本論文は2章から成り立ち、第1章はツメガエルのフォリスタチン関連タンパク質(xFRP)の遺伝子クローニングとその解析、第2章はツメガエルのアクチビン受容体結合タンパク質(xARIP)のクローニングと解析について述べられている。第1章と第2章を通してツメガエルの初期発生における形態形成や細胞分化に関与すると思われるアクチビンのシグナル調節について、細胞膜の外側で働くと考えられるフォリスタチン関連タンパク質と、細胞内のアクチビン受容体結合タンパク質を調べることによって新しいアプローチがなされ、いくつかの新しい知見が得られた。 第1章では、アクチビンと結合することが知られているフォリスタチンについてはその遺伝子の解析がすでになされているので、岡林氏はフォリスタチンそのものではなく、それらと一部共通のアミノ酸配列をもつフォリスタチンモジュールを含むフォリスタチン関連タンパク質(FRP)について、ツメガエルを用いて研究を行った。 まず、FRPの機能を解明するためにアフリカツメガエルのFRP(xFRP)の遺伝子クローニングを行った。その結果、299アミノ残基をコードする約2.5kbのcDNAクローンが得られた。フォリスタチンモジュールをXFS319と比較した結果、xFRPはXFS319と比べて2つのアミノ酸が欠け、結果的に糖鎖修飾領域が失われていることが明らかになった。さらにノザンプロット解析によりツメガエル発生過程におけるxFRPの発現量の変化を調べた結果、原腸陥入後のステージ11あたりから微かに発現が始まり、神経胚にかけて発現が増加し、その後はオタマジャクシに至るまでほぼ一定に強い発現を示すことが分かった。また、DIGラベルプローブを用いたホールマウントin situハイブリダイゼーションにより、各ステージ胚内の部域的発現について詳細に調べた結果、以下のような結果が得られた。xFRPは原腸陥入開始時のステージ10にはオーガナイザー領域で発現し始めており、これはXFS319と同様である。さらにxFRPは原腸陥入の進行と同時に予定脊索領域で発現し、そこに接する形で生ずる神経誘導と同時に神経板の予定底板領域に限局した発現を見せる。発現は脊索領域で特に著しく、後期神経胚までは脊索全域にわたってはっきりとした発現を続ける。さらに脊索下索の分化とともに脊索下素へも発現が広がり、神経管の底板領域での発現もそのまま維持される。脊索での強い発現は、神経胚の終わり頃から胚中央部より徐々に薄くなり、それとともに神経底板及び脊案下索での発現が強められるが、この現象は脊索の分化の終了に伴う体央部からの空胞化と軌を一にしていることが明らかになった。 そこでxFRPのcDNAをもとにmRNAを合成し、マイクロインジェクションによりツメガエル胚の腹側・背側のそれぞれに過剰発現させ、発生に与える影響をみようと試みたが、xFRPの異所的発現は正常発生に影響を与えないことが分かった。そこで、他の成長因子によるxFRPの発現変化をアニマルキャップアッセイと RT-PCR によって調べた結果、xFRPはアクチビン10ng/ml以上の濃度で処理した場合、発現が増加することが確認された。さらに、動物極側割球への、以下に述べる各中胚葉・神経誘導因子の合成mRNAインジェクション後にアニマルキャップを切り出し、RNAを抽出しRT-PCRを行うことで、それらの中胚葉・神経誘導物質によるxFRPの発現量の変化についても確認した。その結果、xFRPはオーガナイザー因子であるnoggin・follistatin、中胚葉マーカー遺伝子であるXbrachyuryによって発現が増加するが、脊索マーカーであるホメオボックス遺伝子、Xnotによっては影響を受けないことが確認された。これらの結果により、xFRPは中胚葉・神経の誘導に伴って発現が増加するものの、少なくともXnotの下流では調節されていないことを明らかにした。 第2章では、アクチビンType-II受容体の細胞内ドメインに結合する因子の一部(ARIP1)がマウスでのTwo-Hybrid法を用いた研究により発見されたので、岡林氏はツメガエルのホモログ遺伝子、xARIPのcDNA全長のクローニングを初めて行った。アクチビン下流でシグナル伝達を担うSmad2は、Type-I受容体の細胞内ドメインのキナーゼによるリン酸化の結果Smad4に結合して核内へ移行すると考えられているが、このARIP1はType-II受容体に直接結合するという点で興味深いものである。 ツメガエルにおけるxARIPのクローニングの結果、得られたcDNAの配列は4159bpで、2つのWWドメインと5つのPDZドメインを含む1116アミノ残基をコードするORFをもっていた。xARIP遺伝子の一部に対する特異的プライマーを用いたPCRの結果、xARIPは母性由来でmRNAとして存在し、原腸陥入の進行と共に減少し、初期尾芽胚から胚由来の発現が始まる事が明らかになった。さらにホールマウントin situハイブリダイゼーションにより発現の分布状況を確認した結果、xARIPは胞胚期には局在がみられないものの、神経胚後期から脳・眼・糸球体に限局した発現をし始めることが分かった。眼においては神経胚後期のレンズ形成に際してレンズに発現し、レンズの分化が進むに従って網膜細胞へと発現が移動する。脳における発現はほぼ一様だが、発現は神経管外側の予定運動ニューロン領域から始まっていた。また、特に強い発現を示す領域として、前腎管より内側に存在する糸球体があげられる。このように初期胚で前腎の糸球体に特異的に発現する遺伝子は現在までに1例あるのみであり、さらにそれよりも強く発現するので、今後この分野の発展にも寄与すると考えられる。 さらに、xARIPのORF全長に対するmRNAを合成しマイクロインジェクションを行った結果、胚発生に与える大きな影響は確認されなかった。そこで、ARIP1のアクチビン受容体への結合に直接関わると考えられる領域(5番目のPDZドメイン)をベクターへ組み込み、mRNAを合成してマイクロインジェクションを行った。その結果、背側に発現させた場合に発生過程で原腸陥入が阻害される他、セメント腺の形成に異常が見られ、高濃度の条件下では頭部構造が欠損する胚が生じた。この表現型はxARIPの5番目のPDZドメインをコードするmRNAのマイクロインジェクションによっても同様に見られ、発生する割合もほぼ一致した。またこれらの胚では、頭部における眼・脳の分化そのものはほぼ正常であったが、咽頭内胚葉の著しい欠損により、頭部構造の各器官の配置に特に異常が見られた。これらの結果により、ARIPは予定咽頭内胚葉の分化と原腸陥入に関わるほか、発生後期においては中枢神経系や腎臓に関わる組織・器官の形成に関与していることを明らかにした。 なお、本論文は杉野弘らとの共同研究に関わるものであるが、本論文中に書かれているすべての内容は論文提出者本人が単独で解析したものであり、論文提出者の寄与は十分であると判断する。したがって、博士(学術)の学位を授与できるものと認める。 |