学位論文要旨



No 114909
著者(漢字) 松山,薫
著者(英字)
著者(カナ) マツヤマ,カオル
標題(和) 第二次世界大戦後の日本における旧軍用地の転用に関する地理学的研究
標題(洋)
報告番号 114909
報告番号 甲14909
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第251号
研究科 総合文化研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 谷内,達
 東京大学 教授 荒井,良雄
 東京大学 助教授 加藤,道夫
 東京大学 助教授 松原,宏
 東京大学 助教授 永田,淳嗣
内容要旨

 近代以降の日本においては,公的土地利用(何らかの政策的裏付けを通して形成される土地利用)の形成やその変化が空間形成過程に大きな影響を及ぼしてきた.しかし,その基本的な量的把握はもちろん,総括的な評価はほとんど行われていない.軍事施設の立地と転用は,そうした公的土地利用転換の典型的かつ大規模な事例である.第二次世界大戦の終結に伴い大量の国有空閑地が突如として発生したという事態は世界的にみて希有な事例であり,この国土空間形成上の転機が戦後どのように帰結したかを明らかにすることは,国土の空間利用の変遷を考察する上で大きな課題である.そこで本研究では,第二次世界大戦以前に形成された軍用地の戦後の転用過程を,その土地利用変化の分析を通して検証する.そして,旧軍用地が戦後日本の社会・経済的状況の変化のもとで,空間形成にどのような役割を果たしてきたかを量的に明らかにし,近代日本における空間形成史の重要な一要素の解明に寄与することを目的とする.なお,従来の地理学における土地利用研究では,対象フィールドや対象スケールの分化が相互のフィードバックのなされないまま進んでいたが,本研究では広域的な比較分析と,周辺地域を含む微視的な分析とを統一的に行うことを分析の基本姿勢とした.また国土形成にかかわる様々な研究領域を横断する問題関心を,空間を分析視座の中心に置く地理学的視点から扱うことにより,旧軍用地転用を通してより包括的・総合的に国土空間利用過程を理解することを意図した.

 まず,第I部で全国スケールでみた戦後の旧軍用地の転用状況を考察した.前提的議論として,第2章で近代以降の日本における旧軍用地の形成過程を概観した.その結果,明治期以降に形成された軍用地の取得過程およびその立地特性には大きく分けて2つの類型,すなわち都市中心部の旧城郭を中心とする国公有地を中心に転用して立地する場合(部隊,官衙等の「都市立地型」)と,農村部において民有地や共同体所有地の広大な土地を買収して立地する場合(軍用飛行場,演習地等の「非都市立地型」)があることがわかった.続く第3章では,戦後における旧軍用地転用にかかわる政策を,(1)大蔵省の国有地管理処分方針,(2)国土利用開発(戦後開拓,工業団地,大規模公園・官庁用地としての利用)に関する諸政策,(3)占領政策における軍事的側面および独立後の安全保障政策(米軍・自衛隊施設としての利用)の3つに整理した.これらの各政策にかかわる官庁統計の分析により,旧軍用地の転用が,土地に関わる政策の重要な受け皿として機能してきたことが示唆された.

 さらに第4章で,実際の旧軍用地の戦後における転用過程を,全国スケールで調査・分析した.具体的には,都市立地型と非都市立地型の両類型の旧軍用地の範囲について,戦後の1970年代後半を中心に土地利用を計測し,さらに1990年代後半の土地利用を住宅地図および地形図を用いて適宜比較を行った.前者の都市立地型については,現在の3大都市および広域中心都市(札幌を除く)を含む全国26の旧歩兵旅団所在都市の旧軍用地を対象として採用した.その結果,都市立地形の場合には,いずれの都市・時期においても敷地の大きな官庁,学校,大規模公園といった公的土地利用が卓越するという特徴的な様相を示していることがわかった.特に大規模な都市においては旧軍用地に官庁CBDが形成され,都市の空間構造上,また機能上重要な構成要素となった.比較的小規模な都市においては,学校や公立福祉施設のほか,自衛隊の占める割合も大きかった.一方,非都市立地形の全国に散在する164の旧軍用飛行場に関しては,農地と防衛施設用地が全国総面積のそれぞれ3分の1ずつを占め,北海道に自衛隊施設,関東に官庁や工業用地が多いといった地域的特色もみられた.

 第I部の全国スケールの分析結果により,都市立地型の旧軍用地は土地所有の民間への移動が稀で,大部分が国公有地として維持されたため,基本的に都市型公共施設が常に卓越するという比較的単純な経過を辿ったのに対し,非都市立地型の旧軍用地は一旦民有地化しながらも再び他の公的・都市的土地利用へ再転用される等のケースも目立つことが明らかになった.これらの非都市型旧軍用地の転用過程を吟味するために,第II部では,上物の無い大規模平坦地という土地条件が均一で,かつ大ロットの旧軍用飛行場を事例として,関東地方を対象に非都市立地形の転用過程を詳細に分析した.

 まず第6章で,関東地方の旧軍用飛行場における終戦時から現在に至るまでの土地利用を調査した.具体的には,各飛行場跡地の土地利用を市町村史,行政資料,地形図,土地利用図,空中写真その他および現地調査によって追跡し,転用状況を類型化した.その結果,戦後の転用過程は戦後開拓地経由型(→第7章)と,米軍用地経由型(→第8章)に大別されることが判明し,それらは農地型,工業用地型,官庁・大規模公園型,防衛施設型,飛行場型に細分できた.その分布は,首都圏の空間構造を反映して,都心から近い順に官庁・大規模公園型,飛行場型,工業用地および防衛施設型,農地型という同心円的配置をなしていることがわかった.

 続く第7章で,旧軍用飛行場の一方の主要転用過程である戦後開拓地経由型の転用状況を,個別事例研究も含めて詳細に検討した.初期の戦後開拓行政において,旧軍用地は迅速に膨大な開拓用地を提供し,大量の失業者の収容に大きな役割を果たした.その結果,一般に旧軍用地における戦後開拓は,民有地を買収して造成した戦後開拓地に比べ,開拓着手時期が早く,1開拓地当たりの面積規模や入植戸数が圧倒的に大きく,さらに農業未経験者を含む様々な属性をもつ入植者を吸収することになった.このことは,高度成長期以降の戦後開拓地の変容過程にも大きく影響した.例えば,埼玉県の旧高萩陸軍飛行場跡地(現埼玉県日高市)における旭ケ丘地区の戦後開拓地では,周辺的な立地,旧軍用地時代の表土の削剥といった土地条件や,入植者の農業経験の浅さにより,農地移動の発生頻度に空間的な偏りが生じたことが明らかになった.また,旧香取海軍航空基地跡地(現千葉県旭市)の事例では,地元市,県による強力な誘導により,開拓地を再転用して工業団地が造成されたが,その要因として旧軍用地由来の戦後開拓地の開発圧力への抵抗力の弱さを指摘することができた.

 さらに第8章では,もう一つの主要な転用過程である米軍用地経由の転用を分析した.第二次世界大戦後の米軍・自衛隊施設の用地取得過程において旧軍用地の転用が大きな役割を果たした.特に米軍・自衛隊の飛行場はその大部分が旧軍用飛行場の転用である.しかし,その中には終戦後にすでに戦後開拓地化していた旧軍用跡地を再転用したものも含まれ,工業団地への再転用の場合と同様に,旧軍用地開拓がその歴史的要因も含めて既耕地・民有地開拓よりも転用されやすい性質が指摘された.

 また,大都市近郊において戦後の米軍使用が長引いたため,その返還によって旧軍用地が市街地の中の貴重な大規模空閑地となった1970年代の「関東計画」対象旧軍用地に焦点を当て,その転用が都市空間構造や広域大都市圏計画に与えた影響についても考察した.事例には長年米軍立川基地として使用されていた東京都の旧立川陸軍飛行場跡地を取り上げ,米軍からの返還から跡地利用計画決定までの約10年間の計画策定過程の分析を通して,既成市街地内の大規模旧軍用地において経済的要因以外の要因が土地利用決定力を持つに至った経緯を整理した.また,この時期以降,国は大規模国有地の処分を控える政策をとるようになり,国有地処分方針の転機がみられた.これによって旧軍用地の土地市場への供給は最終段階に達したため,第一次的な旧軍用地転用はほぼ終焉したという意味でも,これらの事例は重要である.

 第9章では,以上の分析・考察をふまえて,本研究の結果を以下のように要約した.旧軍用地は,戦後日本の各時期の社会的・経済的局面に応じて,きわめて高い頻度で何らかの公的施策の対象地になってきた.その結果,旧軍用地の転用は戦後の社会・経済的状況の変化のもとで,戦後復興期の食糧増産政策や都市再建政策の骨格をなし,一方で高度成長期における産業立地や公共施設の拡充に寄与し,さらには安定成長期の官庁・大規模公園などの土地基盤の提供を担うこととなった.また,その転用状況については,都市圏においては中心都市からの距離に応じて内側に官庁,公園など,外側に工業団地,防衛施設,さらに農地などと,都市的性格の強弱に同心円的傾斜がみられた.一方,微視的にみた場合は,都市部の場合は官庁街などを形成し,農村部の場合は都市的土地利用への転用の先駆的事例となるというような,周辺地域に比べて公的性格の強い土地利用が現れやすいという特徴が明らかになった.

 以上より,近代以降の日本において,公権力によって公的性格を付与され,それが何らかの形で継承されて空間形成に大きな影響を与えてきた土地の典型例として,旧軍用地を位置づけることができた.その要因は全体的には国有地という特殊な所有者カテゴリーや敷地規模の大きさにあり,その中でにおける差異には都市規模や立地などの空間的要因や社会・経済的要因が影響した.その転用過程の考察を通して,都市部に関しては「城址などの遊休官有地」→「軍用地」→「官庁・学校・公園などの公共施設用地」,また農村部に関しては「入会地などの粗放的・周辺的な共同体的利用がなされている土地」→「軍用地」→「開拓地・工業団地・防衛施設用地・その他の公共施設」といった,公的土地利用で特徴づけられる転用過程が抽出された.これらは,日本における空間形成史を考察する上で重要な,大規模公的土地利用の系譜の一類型である.

審査要旨

 本論文は,第二次世界大戦後の日本における旧軍用地の転用過程を地理学的視点から実証的に解明したものである.

 従来,公的土地利用,特に軍用地は,国土利用の空間的形成過程において重要な役割を果たしてきたにもかかわらず,その立地と転用の過程に関しては,地理学のみならず隣接分野においても,ほとんど研究されてこなかった.かかる状況に鑑み,本論文の意義は高く評価されるべきである.

 本論文は9章から成る.このうち第1部(第2章〜第5章)は全国的な分析であり,第2部(第6章〜第8章)は事例研究である.

 まず第1章では,研究の目的,関連する既存研究,研究の対象と方法を提示した.

 第2章では,旧軍用地の形成過程を全国的に概観し,その取得過程及び立地特性に基づいて,旧軍用地を都市立地型と非都市立地型の二大類型に分類した.

 第3章では,第二次世界大戦後における旧軍用地の転用に関する政策を,国有地の管理・処分の方針,国土利用開発政策,安全保障政策の三つの面から分析し,土地利用政策における旧軍用地の重要性を明らかにした.

 第4章では,旧軍用地の具体的な転用過程を,住宅地図・地形図を用いた詳細な土地利用の検討を中心に全国的に分析し,都市立地型の旧軍用地においては官庁・学校・大規模公園への転用が卓越すること,非都市立地型の旧軍用地においては農地への転用と防衛施設としての利用が卓越することを明らかにした.

 そして第5章では,上記のような全国的な転用過程の特徴を整理し,都市立地型と非都市立地型とにおける転用過程の相違を明らかにした.

 第6章では,関東地方における旧軍用飛行場を事例として,膨大な資料の収集・解析及び現地調査によって転用の実態を類型化し,(1)開拓地経由型と米軍用地型に分けられること,(2)土地利用類型を更に農地型,工業用地型,官庁・公園型,防衛施設型,飛行場型に細分出来ること,(3)これらの土地利用類型が首都圏の空間構造を反映して東京を中心に同心円的に配列されていることを明らかにした.

 第7章では,旧軍用飛行場の主要な転用類型の一つである開拓地経由型の転用について,関東地方の事例調査に基づいて検討し,(1)旧軍用飛行場は,戦後開拓においてきわめて重要な役割を果たしたこと,そして(2)開拓地におけるその後の動向及び工業用地などへの再転用の過程においても,旧軍用飛行場であったことによる地理的・社会経済的な特性が強く影響したことを明らかにした.

 第8章では,旧軍用飛行場のもう一つの主要な転用類型の一つである米軍用地経由型の転用について,同じく関東地方の事例調査に基づいて検討し,(1)第二次世界大戦後の米軍・自衛隊用地の取得過程において旧軍用飛行場が大きな役割を果たしたこと,そして(2)米軍用地の返還による跡地利用が都市の空間構造及び都市計画に多大な影響を及ぼしたことを明らかにした.

 そして第9章では,結論として,上記の分析によって得られた知見を整理した.

 以上のように本論文は,従来見過ごされてきた旧軍用地の転用過程に着目し,膨大な一次資料の収集・解析及び丹念な現地調査に基づいて,国土利用における旧軍用地の転用過程の重要性及びその実態を明らかにすることによって,地理学及び関連分野に貴重な知見を提供し,多大な寄与をなしたと評価出来る.よって,博士(学術)の学位を授与出来ると認める.

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