学位論文要旨



No 114942
著者(漢字) 有田,亮太郎
著者(英字)
著者(カナ) アリタ,リョウタロウ
標題(和) ハバード模型における強磁性と超伝導 : 格子構造との相関
標題(洋) Ferromagnetism and Superconductivity in the Hubbard Model : Correlation with Lattice Structures
報告番号 114942
報告番号 甲14942
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3706号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 高田,康民
 東京大学 助教授 小形,正男
 東京大学 教授 後藤,恒昭
 東京大学 教授 高山,一
 東京大学 教授 宮下,精二
内容要旨

 格子上に束縛された電子の振る舞いを調べることは、現実の分子や結晶中の電子が示す諸現象を考える上で重要な意味をもつ。一般に、電子の運動が格子上に限定された時には、その格子のトポロジカルな構造によって、個々の電子の運動は全く異なった振る舞いを示すことが知られている。たとえば、その格子に対応するバンド構造のエネルギー分散によって電子の有効質量は重くなったりも軽くなったりもするし、波動関数の干渉の仕方が変われば、磁場等の外場に対する応答も全く異なったものになる。このように様々な一電子的(バンド的)性質をもつ個々の電子の運動に電子相関の効果を導入し、その結果生ずる多体系特有の現象を調べることは興味深い。特徴的なバンド構造を持つ系に多体相互作用を導入すれば、特徴的な多体効果が期待できるからである。

 格子上では、電子間クーロン相互作用は、多くの場合、短距離斥力の形で表現され、しばしば非常に強いスピン揺らぎを生み出す。本論文では、強いスピン揺らぎが主役となる多体効果の中でも、最も魅力的な現象である強磁性とスピン揺らぎに媒介される超伝導を格子構造との関連という観点から考察する。

 格子上の短距離斥力を考察する上で最も基本的な模型は、ハバード模型である。この模型では電子間相互作用はオンサイトの2体の斥力のみで表され、ハミルトニアンは以下のように与えられる。

 

 ここで及びはそれぞれi番目のサイトにおけるスピンの電子の生成演算子と消滅演算子、は粒子数演算子、tijはtransfer積分、Uはクーロン相互作用を表す。ハバード模型には長い研究の歴史があり、特に近年では銅酸化物高温超伝導体との関連が指摘されて以来、精力的な研究がなされているが、その単純な構造にもかかわらず、全貌はいまだに明らかでない。

 本論文の前半では、ハバード模型における強磁性を議論する。本題に入る前に、第二章で、まず、強磁性相と非磁性相の相境界を有限サイズの系に対する計算から求められるか、という従来十分に考えられてこなかった問題を議論する。ハバード模型において、かなり一般的な現象として、完全偏極した基底状態がある境界条件の有限系で実現する場合には、境界条件に位相をつけて’ひねる’と基底状態が完全強磁性状態からspin-singletの状態にかわることが知られている。このsingletの状態は、システムサイズのスピン相関波長をもつという興味深い特徴を持つ(スパイラル状態と呼ぶ)が、この状態と完全強磁性状態の熱力学極限における関係はこれまで十分に考察されてこなかった。我々の結果は、熱力学極限においてスパイラル状態と完全強磁性状態は同一の状態であり、適切な境界条件を選ぶことでスパイラル状態の扱いを適切に行えば、有限系の計算から無限系の相図を求めることができることを示唆する。

 近年の解析的、数値的な研究の結果、有限サイズのハバード模型においては、適当な条件下で完全強磁性状態が基底状態になることがわかってきた。中でもMielkeと田崎は、平坦な一体バンドをもつある特定のクラスの模型で、完全偏極した基底状態をが実現することを厳密に証明した。平坦バンド模型は、単に平坦バンドを持つという性質以外に証明上の技術的理由や模型の構成法等の制限から、いくつかの共通の特徴を持つが、それらの中に、ハバード模型における、大きな(フェルミ準位近傍の)状態密度D(F)を利用する強磁性の物理的な本質があるのか、もしあるとすればそれは何かを調べることは、格子構造と強磁性の関連を考える上で興味深いことである。現実の強磁性体では多くの場合D(F)が大きいと信じられているので、このような考察はハバード模型の強磁性と現実の物質における強磁性との関連を考える上でも重要と思われる。

 第三章では、Mielke-Tasakiの機構がより一般的な状況のもとでどの程度普遍的に有効であるかという観点から、密度行列繰り込み群と呼ばれる方法を用いて、一次元の次の二つの状況のもとで強磁性状態が基底状態になり得るかを議論する。Mielke-Tasakiの定理は、平坦バンドが一番下側ないし上側にあるケースでのみ証明が可能であるが、本章の前半で、より一般に平坦バンドがバンド全体の中側にある場合について考察した。その結果、電子間相互作用が小さいときには、バンド間の相互作用が無視できるためにMielke-Tasakiの議論がそのまま成立するのに対し、電子間相互作用が大きくなると、下のバンドの電子の影響が無視できなくなり、かえって強磁性状態が壊れる場合があることを初めて見い出した。さらに、現実の物質では原子間でも斥力が働くことから、バンドの底の大きなD(F)を利用する強磁性に対する、最隣接サイト間に働くクーロン斥力V(通常のハバード模型では無視されている)の効果を調べた。我々の結果は、平坦バンド模型、およびそれに類する模型上の強磁性は、Vに対して安定であり、さらには、適当な格子構造のもとではVが強磁性状態を誘起する場合もあることを明らかにした。

 第四章では、2次元および3次元では大きなD(F)を利用した強磁性が、どのような条件下で実現されるかという観点から、状態密度に発散がある様々な2次元および3次元格子上のハバード模型の磁気的性質を調べた。簡単の為、単一バンドの場合、具体的には2次元三角格子、正方格子、3次元面心立方格子(FCC)、体心立方格子(BCC)の場合を考察した。手法としては、大きなスピン揺らぎを取り入れる手法として近年スタンダードな方法になっているfluctuation exchange(FLEX)近似及びtwo particle self consistent近似とよばれる方法を用いた。これらの手法の3次元系への適用は初めての試みである。また、反強磁性の期待される3次元ハバード模型、具体的には単純立方格子及びBCCの場合についても議論した。

 強磁性的基底状態が証明されているMielke模型や田崎模型、あるいはこれまで数値計算によって比較的小さなUで強磁性的基底状態が実現するとされる1次元模型の多くが三角形を基本構造としていることから、格子構造にフラストレーションがあり、かつフェルミ準位近傍の状態密度力が大きければ強磁性状態が実現するという予想が成立し得る。2次元及び3次元系でも、次近接サイト間にも比較的大きなtransferを導入した正方格子、FCC格子ではバンドの底で状態密度が発散するが、これらの格子においては、低密度領域で強い強磁性揺らぎが得られた。一方で、三角格子や大きな次近接間transferを導入してフラストレートさせたBCC格子ではバンドの中央付近で状態密度が発散するが、この場合にはあまり強い強磁性揺らぎは得られなかった。この傾向は、中間密度領域ではフェルミ面が囲む領域が大きくなり、ネスティングがよくなって強磁性と競合するSDWの可能性が生じるためと理解できる。我々の結果は、少なくともUが小さい領域では強磁性にとってフラストレーションは強磁性にとって十分条件でなく、バンドの底で状態密度がピークをもつことが本質であることを示唆している。

 ハバード模型における超伝導に目を転ずると、近年、有機物や酸化物高温超伝導体における異方的超伝導を念頭において、強いスピン揺らぎに媒介される超伝導の可能性が議論されている。特に、正方格子や、それに類する格子上で定義されたハバード模型に対して、FLEX近似に基づいた計算がなされ、transferの1%程度のエネルギースケールの超伝導転移温度Tcが得られている。しかし、half-filled近傍の正方格子以外の、様々なモードの強いスピン揺らぎを持つ2次元及び3次元の系に対して格子構造との関連という観点からの系統的な計算は、(特に3次元に対して)今までになされていない。第五章では第四章での結果(どの格子のどの電子密度でどのモードのスピン揺らぎが支配的か)を踏まえながら、どの格子で、どのような対称性の超伝導が(単一バンドハバード模型の範囲では)一番有利かをFLEX近似を用いて計算した。具体的には、低密度の、強くフラストレートした正方格子、三角格子、FCC格子における強磁性揺らぎを媒介とするp波超伝導の可能性、half-filled近傍の単純立方格子、BCC格子における反強磁性揺らぎを媒介とするd波超伝導の可能性を、正方格子におけるd波超伝導の場合と比較しながら調べた。

 その結果、スピン揺らぎを媒介とする超伝導は、2次元系及び3次元系ともにp波超伝導はd波超伝導に比べて不利であること、p波超伝導、d波超伝導ともに3次元系よりも2次元系の方が有利であることがわかった。前者に対する理由は、tripletの超伝導は、singletの超伝導にくらべ、スピン揺らぎを起源とするpairing potentialが3分の1しか効かないことと見なせる。後者に対する理由は、3次元系と2次元系ではpairing potentialの各波数方向の広がりはあまりかわらず、この広がりをa、各方向におけるk点の総数をLとおくと、pairingの傾向がおおまかに(a/L)Dでスケールされる(Dは次元)ことから理解できる。我々の得た結論は、高いTcをもつ超伝導が発見された銅酸化物や有機物等が擬2次元系で、ペアリングがd波の対称性を持っていることと関連をもつ可能性がある。

 最後に、第六章において、本論文のまとめと将来の課題を述べた。

審査要旨

 強磁性と超伝導は極めて魅力的な現象であり,その微視的機構の解明は長年にわたり固体物理学の中心課題である.この難問に対して,修士(理学)有田亮太郎提出の学位請求論文においては,電子間相互作用は基本的に短距離クーロン斥力に限定した上で,格子構造によって規定される電子の一体的な運動の違いがこれらの現象を記述する相関関数に如何に反映されるのかをさまざまな数値計算技法を駆使して明らかにした.そして,その結果に基づいて強磁性や超伝導が出現しやすい状況を理論的に考察した.

 さて,英文で6章からなる本論文の第1章では,上述したような電子系の性質を表現する理論モデルとして広く用いられているハバード模型について,その具体的な定義から始めて,強磁性や超伝導に関連した研究の歴史が手短にまとめられている.そして,たとえば強磁性では,ストーナー理論に代表されるようにクーロン斥力Uとフェルミ面での状態密度D(F)の積が大きいことがその出現のための必要条件であると考えられるが,本論文の目指すところはUの大きさよりもD(F)のそれであることが明確にされる.

 次に第2章では,本題からは少し離れるものの,数値計算によって強磁性非磁性相境界を定量的に決定する際には避けて通れない問題が議論される.すなわち,有限サイズ系での完全強磁性状態とシングレット・スピン状態の一つであるスパイラル状態との関連,特に熱力学極限における両者の同一性がいろいろな角度から示唆される.

 第3章では,1次元平坦バンドにおける強磁性の問題が取り扱われる.これはMielkeと田崎の定理(平坦バンドがバンド全体の一番上か下にあると強磁性が出現しうること)を議論の出発点として,平坦バンドがバンド全体の真中にある系,具体的には4角形を基本単位として,その底辺を貫く1次元鎖系では,下のバンドに詰まっている電子との相関効果によって平坦バンドの電子における交換エネルギーの利得が小さくなるので,Uが大きくなると強磁性でなくなることを見出した.そして,強磁性出現にとって平坦バンドの存在だけではなく,その位置自体も重要であることを明確にした.この他,3角格子系での最隣接サイト間クーロン斥力Vの効果も考察したが,その主要な寄与はトランスファー積分を有効的に小さくするという平均場的効果であると結論されている.

 2次元や3次元系における強磁性は第4章で議論される.解析手段は電子電子及び電子正孔両チャネルの揺らぎの部分和を無限次まで取り込んだFLEX近似である.これはRPAよりもずっと進んだ手法ではあるが,Uがバンド幅以下でもその妥当性に疑問符が付く.また,相関関数の計算において保存近似ではないので,これによって定量的な議論はできないが,定性的な傾向は正しく記述しているものと期待される.この点に関して,FLEXよりも少し進んだ近似である2粒子自己無撞着法でのクロスチェックがある.

 さて,今の解析によれば,Uがそれほど大きくない場合,強磁性出現にとって状態密度がフェルミ準位近傍でピークを持つ程大きくなることが必要であるが,さらに,そのピーク位置が重要で,bcc格子のようにそれがバンドの中央付近にあるよりもfcc格子のようにバンド端になければならないと結論された.

 第5章では,同じFLEXを用いて超伝導が調べられた.斥力ハバード模型においては,クーパー対はスピン揺らぎを介在させた有効電子間引力によってのみ形成可能で,ここでは強磁性揺らぎを介するp波対と反強磁性揺らぎによるd波対が考えられた.そして,いずれにしても高い転移温度は得られなかったものの,比較の問題として,2次元正方格子系におけるd波対において超伝導相関が一番強くなることが示された.

 最後に,第6章では得られた結果が要約され,将来の問題が言及されている.なお,本論文の末尾には数値技法に関して2つ,第2章に関連して1つ,そして,各格子構造に対応する一体近似での状態密度に関して1つの計4つの補遺がつけ加えられている.

 以上,各章の紹介とともに本論文で得られた物理学上の知見を解説した.FLEXに由来する定量性の問題点は残るものの,現時点では世界最前線の計算技法を駆使したものであり,また,得られた結果も十分に有用であると判断される.従って,審査員全員が学位論文として充分な水準にあり,博士論文として合格であると判定した.なお,本論文の内容は主に青木秀夫氏や黒木和彦氏らとの共著としてPhysical Review B誌などに既載,あるいは,掲載予定である.そして,これら7つの論文の第一著者である論文提出者が主体となって計算及び結果の解釈を行ったものであり,論文提出者の寄与が十分であると判断される.また,この件に関して青木氏ら11名の同意承諾書が提出されている.

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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