物質の影響をプラズマ重合膜が組み込まれていないセンサーと比較した結果、アセトアミノフェンと、アスコルビン酸でプラズマ重合膜の妨害物質の排除能が観測された。

 第5章では集積型グルコースセンサーの開発を行った。医療計測を行う場合には、侵襲を最小限にする低侵襲化が要求される。そのため、小型化、集積化したセンサーの開発を行った。更に前項までに開発したキャピラリー効果による試料導入、改良型微小参照電極、そしてプラズマ重合膜を全て組み込み一括作製した、集積化グルコースセンサーの開発を行った。

 開発したセンサーの構造は、下部より対極としての白金電極、クロム層、支持基盤となるガラス、クロム層、白金支持電極層層、参照極用の銀層、作用極、参照極の保護層となるポリイミド層、アセトニトリルプラズマ重合膜、グルタルアルデヒド層、そして最上部がGOD層である。このデバイスを用いて銀塩化銀電極の評価を行った結果、アスコルビン酸、アセトアミノフェン、尿素を添加後の電位変動は全ての物質にわたって+/-5%以下であった。また、グルコースに対する応答性を測定した結果、0から20mMの範囲でR=0.95の結果を得た。更に妨害物質による影響を調べた結果、アセトアミノフェン、アスコルビン酸等の物質排除能が確認された。

 このように半導体加工技術を用いて集積型グルコースセンサーの開発を行い、個別デバイス全ての微小化、集積化を行う事が可能となった。

 第6章は結論であり、本研究で得られた結果をまとめた。

審査要旨

 本論文は集積型グルコースセンサーの開発に関するものであり、6章より構成されている。

 第1章は緒論であり、本研究の行われた背景について述べ、本研究の目的と意義を明らかにしている。

 第2章では、キャピラリー構造を持つ電極一体型グルコースセンサーを開発している。

 本章で開発されたセンサーにおいては、作用電極(面積1mm2)、対極(面積1mm2)の2つの白金電極が、直径2インチのシリコン基板とパイレックスガラスに挟まれたキャピラリー中に放射状に一体成形されていると述べている。それぞれのキャピラリーの深さは50m、長さは12mm、幅は1mmであり、容量が0.6Lになるように設計している。

 このセンサーを用いてグルコースの応答性の評価を行った結果、0から200mMまでのグルコース濃度域において、r=0.898の直線性が得られている。更にリン酸緩衝溶液を使用してそれぞれのセンサーユニットの応答性を測定した結果、標準偏差3.034が得られている。このセンサーは試料導入のためにキャピラリー構造を持ち、この構造を持つことから電気泳動、ポンプを必要とせず試料導入が可能であることを示し、また半導体加工技術をデバイス作製に利用することから小型化、大量生産が可能であると述べている。

 第3章では、センサーの耐久性、安定性を改善するための新規微小参照電極の開発を行っている。精度及び確度の良い測定を行うためには、参照電極の開発が必要であり、また試料中にはしばしば高濃度の塩化物イオン(Cl-)が存在するため、その課題を解決するために耐久性、安定性に優れ、妨害物質の影響が小さいマイクロセンサー用微小参照電極の開発が必要であると述べている。参照電極においてはシリコンを基板とし、密着向上膜としてポリイミド膜、電極支持層、銀塩化銀層、そして溶液保護膜としての上部ポリイミド層を順次、形成させている。銀塩化銀電極のごく一部だけが溶液と接触するように工夫することにより、耐久性と電位安定性の向上を目指している。

 この参照電極の性能評価を行った結果、0.1Mまでの高Cl-濃度下で、24時間以上、安定した電位を保ち続けたと述べている。また種々の妨害物質を測定した結果、電位変動は+/-16mV以下であったと述べている。そして耐久性、電位安定性が、飛躍的に向上し、測定の精度、確度が向上したとまとめている。

 第4章では、信頼性が高く量産化が可能な酵素固定化プラズマ重合膜の開発を行っている。高い精度、確度でのセンサー応答を得るためには、信頼性の高いインターフェース-固定化膜が必要であり、その課題を解決するために薄膜、機能性プラズマ重合膜が必要であると述べている。

 種々のプラズマ重合膜を作製した結果、アセトニトリルプラズマ重合膜が最も多くの表面アミノ基を持つことを明らかにし、酵素固定化担体の開発が可能であると述べている。また膜内部が高度に架橋された不飽和構造を持つ構造であることを示し、物質選択能を評価した結果、アセトアミノフェンで80〜90%、アスコルビン酸で20〜70%、ドーパミンで50〜80%の物質選択能が得られたと述べている。更に酵素(グルコースオキシダーゼ)を固定化し、グルコースの応答性を評価した結果、精度、確度、及び再現性が大幅に向上し、0から60mMまでのグルコース濃度域においてr=0.98の直線性が得られ、アセトアミノフェン、アスコルビン酸等の妨害物質の影響も軽減されたことを報告している。

 第5章では、前項までに開発した技術を全て組み込み、一括作製した、集積化グルコースセンサーの開発を行っている。はじめに医療計測を行う場合には、低侵襲化が要求されるため、小型化、集積化したマイクロセンサーの開発が必要であると述べている。このセンサーの構造が、対極としての白金電極、クロム層、支持基盤となるガラス、クロム層、白金支持電極パターン層、参照極用の銀層、作用極、参照極のパターンとなるポリイミド層、アセトニトリルプラズマ重合膜、グルタルアルデヒド層、そして最上部にGOD層の順に積層されていることを説明している。センサーのサイズは、長さ50mm、幅700mであり、キャピラリー内部に埋め込むことが可能となったと述べている。

 このセンサーを用いて銀塩化銀電極の評価を行った結果、アスコルビン酸、アセトアミノフェン、尿素を添加後の電位変動は全ての物質にわたって+/-5%以下であったと述べている。また、グルコースに対する応答性を測定した結果、0から20mMの範囲でR=0.95の結果が得られ、見かけのミカエリス-メンテン定数、Kmapp=1.68×10-3M、最大応答電流密度、Imax=15.86×10-7Amm2となり、検出感度、及び直線性が向上したと述べている。更にアセトアミノフェン、アスコルビン酸等の妨害物質の影響が軽減したとことを報告している。

 第6章は結論であり、本研究を要約して得られた研究成果をまとめている。

 このように本論文では、半導体加工技術を用いて、バイオセンサーを量産化、集積化するために必要な基盤技術開発を行っている。更にこれら開発した基盤技術を用いた集積化マイクログルコースセンサーデバイスを開発し、グルコースを測定することに成功している。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク