核融合プラズマの研究は、トカマクの高閉じ込めモードにおける境界輸送障壁、負磁気シェアモードにおける内部輸送障壁等の発見によって著しい進展をみせている。輸送障壁形成に際しては、電場が局所的に発生し、これに伴いプラズマのポロイダル回転が観測される。これらの現象は、1ms以下の短い時間スケールで生じる。また、電磁流体力学的(MHD)不安定性によりプラズマ閉じ込めが破壊される現象も、1ms程度の時間スケールで発生する。プラズマ閉じ込めの改善には、このような短い時間スケールでの電子およびイオンの密度、温度等の特性を知ることが重要となる。電子密度および温度を測定する主要な方法としてトムソン散乱があるが、その分解能は10ms程度であるため、上述の現象には適用できない。 本研究の第一課題として、核融合プラズマにおけるMHD不安定性、不純物イオンの挙動等を研究するために、プラズマの電子密度および温度の測定システムの開発を行った。特に、1ms程度の時間スケールのプラズマ特性を研究するために、100sの応答時間と高いエネルギー分解能を有する多層膜反射鏡軟X線分光器を開発した。本分光器は、分散素子である多層膜反射鏡、2mm×4mmのピンホール、それを蔽う8m厚のベリリウム膜、軟X線を検出するための20チャンネルシリコンPINダイオードアレイ、電流・電圧変換プリアンプからなっている。多層膜反射鏡は周期的シリコン・タングステン膜構造を持ち、軟X線に対し表面でブラッグ反射を起こすように設計されている。 多層膜反射鏡の反射率とPINダイオードアレイの電子・正孔対発生効率は入射エネルギーに依存している。このエネルギー依存性の評価は、軟X線分光器を開発する上で重要であり、高エネルギー加速器研究機構の放射光施設を利用して行われた。同施設の2.5GeVの電子陽電子蓄積リングから出るシンクロトロン放射は直線偏光しており、得られた反射率、エネルギー分解能はS波に対するものである。他方、プラズマからの放射は無偏光であるため、偏光の影響を理論的に推定する必要があり、膜層数、層厚、タングステンの層厚比の主要3パラメータに基づき、この推定を行った。 プラズマからの放射は、自由電子の制動輻射、再結合放射、束縛準位間放射の3者からなっている。前2者は連続スペクトルを与え、残りは線スペクトルとなる。放射エネルギーが高いときは、連続スペクトルが重要となるため、その放射強度のエネルギー依存性より電子温度を測定した。また、軟X線と水素のみの制動輻射強度の比からプラズマ中のイオンの平均電荷数を評価した。 本研究の第二課題として、本軟X線分光器を核融合科学研究所におけるCompact Helical System(CHS)プラズマに適用し、電子温度の測定を行い、トムソン散乱による結果と比較した。これら二つの測定結果の相関は低かったが、その原因はCHSプラズマからの放射エネルギーが低く、不純物イオンから発生する低エネルギーの線スペクトルが優勢であるためと考えられる。このことは本軟X線分光器の価値を低くするものではなく、その有用性は連続スペクトルが重要となる大型核融合装置で期待できる。 上述の状況を勘案し、CHSプラズマ、特に中性粒子入射により加熱されたプラズマ中に発生する、0.1ms程度の間欠的磁場揺動(バースト)を調べた。この揺動の発生時においては軟X線強度は減少し、その終焉と共に強度が回復することがわかった。この現象は、密度揺動よりも温度揺動との関係が強いことが予想されるが、その解明は今後の研究に残されている。 以上に見るように、論文提出者は多層膜反射鏡軟X線分光器の開発を行い、ヘリカル系プラズマの測定に適用し、0.1-1msの時間変動を有するプラズマ特性の測定が可能であることを示した。適用したプラズマの温度が低いため、現時点では測定結果は必ずしも十分でないが、本分光器の大型装置での有効性は大いに期待できる。 本研究は、井口春和、小嶋護、藤澤彰英、松岡啓介他との共同研究であるが、装置の構成、キャリブレーション、CHSプラズマでのMHD揺動の解析等に論文提出者の寄与が十分であると判断する。 よって、博士(理学)の学位を授与できるものと認める。 |