星生成の機構は、天文学上の基本的な問題にもかかわらず、未だ謎に包まれている。近年の観測的研究の結果、星の生成過程は静的なものではなく、極めて活動的なものであることがわかってきた。その最も際立ったものが、若い星からのX線放射の発見である。X線による観測から、原始星、Tタウリ型星といった太陽よりも年齢がずっと若い星において、太陽コロナよりも高温のプラズマが存在し、また太陽フレアよりも規模の大きいフレアが起きていることがわかってきた。しかし、何故これら若い星に高温のプラズマが存在するのか、その温度は何によって決まっているのか、何故巨大なフレアが生じるのかは、未だわかっていない。本研究の目的は、「あすか」衛星を用いてT Tauri型星、原始星からのX線放射を観測し、そのX線放射機構を明らかにすることである。 質量が太陽と同定度の低質量星の進化は、分子雲コアの収縮、原始星、Tタウリ型星へと進むと考えられている。赤外線からサブミリ波にかけてのスペクトルから若い星は4つのクラス(Class 0からClass III)に分類され、それらは星生成の進化段階に対応していると考えられている。1980年代、Einstein衛星は、Tタウリ型星からのX線放射の検出に成功した。その後のEinstein,ROSAT衛星による詳細な観測の結果、Class II,Class III天体には定常的に1 keV程度の高温のプラズマが存在することが示された。これは太陽コロナよりも1桁高い温度である。またClass II,Class III天体に、太陽フレアよりも5桁程大きいエネルギー放出を伴う巨大なX線フレアが存在することが示された。1990年代に入り、ROSAT,「あすか」衛星によって、さらに前の進化段階にあるClass I天体からもX線放射があることが示された。しかし、X線放射が検出されている原始星の数は未だ少なく、系統的な議論ができる段階には至っていない。 本研究では、「あすか」衛星を用いて2つの星生成領域IC348とL1630の観測を行なった。IC348はペルセウス分子雲に位置し、その距離は300pc程度と見積もられている。星密度は1立方パーセク当たり370個と見積もられ、星生成領域の中でも最も星密度が高いものの一つである。年齢は数百万年程度と見積もられ、Class II,Class III天体が数多く含まれている。一方L1630はオリオン分子雲に位置し、その距離は460pc程度と見積もられている。L1630はClass 0,Iの原始星から、Class II,IIIのTタウリ型星までを含んでいる。よって、これら2つの領域を観測することにより、Class 0天体からClass III天体までのX線放射の研究を行なうことができる。 「あすか」衛星の弱点は位置分解能が良くないことである。星生成領域のようにX線源が密集している領域を観測する場合、X線源同士の像の重畳が問題となり、正しいX線強度やスペクトル情報を得ることが難しい。本研究では2次元画像フィット手法を駆使し、この困難を克服した。2次元画像フィット手法は宇宙X線背景放射の研究を行なうために開発されたが、これを星生成領域の研究に応用したのは本研究が初めてである。 我々は、「あすか」衛星によるIC348の観測から、20個のX線源を検出した。一方、Preibish et al.1996は解像度の良いROSAT衛星を用いてIC348を観測し、116個のX線源を検出した。我々が検出した20個のX線源のうち19個はROSATのX線源に同定された。観測されたX線源は、Class IIとClass III天体だと考えられる。そのうち10個の点源からは充分な統計のX線スペクトルを取得でき、それらは全て一温度の高温希薄プラズマからのX線放射で良く説明できることがわかった。その温度は2.0-5.7keVの範囲に分布していた。一方、ROSAT衛星の観測結果では、スペクトルの得られた15個のX線源の温度は1keV程度と我々の結果よりも低い値を示した。この傾向は、「あすか」衛星とROSAT衛星の両方でスペクトルが得られた8個の点源についてもみられている。「あすか」衛星で観測された高温のプラズマの存在を確認するために、中心領域の半径4’の円形領域からX線を集め、統計の良いX線スペクトルを取得した。この領域は複数のX線源を含むが、スペクトルフィットを行なったところ〜3keVの一温度の高温希薄プラズマからのX線放射で良く説明でき、〜3keVの高温のプラズマの存在が確かなものとなった。これを2温度の高温希薄プラズマモデルでフィットすると、温度が約1keVと3keVのモデルで説明ができ、「あすか」とROSATの両方の結果を無矛盾なく説明できることがわかった。IC348のX線源は1keVから3keVに及ぶ多温度のプラズマを形成していると考えられる。 L1630の観測からは7個のX線源を検出した。その内の一つは、Class I原始星SSV63EとSSV63Wに同定された(図1参照)。ただし、ASCAの位置分解能ではどちらがX線放射源なのかは決定できなかった(以下SSV63E+Wと呼ぶ)。過去にEinstein衛星が軟X線でこの領域を観測したが、SSV63E+WからのX線放射は検出されなかった。静穏時のX線強度は1×1032erg s-1と大変大きなものであった。SSV63E+Wからは統計の良いX線スペクトルが得られ、1温度の高温希薄プラズマモデルで良く説明できた。温度はkT=2.4(1.4-5.0)keVと高く、吸収柱密度はNH=1.6(1.0-2.4)×1023cm-2と非常に強い吸収を示した。強い吸収は、SSV63E+Wが分厚いダストに覆われていることを示している。また「あすか」衛星による観測中にX線フレアが見られた。フレア時のX線強度のピークは静穏時の9倍に及び、フレア時のスペクトルは静恩時と同様高温(kT=7.7(4.2-19.3)keV)かつ強い吸収(NH=1.2(1.0-1.5)×1023cm-2)を受けたものであった。 図1:「あすか」SISで得られた原始星SSV63E+WまわりのX線画像。左図は0.7-2.0keV領域の軟X線画像、右図は2.0-8.0keV領域の硬X線画像を表す。図中、番号を伴なった記号は1はHH24MMS(Class0)、2はHH25MMS(Class0)、3はSSV59(Class I)、4はSSV63W(Class I)、5はSSV63E(Class I)、6はSSV61(Class II)、7はSSV63NE-1(reflection nebulae)、8はSSV63NE-2(reflection nebulae)を表している(Cohen & Schwartz 1983,Bontemps et al.1995,Zealey et al.1992.,Moneti & Reipurth 1995より)。 本研究の「あすか」による原始星SSV63E+WからのX線放射の検出は特筆すべき成果であった。何故ならば、(1)R Coronae Australis(R Cr A)やOphiucus分子雲に比べ、比較的遠方にあるオリオン分子雲にある原始星にもX線放射があることが初めて発見されたこと、(2)L1630が代表的な巨大分子雲(GMC)であるオリオン分子雲に属し、X線を放射しているSSV63E+Wが、と、R Cr AやOphiucusの中の原始星()に比べて比較的重いという特徴があったことによる。今回の結果は、分子雲の距離や、原始星のサイズに拘らず、そのX線放射は似た性質(高温、強い吸収、X線フレア)を示すということを確認するものである。 IC348からは、5つのフレアが観測された。このうち統計の良い2つのフレア(Class II天体s10とClass III天体s8)と、L1630のClass I原始星SSV63E+Wのフレアにおける減衰時間の解析から、フレア領域の電子密度、放射領域の大きさ、磁場の強度を見積もった。s10,s8,SSV63E+Wの電子密度はどれも〜1011 cm-3であり、磁場の強さは100〜200gaussであった。放射領域の大きさは、SSV63E+Wが2×1033cm-3なのに対して、s10は0.6×1033cm-3,s8は0.3×1033cm-3と小さめであった。原始星SSV63E+Wの放射領域は、原始星の中心星と星周ディスクにまたがって形成された磁気ループが、中心星と星周ディスクの差動回転によって成長し、捻れて、ついに磁力線のつなぎ変えによってエネルギーを解放するというモデルと一致するものである。 太陽のマイクロフレアから、原始星のフレアに至るまで、温度と放射量度の間に巾関数であらわされる相関があることが観測的にわかりつつあり、Shibata & Yokoyama(1999)はこれらの相関を磁力線のつなぎ変えに基づいたフレアモデルで説明をした。本研究で観測されたs10,s8,SSV63E+Wのフレアも同じ相関の上に乗り(図2参照)、これらのフレアが磁力線のつなぎ変えによって生じていると解釈される。このモデルに従えば、原始星、Tタウリ型星のフレアのパラメータと太陽フレアのパラメータの違いを説明することが可能であった。 図2:太陽のマイクロフレア、太陽フレア、T Tauri型星のフレア、原始星のフレア、連星系の星のフレアにおける、温度対放射量度の図(Shibata & Yokoyama 1999より)。EM-T相関曲線EM∝B-5T17/2(EM:放射量度、B:磁場の強度、T:温度)が、B=15,50,and 150 Gに対して描かれている。本研究で観測されたSSV63E+W,s10,s8の値も図中に表示してある。 さらに本研究では、Tタウリ型星のフレアがこのような磁力線のつなぎ変えモデルに基づくものであることを示唆する新たな観測的な証拠を得た。X線源s10のフレアにおいて、2.0-7.0keVの硬X線の光度曲線の立ち上がりが、0.7-2.0keVの軟X線の光度曲線の立ち上がりよりも早いことが観測された(図3参照)。スペクトル解析と合わせで、これは温度上昇のピークが放射量度増大のピークよりも早いことを示している。太陽フレアではこのような現象は観測されていたが、Tタウリ型星で観測されたのは本研究が初めてであった。これはTタウリ型星のX線フレアが彩層蒸発を伴う磁場のつなぎ変えモデルで説明が可能であることの傍証を与えるものである。 図3:IC348中心領域でX線源s10から観測されたフレアのX線光度曲線。上図は2.0-7.0keVの硬X線領域、下図は0.7-2.0keVの軟X線領域の光度曲線を表す。 本研究で得られた重要な結果を以下のようにまとめる。(1)L1630内のClass I原始星からフレア活動を伴ったX線放射を発見した。(2)IC348内のTタウリ型星に、温度が〜3keVの高温プラズマがあることを発見した。(3)Tタウリ型星のフレアで、温度のピークが放射量度のピークよりも先に来る現象を観測した。(4)IC348,L1630の原始星、Tタウリ型星に見られるフレアの物理パラメータと太陽フレアのパラメータの違いが、磁力線のつなぎ変えモデルから解釈できることを示した。 |