大脳皮質一次視覚野は、網膜の出力を受ける外側膝状体から入力を受ける。この入力投射の空間的構造を大脳皮質表面に平行な平面で見た場合、網膜部位に対する空間的位相関係は一次視覚野でも保たれていて、これは網膜部位対応構造と呼ばれる。一次視覚野では近接する細胞がほぼ等しい方向からの刺激に反応する。また、左右眼の網膜から外側膝状体を経て一次視覚野へ達する入力は眼優位性コラムと呼ばれる縞模様の構造を形成している。一次視覚野の近接する細胞は同じ目からの入力に対して反応し、そのように反応する細胞の集まりが、一次視覚野上に左右交互に並んでいる。また、大脳皮質表面に垂直な方向には細胞が反応する特徴量が類似していることが知られ、この特定の特徴量に反応する細胞が大脳皮質上にコラム状に集まって機能的マップを形成している。 外側膝状体から一次視覚野へ投射があることは遺伝的にある程度決まっているが、その投射の細部の構造は神経細胞の活動に依存して決まると考えられている。特に網膜の細胞の活動量やその活動パターンが一次視覚野への投射の空間的構造の形成に重要な役割を果たしていると考えられている。また、神経細胞のシナプスは活動に依存して結合が繋ぎ変わることが知られ、このシナプス結合の繋ぎ変えによって、大脳皮質にコラム構造が形成されると考えられる。 網膜では発生の初期段階から神経節細胞が自発的に発火していることが知られ、近くにある細胞は同期して発火する傾向があることが分かっている。このような活動パターンが存在すると、外側膝状体や一次視覚野にある細胞は網膜の細胞の活動パターンを知ることで網膜上での細胞の位置関係を知ることができる。このような網膜細胞の時空間的な活動パターンが一次視覚のコラム形成を促すことは理論的にも確かめられていて、現在までに網膜部位再現性、眼優位コラムの形成などを説明するモデルが提案されている。本研究は、この網膜における活動パターンの相関がどのようにコラム形成を促すか、方位マップとチトクロームオキシダーゼブロッブについて調べた。 一次視覚野の細胞の多くは傾いた線分状の刺激に反応し、また同じ傾きに反応する細胞が集まり、方位選択性のコラム構造(方位マップ)を形成している。一次視覚野の細胞が線分に選択的に反応する理由は、外側膝状体から直接入力を受ける一次視覚野の単純型細胞の受容野が、ある特定の方位に伸びているからである。外側膝状体からの入力は視野部位再現構造や眼優位コラムを形成すると同時に、方位選択性を形成するやり方で一次視覚野の細胞と結合していることになる。また、方位マップは外界からの視覚刺激がなくても形成されることが知られているが、どのようにして網膜での神経節細胞の自発発火が方位マップの形成を導くかという問題があった。 網膜の神経節細胞はオン中心型細胞とオフ中心型細胞からなり、視野の同じ位置に反応するそれらの細胞は同時には発火しない傾向がある。宮下と田中(1992)はそのようなオン中心型細胞とオフ中心型細胞の自発的活動パターンから、一次視覚野にある単純型細胞の受容野と方位マップが自己組織的に形成されることを示した。しかし、他の研究者らが指摘するように、実験的に観察される方位マップの空間周波数特性はほぼ帯域通過型であるのに対して、このモデルによって得られた方位マップは低域通過型の性質を示し、方位マップの空間的構造において実験結果と合わないということが分かった。 この点に関して,方位マップが形成される時期に網膜のオフ中心型細胞の活動が優位に強いという性質が方位マップの形成にどのように作用するかを調べた。その結果、オン中心型細胞とオフ中心型細胞の活動強度が等しい場合は、方位マップは低域通過型の性質を持つのに対して、オフ中心型細胞の活動が強い場合は、帯域通過型の性質を持ち、実験的に得られる方位マップの性質と一致することが分かった。これは、網膜のオン中心型細胞とオフ中心型細胞の活動強度の不均衡が方位マップの形成に大きく関与していることを示している。 大脳皮質一次視覚野の表層と深層にはチトクロームオキシダーゼ(CO)に優位に染りやすい領域がブロッブ状に観察され、これはこの領域内にある細胞が他の細胞に比べて代謝活動が強いことを示している。さらに、このCOブロッブは一次視覚野において眼優位コラムの中央に位置する傾向があることも分かっている。これは眼優位コラムとCOブロッブが一定の関係をもって形成されることを示している。COブロッブの構造も眼優位性コラムと同様、外側膝状態からのシナプス入力と関係している。外側膝状体の層間にあるK細胞はCOブロッブ内に入力があり、ブロッブ外には入力がない。また、外側膝状体のk細胞以外の細胞は一次視覚野の4層を経由して2-3層のブロッブ内、ブロッブ外両方に投射している。外側膝状体にあるk細胞の活動が、それ以外の細胞の活動に比べて強いと仮定すると、実験的に得られるCOブロッブと眼優位コラムとの関係を再現できることがシミュレーションで分かった。これら一連の結果は、大脳被質視覚野に見られる多くのマップ構造が自発的な神経活動により自己組織的に形成されるという考えを裏付けている。 |