学位論文要旨



No 114945
著者(漢字) 宇都野,穣
著者(英字)
著者(カナ) ウツノ,ユタカ
標題(和) N=20近辺の不安定核の構造
標題(洋) Structure of unstable nuclei around N=20
報告番号 114945
報告番号 甲14945
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3709号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松井,哲男
 東京大学 教授 石原,正泰
 東京大学 教授 片山,一郎
 東京大学 教授 片山,武司
 東京大学 教授 太田,浩一
内容要旨

 近年、安定線から遠く離れた不安定核の研究が、理研のRIビームファクトリー計画をはじめ国内外で実験、理論双方から盛んになされてきている。不安定核では、中性子ハローの存在など、安定核の常識を覆す実験結果が次々と出ており、不安定核の物理は現在の原子核物理学研究のフロンティアの1つとなっている。本論文では、これらの不安定核の安定核との相違の中でもとりわけ特徴的なN=20領域の不安定核の構造をモンテカルロ殼模型を用いて系統的に研究した。

 Naアイソトープの質量の測定[1]からN=20の魔法数がNaで消滅していることが実験的に示唆されて以来、N=20領域の不安定核は魔法数の消滅と関連して非常に興味をもたれてきた。Naアイソトープの質量の測定以後、32Mgのの励起エネルギー[2]やB(E2;)[3]の測定など、Na、Mg周辺のの中性子過剰核ではN=20の閉殼構造が破れ大きく変形していることを支持する多くの実験結果が出ている。一方、Ca近傍の安定核領域ではこのような基底状態の大きな変形は見られず、N=20の閉殼構造が良く成り立っている。

 N=20の魔法数の消滅に関して、理論ではmicroscopicな立場からは殻模型計算[4]などによりこれまで多くの研究がなされてきたが、殼模型では多くの核のハミルトニアン行列の次元が非常に大きく計算が困難になるため、系統的な研究は難しい状況であった。近年、モンテカルロ殼模型[5]が、従来の直接対角化法による殼模型計算が不可能な核に対しても非常に精密に計算可能であることが示され、新しい殻模型計算の有力な手法となっている。本研究ではN=20領域の不安定核に対しモンテカルロ殻模型を適用し、N=20核を含む非常に多くの核について系統的な計算[6]を行った。

 殼模型計算において有効相互作用を決めることは特に重要であるが、本研究では、sd-shell、pf-shell、cross-shellのそれぞれにおいてよく用いられ実験との一致の良い相互作用を組合わせ、これをもとにいくつかの補正をした。相互作用の補正をする上で、特に陽子、中性子数とともに変化していく1粒子エネルギーに着目した。この核子数とともに変化していく1粒子エネルギーは有効1粒子エネルギーとしてとらえられ、2体力の観点からはmonopole相互作用によって特徴づけられている。中性子過剰核では特にアイソスカラー、アイソベクターのmonopole相互作用の各々の個性が有効1粒子エネルギーにおいて非常に重要な役割を果している。ここでは、球形核でありバレンス陽子のないOアイソトープで実験で確かめられているdrip line[7]を再現するようアイソベクターmonopole相互作用を決めた。アイソスカラーの部分は、安定核近傍でアイソベクターの補正が打ち消されるように補正を加えた。

 yrast状態の性質、すなわち2中性子分離エネルギー、エネルギー準位、B(E2)値をモンテカルロ殼模型により計算した。例として、図1にNe,Mg,Siアイソトープのエネルギー準位を示す。得られた計算値は、広い範囲にわたって実験値のエネルギー準位をよく再現していることがわかる。32Mg(N=20)は、N=20を閉殻であると仮定したsd-shell計算ではエネルギー準位が理解されないことも示されている。ここでは図として表示しないが、B(E2)値も32Mgを含め、実験値とよく一致している。

図1:Ne,Mg,Siアイソトープのイラスト準位。黒(白)で示された三角、菱形は各々実験(計算)のを表す。×印は、sd-shell計算でのを示す。

 下の軌道からつめられた配位に対し、中性子がどの程度sdからpf shellへparticle-hole(ph)励起しているかを図2に表示する。N=20近辺のNe,Mgでは確かにsdからpf shellへの励起が多く魔法数が消滅していることが示されおり、例えば32Mgは2p2h励起した状態に支配されていることが理解される。しかしながら、特にN=18,24ではsd Shellの配位と2p2h励起した配位がかなり混ざっているため、これらの間のmixingが非常に重要な役割を果たしていると考えられる。したがって、実際の状況はmixingを仮定しないもともとの"island of inversion"[8]よりもかなり複雑になっている。

図2:sdからpf shellへ励起する平均中性子数。三角、菱形、丸は各々Ne,Mg,Siアイソトープを表す。実線は"island of inversion"[8]により期待される励起数。

 これらの結果に対して理解しやすい描像を与えるため、有効1粒子エネルギーとポテンシャルエネルギー面に基づき結果を議論した。有効1粒子エネルギーの観点からは、中性子過剰核では0d3/2とpf shellの間のgapがかなり小さく、これは陽子が埋まることにより、より安定なshell gapになることを示した。陽子数に依存した有効1粒子エネルギーの変化が核の変形とともに魔法数の消滅に重要な役割を果たしていることを示した。

 さらに、34SiおよびMgアイソトープについては、系統的にyrare状態を計算し、18N24ではparticle-hole励起した状態が低いエネルギーに現われることを示した。最後に、魔法数が消滅する要因について、中性子の有効1粒子エネルギーの変化、陽子の変形、閉殼配位が変形エネルギーをほとんど稼げないこと、Fermi面からN=20gapまでのエネルギー差の4点を特に指摘した。

参考文献[1]C.Thibault et al.,Phys.Rev.C12,644(1975).[2]C.Detraz,et al.,Phys.Rev.C19,164(1979);D.Guillemaud-Mueller et al.,Nucl. Phys.A426,37(1984).[3]T.Motobayashi,et al.,Phys.Lett.B346,9(1995).[4]For instance,N.Fukunishi,T.Otsuka,and T.Sebe,Phys.Lett.B296,279(1992).[5]T.Otsuka,M.Honma,and T.Mizusaki,Phys.Rev.Lett.81,1588(1998),and references therein.[6]Y.Utsuno,T.Otsuka,T.Mizusaki,and M.Honma,Phys.Rev.C 60,054315(1999).[7]H.Sakurai,et al.,Phys.Lett.B 448,180(1999).[8]E.K.Warburton,J.A.Becker,and B.A.Brown,Phys.Rev.C 41,1147(1990).
審査要旨

 本論文は本文7節と補足3節から成る。第1節の導入に続き、第2節で原子核の殻構造と変形についての基礎知識をまとめ、第3節ではこの論文でとりあげる中性子数20の核での閉殻構造の消滅についての実験的事実とそれを説明するいくつかの理論的試みの概観を行った後、第4節、第5節でこの著者の行った理論的研究の方法(モンテカルロ殻模型)と実際に行った計算の手順(特に有効相互作用の補正)が述べられている。第6節ではその結果を、ネオン(Ne)、マグネシウム(Mg)、シリコン(Si)の中性子過剰アイソトープ核のYrast状態(決まった角運動量をもつ最低エネルギー状態)について、2中性子分離エネルギー、1粒子エネルギー、エネルギー準位と電磁遷移確率等を詳細にのべ、変形がおこるメカニズムを分析している。第7節では更にYrare状態と呼ばれる次の励起状態を分析し、Mgのアイソトープ核に焦点を当てて変形のメカニズムについて更に考察した後、最後の節でこの論文の成果をまとめている。本文では主に物理的説明がおこなわれ、計算結果の詳細は補遺に記されている。論文は英文であるが、総じて読みやすくしっかりした論調で書かれている。

 この論文で取り扱われている問題は、近年、理化学研究所等で実験的に調べられている中性子過剰原子核の構造に関するもので、これまで崩壊に対して安定な核で良く成り立っていた殻模型の描像がこのような不安定原子核においても成立するかどうかという問題である。宇都野君がこの研究で特に注目したのは、最近Mg等の同位核で本来単純な殻模型では球対称な閉殻状態になっているはずの中性子数20のところで変形を示唆する実験的証拠が得られたことである。例えば、閉殻をつくるマジック数の上では2中性子分離エネルギーが急激に下がることが知られているが、Mgより陽子数が1つ小さいナトリウム(Na)のアイソトープではN=20を越えると分離エネルギーは逆にわずかに増大する。これは突然基底状態に変形が起った為と理解されている。またMgでも2中性子分離エネルギーに同じような異常が見られるだけでなく、第一2+状態への励起エネルギーが下がり基底状態への電磁遷移確率因子B(E2)が増大するという、変形を示唆する結果が得られた。

 この問題のこれまでの理論的な研究には殻模型の配位混合理論と平均場理論の2つのアプローチがあり、例えばSkyrme型の有効相互作用を用いたHartree-Fock-Bogoliubov近似による平均場理論では、Mgアイソトープ核で変形が起ることを説明するのは難しいとされていた。一方、従来の殼模型理論では配位混合をおこなう軌道の数と粒子数が増えるに従い、対角化する有効ハミルトニアンの次元が天文学的に大きくなり、sd軌道からpf軌道への励起が問題となるこの領域の原子核で計算を行うには技術的に困難な状況であった。宇都野君は、殻模型の配位混合計算を指導教官である大塚教授らが開発したモンテカルロ殻模型の方法で実行し、Ne、Mg、Siの中性子過剰アイソトープ核について系統的に調べ、球対称な殻模型基底状態が励起状態との配位混合によって変形するメカニズムを調べた。

 殻模型の配位混合計算を行うにあたって、有効相互作用をどうとるかが決定的に重要であるが、宇都野君は、そのアイソスピンに依存した部分に特に注意をはらっている。中性子数や陽子数の変化にともなってこの相互作用が核構造の変化に微妙な影響をもたらすことが予想されるからである。宇都野君は、この相互作用の部分を単極子型で近似して、陽子について閉殻構造をもち中性子過剰アイソトープでも変形の現れないことが確認されている酸素核の中性子ドリップラインを再現するように強度を合わせことにより、有効相互作用のアイソスピンに依存した成分を従来の殻模型計算で使われているものから修正した。

 計算の結果、宇都野君は、Ne、Mg、Siのアイソトープ核の2中性子分離エネルギー、励起エネルギースペクトル、電磁遷移確率因子B(E2)等の実験値を系統的に再現することに成功した。特に従来のsd軌道の配位のみを使った殼模型計算で出せなかった、第一2+状態の励起エネルギーとB(E2)因子のを再現できたのは注目すべきで、これはpf軌道への励起状態の基底状態との配位混合が重要であることを意味している。実際、宇都野君は、変形の現われるところでは基底状態においてsd軌道からpf軌道へほぼ2粒子が遷移していることを計算で明らかにしている。この結果で、もう一つ興味深いのは、Mgよりも陽子数が2つ大きいだけのSiでは変形の効果が見られないことであるが、宇都野君の計算はこのこともうまく再現している。

 ではどのようなメカニズムで変形が起っているのか。また、なぜMgに変形が起って、OやSiには起らないのか?この問いに答えるため、宇都野君は変形がない場合の中性子軌道のエネルギースペクトルが陽子数の変化とともにどうかわるかを計算し、通常配位の安定性を分析している。その結果、中性子過剰核では0d3/2軌道とpf軌道の間のギャップが小さくなり、その結果変形しやすくなる。また、Oアイソトープでは変形をもたらすはずの0d3/2軌道が非束縛状態となり変形は起きないことを明らかにした。この結果は、宇都野君が調整した有効相互作用のアイソスカラー部分の強い引力に起因しており、従来の殻模型計算で用いられた有効相互作用では再現できない点が重要である。宇都野君は変形のメカニズムを別の角度から観るため、変形パラメターの拘束条件をいれたHartree-Fock計算でエネルギー面を計算し、中性子の配位の変化によってそれがどう変わるかを調べている。そして、変形を誘導し魔法数が消滅する要因について、中性子の1粒子エネルギーの変化、陽子の変形、閉殻配位の変形によるエネルギー損得、Fermi面からN=20ギャップまでのエネルギー差を指摘している。

 このように、宇都野君の論文は、最近の不安定核に関する実験の進展の中で得られた一見これまでの核構造の常識をかえる興味ある結果が、従来の殻模型の配位混合理論の枠中で、有効相互作用を修正することにより理解できることを示したものである。宇都野君の研究は、この分野の最新の技術を駆使したベンチマーク的な仕事であり、博士論文として十分な内容であると考える。

 なお、本論文の第4節から第6節は、大塚孝治教授、本田道雄博士、水崎孝浩博士との共同研究であるが、論文提出者が主体となって計算および考察を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 従って、宇都野穣君に博士(理学)の学位を授与できると認める。

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