学位論文要旨



No 114886
著者(漢字) サルマ ウサ クマリ
著者(英字)
著者(カナ) サルマ ウサ クマリ
標題(和) アジアの都市、郊外およびリモート地点における大気中非メタン炭化水素の特性
標題(洋) Characterization of Atmospheric Non-methane Hydrocarbons at Urban,Rural and Remote Sites in Asia
報告番号 114886
報告番号 甲14886
学位授与日 2000.03.16
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4574号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 秋元,肇
 東京大学 教授 花木,啓祐
 東京大学 教授 巻出,義紘
 東京大学 助教授 植松,光夫
 東京大学 助教授 梶井,克純
内容要旨

 非メタン炭化水素についてのアジアの都市、郊外およびリモート地点における測定結果から、アジアの対流圏オゾン光化学生成における前駆体物質としての重要性について議論した。本論文は8章から構成されており、第1章はIntroduction and objectives of studyという題目で、大気化学の一般的な概説および非メタン炭化水素の観測についての概観を記述している。また本論文の主要目的についても考察している。アジアにおいてはほとんど観測例の無い非メタン炭化水素の個々の成分について、日変化のパターンを調べまた主要発生源の強さを見積もり大気中でのそれぞれの炭化水素の酸化過程について調べることを主要目的とする。更に長期観測を行いそれぞれの非メタン炭化水素の季節変動を調べ、東アジアにおけるそれらの長距離輸送過程について検討を行い、他の地域での測定結果と比較することによりアジアにおける非メタン炭化水素の特質について議論することも目的とする。第2章はPhotochemistry of NMHC in the troposphereという題目で、対流圏大気中でのオゾンを中心とした光化学理論について詳しく記述しており、その中での非メタン炭化水素の重要性について述べている。第3章はReview on NMHC measurements in the troposphereという題目で、これまで行われてきた郊外およびリモート地域での主に季節変動の測定結果について解説している。第4章はNMHC measurement techniques:Instrumentationという題目で、本研究で用いた測定手法について詳述している。グラブサンプリングされたキャニスター内の大気試料は水素炎イオン化分析器(FID)によるガスクロマトグラフ分析装置を用いたが、その検量線および試料濃縮による検出感度の向上について述べている。分析ではカラム温度プログラム、ガス流量等の最適化により概ね2〜5pptvの検出感度が得られた。第5章はSampling site descriptionという題目で、本研究が行われた八方(長野)、隠岐島(島根)、カトマンズ・ナガラコット(ネパール)および渋谷(東京)の各地点の特質について述べている。第6章では八方の結果について述べている。試料の採集は2週間に一回の割合で1年間(1998年3月から1999年2月)行った。典型的な結果はエタンを例として図1に示すとおり冬に極大また夏に極小を示す特徴的な季節変動パターンを示すことが明らかとなった。これらの季節変動はOHラジカルによる消失反応によると考えられ単純なボックスモデル計算を行いその妥当性について検討した。第7章はStudy of long range transport of NMHC at Oki Islandという題目で、日本の局所的な汚染から免れた中国大陸と日本の間に位置する隠岐島で夏季(7月24日〜8月10日、1998年)に観測された非メタン炭化水素の結果から長距離輸送について検討した。流跡線解析から観測時に隠岐島に飛来する空気塊のパターンは中国を中心とする大陸からのものと、東シナ海から来る清浄な海洋性のものと日本から来る汚染気塊とに分けられることが明らかとなった。それらの発生起源別の平均非メタン炭化水素濃度を図2に示す。明らかに海洋性(M type)の濃度が系統的に低く清浄であることを示す。エタンおよびアセチレンのように比較的大気寿命の長い(約1ヶ月)炭化水素の場合日本(J type)から来ても大陸(W type)から来てもあまり濃度に差異は見られない。しかしC4以上の寿命の短い炭化水素では大陸起源の場合輸送中に淘汰されてしまい、海洋起源の場合とほとんど同じであるが、日本由来の空気ではかなり高濃度であるという興味深い結果が得られた。このことから、夏季においていても日本海域は大陸からの汚染物質の影響が大きいことが明らかとなった。第8章はUrban and rural measurement of NMHC at Kathmandu and Nagarakot,Nepalという題目で、本研究で初めて炭化水素の測定が行われたカトマンズにおける結果およびその郊外に位置するナガラコット(カトマンズから約30km)での測定の結果について述べている。カトマンズ市内の日変化は図3に示すとおりであり、祝祭日に非常に低濃度となりラッシュ時に高濃度となる典型的な都市型の変動を示すことが明らかとなった。また、先進国との比較ということで渋谷(東京)との組成比較を行った。図4に示すとおり、エタンとプロパンの割合がカトマンズの方が低いことが明らかとなった。このことは、日本においては天然ガスの消費が一般的なのに対しネパールでは天然ガスの使用があまり多くないことを示唆していると考えられる。また、ナガラコットでの測定結果とカトマンズでの測定結果の比較からナガラコットでの非メタン炭化水素は主にカトマンズから輸送されたものであることが分かり、その輸送の過程の中でOHラジカルによる消失反応が重要であることが明らかとなった(図5)。

図表Fig.1.Seasonal cycle of ethane observed at Happo. / Fig.2.Average concentration of NMHC observed at Oki Island as categorized by the trajectory types.JP-type,solid circle;M-type,solid diamond;and W-type open circle. / Fig.3.Distribution of ethene,acetylene and n-butane at Putalisadak,Nepal.図表Fig.4.Comparison of Shibuya and Putalisadak / Fig.5.Photochemical aging of alkanes:In(slope of urban/slope of rural)versus difference of OH radical rate constant of HCs with that of n-butane at 291K.
審査要旨

 本論文はアジアの都市、郊外およびリモート地点における大気中非メタン炭化水素の特性についてまとめられたものであり、全体は8章から構成されている。第1章は序章で研究の目的、第2章は対流圏大気中でのオゾンを中心とした光化学理論、第3章はこれまでに行われてきた郊外およびリモート地域での炭化水素の季節変動のレビュー、第4章は本研究で用いられた実験装置・手法、第5章は本研究で用いられた試料サンプリング地点、について述べられ第6章以下が研究結果とその考察である。第6章では八方における非メタン炭化水素の季節変動の解析、第7章は隠岐における長距離輸送の解析、第8章ではネパール・カトマンズの都市および郊外における炭化水素濃度変動について述べられている。

 非メタン炭化水素は窒素酸化物と共に対流圏におけるオゾンの前駆体物質として最も重要な化学種であり、近年注目されているアジアにおける対流圏オゾンの増加トレンドの解析・将来予測を行う上で、アジアにおける非メタン炭化水素の特性を明らかにすることは極めて重要である。しかるにこれまでアジア域においては、十分な地域代表性を持つリモート地点・ルーラル地点における非メタン炭化水素の測定と解析はほとんど行われておらず、本研究はこのギャップを埋めることを主目的としたものである。また、大気汚染が深刻化しているアジアの各都市においては、大気汚染抑止の観点からその発生源を明らかにする意味で非メタン炭化水素の組成を明らかにすることが重要であり、本研究では一つのケーススタディとしてネパールのカトマンズを取り上げている。

 八方における非メタン炭化水素の季節変動(第6章) 東アジアのリモート地点における非メタン炭化水素の季節変動の観測はこれまでに行われていない。本研究では大気境界層の上の自由対流圏下部に位置する長野県・八方ステーション(海抜1840メートル)において、2週間に1回の割合で1年間にわたって、大気のキャニスターサンプリングを行い、その分析を行っている。その結果はエタンを初めとするアルカン類については、冬に極大、夏に極小を示す特徴的な季節変動パターンを示すことが明らかとなった。これらの季節変動は、OHラジカルによる消失反応を考慮した単純なボックスモデル計算結果と良い対応を示すことが明らかにされた。一方大気寿命の短いアルケン類については、周期的な季節変動は得られず、近傍からの放出源の影響が大きいものと考えられた。

 隠岐における非メタン炭化水素の長距離輸送(第7章) 局所的な汚染の影響を受けないと思われる隠岐ステーションにおいて、夏期に2週間余りにわたり、一日に何回かのサンプリングを行い、非メタン炭化水素の組成分析を行った。測定結果について、後方流跡線解析手法を用いて、長距離輸送の影響についての考察を行った。流跡線解析から隠岐に飛来する空気塊のパターンは、中国からの大陸性気塊、東シナ海方面を通過してくる海洋性気塊、元は海洋性であるが日本上空を通過してくる気塊との三種類に大別されることが分かった。海洋性気塊中の非メタン炭化水素濃度は他に比べて低く、最も清浄であることが確認された。エタンおよびアセチレンのように比較的大気寿命の長い炭化水素の場合には、大陸性気塊と日本通過気塊との間でほとんど濃度差が認められないが、C4以上の寿命の短い炭化水素では大陸性気塊中の濃度は、輸送途中の反応により消失するため、日本通過気塊中にくらべはるかに濃度が低く、海洋性気塊中とほとんど同じ濃度であることが明らかとなった。

 カトマンズにおける非メタン炭化水素の組成(第8章) カトマンズの市内およびそこから約30キロメートル離れた山岳地帯に位置するナガラコットにおいて、炭化水素の分析を行った。カトマンズ市内においては、平日のラッシュアワーに高濃度となり、祝祭日には低濃度となる自動車排気ガス起源の典型的な都市型の時間変動が見られた。また先進国との比較の意味で東京・渋谷での炭化水素組成との比較を行い、エタン、プロパンの濃度比がカトマンズの方が低いことが明らかとなった。このことはカトマンズでは自動車用燃料としてプロパンガスの使用がほとんど行われていないためと考えられた。またナガラコットでの非メタン炭化水素は、主にカトマンズから輸送されたものであることが分かり、輸送過程でのOHラジカルによる消失が重要であることが明らかとなった。

 なお、第6-8章は秋元研究室のスタッフらとの共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると認められる。

 よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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