学位論文要旨



No 114898
著者(漢字) 山本,紳一郎
著者(英字)
著者(カナ) ヤマモト,シンイチロウ
標題(和) ヒト体肢筋における短潜時及び長潜時伸張反射感受性の機能的調節
標題(洋) Functional modulation of the sensitivity of short- and long-latency stretch reflexes in human limb muscles
報告番号 114898
報告番号 甲14898
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第240号
研究科 総合文化研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大築,立志
 東京大学 教授 福永,哲夫
 東京大学 教授 石井,直方
 東京大学 助教授 深代,千之
 国立身体障害者リハビリテーション研究所 部長 矢野,英雄
内容要旨

 機械的伸張刺激によって生ずる伸張反射は,筋長を不随意的に自動制御するサーボ機構を備えている.そのため,伸張反射は,種々の運動課題における運動制御に重要な役割を果たしていると考えられている.

 機械的伸張刺激による伸張反射は,一連の筋電図応答を引き起こすことが知られており,潜時の違いにより短潜時反射(M1)と長潜時反射(M2,M3)に分類される.M1は,Ia群求心性線維(group Ia)からの単シナプス性脊髄反射とされるが,M2,M3の機序については,まだ未解明な点が多い.しかしながら,近年,手指筋のM2が大脳皮質経由であり(Goodin et al.,1990;Capaday et al.,1991;Thilmann et al.,1991;Palmer and Ashby,1992),下腿筋のM2が伝導速度の遅いII群線維(group II)からの多シナプス性脊髄反射であること(Dietz et al.,1985;Corna et al.,1995;Schieppati et al.,1995;Schieppati and Nardone,1996;1997)が示唆されている.すなわち,上肢筋と下肢筋では,その機能の違いから反射経路が異なることが示唆されている.

 本研究では,上肢筋と下肢筋の短潜時及び長潜時伸張反射について,その機序と機能との関連について検討するため,5つの実験を行った.

 以下に,その実験結果及び論議を示す.

 1)異なる関節角度における肘関節屈筋群の伸張反射について調べた.短潜時及び長潜時反射は,関節角度変化に依存した変化を示した(図1).共同筋である上腕二頭筋(BB)と腕橈骨筋(BR)の長潜時反射は,異なる角度依存性を示した.BRの伸張反射の角度依存性は,推定される実質的な筋紡錘への伸張刺激強度と一致するため,反射の調節が刺激強度をそのまま反映しているのではないかと考えられた.しかしながら,BBの伸張反射,特にM2の角度依存性は,推定される筋紡錘への刺激強度と全く一致しないため,上位中枢の反射調節が関節角度によって異なると考えられた.この筋間の伸張反射調節の違いは,力学的有利性の違いから,補償トルク発揮に有利な筋の反射を選択的に高めているのではないかと考えられた.すなわち,同じ筋機能を持つ共同筋内でも異なる伸張反射調節がなされることが示唆された.

Fig.1 Mean EMG magnitudes and SEs of each reflex response in each muscle.The astarisks indicate a significant difference(p<0.05)between elbow angles.

 2)1)の実験では,筋紡錘への刺激強度が正規化できないため,同じ関節に作用する筋でも直接的な伸張反射の振幅を比較できないことが問題であった.そのため実際の関節角度変化に対する筋線維長変化を超音波法によってin vivoに計測し、伸張刺激強度を定量化した.この伸張刺激強度から、刺激入出力関係による反射感受性の分析方法を開発した.これまでの屍体データを使ったモデルによる強度推定は妥当でないことが示唆された(図2).この手法により,これまで検討されていなかった異なる筋間の反射感受性の比較が可能となった.

Fig.2 Comparison of muscle(fiber)length changebetween the results of present study and previous studies.

 3)肘関節屈筋群及び伸筋群の伸張反射感受性を比較した.その結果,肘屈筋群・伸筋群の反射感受性は,M1よりM2,M3で大きかった.また,肘伸筋群の反射感受性が,屈筋群より大きいことが明らかになった(図3).すなわち,肘屈筋群及び伸筋群では,上位中枢の影響が強い反射感受性調節がなされていることが示唆された.また,肘伸筋では,力学的有利性が小さく補償トルク発揮に不利であることから,反射感受性が高められていると考えられた.

Figure 3 Mean and SE of the partial regression coefficient(slope)and X-intercept for each independent variable(MSV and BGA)of multiple linear regression analysis.Thick bracket represents statistical between muscle groups.Thin bracket represents statistical significane between each muscle.*:p<0.05

 4)足関節屈筋群及び伸筋群の伸張反射感受性を比較した.その結果,足関節伸筋群の反射感受性は,M2よりM1で大きく,上肢筋と逆パターンであることがわかった(図4).また,足関節屈筋群の反射感受性は,伸筋群より小さく,M1とM2で変わらなかった.すなわち,反射感受性調節は,足関節屈筋・伸筋で異なることが明らかになったとともに,上肢筋と下肢筋で大きく伸張反射感受性調節が異なることが定量的に明らかになった.足関節伸筋群は抗重力筋であり,屈筋とも機能的に大きく異なるため,異なる感受性調節がなされていると示唆された.

Figure 4 The mean and SE of slope and X-intercept for each independent variable of multiple linear regression analysis.§:p<0.05 between ankle flexor and extensors,*:p<0.05 among synergistic muscles.

 5)刺激タイミングの予測が肘関節屈筋群及び伸筋群の伸張反射感受性に及ぼす影響を検討した.予測によって肘関節屈筋・伸筋の伸張反射感受性(特にM2,M3)が影響を受けることが明らかになり,タスクに依存した機能的な反射感受性調節がなされていることが示唆された.

 本論文によって,異なる筋間の伸張反射感受性の比較検討を可能にした.また,特に上肢筋と下肢筋で伸張反射の感受性調節が大きく異なっていることを定量的に示すことができた.短潜時及び長潜時伸張反射は,機能やタスクと密接な関係があり,合目的的な機能的感受性調節がなされ,ヒトの円滑な運動制御に寄与していることが示唆された.

審査要旨

 本論文は、骨格筋の伸張を刺激として生ずる伸張反射の感受性を、ヒトの上肢及び下肢の種々の筋について詳細に調べ、各々の筋における伸張反射短潜時成分と長潜時成分の比較から、個々の筋の神経生理学的機能特性を明らかにし、長潜時成分と高次脳機能との関わりに関する新しい知見を呈示した意欲作である。

 骨格筋の急激な機械的伸張は、伸張反射とよばれる一連の筋電図応答を引き起こすことが知られており、潜時の違いにより短潜時反射(M1)と長潜時反射(M2,M3)に分類される。M1は、Ia群求心性線維(group Ia)から直接脊髄運動ニューロンにインパルスが伝達される単シナプス性脊髄反射とされるが、M2、M3の機序については、まだ未解明な点が多い。しかしながら近年、いくつかの研究により、手指筋のM2が大脳皮質経由であり、下腿筋のM2が伝導速度の遅いII群線維(group II)からの多シナプス性脊髄反射であること、すなわち、上肢筋と下肢筋ではその反射経路が異なる可能性が示唆されている。

 本論文は、このような研究状況を背景として学位申請者が行った5つの実験の成果を第2章から第6章までの各章にまとめ、研究史及び研究の目的を第1章、総括論議を第7章に加えて構成されている。

 第2章(Differential angle-dependent modulation of the long-latency stretch reflex responses in elbow flexion synergists)に示された実験では、異なる関節角度における肘関節屈筋群の伸張反射について調べ、上腕二頭筋(BB)と腕橈骨筋(BR)の長潜時反射が、共同筋でありながら互いに異なる角度依存性を示すことを明らかにした。そのメカニズムとして、BRの伸張反射の角度依存性は、これまで提示されている筋骨格モデルから推定される各関節角度での実質的な筋紡錘への伸張刺激強度と一致するため、反射強度が刺激強度をそのまま反映している可能性があるが、BBの伸張反射長潜時成分、特にM2の強度は、筋紡錘への刺激強度と全く一致しないため、上位中枢からの特別な調節によって外乱に対する補償トルク発揮に有利な筋の反射を選択的に高めるという合目的的な反射調節機構が存在することが明らかとなった。

 第3章(In-vivo measurements of muscle fiber length for calculating the sensitivity of stretch reflex responses)では、この成果をふまえてさらに研究を発展させるために、これまで不可能であった異なる筋間の反射感度の直接比較を可能にする方法を探り、関節角度変化ではなく実際の筋線維長変化を超音波法によってin vivoに計測し、伸張刺激強度の定量化を試みている。その結果、これまでの屍体データを使ったモデルによる刺激強度推定は妥当でないことが明かとなった。

 第4章(Stretch reflex sensitivity in elbow flexor and extensor muscles)では、肘関節屈筋群及び伸筋群を比較し、肘関節屈筋群・伸筋群とも、反射感受性は、M1よりもM2、M3の方が大きいことを明らかにした。また、第3章の方法で筋間比較を行った結果、肘伸筋群の反射感受性が、屈筋群より大きいことが明らかになった。すなわち、肘関節伸筋は、力学的有利性が小さく補償トルク発揮に不利であることから、反射感受性が高められていると考えられた。

 第5章(Stretch reflex sensitivity in leg muscles)では、足関節屈筋群及び伸筋群の伸張反射諸成分の感受性を比較した結果、足関節伸筋(腓腹筋、ヒラメ筋)の反射感受性は、M2よりM1で大きく、第4章に示された上肢筋と逆のパターンであることがわかった。また、足関節屈筋(前頸骨筋)の反射感受性は、M1とM2で変わらなかった。すなわち、伸張反射感受性調節は、足関節屈筋・伸筋間で異なること、及び上肢筋と下肢筋とで異なることが明らかになった。足関節では脊髄反射であるM1が優位であるという事実は、足関節伸筋群が抗重力筋であり、立位姿勢の保持や歩行において身体を支えるために無意識的に活動する筋であるという機能的特性とよく一致している。これに対して第4章に示されたように、上肢では長潜時成分(M2、M3)の方が優位であるという事実は、上肢の筋が日常生活において意識的動作に多用されることを考えると、長潜時成分の高次脳機能との強い結びつきを示すものと解釈でき、極めて興味深い。

 第6章(Effects of time prediction on sensitivity of short- and long-latency stretch reflex responses)では、予測という高次脳機能を要するタスクを賦課することによって、反射成分の機能的調節をさらに深く追究している。その結果によると、伸張刺激のタイミングが予測できる場合には、肘関節屈筋群及び伸筋群の伸張反射長潜時成分(M2、M3)の感受性が、伸張に対する対応動作の指示に応じて合目的的に修飾されることが明かとなった。

 本論文によって、上肢筋と下肢筋で伸張反射の感受性調節は大きく異なっており、短潜時及び長潜時伸張反射は、筋の機能やタスクと密接な関係を保ちつつ合目的的な機能的感受性調節を受け、ヒトの円滑な運動制御に寄与していることが明かとなった。

 審査会においては、これらの内容について申請者に対する質疑が行われ、第3章の筋線維伸張速度の算出法に及びそれを用いた第4章、第5章の筋間での感受性直接比較の部分に関して若干の批判的意見が提示されたが、同一筋内での反射成分間の比較にもとづく本論文の主旨を損なうものではなく、論文全体としてはヒトの運動における伸張反射の機能的役割に関する新しい知見を提示しているものとして、博士(学術)の学位を授与されるに相応しい業績であると判定された。

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