超弦理論の双対性の発見以来、5種類の超弦理論は、1つの統一された理論の様々な極限であると考えられるようになった。特に、10次元タイプIIA弦理論の強結合極限は、M理論と呼ばれる11次元の理論であると考えられている。M理論の非摂動的定義は知られていなかったが、Banks,Fishler,Shenker and Susskind[1]によって、行列理論と呼ばれる定式化が提案された。行列理論とは以下の作用で定義される1次元超対称U(N)Yang-Mills理論である。 タイプIIA弦理論のN個のD0ブレーンがこの理論の構成要素である。D0ブレーンは11次元方向の運動量を持っており、全系の運動量はP10=N/Rで与えられる。(ここで、Rはx10のコンパクト化の半径で弦理論の結合定数gs、長さのスケールlsとR=gslsの閲係にある。)この理論で、P10→∞となるような大N極限をとったものが、Infinite momentum frameにおけるM理論の定義であると予想されている。 行列理論は膜状の自由度を含むこと、低エネルギーで重力相互作用を再現すること等、M理論に期待される性質を満たしている事がわかってきた。しかし、行列理論の11次元ローレンツ不変性、ホログラフィー原理との整合性等を検証するには、大N極限におけるゲージ理論の性質を調べることが不可欠で、有効結合定数(gsN)が大きいため解析は困難である。この研究の目的は、D0ブレーンのもう一つの記述である、超重力理論の古典解としての性質を用いて、大N極限の行列理論を解析しようというものである。 Maldacena[2]によってゲージ理論と超重力理論の同等性に関する予想がなされている。AdS/CFT対応と呼ばれるその予想は、典型的なD3ブレーンに関係する場合については、4次元N=4超対称Yang-Mills理論とAdS5×S5上の超弦理論は等価である、というものである。このYang-Mills理論は、D3ブレーンの近距離、低エネルギーにおける振る舞いを記述するもので、AdS5×S5は、超重力理諭のD3ブレーン解のnear-horion極限である。ゲージ理論が持つ超共形対称性とAdS5×S5時空の持つ対称性が同じ群である事が、対応を定式化する上で重要な役割を果たしている。有効結合が強い大N極限のゲージ理論は、超弦理論の低エネルギー有効理論である超重力理論を用いて解析でき、ゲージ理論の相関関数を超重力理論から計算する処方が、Gubser,Klebaoov and Polyakov[3]およびWitten[4]によって提唱されている。 AdS/CFT対応の予想は、non-dilatonicなブレーン(古典解のディラトン期待値が定数であるようなブレーン)についてのものであったが、我々はそれをdilatonicなブレーンであるD0ブレーンに関する場合に一般化し、行列理論を解析した[5]。一般化されたAdS/CFT対応と呼んでいる我々の予想は、行列理論とD0ブレーンnear-horizon背景上の超弦理論が等価であるというものである。この場合も有効結合が強い大N極限のゲージ理論が超重力理論で解析できる。行列理論は共形不変ではないが、一般化された共形不変性(結合定数gsを背景場とみなし、変換させる事によって成り立つ対称性)[6]を持ち、D0ブレーンnear-horizon背景も同じ対称性を持つので、我々はそれを対応の指針としている。 ゲージ理論の相関関数と超重力理論の作用の間に、Gubser,Klebanov and Polyakov[3]に従って、次のような関係を仮定する。 ここで、超重力理論の場をまとめてhIで表し、それに結合する行列理論の演算子をOIで表した。hIにnear-horizon領域の端(r〜(gsN)1/7ls)で境界条件を課し、境界条件の関数としてD0ブレーンnear-horizon背景上で作用を評価したものがSSGである。が行列理論の相関関数の母関数になっていると考える。 (2)に従って超重力理論を用いて行列理論の相関関数を計算する準備として、D0ブレーンnear-horizon背景上で全てのボソン自由度のスペクトラムを調べた。タイプIIA弦理論には、およびというボソン場が存在するが、SO(9)回転対称性に基づいて場をS8上のテンソル構造に応じた球面調和関数に展開し、それぞれのモードについて線形運動方程式を解いた。一例として、S8方向に添字を持つメトリックhij(tracelessとする)を考えよう。hijは適当なゲージ条件のもとで、対称テンソル球面調和関数Yijに展開できる。 ここで、rはEuclid化された時間、zは動径方向の座標、xiはS8上の座標である。lは球面調和関数の次数で、今の場合l=2,3,…である。運動方程式の解は、原点で(r→0;z→∞)有限であることを要請すると、変形Bessel関数で表される。 他の全ての物理的自由度も適当な次数の変形Bessel関数で表される事がわかった。 一般に解のBessel関数の次数がであるような超重力理論のモードと結合する行列理論の演算子Oの2点関数は(2)に従って、以下のように求められる。 この結果から、演算子Oの一般化された共形変換(r→-1r,gs→3gs)についてのスケーリング次元が、=-1+となることがわかる。 次に、上記の演算子Oが何であるかを決定する。そのために、Kabat and TaylorおよびTaylor and Van Raamsdonk[7,8]の結果を利用する。そこでは、行列理論の1ループ有効作用と線形超重力理論の相互作用を比較することにより、超重力理論の場に結合する演算子が特定された。我々は、それらの演算子を候補と考え、SO(9)についての表現と前述のスケーリング次元を比較することにより、全てのモードについて対応する演算子を矛盾なく決定する事ができた。それによると、例えば(4)で定義したモードb(t)と結合する演算子は、 である事が分かった。ただし、球面調和関数の表現に一致するように適当な線形結合をとることとする。また、(…)はフェルミオンを含む項を表している。さらに、=Xm/(gsN)1/7lsによって規格化された場を定義した。 強結合大N極限における行列理論の相関関数が予言できたので、最後にそれが、11次元ローレンツ不変性を反映しているかどうか考察する。ローレンツ不変性より、行列理論のハミルトニアンのN依存性は、1/Nでなければならない。すなわち、Nに比例した時間間隔での理論の振る舞いはNによらないはずである。我々が得た2点関数でr→Nrとすると、 となる。すなわち演算子Oを’boostに関するスケーリング次元’ にしたがってスケールさせるべきであることがわかる。ここで、n±は、演算子が持つ光円錐方向の±添字の数である。’次元’dIMFが演算子のテンソル構造のみから決まっていることは、行列理論のNによるスケーリングが時空の対称性に関連していることを示唆している。しかし、x+はInfinite momentum frameにおける時間であることなどから、dIMF=(n+-n--1-l)が期待されるので、それに比べると±1/5の’異常次元’がある。 この振る舞いの解釈は明らかではないが、一般化されたAdS/CFT対応に基づく超重力理論による解析では行列理論に必要な自由度を取り込めていなかった可能性がある。実際、行列理論の基底状態の広がりは(gsN)1/3ls以上であることが知られており、それは我々の解析の境界(gsN)1/7lsよりも、Infinite momentum frameの領域(gsを固定した大N極限)では大きい。 この振る舞いのより詳しい理解を得ることが今後の重要な課題である。フェルミオン演算子の2点関数、および3点関数の解析は、そのために有用だろう。3点関数は一般化された共形対称性の要請のみからでは形が決まらないので、一般化されたAdS/CFT対応から実際に計算する事が重要になる。また、他のDブレーンに関する場合へのAdS/CFT対応の一般化を試みることも興味深い。また、bulkの超重力理論あるいは超弦理論の自由度をいかにゲージ理論で記述するか、特にS行列をどう構成するかは重要な問題である。その他、一般化された共形代数の表現論の構成も試みるべきだと考えている。 参考文献[1]T.Banks,W.Fischler,S.H.Shenker and L.Susskind,Phys.Rev.D55(1997)5112.[2]J.Maldacena,Adv.Theor.Math.Phys,2(1998)231.[3]S.S.Gubser,I.R.Klebanov and A.M.Polyakov,Phys.Lett.B428(1998)105.[4]E.Witten,Adv.Theor.Math.Phys.2(1998)505.[5]Y.Sekino and T.Yoneya.hep-th/9907029.[6]A.Jevicki and T.Yoneya,Nucl.Phys.B535(1998)335.[7]D.Kabat and W.Taylor,Phys.Lett.B426(1998)297.[8]W.Taylor and M.Van Raamsdonk,JHEP 9904(1999)013. |