審査要旨 | | 本論文は5章からなり,第1章は導入説明,第2章は理論の解説,第3章はチャネリング実験の装置の説明,測定結果,及び考察,第4章は干渉性共鳴励起の実験の装置の説明,測定結果,及び考察が述べられている。そして,第5章に結論がまとめられている。 高速のイオンが結晶内を結晶軸や結晶面に沿って進む現象をチャネリングという。本研究で論文提出者は,放射線医学研究所の重イオン加速器(HIMAC)を用いて,相対論的エネルギーを持つ平行性のよいイオンビームを作り,Si単結晶中のチャネリングの観測を行った。また,チャネリング中に起こる干渉性共鳴励起について詳しく調べた。これらの実験において,Si単結晶として半導体検出器を用いることにより,エネルギー損失との相関測定を行い,さまざまな知見を得た。 最初に,290MeV/uのC6+と390MeV/uのAr17+について,Si結晶中をチャネリングして出射したイオンとSi単結晶中でのエネルギー損失の同時測定を行った。C6+を入射した場合はそのままの荷電で出てくるが,Ar17+を入射した場合は,イオンをAr17+のままのものとAr18+となるものがあるので,それらを分離した。それらのイオンの強度とSi単結晶中でのエネルギー損失の相関を,いくつかのチャネリング条件の下で調べ,シミュレーションによる結果と比較して,エネルギー損失の機構を理解することができた。 本研究の主要部分は,Ar17+イオンの390MeV/uという相対論的エネルギーでのチャネリングに伴う干渉性共鳴励起(resonant coherent excitation,RCE)の実験である。RCEはオコロコフ効果とも呼ばれ,結晶中をチャネリングするイオンが,結晶の周期ポテンシャルを振動電磁場として感じ,その振動数に対応する量子のエネルギーがイオンの励起エネルギーと一致するとき,共鳴的に励起される現象である。 本研究では,Si(220)面チャネリング条件下でのRCEを観測した。この場合のRCE条件は, である。ここで,hはプランク定数,aは格子定数,はイオンの速度,また(cは光速度),は<10>軸からの角度である。 RCEをこのような高エネルギーで観測するのはこの研究が初めてである。従来行われていた,より低エネルギーでの実験に比べて,次のような利点がある。 1)励起確率の高い1次共鳴励起が実現できる。 2)イオンの荷電変換の確率が低いために,結晶内で起きたRCEの情報が透過イオンの荷電状態に反映される。 3)比較的厚い透過型Si検出器(SSD)を結晶として用いることにより,イオンのエネルギー損失との相関測定が可能になる。 RCEの検出は,励起によって電子がn=2の状態に存在する確率が増加することに由来する効果,すなわち,(i)Ar18+へのイオン化の増加,(ii)コンボイ電子の増加,(iii)脱励起X線の増加,によって行った。 まず,Ar18+イオンの割合をの関数として測定すると,2つに分かれたピークが観測された。これは,n=2の準位がスピン・軌道相互作用によってj=1/2とj=3/2の2つの準位に分裂しているからである。また,j=1/2のピークについては,シュタルク効果による分裂も観測された。 イオンのエネルギー損失と荷電状態の同時測定の結果,イオンのチャネリング振動の振幅が大きいほど,RCEの確率が高いことを確認した。さらに,エネルギー損失の小さい,チャネル中央を通り抜けたイオンを選び出して,(1)式で与えられる角度分布から,遷移エネルギーの値を精密に測定することができた。その結果から,n=3の準位への遷移も同時に測定することができればラムシフトの精密測定ができる可能性があることをを示唆した。 コンボイ電子については,RCE条件を満たす場合の強度が,満たさない場合の2倍であった。このような違いは,これまでの低いエネルギーのイオンに関する研究では観測されていなかった。また,j=1/2の準位に対するダブルピークの片方が弱かったが,これは,コンボイ電子の強度はn=2の準位の構成に依存するという理論の予言を裏づけるものである。 また,2個のSi(Li)検出器を用いて,チャネリング面に平行と垂直でビーム方向に対してはともに41°の2方向から脱励起X線の強度をの関数として測定した。その結果,2つの準位への分裂は観測されたが,j=1/2のピークの強度がj=3/2のピークの強度より低かった。これは,前者に,一光子放出では脱励起しない2S成分が多く含まれているという理論計算と一致する結果である。 以上のように,本研究は相対論的なエネルギーのイオンを用いた干渉性共鳴励起を初めて観測して,その利点を生かしたエネルギー損失との同時測定を行ってさまざまな解析を行った,意義のある研究である。 なお,本文中の第3,4章の一部は東俊行氏らとの共同研究であるが,論文の提出者が主体となって分析を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する。 よって本論は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。 |