No | 114953 | |
著者(漢字) | 片岡,淳 | |
著者(英字) | Kataoka,Jun | |
著者(カナ) | カタオカ,ジュン | |
標題(和) | X線を用いたTeVガンマ線放射ブレーザーの速い時間変動の研究およびジェット内部での粒子加速への示唆 | |
標題(洋) | X-ray Study of Rapid Variability in TeV Blazars and the Implication on Particle Acceleration in Jets | |
報告番号 | 114953 | |
報告番号 | 甲14953 | |
学位授与日 | 2000.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第3717号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 物理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 近年線観測衛星により、60個以上に及ぶ活動銀河核からGeV(109電子ボルト)線が検出され、注目を集めている。これら全てはブレーザーと呼ばれる、活動銀河核の中でも特に激しい時間変動性を示す天体と同定された。このうち、Mrk421,Mrk501,1ES2344+514,PKS2155-304の4つは、地上のチェレンコフ望遠鏡でTeV(1012電子ボルト)線の放射が検出された特異な天体といえる。ブレーザーでは、磁場を持つジェットの中で電子が相対論的な速度まで加速され、その非熱的放射が、ジェットが視線方向を向くことによるビーミング効果により強められて観測されると考えられている。近年の多波長観測により、電波から線にわたるブレーザーの光子スペクトルの全貌が明らかになってきたが、その放射機構については多くの議論が残されている。また、ジェット内部での時間変動や粒子加速の機構については全く解明されていない。本論文では、4つのTeVブレーザーをX線天文衛星ASCA及びRXTEで長期的に観測し(1993年-1998年)、時間変動とスペクトル変化の両面から研究を行なった。ブレーザーの時間変動、特に一日程度で激しい振幅を示すフレアと呼ばれる現象の起源を系統的に調べ、時間変動を決めている素過程やジェット内部の物理量に新たな制限を与えることに成功した。 ASCA衛星は0.5keVから10keVのX線領域で過去最高の検出感度を有しており、天体のスペクトルや時間変動を精度良く調べることができる。RXTE衛星は2keV以上を対象とし、硬X線領域で大有効面積を生かしたモニター観測を得意とする点でASCAとは相補的である。我々は、4つのTeVブレーザーをASCAで延べ37回、またRXTEはアーカイブを含め延べ288回観測し、5年間の全データ解析を行なった。近年行なわれた多波長観測の多くは非同時であり、激しい時間変動を特徴とするブレーザー天体を理解する上で致命的であった。我々の観測では、特にMrk421(図1左)とMrk501(図1右)の30観測が地上のWhippleチェレンコフ望遠鏡との完全同時観測、また7観測はEGRETとの同時観測であり、様々な放射輝度における天体のスペクトル解析と時間変動の研究が初めて可能になった。 ブレーザーのスペクトルは長波長側が高エネルギー電子のシンクロトロン放射、短波長側が同じ電子による逆コンプトン散乱と考えられている。TeVブレーザーの場合、X線領域はシンクロトロン放射成分の高エネルギー端に相当し、時間変動を調べる上で最も感度の高い波長帯である。逆コンプトン散乱でこれに相当するのはTeV 線領域であり、両波長での時間変動を調べることは、放射領域の大きさやジェット内部の磁場の強さに強い制限を与え得る。更に、これらのTeVブレーザーの多波長スペクトルは、逆コンプトン散乱される光子が同じ高エネルギー電子からのシンクロトロン放射のみであるとする、SSC(synchrotron self-Compton)モデルで良く説明される。外来光子の影響を無視できるため、TeVブレーザーはジェット内部の物理を直接探る上で理想的な系といえる。過去における研究の多くは放射スペクトルのみを対象としたが、我々の解析ではスペクトルと時間変動を統一的に扱うことに成功した。 完全な同時観測の結果から、Mrk421とMrk501について、X-線とTeV 線の輝度変動に正の相関があることが明らかになった。両波長の相関は過去の観測から示唆されてきたが、観測の非同時性や不連続性が結論を困難にしていた。我々の解析から、1日程度の短い変動から1年といった長期変動まで、両波長の輝度変化が良く相関していることが分かった。これにより同じ空間領域、エネルギー領域の相対論的電子がX-線/TeV 線の放射に寄与していることが確実になった。 X線におけるスペクトル解析から、TeVブレーザー全てに対してシンクロトロン成分のピークを検出することに成功した。特にMrk421とMrk501に関してはピークのエネルギー(Ep)とピークでの放射輝度(Lp)の間に明確な相関を発見した(図2)。相関の仕方は両天体で全く異なっており、Mrk421では一桁程度の輝度変動に対してピークの移動は0.5-2keVと僅かである。一方で、Mrk501の場合は同程度の輝度変動が1-100keVに至る大きなピークの移動を伴う。これらの結果は、ジェット内部での加速機構やフレアの機構が両者で明確に異なることを示唆する。 エネルギーEpの光子を放射する電子のローレンツ因子をp,個数をN(p)とすると、Mrk421ではN(p)∝の関係があり、フレアの最中に電子数が増加することが分かる。Mrk501の場合はN(p)∝であり、ピークの電子数がフレア中に逆に減少する。つまり、Mrk421のフレアでは新しく注入されたエネルギーが電子の数を増やすことに用いられるが、Mrk501の場合は、一部の電子のみを選択的により高いエネルギーまで加速することが明らかになった。 これらの観測事実は、両者におけるジェット内部の構造の違いを知る上で、重要な示唆を与える。Mrk421の場合、ジェット内部は低いエネルギーをもつ豊富な電子雲で満たされていると考えられ、ジェットの運動エネルギーの多くが、電子に均等に分配される。従って、エネルギーの散逸(ジェットの減速)がX線/線の放射領域で既に顕著であると考えられる。Mrk501ではジェット内部に電子雲が少なく、エネルギーの散逸が少ない。興味深いことに、X線/線の放射領域より距離にして100倍程度「下流]に位置する電波領域の観測から、Mrk501では超光速運動が確認されたが、Mrk421からは確認されていない。この結果は、X線の観測からの示唆とも矛盾しない。 X線領域の時間変動に関しては、特にMrk421の1週間にわたる連続観測から、多くの新しい知見を得た。まず、TeVブレーザーのフレアはほぼ連続的に毎日起きていることが明らかになった。構造関数(structure function)を用いた系統的な解析により、典型的なフレアの時間スケールは約1日程度であることが示された。更にこれよりも短い時間スケールでは変動成分が著しく減少し、パワースペクトル密度でベキが-2から-3といった、ショット雑音的な変動を示すことを発見した。これは、Seyfertや系内ブラックホール天体の降着円盤に由来する速い時間変動のベキが概ね-1から-2に分布し、フラクタルな構造を示すのと対照的である。 従来の観測では低エネルギー側の時間変動が高エネルギー側の変動より遅れる現象が示唆され、高いエネルギーの電子ほど磁場中で速くエネルギーを失うというシンクロトロン冷却効果が提唱されてきた。本論文におけるMrk421の長期観測中も同様な「遅延」が観測されたが、値は以前の観測より小さく、またフレア毎に遅延の大きさが変動していることが明らかになった。更に、いくつかのフレアでは高エネルギー側の変動が低エネルギー側の変動に遅れるといった、逆方向の遅延が確認された。このような遅延はシンクロトロン冷却効果だけでは説明できない。更に、フレアの多くは立ち上がり時間と減衰時間がほぼ等しく、対称な時間プロファイルを持つことが分かった。減衰時間はシンクロトロン冷却から予想される時間スケールよりも一桁程度長く、電子の冷却時間が直接フレアの減衰時間を決めているのではないことが示された。フレアの対称性は、低エネルギー側に行くほど崩れることを発見した。 高エネルギー側の変動が低エネルギー側の変動に遅れるといった現象は、低いエネルギーを持つ電子が、ジェット内部の衝撃波面で次第に高いエネルギーまで加速されるといった、放射冷却とは逆方向の物理を示唆する。また、フレアの形状の対称性は、速い時間スケールで起きている電子加速/シンクロトロン冷却がより長い時間スケールのフィルタで鈍されて観測されていることを示唆する。最も単純には、光が放射領域を横断する時間スケールR/cが寄与していると考えられる。実際、時間変動の遅延より見積もった磁場の値から、軟X線や紫外波長では電子の冷却時間がフレアの減衰時間より長くなることが予想され、対称性が崩れはじめる事実とも矛盾しない。これらの観測結果より、少なくとも(1)電子の加速時間,(2)電子の放射冷却時間,(3)光の(放射領域)横断時間,(4)電子の注入時間といった4つの時間スケールがブレーザーの時間変動を決める要素として重要である。 本論文で得られた知見は、従来唱えられてきたSSCモデルを強く支持するものである。そこで、一様な放射領域を仮定したSSCモデルに基づき、TeVブレーザーの放射に寄与する物理量を系統的に見積もった。観測量の不定性を考慮した多波長スペクトルと時間変動の制限を併せることで、磁場の強さ:B0.1-0.4(G),ビーミング因子:10-40,放射領域の大きさ:R10-3-10-2(pc),電子の最大ローレンツ因子:max5×104-4×105などが観測と矛盾なく得られた。更に、我々が得た知見を検証するため、時間発展を考慮したSSCモデルを新たに開発した。従来のモデルの多くは定常状態の放射を仮定し、ブレーザーの示す時間変動を議論することは不可能であった。本論文では、上記4つの時間スケールを採り入れたモデルを構築し、観測結果が矛盾なく説明されることを示した。特に、電子がmaxに近い場合は、電子の加速時間と冷却時間がほぼ等しくなり、"高エネルギー側の変動が低エネルギー側に遅延する"現象が観測され得ることを示した。 | |
審査要旨 | 近年線観測衛星により、60個以上に及ぶ活動銀河核からGeV(109電子ボルト)線が検出され、注目を集めている。これら全てはブレーザーと呼ばれる、激しい時間変動性を示す天体と同定された。本論文はこの中でも、TeV(1012電子ボルト)線の放射が確認されている4つの天体(Mrk421,Mrk501,1ES2344+514,PKS2155-304)に着目し、X線天文衛星「あすか」「RXTE」を用いて観測を行い、時間変動とスペクトル変化の両面から研究を行なったものである。 ブレーザーでは、磁場を持つジェットの中で電子が相対論的な速度まで加速され、その非熱的放射が、ジェットが視線方向を向くことによるビーミング効果により強められて観測される。放射スペクトルは長波長側が高エネルギー電子のシンクロトロン放射、短波長側が同じ電子による逆コンプトン散乱と考えられている。TeVブレーザーの場合、X線領域はシンクロトロン放射成分の高エネルギー端に相当し、逆コンプトン散乱でこれに相当するのはTeV 線領域である。したがって、X線とTeVガンマ線の観測は、ブレーザー天体という宇宙の巨大加速器の機構や、そこで加速される粒子の中でも最高エネルギー近辺の物理を探る上で極めて大切である。 一方で、こうした研究は、本論文以前には、極めて不完全なものであった。本研究では、TeVブレーザーの時間変動、特に一日程度で激しい振幅を示すフレアと呼ばれる現象の起源を系統的に調べ、変動を決めている素過程やジェット内部の物理量に新たな制限を与えることにはじめて成功したといえる。 観測した4つの天体のなかで、完全な同時観測の結果から、Mrk421とMrk501について、X-線とTeV 線の輝度変動に正の相関があることが明らかになった。これにより同じ空間領域、エネルギー領域の相対論的電子がX-線/TeVガンマ線の放射に寄与していることが確実になった。さらに、X線におけるスペクトル解析から、TeVブレーザー全てに対してシンクロトロン成分のピークを検出することに成功した。特にMrk421とMrk501に関してはピークのエネルギー(Ep)とピークでの放射輝度(Lp)の間に明確な相関を発見した。相関の仕方は両天体で全く異なっており、Mrk421では一桁程度の輝度変動に対してピークの移動は0.5-2keVと僅かである。一方で、Mrk501の場合は同程度の輝度変動が1-100keVに至る大きなピークの移動を伴う。これらの結果は、ジェット内部での加速機構やフレアの機構が両者で明確に異なることを示唆する。 本論文の大きな成果として挙げられるのは、高エネルギー側の変動が低エネルギー側の変動に遅れる現象を発見したことである。従来の観測では低エネルギー側の時間変動が高エネルギー側の変動より遅れる現象が示唆され、高いエネルギーの電子ほど磁場中で速くエネルギーを失うというシンクロトロン冷却効果が提唱されてきた。本論文におけるMrk421の長期観測中も同様な「遅延」が観測されたが、値は以前の観測より小さく、またフレア毎に遅延の大きさが変動していることが明らかになった。更に、いくつかのフレアでは高エネルギー側の変動が低エネルギー側の変動に遅れるといった、逆方向の遅延が確認された。このような遅延はシンクロトロン冷却効果だけでは説明できない。これは、低いエネルギーを持つ電子が、ジェット内部の衝撃波面で次第に高いエネルギーまで加速されるといった、放射冷却とは逆方向の物理が同時に寄与している事を強く示唆する。 本研究でおこなわれた観測により、ブレーザー天体ではフレアの時間スケール(1日程度)よりも「速い」変動は強く制限されている事が明らかになった。これは、X線がジェットの中で一様に放射されているのではなく、中心ブラックホールから距離にして1017-18cmの所で選択的に起きていることを示唆する。本論文は、ブレーザー天体の時間変動の研究を通じて、こうした活動銀河核の中心天体にまで議論を進めた初めてのケースであるといえる。 本論文では、観測結果を解析するばかりではなく、新しい理論モデルとして、時間発展を考慮したSSCモデルを新たに開発し、理論の面からも詳細な検討を行なった。このモデルは、今後ブレーザー天体の観測に限らず、ガンマ線バースト天体からの放射の研究にまで、広く使われることになると考えられる。 なお、本論文は共著者J.R.Mattox,J.Quinn,窪秀利,槙野文命,高橋忠幸,井上進,R.C.Hartmen,G.M.Madejski,P.Sreekumar,S.J.Wagner,田代信,C.M.Urryとの共同研究であるが、論文提出者が主体となってデータ処理、理論的解析を行なったものであり、論文提出者の寄与が十分であったと判断する。 従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/54759 |