学位論文要旨



No 114940
著者(漢字) ドゥオラ,スミタ
著者(英字) Duorah,Smita
著者(カナ) ドゥオラ,スミタ
標題(和) CHSにおける多層膜反射鏡を用いた軟X線分光計測
標題(洋) Soft X-ray spectroscopy using a Multi Layer Mirror on the Compact Helical System
報告番号 114940
報告番号 甲14940
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3704号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉澤,徴
 東京大学 教授 牧島,一夫
 東京大学 教授 小林,孝嘉
 東京大学 助教授 酒井,広文
 東京大学 助教授 半場,藤弘
内容要旨

 プラズマの電子温度測定、電磁流体的力学的(MHD)不安定性の影響の研究、不純物イオンの振る舞いの研究を目的として、100s程度の時間分解能をもつ多層膜反射鏡軟X線分光器を開発し、核融合科学研究所のCompact Helical System(CHS)プラズマで測定を行った。本研究で用いた多層膜反射鏡は人工的に作った周期的なシリコン・タングステン膜構造をもち、その膜厚は軟X線に対してブラッグ反射を起こすように調整されている。

 軟X線分光器は、分散素子である多層膜反射鏡の他に以下の部品で構成される。すなわち、2mm×4mmのピンホールとそれを蔽う8mの厚さのベリリウム膜、軟X線を検出するための20チャンネルシリコンPINダイオードアレイ、電流-電圧変換を行うプリアンプである。波長の軟X線は多層膜反射鏡の表面でブラッグ条件

 

 を満たすときに反射されることを利用してエネルギー分解を行う。ここでdは多層膜の周期厚で、mは反射の次数、mは入射角を表す。

 多層膜反射鏡の反射率とPINダイオードアレイの電子・正孔対生成効率は入射エネルギーに依存する。このエネルギー依存性を測定するために高エネルギー研究所(KEK)の放射光施設を利用した。2.5GeVの電子陽電子蓄積リングから出てくるシンクロトロン放射を分光器で300eV〜1200eVの単色光にして測定した。その結果、多層膜反射鏡の反射率はエネルギーが増大するに従って3%(335eV,m=33°)から25%(1050eV,m=10゜)へ単調に増えることがわかった。このとき、全半値幅で評価したエネルギー分解能は9eV(335eV)から29eV(1050eV)へ増加する。シンクロトロン放射は直線偏光しており、得られた反射率、エネルギー分解能はS波にたいするものである。一方、プラズマからの放射はランダムに偏光しており、偏光の影響を理論から推定する。理論に必要なパラメータ、i)層数N、ii)周期厚d、iii)タングステンの層厚の比を実験値への理論値のフィッティングにより求める。仕様上の周期厚は2d=67.4±1.4Åであるのに対して求められた値は67.6Åである。また、層数は、層厚の比であった。PINダイオ-ドアレイの電子・正孔対生成効率は測定エネルギー全域にわたってほぼ100%であった。

 プラズマからの放射は、自由電子(非束縛電子)の制動輻射(Bremsstrahlung放射)、自由電子が束縛される再結合放射、束縛準位間の放射から構成される。最初の2つは連続スペクトルとなり、最後のひとつは線スペクトルとなってあらわれる。線スペクトルが無視でき、吸収端を含まない波長領域では、電子温度を次式に示す連続スペクトルのエネルギーに対する指数的依存性から求めることができる。

 

 ここで、ne(r)、Te(r)はそれぞれ電子密度、電子温度の小半径方向分布である。また測定された軟X線強度と水素のみの制動輻射強度の比からプラズマ中のイオンの平均的な電荷数を評価することができる。

 多層膜反射鏡軟X線分光器を用いてCHSプラズマにおけるMHD現象の影響を研究した。中世粒子ビームにより加熱されたプラズマではMHDバーストと呼ばれる、間欠的な磁場揺動(10kHz〜33kHzが観測されている。軟X線信号にはS/N比改善のために平滑化がなされ、最終的な時間分解能は0.1ms程度である。そのため、磁場揺動に直接同期した揺動は観測されないが、バーストに同期した軟X線の変調が観測された。この変調の大きさは測定するエネルギーに依存し、5%〜30%である。エネルギーに依存するため、これは密度の変化だけでは説明できない。また、0.2msの時間分解能でHCNレーザー干渉計で測定された密度信号には変調は観測されなかった。密度に変化が見られないことからバースト中不純物の濃度があまり変わらないと仮定できる。一方、中心電子温度が0.5keVで温度の変化が約10%であるとすると軟X線の変調幅を説明することができる。軟X線強度の電子温度に対する敏感な依存性を利用して、その時間変化から電子温度の相対変動を高い時間分解能(0.1ms)で測定することが可能であると考えられる。

審査要旨

 核融合プラズマの研究は、トカマクの高閉じ込めモードにおける境界輸送障壁、負磁気シェアモードにおける内部輸送障壁等の発見によって著しい進展をみせている。輸送障壁形成に際しては、電場が局所的に発生し、これに伴いプラズマのポロイダル回転が観測される。これらの現象は、1ms以下の短い時間スケールで生じる。また、電磁流体力学的(MHD)不安定性によりプラズマ閉じ込めが破壊される現象も、1ms程度の時間スケールで発生する。プラズマ閉じ込めの改善には、このような短い時間スケールでの電子およびイオンの密度、温度等の特性を知ることが重要となる。電子密度および温度を測定する主要な方法としてトムソン散乱があるが、その分解能は10ms程度であるため、上述の現象には適用できない。

 本研究の第一課題として、核融合プラズマにおけるMHD不安定性、不純物イオンの挙動等を研究するために、プラズマの電子密度および温度の測定システムの開発を行った。特に、1ms程度の時間スケールのプラズマ特性を研究するために、100sの応答時間と高いエネルギー分解能を有する多層膜反射鏡軟X線分光器を開発した。本分光器は、分散素子である多層膜反射鏡、2mm×4mmのピンホール、それを蔽う8m厚のベリリウム膜、軟X線を検出するための20チャンネルシリコンPINダイオードアレイ、電流・電圧変換プリアンプからなっている。多層膜反射鏡は周期的シリコン・タングステン膜構造を持ち、軟X線に対し表面でブラッグ反射を起こすように設計されている。

 多層膜反射鏡の反射率とPINダイオードアレイの電子・正孔対発生効率は入射エネルギーに依存している。このエネルギー依存性の評価は、軟X線分光器を開発する上で重要であり、高エネルギー加速器研究機構の放射光施設を利用して行われた。同施設の2.5GeVの電子陽電子蓄積リングから出るシンクロトロン放射は直線偏光しており、得られた反射率、エネルギー分解能はS波に対するものである。他方、プラズマからの放射は無偏光であるため、偏光の影響を理論的に推定する必要があり、膜層数、層厚、タングステンの層厚比の主要3パラメータに基づき、この推定を行った。

 プラズマからの放射は、自由電子の制動輻射、再結合放射、束縛準位間放射の3者からなっている。前2者は連続スペクトルを与え、残りは線スペクトルとなる。放射エネルギーが高いときは、連続スペクトルが重要となるため、その放射強度のエネルギー依存性より電子温度を測定した。また、軟X線と水素のみの制動輻射強度の比からプラズマ中のイオンの平均電荷数を評価した。

 本研究の第二課題として、本軟X線分光器を核融合科学研究所におけるCompact Helical System(CHS)プラズマに適用し、電子温度の測定を行い、トムソン散乱による結果と比較した。これら二つの測定結果の相関は低かったが、その原因はCHSプラズマからの放射エネルギーが低く、不純物イオンから発生する低エネルギーの線スペクトルが優勢であるためと考えられる。このことは本軟X線分光器の価値を低くするものではなく、その有用性は連続スペクトルが重要となる大型核融合装置で期待できる。

 上述の状況を勘案し、CHSプラズマ、特に中性粒子入射により加熱されたプラズマ中に発生する、0.1ms程度の間欠的磁場揺動(バースト)を調べた。この揺動の発生時においては軟X線強度は減少し、その終焉と共に強度が回復することがわかった。この現象は、密度揺動よりも温度揺動との関係が強いことが予想されるが、その解明は今後の研究に残されている。

 以上に見るように、論文提出者は多層膜反射鏡軟X線分光器の開発を行い、ヘリカル系プラズマの測定に適用し、0.1-1msの時間変動を有するプラズマ特性の測定が可能であることを示した。適用したプラズマの温度が低いため、現時点では測定結果は必ずしも十分でないが、本分光器の大型装置での有効性は大いに期待できる。

 本研究は、井口春和、小嶋護、藤澤彰英、松岡啓介他との共同研究であるが、装置の構成、キャリブレーション、CHSプラズマでのMHD揺動の解析等に論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 よって、博士(理学)の学位を授与できるものと認める。

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