学位論文要旨



No 114900
著者(漢字) 久保,啓太郎
著者(英字)
著者(カナ) クボ,ケイタロウ
標題(和) ヒト生体における腱組織の弾性特性が身体運動に及ぼす影響
標題(洋) Effect of elastic properties of tendon structures on human movement
報告番号 114900
報告番号 甲14900
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第242号
研究科 総合文化研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 福永,哲夫
 東京大学 教授 大築,立志
 東京大学 助教授 深代,千之
 東京大学 教授 石井,直方
 東京大学 助教授 金久,博昭
内容要旨 緒言

 筋・腱複合体(MTC)は、収縮要素(筋線維)と弾性要素(主に腱組織)で構成されている(Hill1964)。身体運動のパフォーマンスや機械的効率は、収縮要素のみならず弾性要素の機能的特性により影響されることが知られている(e.g.Cavagna1977)。これまで、ヒトの身体運動における弾性要素の機能的役割に関する研究は、関節角度測定や床反力測定などの身体外部から測定されるパラメータを通しての推定が主であった(e.g.Komi and Bosco 1978)。一方、腱組織(腱及び腱膜)の弾性特性に関する研究は、動物やヒト屍体を用いて行われ、その結果を身体運動に適用することが一般的であった(e.g.Woo et al.1981)。しかし、ヒトの腱組織の特性をin vivoで把握することは身体運動のメカニズムの解明のためには必要不可欠である。なぜなら腱組織の形状や機能は、動物とヒトでは異なり、また生体と屍体とでは異なるからである。

 そこで本研究では、超音波断層法を用いて、筋収縮中のMTC動態を観察することにより、ヒト生体における腱組織の弾性特性を定量化し(研究1)、腱組織の弾性に及ぼす運動、トレーニング及び身体不活動の影響を検討した(研究2)。さらに、ヒトの身体運動でよくみられる伸張-短縮サイクル運動における筋線維及び腱組織の動態を観察することにより、運動中の腱組織の機能的役割について検討した(研究3)。

研究1ヒト生体における腱組織の弾性特性の定量化

 腱組織は弾性体であるため、筋の収縮張力により伸張されることが考えられる(Griffiths 1991)。このことは関節を固定した状態(MTCの長さを一定)でも、筋の張力発揮(いわゆる等尺性筋力発揮)が、腱組織を伸張させることを示唆する。そこで、「等尺性」の膝伸展及び足底屈動作(関節を固定)で、安静から最大随意収縮(MVC)までランプ状に力発揮を行った時の腱組織の伸張量を超音波画像から実測した。その結果、腱組織の張力-伸張量関係は先行研究で報告されている動物やヒト屍体から得られた結果(e.g.Woo et al.1981)と同様に、低い張力レベルでは伸張量が大きく、ある一定の張力レベル(50%MVC)以上では両者の間には直線関係がみられた。本研究では、50〜100%MVCの範囲内における両者の回帰直線の勾配を各個人のステイッフネス(N/mm)として算出した。さらに、張力上昇中及び下降中の張力-伸張量曲線よりヒステリシス(%)を計算した。

 その結果、膝伸展及び足底屈動作のいずれにおいてもステイッフネス及びヒステリシスはともに摘出腱で報告されてきた先行研究の値の範囲内にあった(e.g.Ker 1981)。また、測定されるステイッフネスやヒステリシスは筋張力変化速度に影響されないことが確認された。しかし、腱の横断面積及び長さから推定されたストレス-ストレイン関係から算出されたヤング率は膝伸筋群及び足底屈筋群ともに250〜280MPaとなり、摘出腱を用いた先行研究で報告されている値(600〜1500MPa)に比して低い傾向が認められた。その原因として腱膜(aponeurosis)の影響が考えられた。

研究2弾性特性の可塑性

 ヒト生体における腱組織の弾性特性は、継続的なトレーニングや発育により影響されることが考えられる。そこで、(1)運動前後の比較(2)陸上競技短距離選手と長距離選手の比較(3)トレーニング前後の比較(4)ベッドレスト前後の比較(5)成長期児童と成人との比較、以上の5実験を行った。

実験1筋収縮を繰り返した場合の腱組織の変化

 様々な運動強度及び持続時間を組み合わせた等尺性膝伸展運動を反復したときの外側広筋(VL)の腱組織の弾性特性(ステイッフネス)に及ぼす影響を調べた。運動は、(1)100%MVC1秒収縮×150回、(2)100%MVC3秒収縮×50回、(3)50%MVC6秒収縮×50回の3条件であった。その結果、100%MVC3秒収縮×50回条件及び50%MVC6秒収縮×50回条件では運動後にステイッフネスが低下する傾向がみられた。しかし、100%MVC1秒収縮×150回では運動の前後で変化がみられなかった。従って、運動持続時間の長い条件の方が、短時間(1秒)の筋収縮によるものよりも腱組織への影響が大きいことが窺えた。

実験2陸上競技短距離及び長距離選手における下肢筋群の腱組織の弾性特性

 VL腱組織の弾性特性は、スプリントトレーニングや持久走トレーニングにより変化することが予想される。そこで、陸上短距離選手、長距離選手及び一般成人のVL腱組織の弾性特性を比較した。その結果、高強度トレーニングを実施している短距離選手の腱組織の最大伸張量(41.3±2.6mm)は一般成人(33.3±4.2mm)よりも有意に大きかった。逆に、持久的な走トレーニングを実施している長距離選手の腱組織のステイッフネス(66.2±10.8N/mm)は一般成人(56.0±12.9N/mm)よりも有意に高い値を示した。これらの結果は、動物実験による先行研究の結果を支持するものであった。例えば、Tipton et al.(1975)は持久走トレーニングを実施したラットの腱組織のステイッフネスは増加したが、スプリントトレーニングを実施した群では変化がみられなかったことを示している。同様に、中川ら(1988)は持久走トレーニングを実施したラットの腱コラーゲン線維は肥大したものの、ジャンプトレーニングを実施した群では変化が認められなかったことを報告している。従って、これらの結果は、腱組織のステイッフネスがトレーニングにより変化し、その適応がトレーニング様式により異なることを示唆するものである。

実験3トレーニングが腱組織の弾性特性に及ぼす影響

 一定期間のトレーニングが腱組織の弾性特性に及ぼす影響を明かにするためにトレーニング実験を実施した。力発揮レベルを同一(70%MVC)にして、1回の収縮時間が1秒×150回(トレーニングI)と20秒×4回(トレーニングII)の2条件のトレーニングを行った。トレーニングは等尺性の膝伸展運動であり、週4回、12週間実施した。その結果、筋体積及びMVCは両群ともに有意に増加する傾向を示したが、の増加率に両トレーニング間で有意な差は認められなかった。一方、VL腱組織のステイッフネスは、トレーニングIIでは有意な増加(67.5→106.2N/mm;58%)を示したが、トレーニングには増加傾向はみられたが(67.3→79.1N/mm;18%)、統計的に有意ではなかった。このことは実験1でみられたように、一過的に筋収縮を繰り返した場合に1回の運動持続時間の長い方が腱組織への影響が大きい結果と一致するものである。逆に、1秒収縮といった短時間の筋収縮では腱組織に及ぼす影響は小さいことが示唆された。

実験4ベッドレスト(身体不活動)が腱組織の弾性特性に与える影響

 身体不活動を継続した場合に腱組織の弾性特性が変化することが考えられる。そこで、20日間のベッドレスト前後にVL腱組織のステイッフネスを調べることにより、身体不活動が腱組織の弾性特性に及ぼす影響を検討した。その結果、ベッドレストにより膝伸筋群のMVC及び筋体積はそれぞれ15%及び8%の有意な低下を示した。一方、腱組縄の張力-伸張量関係からみると、ベッドレストにより、同じ張力発揮時における腱組織の伸張量が大きくなる傾向を示した。腱組織のステイッフネスは、ベッドレストにより52.6N/mmから35.5N/mmに有意な低下を示した。また、このような身体不活動にともなうステイッフネスの低下は、関節運動における力発揮速度を低下させ、Electromechanical delayを延長させていることが示唆された。

実験5成長期児童の腱組織の弾性特性

 小学生(11.0±0.8歳)、中学生(14.0±0.8歳)及び成人(24.6±3.8歳)についてVL腱組織の弾性特性を比較した。ステイッフネスは、小学生(24.8±4.5N/mm)が最も低く、次いで中学生(34.8±7.1N/mm)、さらに成人(56.0±12.9N/mm)であり、各群間に有意な差が認められた。一方、「ストレス(腱張力/筋横断面積)-ストレイン(腱伸張量/腱長)」関係から、0.35MPa以上の力発揮レベルにおけるストレインをみると、小学生が他の2群に比して有意に高い値を示した。一方、中学生と成人の間には差がみられなかった。これらの結果より、成長期児童におけるVL腱組織はコンプライアントであることが示された。

研究3身体運動における貢献

 歩・走・跳などの身体運動の成績は、腱組織の粘弾性特性の影響を受けることが考えられる。そこで、各種身体運動中の腱組織の動態を明かにするために以下の3実験を行った。

実験1足関節屈伸運動中のMTC動態

 身体運動中に関節は屈曲・伸展を繰り返す。このとき、関節の動きと筋線維長変化とは必ずしも一致しないことが考えられる。そこで、直立姿勢で背屈-底屈運動を2種類の異なる速度(低速運動;0.3Hz,高速運動;1.0Hz)で実施し、そのときの腓腹筋内側頭(MG)の筋線維長を実測した。低速運動では、関節角度変化と筋線維長変化は同期して変化する傾向がみられた。しかし、高速運動では、背屈から底屈に動作がきりかわった直後に筋線維長はほぼ一定の値を示し(等尺性収縮)、この間に腱組織の急激な短縮が観察された。すなわち、背屈から底屈に動作がきりかわった直後、腱組織の急激な短縮により筋線維の短縮速度を低くし、「張力-速度」関係において筋線維の張力発揮を効率的なものにしていることが示唆された。

実験2歩行中のMTC動態

 歩行中に下腿三頭筋は伸張と短縮を繰り返す。トレッドミル上を歩行中(3km/h)、接地期前半に身体重心は減速し、接地期後半には加速がみられた。加速期にMGの筋放電量の増加がみられたが、この時にMGの筋線維長はほぼ一定の値を示し、MGの等尺性収縮が観察された。一方、この間に腱組織の伸張がみられた。離地にかけては急激な腱組織及び筋線維の短縮がみられた。筋収縮の機械的パワーを算出した結果、歩行中におけるMG筋線維の発揮パワーはほぼ0であり、一方、腱組織は伸張パワーの直後に短縮パワーを示した。すなわち、MG筋線維はほぼ等尺性収縮張力により歩行動作を遂行していることが明らかになった。

実験3ジャンプパフォーマンスに及ぼす腱組織の弾性特性の影響

 垂直跳動作における反動動作の効果は、腱組織の弾性特性により影響されることが考えられる。そこで本実験3では、VL腱組織のステイッフネスと跳躍高との関係をみた。その結果、反動を伴わないジャンプ(SJ)及び反動を伴うジャンプ(CMJ)の跳躍高とステイッフネスとの間には有意な相関関係がみられなかった。しかし、(CMJ-SJ)/SJ比とステイッフネスとの間には統計的に有意な相関関係がみられ(r=-0.46,p<0.05)、反動動作の効果が大きい人はステイッフネスが低い傾向がみられた。

 以上の結果から、ヒト生体における伸張-短縮サイクル運動において、腱組織の粘弾性特性によりMTC動態が合理的になされていることが明らかになった。

まとめ

 本研究により、ヒト生体の腱組織のステイッフネス及びヒステリシスを計測するための方法として、リアルタイム超音波断層法が有用であることが確かめられた。一般成人の外側広筋及び腓腹筋内側頭の腱組織の弾性特性を測定した結果、屍体の摘出腱よりもコンプライアントであることが明らかになった。また、跳躍などの伸張-短縮サイクル運動の成績は腱組織のステイッフネスが低いほど良いことが明らかになった。さらに、トレーニング、身体不活動及び発育に伴い、腱組織のステイッフネスは変化することが示された。

審査要旨

 本論文「Effect of elastic properties of tendon structures on human movement:ヒト生体における腱組織の弾性特性が身体運動に及ぼす影響」は、超音波断層法を用いて、筋収縮中の筋・腱複合体(MTC)の動態を観察することにより、ヒト生体における腱組織の弾性特性を定量し、腱組織の弾性に及ぼす運動、トレーニング及び身体不活動の影響を検討したものである.又,ヒトの身体運動でよくみられる伸張-縮サイクル運動における筋線維及び腱組織の動態を観察することにより、運動中の腱組織の機能的役割について検討した。これらの研究から得られた知見は、身体運動科学における研究の新しい方向を示すものとして注目される。

 本論文は以下のようにまとめられる。

研究1ヒト生体における腱組織の弾性特性の定量

 腱組織は弾性体であるため、筋の収縮張力により伸張されることが考えられる(Griffiths1991)。このことは関節を固定した状態(MTCの長さを一定)でも、筋の張力発揮(いわゆる等尺性筋力発揮)が、腱組織を伸張させることを示唆する。そこで「等尺性」の膝伸展及び足底屈動作(関節を固定)で、安静から最大随意取縮(MVC)までランプ状に力発揮を行った時の腱組織の伸張量を超音波画像から実測した。その結果、腱組織の張力-伸張量関係は先行研究で報告されている動物やヒト屍体から得られた結果(e.g.Woo et al.1981)と同様に、低い張力レベルでは伸張量が大きく、ある一定の張力レベル(50%MVC)以上では両者の間には線形の関係が見られた.本研究では、50.100%MVCの範囲内における両者の回帰直線の勾配を各個人のステイッフネス(N/mm)として算出した。さらに、張力上昇中及び下降中の張力-伸張量曲線よりヒステリシス(%)を計算した。

 その結果、膝伸展及び足底屈動作のいずれにおいてもステイッフネス及びヒステリシスはともに摘出腱で報告されてきた先行研究の値の範囲内にあった(e.g.Ker 1981)。また、測定されるステイッフネスやヒステリシスは筋張力変化速度に影響されないことが確認された。しかし、腱の横断面積及び長さから推定されたストレス-ストレイン関係から算出されたヤング率は膝伸筋群及び足底屈筋群ともに250.280MPaとなり、摘出腱を用いた先行研究で報告されている値(600.1500MPa)に比して低い傾向が認められた。その原因として腱膜(aponeurosis)の影響が考えられた。

研究2弾性特性の可塑性

 ヒト生体における腱組織の弾性特性は、継続的なトレーニングや発育により影響されることが考えられる。そこで、腱組織の弾性特性を以下の5条件で比較検討した.即ち,(1)膝伸展運動前後,2)陸上競技短距離選手と長距離選手,(3)トレーニング前後,(4)ベッドレスト前後,(5)成長期児童と成人との比較、5条件で比較検討した.

実験1筋収縮を繰り返した場合の腱組織の変化

 様々な運動強度及び持続時間を組み合わせた等尺性膝伸展運動を反復したときの外側広筋(VL)の腱組織の弾性特性(ステイッフネス)に及ぼす影響を調べた。運動は(1)100%MVC1秒収縮×150回、(2)100%MVC3秒収縮×50回、(3)50%MVC6秒収縮×50回の3条件であった。その結果、100%MVC3秒収縮×50回条件及び50%HVC6秒収縮×50回条件では運動後にステイッフネスが低下する傾向がみられた。しかし、100%MVC1秒収縮×150回では運動の前後で変化がみられなかった。従って、運動持続時間の長い条件の方が、短時間(1秒)の筋収縮によるものよりも腱組織への影響が大きいことが窺えた。

実験2陸上競技短距離及び長距離選手における下肢筋群の腱組織の弾性特性

 VL腱組織の弾性特性は、スプリントトレーニングや持久走トレーニングにより変化することが予想される。そこで、陸上短距離選手、長距離選手及び一般成人のVL腱組織の弾性特性を比較した。その結果、高強度トレーニングを実施している短距離選手の腱組織の最大伸張量(41.3±2.6mm)は一般成人(33.3±4.2mm)よりも有意に大きかった。逆に、持久的な走トレーニングを実施している長距離選手の腱組織のステイッフネス(66.2±10.8N/mm)は一般成人(56.0±12.9N/mm)よりも有意に高い値を示した。これらの結果は、動物実験による先行研究の結果を支持するものであった。例えば、Tipton et al(1975)は持久走トレーニングを実施したラットの腱組織のステイッフネスは増加したが、スプリントトレーニングを実施した群では変化がみられなかったことを示している。同様に、中川ら(1988)は持久走トレーニングを実施したラットの腱コラーゲン線維は肥大したものの、ジャンプトレーニングを実施した群では変化が認められなかったことを報告している。従って、これらの結果は、腱組織のステイッフネスがトレーニングにより変化し、その適応がトレーニング様式により異なることを示唆するものである。

実験3トレーニングが腱組織の弾性特性に及ぼす影響

 一定期間のトレーニングが腱組織の弾性特性に及ぼす影響を明かにするためにトレーニング実験を実施した。力発揮レベルを同一(70%MVC)にして、1回の収縮時間が1秒×150回(トレーニングII)と20秒×4回(トレーニングI)の2条件のトレーニングを行った。トレーニングは等尺性の膝伸展運動であり、週4回、12週間実施した。その結果、筋体積及びMVCは両群ともに有意に増加する傾向を示したが、の増加率に両トレーニング間で有意な差は認められなかった。一方、VL腱組織のステイッフネスは、トレーニングIIでは有意な増加(67.5→106.2N/mm;58%)を示したが、トレーニングIでは増加傾向はみられたが(67.3→79.1N/mm;18%)、統計的に有意ではなかった。このことは実験1でみられたように、一過的に筋収縮を繰り返した場合に1回の運動持続時間の長い方が腱組織への影響が大きい結果と一致するものである。逆に、1秒収縮といった短時間の筋収縮では腱組織に及ぼす影響は小さいことが示唆された。

実験4ベッドレスト(身体不活動)が腱組織の弾性特性に与える影響

 身体不活動を継続した場合に腱組織の弾性特性が変化することが考えられる。そこで、20日間のベッドレスト前後にVL腱組織のステイッフネスを調べることにより、身体不活動が腱組織の弾性特性に及ぼす影響を検討した。その結果、ベッドレストにより膝伸筋群のMVC及び筋体積はそれぞれ15%及び8%の有意な低下を示した。一方、腱組織の張力-伸張量関係からみると、ベッドレストにより、同じ張力発揮時における腱組織の伸張量が大きくなる傾向を示した。腱組織のステイッフネスは、ベッドレストにより52.6N/mmから35.5N/mmまで有意な低下を示した。また、このような身体不活動にともなうステイッフネスの低下は、関節運動における力発揮速度を低下させ、Electromechanical delayを延長させていることが示唆された。

実験5成長期児童の腱組織の弾性特性

 小学生(11.0±0.8歳)、中学生(14.0±0.8歳)及び成人(24.6±3.8歳)についてVL腱組織の弾性特性を比較した。ステイッフネスは、小学生(24.8±4.5N/mm)が最も低く、次いで中学生(34.8±7.1N/mm)、さらに成人(56.0±12.9N/mm)であり、各群間に有意な差が認められた。一方「ストレス(腱張力/筋横断面積)?ストレイン(腱伸張量/腱長)」関係から、0.35MPa以上の力発揮レベルにおけるストレインをみると、小学生が他の2群に比して有意に高い値を示した。一方、中学生と成人の間には差がみられなかった。これらの結果より、成長期児童におけるVL腱組織はコンプライアントであることが示された。

研究3身体運動における筋線維及び腱組織の振る舞い

 歩・走・跳などの身体運動の成績は、腱組織の粘弾性特性の影響を受けることが考えられる。そこで、各種身体運動中の腱組織の動態を明かにするために以下の3実験を行った。

実験1足関節屈伸運動中のMTC動態

 身体運動中に関節は屈曲・伸展を繰り返す。このとき、関節の動きと筋線維長変化とは必ずしも一致しないことが考えられる。そこで、直立姿勢で背屈-底屈運動を2種類の異なる速度(低速運動;0.3Hz,高速運動;1.0Hz)で実施し、そのときの腓腹筋内側頭(MG)の筋線維長を実測した。低速運動では、関節角度変化と筋線維長変化は同期して変化する傾向がみられた。しかし、高速運動では、背屈から底屈に動作がきりかわった直後に筋線維長はほぼ一定の値を示し(等尺性収縮、この間に腱組織の急激な短縮が観察された。すなわち、背屈から底屈に動作がきりかわった直後、腱組織の急激な短縮により筋線維の短縮速度を低くし、「張力-速度」関係におおいて筋線維の張力発揮を効率的なものにしていることが示唆された。

実験2歩行中のMTC動態

 歩行中に下腿三頭筋は伸張と短縮を繰り返す。トレッドミル上を歩行中(3km/h)、接地期前半に身体重心は減速し、接地期後半には加速がみられた。加速期にMGの筋放電量の増加がみられたが、この時にMGの筋線維長はほぼ一定の値を示し、MGの等尺性収縮が観察された。一方、この間に腱組織の伸張がみられた。離地にかけては急激な腱組織及び筋線維の短縮がみられた。筋収縮の機械的パワーを算出した結果、歩行中におけるMG筋線維の発揮パワーはほぼ0であり、一方、腱組織は伸張パワーの直後に短縮パワーを示した。すなわち、MG筋線維はほぼ等尺性収縮張力により歩行動作を遂行していることが明らかになった。

実験3ジャンプパフォーマンスに及ぼす腱組織の弾性特性の影響

 垂直跳動作における反動動作の効果は、腱組織の弾性特性により影響されることが考えられる。そこで本実験3では、VL腱組織のステイッフネスと跳躍高との関係をみた。その結果、反動を伴わないジャンプ(SJ)及び反動を伴うジャンプ(CMJ)の跳躍高とステイッフネスとの間には有意な相関関係がみられなかった。しかし、(CMJ.SJ)/SJ比とステイッフネスとの間には統計的に有意な相関関係がみられ(r=-0.46,p<0.05)、反動動作の効果が大きい人はステイッフネスが低い傾向がみられた。

 以上の結果から、ヒト生体における伸張-短縮サイクル運動において、腱組織の粘弾性特性によりMTC動態が合理的になされていることが明らかになった。

結論

 本研究により、ヒト生体の腱組織のステイッフネス及びヒステリシスを計測するための方法として、リアルタイム超音波断層法が有用であることが確かめられた。一般成人の外側広筋及び腓腹筋内側頭の腱組織の弾性特性を測定した結果、屍体の摘出腱よりもコンプライアントであることが明らかになった。また、跳躍などの伸張-短縮サイクル運動の成績は腱組織のステイッフネスが低いほど良いことが明らかになった。さらに、トレーニング、身体不活動及び発育に伴い、腱組織のステイッフネスは変化することが示された。

 このように、久保啓太郎君の論文はヒト生体における腱組織の弾性特性を定量し、その可塑性及び身体運動に及ぼす影響を明らかにしたもので、身体運動科学の分野における意義は非常に大きいものがある。従って、久保啓太郎君により提出された本論文は、東京大学大学院課程による学位(学術)の授与に相応しいと内容と判定した。

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