No | 114957 | |
著者(漢字) | 郡,和範 | |
著者(英字) | Kohri,Kazunori | |
著者(カナ) | コオリ,カズノリ | |
標題(和) | 宇宙初期におけるハドロン放出と元素合成 | |
標題(洋) | Hadron Injection in the Early Universe and Big Bang Nucleosynthesis | |
報告番号 | 114957 | |
報告番号 | 甲14957 | |
学位授与日 | 2000.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第3721号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 物理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 現在、我々の宇宙は標準ビッグバンモデルによって非常に良く記述されることが知られている。特にその理論は以下の3つの事実において観測的に支持されている。i)宇宙膨張の発見(E.Hubble 1930)、ii)宇宙背景放射の発見(Penzias and Wilson 1965)、iii)D、4He等の存在比の、初期宇宙における元素合成による説明の成功(ビッグバン元素合成)(Alpher,Bethe and Gamow 1948;Wagoner,Fowler and Hoyle 1967)。 宇宙が開闢して1秒から1000秒までに起こったとされるビッグバン元素合成は、理論による軽元素の予言値とその観測値とを比較することにより初期宇宙の現象を間接的に探るprobeの役目を果たすほどにまで確立している。さらに、ここ数年の軽元素量の観測はめざましく、アメリカのKECK望遠鏡やHSTなどの大型望遠鏡、宇宙望遠鏡が続々と新しいデータを報告してきている。理論計算のサイドにおいても、元素の反応ネットワークに用いられるインプットパラメーターである核反能率の実験や中性子の寿命の測定などその誤差棒は年々小さくなってきており、理論計算における予言値の誤差は観測のそれに比べるとほとんど無視できるほど精密にまでなってきた。 一方、素粒子の統一模型を超対称化して拡張するという試みが模索されているが(SUSY)、それを局所化した理論であるsupergravityや重力をも包含しようという統一理論の候補であるsuperstring理論は、重力でしか相互作用しないgravitino、polonyi、moduli等の多数の長寿命粒子の存在を予言する。これらの粒子は宇宙の歴史においてはまさにビッグバン元素合成の時期の前後に崩壊し、標準的な元素合成のシナリオに大きな影響を与える危険性がある。上記の理論とビッグバン元素合成の理論の両方が矛盾なく成立するためには、観測から理論のパラメーターに厳しい制限がつけられることが期待される。 この学位論文は、ビッグバン元素合成をそうした初期宇宙の現象に適用することにより、素粒子の標準理論を超える、未知の高エネルギー物理の現象等を探ることを主眼においている。 第3章において、元素合成の起こる直前の時代にmassive粒子の崩壊によってlarge entropy生成が起こった場合、どの程度早くに輻射優勢の宇宙が実現されれば軽元素合成を成功させられるかを調べた.このシナリオは初期宇宙のinflation後のinflatonの崩壊をはじめ、上記のsupergravity、superstring理論に登場する粒子のlate-timeでの崩壊によるentropy生成過程等を一般的に念頭においたものである.もし、large entropy生成後の宇宙の再加熱温度が十分高い(T≫10 MeV)ならば、物理的に標準ビッグバンモデルの初期条件である輻射優勢の宇宙が実現されていると解釈できる.しかし、O(MeV)scaleの再加熱温度ならば、標準モデルでは背景neutrinoが熱浴との相互作用が切れてしまっている時期でのentropy生成であるので、背景neutrinoが十分熱化せず、完全なFermi-Dirac分布を実現しない危険性がある。その場合には核子と背景neutrinoとの反応率の変更、宇宙のエネルギー密度の変化による宇宙膨張の変更等、標準元素合成のシナリオに劇的な修正が加えられることになり、観測結果と矛盾してしまう。 massive粒子がhadronへの崩壊モードを持つ場合にはより深刻な事態を招く。massive粒子がquark-antiquark、もしくはgluonをともなって崩壊するする場合、それらはすぐにfragmentして多量のpionを中心とするhadronを宇宙にまき散らすことになる。それが元素合成の初期の時期に起こると、±等は崩壊する前にbackgroundの核子と相互作用してneutronとprotonを入れ換える反応を起こしてしまう。この現象はまさにn/p比の凍結数に影響を与えるため、予言される4Heの値が敏感に変わってしまう。 我々はどの程度まで再加熱温度が低くても観測に矛盾しないかを調べるためにneutrinoの分布関数の熱化のプロセスを数値的に解きながら元素合成の計算を行った。その結果、簡単のため親のmassive粒子がphotonのみへの崩壊モードを持つ場合を考えると、再加熱温度TRが0.7MeV以上であれば95%のC.L.で観測に矛盾ないことを示した。しかし、図1に示すように、hadron branching ratioがBh=0.01-1程度ある場合には親のmassive粒子の質量が=10 GeV-100 TeVの範囲に対して再加熱温度が2.5 MeV-4 MeV以上でなければ観測に矛盾するという結果を得た。 第4章では、109g-1010g程度のprimordial back hole(PBH)が蒸発するシナリオについて軽元素合成に与える影響を調べた。上記の質量は寿命にして1秒-1000秒に相当するものである。PBHはその温度より質量の小さいあらゆる粒子を放出して蒸発することが予言されているが、ここでは特にquark-antiquarkを放出することが最も元素合成に危険であることを指摘した。図2に示すようにPBHが生成されたときのenergy fraction""に対して観測から上限値を求めた。PBHの蒸発により放出されたhadronがbackgroundにある核子に衝突することにより大量にあるprotonをneutronに変えてしまう反応が起こる。すると宇宙のneutronが標準理論に比べて増えすぎてしまう効果により合成される軽元素量に多大な影響を与える。これらの上限はそれぞれの軽元素の生成量が観測値に矛盾しないようにと制限したものである。この図に示すように、という結果を得た。 PBHがつくられる機構として、初期宇宙の密度揺らぎの大きな部分(1/3-1)がひとたびhorizonに入ると、horizon全体がcollapseすることによりhorizon mass程度のPBHが形成されると考えられている。という量は初期宇宙の密度揺らぎと関係づく量なので、上に得られた制限は密度揺らぎに対して重要な情報を与えてくれるものである。また、現在の描像ではその密度揺らぎはinflationによってつくられたと考えられるため、inflationのモデルに対して厳しい制限を課すことになる。small scaleの揺らぎを調べる方法は、ここで紹介したビッグバン元素合成で間接的に検証するしか方法がないためたいへんユニークなものである。 第3、4章がビッグバン元素合成の初期条件との整合性からの制限であったのに対して、第5章では、元素合成の修了後にmassive粒子が崩壊するシナリオについて詳細に議論した。massive粒子の崩壊により高エネルギー光子が放出されると、backgroundのphoton、electron等と散乱しelectro-magnetic cascadeを引き起こして大量のsoft photonがつくられる。それらが既に作られたD、4He等に衝突しphoto-dissociationを引き起こして壊してしまう危険性がある。さらに4Heを壊すとD、3He等が出来るため、それらの生成物が観測に矛盾しないように親のmassive粒子の寿命とnumber densityに制限をつけることが出来る。親のmassive粒子の候補が100 GeV-1TeV程度のgravitinoである場合には寿命が104-108秒程度になりたいへん興味深い。gravitinoはinflation後の再加熱により、熱浴中でのscatteringによって生成されたと考えられており、そのnumber deosityと再加熱温度TRには関係がつき、number densityの上限はそのままTRの上限に読みかえることが出来る。 図3に示すように質量がの範囲のgravitinoに対して再加熱温度に対してという制限を得た。これにより、高い再加熱温度を予言するinflationモデルに厳しい制限を課すことになる。 ここで得られた結論は、inflation後の再加熱過程が現在の宇宙のradiationを作ったのであれば、第3章の結論とともにビッグバン元素合成からその再加熱温度に対して上限と下限が得られたことを意味する。このことは初期宇宙のモデルをたてる上で重要な指針となり、極めて興味深い。 | |
審査要旨 | 本論文は、現在の宇宙の軽元素存在量を通じて、初期宇宙に関して提唱されている標準理論を超える様々な粒子への制限を行い、それによって未知の高エネルギー物理の現象を探ることを目的としたものである。論文は、6章からなり、第1章で序論、第2章で標準ビッグバン元素合成理論の概観を行った後に、第3〜5章で未知の粒子の崩壊及び原始ブラックホールの蒸発に伴うエントロピー生成モデルへの制限を論ずる。第6章はまとめにあてられている。以下、論文の内容をもう少し具体的に述べる。 初期宇宙のインフレーションモデルのinflatonの崩壊をはじめ、supergravity、superstring理論に登場する粒子が崩壊することによって、宇宙のentropyを生成する可能性は、初期宇宙論において広く議論されている。第3章においては、元素合成の起こる直前の時代に、これらのmassive粒子の崩壊によって宇宙が再加熱され輻射優勢の宇宙が実現した(つまり宇宙の輻射エントロピーがすべて生成された)と仮定した場合、どの程度早くこの再加熱が起これば軽元素量と矛盾しないかを調べている。 もし、large entropy生成後の宇宙の再加熱温度が十分高い(T≫10 MeV)ならば、物理的に標準ビッグバンモデルの初期条件である輻射優勢の宇宙が実現されていると解釈できる。しかし、O(MeV)scaleの再加熱温度ならば、標準モデルでは背景neutrinoが熱浴との相互作用が切れてしまっている時期でのentropy生成であるので、背景neutrinoが十分熱化せず、完全なFermi-Dirac分布を実現しない危険性がある。その場合には核子と背景neutrinoとの反応率の変更、宇宙のエネルギー密度の変化による宇宙膨張の変更等、標準元素合成のシナリオに劇的な修正が加えられることになり、観測結果と矛盾してしまう。さらに、massive粒子がhadronへの崩壊モードを持つ場合にはより深刻な事態を招く。massive粒子がquark-antiquark、もしくはgluonをともなって崩壊するする場合、それらはすぐにfragmentして多量のpionを中心とするhadronを宇宙にまき散らすことになる。それが元素合成の初期の時期に起こると、±等は崩壊する前にbackgroundの核子と相互作用してneutronとprotonを入れ換える反応を起こしてしまう。この現象はまさにn/p比の凍結数に影響を与えるため、予言される4Heの値が敏感に変わってしまう。 本論文では、このモデルを定量的に検証するために、neutrinoの熱化のプロセスを、その分布関数からきちんと数値的に解きつつ元素合成の計算を行った。その結果、massive粒子がphotonのみへの崩壊モードを持つ場合、再加熱温度TRが0.7MeV以上であれば95%のC.L.(信頼度)で観測と矛盾しないことを示した。さらに、hadron branching ratioがBh=0.01-1程度ある場合にはmassive粒子の質量が10 GeV-100 TeVの範囲に対して再加熱温度が2.5 MeV-4 MeV以上でなければ観測に矛盾するという結果を得た。 第4章では、109g-1010g程度の原始ブラックホール(PBH)が蒸発するシナリオについて軽元素合成に与える影響を考察している。PBHはその温度より質量の小さいあらゆる粒子を放出して蒸発することが予言されているが、上記の質量は寿命にして1秒-1000秒に相当する。PBHが生成されたときのenergy fraction""に対して観測から上限値を求めた。PBHの蒸発により放出されたhadronがbackgroundにある核子に衝突することにより大量にあるprotonをneutronに変えてしまう反応が起こる。すると宇宙のneutronが標準理論に比べて増えすぎてしまうため、最終的な軽元素量の予言を大きく変えてしまう。第3章と同じ数値計算の手法を用いることによって、原始ブラックホールの質量が、の場合、その存在量に対して、それぞれ10-20、10-22以下でなくてはならないという制限を得た。これは従来のより定性的な結果に比べて、1桁近く厳しい制限を課したことになっている。 第5章では、元素合成の修了後にmassive粒子が崩壊するシナリオについて詳細に議論した。massive粒子の崩壊により高エネルギー光子が放出されると、backgroundのphoton、electron等と散乱しelectro-magnetic cascadeを引き起こして大量のsoft photonがつくられる。それらが既に作られたD、4He等に衝突しphoto-dissociationを引き起こして壊してしまう危険性がある。さらに4Heを壊すとD、3He等が出来るため、それらの生成物が観測に矛盾しないように親のmassive粒子の寿命とnumber densityに制限をつけることが出来る。質量がの範囲のgravitinoに対して再加熱温度に対してという結果を得た。これにより、高い再加熱温度を予言するinflationモデルに厳しい制限を課すことになる。 なお、本論文は、共同研究に基づくものではあるが、数値計算およびその結果の解析は提出者が中心となって行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって博士(理学)を授与できると認める。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/54761 |