No | 114951 | |
著者(漢字) | 小暮,兼三 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | オグレ,ケンゾウ | |
標題(和) | 有限温度場の理論における補助質量の方法 | |
標題(洋) | Auxiliary mass method in finite temperature field theory | |
報告番号 | 114951 | |
報告番号 | 甲14951 | |
学位授与日 | 2000.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第3715号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 物理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 相転移は、実生活においても物理学の研究対象としても興味深い現象である。例えば、水や、液晶、超伝導などは実用化されているし、QCDや電弱理論の相転移は物理学的に非常に興味深い。 その相転移の多くは、量子場の理論を使ってうまく記述する事が出来る。さらに良いことには、場の理論はその技術的な側面において、摂動論的にだけでなく、非摂動論的にも大きく進歩している。このような状況から、我々は、相転移を場の理論を用いて解析する段階に入ったといえるし、また、実際いくつかの試みがなされている。 この論文では、特に、有限温度の場の理論を用いて、温度相転移を解析する。有限温度の場の理論は、統計力学にのみ基づいており、魅力的な理論であるが、相転移温度付近で、摂動論が信頼できなくなるという困難を抱えている。この困難を克服することこそが、この論文の主たる目的である。 この摂動論の破綻が、どのように起こるかを4理論を例にとって以下に直感的に説明する。本論分には、以下に述べることを、ファインマンダイアグラムを用いて、具体的に説明しているが、ここではそれは省略する。0温度においての摂動論は、有効ポテンシャルやn点関数といった量を計算するのに、結合定数のべきで展開して、ある程度のところで展開を止めても、結合定数が小さければ、
であるから、良い近似が得られるというものである。ここに、は任意のオペレーターである。しかし、有限温度においては状況が変わってくる。温度がTで、そのときの場の質量がmT(≪T)である場合、熱浴中にある低エネルギー粒子の数は、
程度である。このため、有限温度の真空においては、
となり,が十分大きな場合には、摂動論が信頼できなくなる。実際これは、2次相転移や弱い1次相転移ではmTが0になったり、非常に小さくなったりするのでしばしば見られる。これが、相転移温度付近で摂動論がしばしば信頼できなくなる理由の直感的な説明である。 この困難を克服するために、我々は、補助質量の方法を提案した。引き続き、4理論を例にとって説明する。この方法は、が(1)程度であれば、摂動論が使えるという事をふまえて、まずはじめに、場に温度程度の大きさの補助的な質量を与えて、摂動論を使って、有効ポテンシャルを計算する。この有効ポテンシャルは、補助的な質量のために信頼できるが、本当の質量での値ではない。そこで、この有効ポテンシャルを本当の質量への値へ補外する。この補外には、有効作用の質量での微分を表す方程式、
を用いる。 この方程式は厳密ではあるが、近似なしで解くことは出来ない。そこで我々は、"super daisy近似"と"局所ポテンシャル近似"を試みた。それぞれについて、この発展方程式(4)は、有効ポテンシャルについての発展方程式、
と
に帰着する。これらの発展方程式(5),(6)を摂動論で計算した初期条件の下で、真の質量のところまで発展させてそれぞれ解いた。その結果、super daisy近似は、1次相転移を示してしまい定性的にすら良い結果を得られなかったが、局所ポテンシャル近似は、2次相転移を示した上、臨界指数などもかなり良く計算することが出来た。また、この方法をO(N)対称スカラー場理論に適用しても同様の結果が得られた。よって今後は、局所ポテンシャル近似を用いて解析を進めることにする。 次に、我々はこの方法をゲージ理論に応用した。まず、超伝導体、液晶の相転移をうまく記述すると考えられている可換ヒグズ模型に適用した。このモデルの相転移は非常に興味を持たれ、多くの研究がなされているが、未にはっきりとした事が分かっていない。我々の結果は、ゲージ結合定数とヒグズ自己結合定数を変化させると、2次相転移が1次相転移に乗りかわるエンドポイントがあることを示した。この結果は、今までに摂動論で調べられていたものよりも、むしろ格子計算に依るものに近く、我々の計算が摂動論で計算した有効ポテンシャルから出発していることを考えると非常に興味深い。我々は、さらに-ジ結合定数とヒグズ自己結合定数を変化させたときの相図を詳しく調べた(図1)。 それから、我々は宇宙物理学においてバリオン数生成の問題と強く関わっていると思われている電弱相転移にこの方法を適用した。このモデルについても、多くの研究がなされているが、やはり未だにはっきりとした事が分かっていない。我々の結果は、ヒグスボソンの質量を変えていくとやはりエンドポイントがあることを示した。この結果も、やはり格子計算に依る解析の結果と同じである。我々は、ヒグスボソンの質量とトップクオークの質量を変えて相図を得た(図2)。また、これと実験から知られている質量とあわせて、バリオン数生成に必要な強い1次相転移は得られないことが分かった。 最後に、我々は局所ポテンシャル近似を改善する方法を提案した。これは、有効作用を
と微分展開して、発展方程式(4)に代入して両辺の整合性から連立編微分方程式を得るものである。局所ポテンシャル近似は、K0=Ks=1とする事によって得られる。実際に我々は、K0,Ksを含めた方程式を求めた。この方程式は、数値的な問題により相転移温度近傍までは解くことが出来なかったが、我々は、原理的には近似を向上させる方法を得たので、今後、数値的な手法の改善、コンピューターの発展等で改善できる可能性はある。 | |
審査要旨 | 本論文は有限温度の場の理論における補助質量の方法について、そのような理論の必要性から解き起こして実際の物理的な系への応用を議論し、今後に残された問題点を明確にしたものである。 相転移と呼ばれる現象は物理学における基本的な現象であり、場の理論という観点からは非摂動論的な分析が要求される分野である。このような現象の信頼できる定式化を与えることは重要であるが、格子ゲージ理論のような全面的に数値計算に依存した定式化以外には、一般的に有効な方法というものは知られていない。格子ゲージ理論も現在のところ計算機の能力に制約され、広い温度領域で連続理論に近い状況での計算は不可能である。 そこで本論文提出者は、解析的な分析と数値計算を組み合わせた一般的な定式化を目標として研究をおこなった。まず有限温度では、温度Tとその温度での系の特徴的な質量mTの比に結合定数が掛かった(T/mT)が、摂動計算における有効結合定数になることを議論し、相転移温度近傍ではmTが小さくなり摂動計算が破綻する理由を直感的に明快な議論で示した。 この摂動論の困難を克服するために、本論文提出者は補助質量の方法と呼ばれる処方を共同研究者と共同で提案した。この方法の基礎になる考え方は既に他の人により議論されていたが、具体的な相転移の議論に数値計算ができるところまで具体的に定式化したのは、本論文提出者達が最初である。具体的には、この方法では作用積分を一般化して全ての高次の量子補正を含んだ形に書いた有効ポテンシャル(あるいは、有効作用とも呼ばれる)を考察する。有効ポテンシャルを質量に関して微分したものはある種の近似の下で非線形の積分方程式を満たすことに着目する。とくに、本論文提出者達が"局所ポテンシャル近似"と呼ぶ近似法は、スカラー場のみを含む理論(Z2模型と呼ばれる→-対称性をもつものと、N個のスカラー場を含むO(N)対称理論の両方)に適用すると、これまでの摂動計算あるいはその修正では不可能であった二次の相転移を明確に示すことを確認し、この処方は臨界指数の計算も含めて非摂動的な分析に有効であることを示した。 このように有効性が確認された定式化を、本論文提出者はより困難な問題であるゲージ理論に応用した。このゲージ理論は物性物理における超伝導とか液晶の相転移の議論に有効であるのみならず、素粒子物理における電弱相転移の研究にも必須のものである。先ず、本論文提出者達は、アーベル的なゲージ模型である可換ヒッグス模型と呼ばれるものを研究し、ゲージ結合定数とヒッグス場の自己結合定数の比を変化させると、2次の相転移が1次の相転移に乗り変わるエンドポイントと呼ばれるものが存在することを示した。これは、摂動論では説明できず、格子ゲージ理論の結果に近く、このことでも本論文提出者の方法が、非摂動的な効果を議論するのに有効なことが確認された。 つぎに、本論文提出者達は、宇宙物理学における重要問題であるバリオン数の生成と密接に関係していると考えられている電弱相互作用における相転移の問題を研究した。宇宙のバリオン数を説明するには、電弱理論における相転移は強い1次の相転移であることが必要であることが一般論から知られている。本論文提出者達は、電弱理論においてもヒッグス粒子の質量を変えてゆくとやはり1次の相転移と2次の相転移が移り変わるエンドポイントが存在することを示した。これは、格子ゲージ理論による数値分析とよく一致している。さらに、最も重い素粒子でフェルミ粒子でもあるトップクオークの質量を変化させた分析を行い、実際に測定されたトップクオークの質量の領域では1次の相転移は許されず、従って現在の素粒子の標準理論では宇宙のバリオン数生成の機構がうまくゆかないことを示唆した。 さらに、本論文提出者達は"局所ポテンシャル近似"の理論的な正当化とか限界を明確にするために、より高次の効果を取り入れた模型を研究した。この考察自体は、数値計算の困難さのため未完成ではあるが、基本的な定式化が与えられており、将来この方面の研究を行う基礎付けを与えたといえる。 この共同研究において、本論文提出者は理論の定式化の初期の段階から研究に参加し、数値分析の大半を分担し主要な貢献を行った。したがって、本論文は物理学特に素粒子理論における博士(理学)の学位を授与するのに十分値するものと審査員一同判断した。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/54758 |