学位論文要旨



No 114947
著者(漢字) 大西,哲哉
著者(英字)
著者(カナ) オオニシ,テツヤ
標題(和) (d,2He)反応による中性子過剰核のスピン・アイソスピン励起の研究
標題(洋) Study of Spin-Isospin Excitations in Neutron Rich Light Nuclei via the(d,2He)Reaction
報告番号 114947
報告番号 甲14947
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3711号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 久保野,茂
 東京大学 教授 太田,浩一
 東京大学 教授 石原,正泰
 東京大学 助教授 宮武,宇也
 東京大学 教授 片山,一郎
内容要旨

 この論文の目的は、中性子過剰核におけるスピン・アイソスピン励起の系統的な研究を行うことである。中性子過剰核はN=Z核とは異なる興味深い特徴を示している。中性子ハローはそのような特徴の一つであり、不安定核ビームを用いた様々な実験で確認されてきた。これまで、中性子過剰核の基底状態に関しては精力的な研究が行われている。理論計算によると、中性子ハローの効果が巨大共鳴状態にも現われることが予想されている。よって、中性子過剰核の巨大共鳴状態の測定は非常に重要なものとなっている。(n,p)型の反応は中性子過剰核における巨大共鳴状態の測定に適していると考えられ、そのような反応の一つである(d,2He)反応は、ガモフテラー遷移やスピン・アイソスピン双極子遷移の研究において、(n,p)反応と比較して様々な利点がある。特にスピン・アイソスピン双極子遷移は中性子ハローに敏感な量と考えられており、その遷移の測定に適していることは重要である。また、近年の理論計算によるとガモフテラー遷移にもハローによる効果がみえるのではないかと示唆されている。以上のことから、本研究では、(d,2He)反応を用いて、6He、9Li、11Be原子核におけるスピン・アイソスピン励起の測定を行い、中性子過剰核の系統的な研究を行うとともに、これらの遷移における中性子ハローの効果についての研究を行った。

 実験は理化学研究所のリングサイクロトロンを用いて行われた。270MeVにまで加速された重陽子を使い、スペクトログラフSMARTにて2陽子対の同時測定を行った。測定量として、6Li、9Be、11B標的に対する微分散乱断面積を、散乱角度で実験室系の17度まで、さらに励起エネルギーとして30MeVまで測定した。11B標的については、偏極分解能Ay、Ayy、Axxの測定も行った。図1に得られた各原子核の微分散乱断面積の励起エネルギー分布を典型的な角度について示した。得られた励起エネルギー分布に対して、準弾性散乱からの寄与を見積もり、各励起状態を求めた。低い励起エネルギーにはガモフテラー遷移、また高い励起エネルギー領域にはスピン・アイソスピン双極子遷移と考えられるピークが測定された。特に、11Be原子核においては、ガモフテラー遷移と思われる新しい状態が、励起エネルギーにして8.2MeVのところに見つかった。

図1:各原子核における微分散乱断面積の励起エネルギー分布破線は、得られた各励起状態。点線は準弾性散乱からの寄与。

 得られた測定量の角度分布はDWBAによる計算と比較された。DWBA計算に寄って各励起状態の角度分布が再現され、Lの値が同定された。微分散乱断面積の絶対値に関しては、実験を再現するための規格化定数が求められた。ただ、9Liの0.0,2.7MeVにおける微分散乱断面積の角度分布や、11Beの7.3,8.2,9.2,11.6MeVの偏極分解能の角度分布に関しては再現性はあまりよくなかった。

 ガモフテラー遷移強度B(GT)並びにスピン・アイソスピン双極子遷移強度B(SFD)が殻模型を用いて計算され、実験との比較が行われた。特にB(GT)に関しては、0度での微分散乱断面積との間に比例関係があり、崩壊から求められた値を使うことで、実験的なB(GT)を正確に求めることができた。

 B(GT)の殼模型の計算においては、Cohen-Kurath(CK)有効相互作用も用いて計算を行い、それぞれの原子核の励起状態を再現する有効相互作用との比較を行った。図2に実験から得られたB(GT)と計算値を各原子核について示した。6He原子核の基底状態のB(GT)は、1.62であり、計算値はCKIHE(CK)相互作用を用いると1.28(1.82)という値が得られた。9Li原子核では基底状態の実験値は0.032であり、これはPSDMK(CK)相互作用を用いた計算で得られた値0.029(0.032)とほぼ一致している。11Be原子核においては、励起エネルギー5MeV以下を足し合わせたB(GT)の値で比較すると、実験値は0.78±0.003であり、中性子ハローの効果を採り入れて、PSDMK2を用いて計算された値は、0.188となり大きな食い違いが見られた。一方従来のCKを用いた計算は、0.73であり、実験値を再現する。これらの比較から、従来から用いられてきたCohen-Kurath型相互作用が中性子過剰核においても、有効であることが分った。

図2:各原子核におけるB(GT)の励起エネルギー分布黒丸は実験から求められたB(GT)。ヒストグラムは計算から得られた励起エネルギー分布を示している。

 B(SFD)に関しては、理論に依存しないで実験値を導くのは難しい。そこで、よく研究されていると考えられる12Bの値を用いることにし、12C(d,2He)12B測定における実験室系4度での測定値から他の原子核のB(SFD)を求めた。その励起エネルギー分布を図3に示し、殻模型による計算結果をヒストグラムで示した。9Liでは殻模型によって実験がよく再現されているが、6Heでは再現性はあまり良くなかった。11Beに関しては、中性子ハローの効果を採り入れた場合並びに採り入れなかった場合の結果をそれぞれ実線、斜線のヒストグラムで示してある。ハローを入れたことによる励起エネルギー分布が低いエネルギーの方に遷移することが確かめられた。このスピン・アイソスピン双極子遷移の平均励起エネルギー()は中性子ハローに敏感な量であると考えられており、理論的には、ハローをがない場合は、=11MeVであり、ハローの効果により、=9MeVになると予想されている。測定の結果、スピン・アイソスピン双極子遷移の平均励起エネルギーは、=8.99±0.98MeVと求められ、理論値と一致する。これから、11Be原子核における中性子ハローの効果がスピン・アイソスピン双極子遷移に確認された。

図3:各原子核におけるB(SFD)の励起エネルギー分布黒丸は実験から求められたB(SFD)。ヒストグラムは計算から得られた励起エネルギー分布を示している。

 また、B(SFD)の強度に関してはそれに比例している微分散乱断面積を質量でプロットすることにより系統性を調べた。図4が、スピン・アイソスピン双極子遷移の実験室系4度における微分散乱断面積の和をプロットした。結果をみると、11B標的において直線関係から大きく離れていることがわかる。これは、11Be原子核におけるハローによる波動関数の影響を表していると考えられる。

図4:スピン・アイソスピン双極子遷移の微分散乱断面積の質量依存性黒丸は実験で得られたスピン・アイソスピン双極子遷移の微分散乱断面積。実験室系で4度における微分散乱断面積の和を使った。点線は見やすくするためにひかれた線。

 以上の結果から、中性子ハローの効果がスピン・アイソスピン双極子遷移に現われることが確かめられた。また、理論計算によるガモフテラー遷移における中性子ハローの効果は、この実験では見られなかった。DWBA計算によって、実験から得られた角度分布を再現することができたが、幾つかの励起状態に関して、不一致が見られ、これらは、殻模型計算における有効相互作用や、核構造に関する不定性と考えられる。B(GT)の計算との比較から、従来の安定核に用いられているCohen-Kurath型相互作用が良く実験値を再現することが分った。

審査要旨

 本論文(「(d,2He)反応による中性子過剰核のスピン・アイソスピン励起の研究」)は、(d,2He)反応を用いて軽い中性子過剰原子核におけるスピン・アイソスピン励起を系統的に調べたものである。特に、(d,2He)反応を使うことにより、スピン・アイソスピン双極子遷移を調べ、この反応が原子核の新しい構造である中性子ハロー構造の一側面を調べる手段として非常に有効であることを実験的に示した。また、ガモフ・テラー遷移についても調べ、中性子ハロー構造との関わりを実験的に明らかにした。

 本研究では、理化学研究所のリングサイクロトロンからの270MeVの偏極重陽子ビームと磁気分析器SMARTを使って、2陽子対の同時測定から(d,2He)反応の測定を行った。特に、6He,9Li,11Beの高励起状態(0-30MeV)までの遷移を17度まで測定し、スピン・アイソスピン励起の測定を行った。得られたスペクトロの解析から、ガモフ・テラー遷移とスピン・アイソスピン双極子遷移を同定し、これらの励起エネルギー分布を得た。特に、11Beの8.2MeVに新しいガモフ・テラー遷移を観測した。また、11Beについては、偏極分解能の測定も行った。

 スピン・アイソスピン双極子遷移は、ハロー性を有すると考えられる原子核11Beでは、5-15MeVに多数観測された。これらの遷移の励起エネルギーの重心は、この領域の原子核のハロー性に強く関わるS1/2軌道の異常低下を取り入れた構造計算から、低エネルギー側に移動すると予想されていた。実験は、まさにハロー性を説明する計算値、9.0MeVに近い8.99MeVであった。また、同遷移強度B(SFD)も、ハロー性を取り込んだ理論計算値を用いることで、矛盾無く説明できることが分かった。以上のことは、ハロー核と考えられる11Beについて成り立つが、そのほかの通常核である6Heや9Liでは起きていない事が観測された。このことから、(d,2He)反応によるスピン・アイソスピン双極子遷移は、原子核の中性子ハロー研究に有効である可能性が明らかとなった。

 また、ガモフ・テラー遷移で、原子核のハロー性の効果が観測にかかる可能性が実験的に調べられた。これまで理論的にこの可能性が指摘されてきたが、実験的には、誤差の範囲以下の小さい効果であることが分かった。

 結論として、不安定原子核物理の研究において、(d,2He)反応により軽い中性子過剰核の特にハロー性についての重要な知見を得る可能性を始めて実験的に引き出した点に本研究の重要な意義があると考えられる。

 なお、本論文は、理化学研究所SMARTグループの共同研究の一環であるが、論文提出者が主体となって、実験の立案から、遂行、データ解析、及び理論解析まで、一貫して行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断できる。

 以上より、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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