本論文は骨格筋萎縮の機構を筋萎縮に伴う筋構成するタンパク質の変化に着目し、顕著に変化したタンパク質の化学的性質を詳細に調べ、そのタンパク質の同定を行った。さらに筋萎縮を引き起こす要因が異なる各種筋萎縮モデルでの萎縮筋にみられるタンパク質の挙動を検索し、筋萎縮時に共通に変化するタンパク質であることを発見した。また筋萎縮回復過程でこのタンパク質は時間とともに減少を示し、筋萎縮の共通の指標であると同時に萎縮から回復への重要な指標に成り得る事を示した。これらは筋萎縮機構解明に関する新たな知見である。本論文は研究史及び研究の目的をまえがきに、1章から3章では三つの実験に関してそれぞれまとめている。 第1章ではこれまでの不活動による筋萎縮の研究は収縮装置やエネルギー産生装置など細胞内の特定の役割を担ったタンパク質に着目したものであり、骨格筋を構成するタンパク質の変化に着目した研究はほとんど見当たらないとし、不活動による筋萎縮の際に変化するタンパク質全体に着目し、筋萎縮との関係について検討している。実験では筋萎縮を引き起こすモデルとしてギプス固定法を用いている。オス5週齢ddYマウスの右足関節を7日間ギプス固定(ヒラメ筋が短縮された状態)し、左足を対照としたモデルである.タンパク質の解析には、Laemmli法とO’Farrell法の電気泳動法を用い、一次元および二次元に展開している.その結果、これまでの報告のように、ミオシン重鎖、ミオシン軽鎖やアクチンなどの収縮タンパク質とトロポミオシンやトロポニン-Cなどの調節タンパク質は筋萎縮にともない減少したが、分子量67500に相当するタンパク質(67.5kDaタンパク質)が顕著に萎縮筋で増大することを観察している.二次元電気泳動法でこの67.5kDaタンパク質を展開、等電点6.3(pH)を決定している.これらの結果、このタンパク質はアルブミンと似たタンパク質であることから両方のタンパク質をV8プロテアーゼで消化し、切断したパターンをSDS-PAGEで比較し、両方のタンパク質はほぼ同じ泳動パターンを示し、同じような一次構造を持つタンパク質であることを明らかにした.次に67.5kDaタンパク質のアミノ酸配列を解析し、データベースで検索し、67.5kDaタンパク質はマウスアルブミンと完全に一致することを示した.さらにそれぞれ精製されたタンパク質をリシルエンドペプチダーゼで消化し、HPLCでペプチドを分離し、いくつかのペプチドの分子量を質量分析計により解析した結果、ほぼ一致した結果が得られた.ポリクローナル抗体を作製し、免疫反応について検討した結果、抗67.5kDaタンパク質抗体は血清アルブミンと、抗血清アルブミン抗体は67.5kDaタンパク質とそれぞれ交差することを示した.そこで、この67.5kDaタンパク質の由来について、アルブミン遺伝子プローブを用い骨格筋でのアルブミン遺伝子の有無をRT-PCR法で検討し、アルブミン遺伝子が骨格筋で発現していることを明らかにした.萎縮筋でのアルブミン遺伝子の発現は対照筋の1/7程度であった.この結果は筋萎縮にともない増大するアルブミンの増加に相反するものであった.筋萎縮により増加する67.5kDaタンパク質の骨格筋での局在を蛍光抗体法を用いて観察した結果、67.5kDaタンパク質は広くあいた細胞間隙に局在することを明らかにした。 第2章では生理的に筋萎縮を引き起こす原因がそれぞれ異なる尾牽引、除神経、腱切除モデルを用いて、同様にタンパク質組成の解析を行った.用いた動物は第1章でのもと同じ週玲のオスddyマウスである。SDS-PAGEで筋タンパク質を解析した結果、ギプス固定モデルで観察された分子量67500に相当するタンパク質が、すべてのモデルの萎縮筋で特異的に増加することが観察された.これらの結果は、67.5kDaタンパク質の増加は筋萎縮共通の指標として考えられることを示唆する重要な知見であった。 第3章では、筋萎縮から回復過程の筋のタンパク質組成の変化に着目し実験を行っている。SDS-PAGEで解析した.マウスに7日間のギプス固定をした後、ギプスを取りケージ内で、特に運動を負荷することなく飼育した.回復期間の7、14、21および28日目にヒラメ筋の筋湿重量とミオシン、アクチンおよび67.5kDaタンパク質の変化を調べた.筋湿重量はギプスをはずしてから徐々に増えていき、28日目で正常マウスの筋重量まで回復した.同じように、ミオシンとアクチン濃度も28日目で対照筋とほぼ同レベルに回復を示した.一方、萎縮によって増加する67.5kDaタンパク質濃度は7日目でも対照筋の1.8倍と高かったが、その後徐々に低下し、21日で対照筋とほぼ同レベルに戻った。これらの結果は、67.5kDaタンパク質の消長が筋萎縮や筋萎縮回復過程解明に重要な所見を呈示した。 審査会においては第1章から第2章に関して申請者に対する質疑が行われ、第3章の内容を論文に追加するよう指示された。第3章の内容で、筋萎縮で見られる67.5kDaタンパク質の生理的役割の重要性を示唆するものと考えられる。論文全体としては筋萎縮機構解明の新たな知見を提示しているものとして、博士(学術)の学位を授与させるに相応しい業績であると判定された。 |