学位論文要旨



No 114901
著者(漢字) 我妻,玲
著者(英字)
著者(カナ) ワガツマ,アキラ
標題(和) マウス骨格筋萎縮に関する研究
標題(洋) Studies on muscle atrophy in the mouse skeletal muscle
報告番号 114901
報告番号 甲14901
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第243号
研究科 総合文化研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 山田,茂
 東京大学 助教授 渡會,公治
 東京大学 助教授 松田,良一
 東京大学 助教授 八田,秀雄
 東京都立大学 教授 大槻,文夫
内容要旨

 骨格筋は不活動により急速に萎縮する。その筋萎縮は基本的に筋細胞の面積や数の減少によるものである。なぜこのような現象が生ずるのか、その生化学的機構についてはいまだ不明な点が多い。これまで、不活動にともなう筋萎縮の研究は収縮装置やエネルギー産生装置など細胞内の特定の役割を担った装置の構成物質に関するものがほとんどであり、筋を構成するタンパク質に着目した研究はほとんど見当たらない。そこで本研究の目的は、不活動による筋萎縮の際に変化するタンパク質に着目し筋萎縮との関係について生化学的に検討することである。本実験では筋萎縮のモデルとしてギプス固定法を用いた。オス5週齢ddYマウスの右脚を7日間ギプス固定(ヒラメ筋が短縮された状態)し、左脚を対照とした。タンパク質の解析にはLaemmli法とO’Farrell法の電気泳動法を用い、一次元及び二次元に展開した。ギプス固定で萎縮したヒラメ筋全体を液体窒素の中で粉末化し、抽出したタンパク質を電気泳動で展開した。その結果、これまでの報告に見られるように、ミオシン重鎖,ミオシン軽鎖やアクチンなどの収縮タンパク質と、トロポミオシンやトロポニン-Cなどの調節タンパク質は減少を示した。しかしながら分子量67500に相当するタンパク質(67.5kDaタンパク質)が萎縮筋で顕著は増大するのが観察された。二次元電気泳動法でこの67.5kDaタンパク質を展開した結果、等電点は6.3(pH)付近であることが判明した。これら分子量と等電点から、この67.5kDaタンパク質は、血清アルブミンと似た物質であることが推測された。そこで、ポリクローナル抗体を作製し、各々の免疫反応について検討した結果、抗67.5kDaタンパク質抗体は血清アルブミンと、抗血清アルブミン抗体は67.5kDaタンパク質とそれぞれ交差した。さらに、両タンパク質をV8プロテアーゼで消化し、切断した泳動パターンをSDS-PAGEで比較した結果、両タンパク質は同じ泳動パターンを示し、同じような一次構造を持つタンパク質であることが判明した。次に67.5kDaタンパク質のアミノ酸配列を解析し、データベースで検索した結果、67.5kDaタンパク質はマウス血清アルブミンと完全に一致した。さらにそれぞれ精製したサンプルをトリプシンで消化し、HPLCでペプチドを分離し、いくつかのペプチドの分子量を質量分析計により解析した結果、ほぼ一致したパターンが観察された。これらの結果から、67.5kDaタンパク質はマウス血清アルブミンであると断定した。そこで、この筋のアルブミンの由来について、アルブミン遺伝子の発現の有無をRT-PCR法で検討した。その結果、アルブミン遺伝子は筋で発現していることが判明した。しかしながら、その遺伝子の萎縮筋での発現は、対照筋の1/5程度であった。この結果は、萎縮にともない増大するアルブミンの増加に相反するものであった。そこで萎縮にともない増加するアルブミンの筋での局在を蛍光抗体法を用い観察した。その結果、アルブミンは細胞間隙に局在した。このことから、筋萎縮にともない増大したアルブミンは、血管透過性の亢進による血漿の細胞間隙へ浸透によるものと考えられる。しかしながら、アルブミン以外のグロブリンやトランスフェリンなどの増大は観察されないことから、アルブミンは選択的に細胞間隙に浸透し、何らかの生理的な役割を担っているものと考えられる。またこのような結果は他の萎縮モデルでも観察され、萎縮機構解明の大きな手がかりになることが示唆された。

審査要旨

 本論文は骨格筋萎縮の機構を筋萎縮に伴う筋構成するタンパク質の変化に着目し、顕著に変化したタンパク質の化学的性質を詳細に調べ、そのタンパク質の同定を行った。さらに筋萎縮を引き起こす要因が異なる各種筋萎縮モデルでの萎縮筋にみられるタンパク質の挙動を検索し、筋萎縮時に共通に変化するタンパク質であることを発見した。また筋萎縮回復過程でこのタンパク質は時間とともに減少を示し、筋萎縮の共通の指標であると同時に萎縮から回復への重要な指標に成り得る事を示した。これらは筋萎縮機構解明に関する新たな知見である。本論文は研究史及び研究の目的をまえがきに、1章から3章では三つの実験に関してそれぞれまとめている。

 第1章ではこれまでの不活動による筋萎縮の研究は収縮装置やエネルギー産生装置など細胞内の特定の役割を担ったタンパク質に着目したものであり、骨格筋を構成するタンパク質の変化に着目した研究はほとんど見当たらないとし、不活動による筋萎縮の際に変化するタンパク質全体に着目し、筋萎縮との関係について検討している。実験では筋萎縮を引き起こすモデルとしてギプス固定法を用いている。オス5週齢ddYマウスの右足関節を7日間ギプス固定(ヒラメ筋が短縮された状態)し、左足を対照としたモデルである.タンパク質の解析には、Laemmli法とO’Farrell法の電気泳動法を用い、一次元および二次元に展開している.その結果、これまでの報告のように、ミオシン重鎖、ミオシン軽鎖やアクチンなどの収縮タンパク質とトロポミオシンやトロポニン-Cなどの調節タンパク質は筋萎縮にともない減少したが、分子量67500に相当するタンパク質(67.5kDaタンパク質)が顕著に萎縮筋で増大することを観察している.二次元電気泳動法でこの67.5kDaタンパク質を展開、等電点6.3(pH)を決定している.これらの結果、このタンパク質はアルブミンと似たタンパク質であることから両方のタンパク質をV8プロテアーゼで消化し、切断したパターンをSDS-PAGEで比較し、両方のタンパク質はほぼ同じ泳動パターンを示し、同じような一次構造を持つタンパク質であることを明らかにした.次に67.5kDaタンパク質のアミノ酸配列を解析し、データベースで検索し、67.5kDaタンパク質はマウスアルブミンと完全に一致することを示した.さらにそれぞれ精製されたタンパク質をリシルエンドペプチダーゼで消化し、HPLCでペプチドを分離し、いくつかのペプチドの分子量を質量分析計により解析した結果、ほぼ一致した結果が得られた.ポリクローナル抗体を作製し、免疫反応について検討した結果、抗67.5kDaタンパク質抗体は血清アルブミンと、抗血清アルブミン抗体は67.5kDaタンパク質とそれぞれ交差することを示した.そこで、この67.5kDaタンパク質の由来について、アルブミン遺伝子プローブを用い骨格筋でのアルブミン遺伝子の有無をRT-PCR法で検討し、アルブミン遺伝子が骨格筋で発現していることを明らかにした.萎縮筋でのアルブミン遺伝子の発現は対照筋の1/7程度であった.この結果は筋萎縮にともない増大するアルブミンの増加に相反するものであった.筋萎縮により増加する67.5kDaタンパク質の骨格筋での局在を蛍光抗体法を用いて観察した結果、67.5kDaタンパク質は広くあいた細胞間隙に局在することを明らかにした。

 第2章では生理的に筋萎縮を引き起こす原因がそれぞれ異なる尾牽引、除神経、腱切除モデルを用いて、同様にタンパク質組成の解析を行った.用いた動物は第1章でのもと同じ週玲のオスddyマウスである。SDS-PAGEで筋タンパク質を解析した結果、ギプス固定モデルで観察された分子量67500に相当するタンパク質が、すべてのモデルの萎縮筋で特異的に増加することが観察された.これらの結果は、67.5kDaタンパク質の増加は筋萎縮共通の指標として考えられることを示唆する重要な知見であった。

 第3章では、筋萎縮から回復過程の筋のタンパク質組成の変化に着目し実験を行っている。SDS-PAGEで解析した.マウスに7日間のギプス固定をした後、ギプスを取りケージ内で、特に運動を負荷することなく飼育した.回復期間の7、14、21および28日目にヒラメ筋の筋湿重量とミオシン、アクチンおよび67.5kDaタンパク質の変化を調べた.筋湿重量はギプスをはずしてから徐々に増えていき、28日目で正常マウスの筋重量まで回復した.同じように、ミオシンとアクチン濃度も28日目で対照筋とほぼ同レベルに回復を示した.一方、萎縮によって増加する67.5kDaタンパク質濃度は7日目でも対照筋の1.8倍と高かったが、その後徐々に低下し、21日で対照筋とほぼ同レベルに戻った。これらの結果は、67.5kDaタンパク質の消長が筋萎縮や筋萎縮回復過程解明に重要な所見を呈示した。

 審査会においては第1章から第2章に関して申請者に対する質疑が行われ、第3章の内容を論文に追加するよう指示された。第3章の内容で、筋萎縮で見られる67.5kDaタンパク質の生理的役割の重要性を示唆するものと考えられる。論文全体としては筋萎縮機構解明の新たな知見を提示しているものとして、博士(学術)の学位を授与させるに相応しい業績であると判定された。

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