自然言語に動機し、自然言語を考えるためのモデルを提案し、その解析を数学的にまたコンピュータ・シミュレーションを用いて行った。ここで採られる姿勢は、現存する自然言語の発する時系列を模倣する形式でも、形式言語的厳密さを自然言語に科すものでもなく、認知機構としての側面を強調した形でのアプローチである。一つのエージェントの内部状態と、他のエージェントが存在した場合の状況を摺合わせ、それらが矛盾なく共存しどちら側からの解釈も可能にする構造が追求の対象とされる。 自然言語の本質的理解のためには、それが存在するような構造についての考察が必要であるとの視点から、一つのエージェントの内部に他のエージェントを構成しうるような形でのモデルが試みられている。その際導入されたのは、関数と変数の混同という形式であり、具体的には関数の合成を持つような形での関数方程式の解析を行う。このように混同された形式をもつ関数方程式を、その混同とは別の視点から見ることにより、別の形での関数と変数の分離を調べていくことが方針である。 ここで扱う関数方程式においては、関数の発展に対し、その関数自身がルールを決め、そのルールによって自分が発展するという形式での把握が可能である。その際、全体として発展する関数を、部分関数の寄せ集めとして捉えることにより、関数内部での階層を構成することを行った。そのような分解によって見えるものは、繰り返しにより安定なものとなる構造と、それを基礎にして時間依存して変化するような部分である。その時間依存する部分の運動は、繰り返しに対し不変な部分からそのルールが決められ、そのルールに従って発展する。ここで関数全体として自分の発展規則を決定するという性質は、その時間依存する部分にも引き継がれており、時間依存する運動を行う部分関数は、今度は時間依存するルールをつくり出し、他の部分関数の運動のルールとして働くことになる。そこで動かされる部分関数は再びルールをつくり出し、その他の部分を動かすことが可能である。この過程は再帰的に継続することができる。この性質により、関数方程式を1次元写像の階層的組み合わせととらえ、メタ・ルールの集合体として捉える視点が得られる。 そこで生成される安定な要素の様式と、運動の類別が行われ、ルールとして可能なクラス、その階層化の様式などが初期条件の直接的構成から得られた。 その類別により、ルールの階層のダイナミクスという視点が得られ、階層が変動するような運動が実現されることになる。この変動はルールを決めるということからの支配関係が時間逆転することも含む。そのため、ルールとして規定されるものと、ルールによって動かされるものが反転し、今まではルールに従っていたものが、それまでのルール部分の運動を決定するようになるといった運動が見出されることになる。 数学的解析においては初期関数の直接構成という手段がとられていたため、そこで扱われていたのは関数の中でも扱いやすい、特殊な例であったにすぎない。関数が連続である場合には、非線形写像の性質が強く現れ、そこまでは扱ってこなかったような、入り組んだ構造を持った関数が対象となることになる。特に重要なのは折り畳みの性質であり、このことはカントール・セット上の力学系に近い状況を引き起こし、安定な要素の類別、周期構造の生成、支配関係の変動などに顕著な影響を与えることになる。 シミュレーションではそれらの特徴をつかむと思われるものとして、初期関数の3つのクラスを調べ、それぞれにおいて、要素の弁別、周期構造の生成、支配関係の変動が調べられた。そこで見られているものは、複数の要素が基本的な構造に支えられながら、支配関係を激しく移りかわらせるという状況であり、ネットワークの動的構造という視点を提供する。 また関数方程式の中に、他の関数方程式のダイナミクスを埋め込むことも行われ、ある関数方程式のクラスとしての特殊例が、その関数方程式のクラスに属するものをシミュレートできるような状況を示した。そこでは、関数方程式のクラスとして、そのようなシミュレートの様式の違いが検討され、自然にシミュレートが可能であるような状況、特殊な構成により自己のシミュレートが可能な状況、その中ではシミュレートが可能ではなく、関数方程式の発展の中でそれが可能な状況等の例が示された。このことは自己参照の階層と関数方程式の形式をつなぐものであると考えられる。 これら、あるエージェントが自己を参照して発展することにより、それに固有な構造をつくりだし、その中に安定な部分と、ルール、そのルール、といった階層をつくり出すことと、他の関数の挙動を自己の中につくることができ、他の関数とのコミュニケートという状態を、自己の中で行いうることを連結させることが行われた。この種の構造を自然言語を捉えるための基本方針とし、そこから見出せる文法構造というものが目指されたものである。 文法構造は、力学系の軌道としてのもの、区間の支配関係の時間変化としての時系列、その階層における安定な要素の参照の時系列等多数存在し、それらは互いが互いを限定しあう形で成り立っていることがわかっている。 これらの知見を元に、自然言語に特徴的と思われる構造の動的側面を探り、自然言語を考える際に必要とされる思考を追うことが行われた。 |