学位論文要旨



No 114962
著者(漢字) 白木,一郎
著者(英字)
著者(カナ) シラキ,イチロウ
標題(和) マイクロおよびナノ4端子プローブ法による局所表面電気伝導の研究
標題(洋)
報告番号 114962
報告番号 甲14962
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3726号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 樽茶,清悟
 東京大学 助教授 常行,真司
 東京大学 助教授 中村,典雄
 東京大学 助教授 溝川,貴司
 東京大学 助教授 福山,寛
内容要旨

 これまで、半導体表面の超構造に依存した表面電気伝導についての研究が多くなされているが、一般的にそれらの測定において用いられる4端子法のプローブの配置はミリメートルオーダーである。そのため、4端子法において電位差を生じさせるための電流がバルクヘ多く流出し、本来の表面電気抵抗の感度は低くなる。また、表面の欠陥などで電子が散乱されるためintrinsicな電子輸送特性を測定するのが困難であった。例えば、Si表面に金属を吸着して表面電気抵抗の変化を測定した場合、たかだか数%の電気抵抗の変化しか測定されなかった。本論文では、この問題を解決するために、プローブ間隔がマイクロメートルオーダーであるマイクロ4端子板をサブミクロンオーダーで位置決めしながら行った測定についての報告を行う。プローブ間隔が小さくなることで表面感度の高い測定が可能となり、そのプローブをサブミクロンオーダーで位置決めすることで欠陥、特にステップバンチの影響も検出することができた。また、プローブ間隔がナノメートルオーダーでの表面電気抵抗の測定を可能にすべく開発した、独立駆動型4探針走査トンネル顕微鏡(STM)の開発も行った。

 プローブ間隔8〜60mのマイクロ4端子が設置されているチップ(マイクロ4端子板)を微動機構とともに超高真空走査電子顕微鏡中に取り付け、試料表面上での測定位置を確認しながら表面電気伝導を「その場」測定するシステムを構築した。マイクロ4端子のプローブが試料表面にコンタクトしたときの走査電子顕微鏡(SEM)の写真をFig.1に示す。マイクロ4端子板を用いた測定では、対象の系として、Si(111)-7×7清浄表面、Si(111)-√3×√3-Ag表面、Si(111)-√21×√21表面を選択した。Si(111)-7×7清浄表面にAgを吸着させると、表面電気伝導度が大きくなることが知られている。Agの被覆量は1原子層にも満たないため、この表面電気伝導の増大は、Ag単結晶膜の電気伝導度に由来するものではない。Agを吸着させることで、分散が大きい表面電子バンドが形成され、表面状態を介した電気伝導度が大きくなることと、この表面状態に空間電荷層内の電子が流れ込むことで表面近くにホール蓄積層が形成されて空間電荷層の電気伝導度も大きくなるためと理解されている。従来のマクロな4端子法の測定では表面電気抵抗の変化が小さいため、そこから見積もられる表面電気伝導度の変化が小さい。変化の絶対値が小さいため、理論から予測される空間電荷層に由来した電気伝導度の増加の成分の割合は、表面状態に由来する電気伝導度の割合と同程度であった。しかし、表面フェルミ準位の位置の測定誤差などを考慮すると、表面状態に由来した電気伝導度の変化を明確に確認することが困難であった。このSi(111)-√3×√3-Ag表面、およびSi(111)-7×7清浄表面に対してマイクロ4端子板を用いて測定したデータをFig.2,3に示す。この測定に際して用いたプローブのプローブ間隔は8mである。この測定結果から2次元無限シート近似を用いてSi(111)-7×7表面の表面電気伝導度を見積もると1.4×10-5-1□となる。また、3次元半無限固体近似から、抵抗率を見積もると、76.88・cmとなる。用いたSi単結晶試料の抵抗率は50〜100・cmであるので、抵抗率は矛盾しない値である。実際には、この表面の表面状態のうち、ダングリングボンドに由来する表面電子バンドの分散は小さいために表面状態での電気伝導度はきわめて小さいと予想され、また空間電荷層は空乏層であるので空間電荷層の電気伝導も小さいと予想される。すなわち、Si(111)-7×7清浄表面において測定される表面電気抵抗は、バルクの電気伝導度の影響を受けやすいと予想される。実際、見積もられた抵抗率が試料のバルクの抵抗率と矛盾しないことから、Si(111)-7×7清浄表面の表面電気伝導度は1.4×10-5-1以上はないことがわかる。それに対して、Si(111)-√3×√3-Ag表面では、表面電気抵抗の測定値が208であることから、表面の電気伝導度は1.06×10-3-1□である。すなわち、この測定の場合、2桁程度の表面電気伝導度の違いを検出したことになる。この高い伝導度は、表面空間電荷層期待される値より1桁程度高いため、表面電子バンドに起因する伝導度であることを明確に示している。この測定は、4端子法の4つのプローブのうち電圧降下を検出する内側の2つのプローブ(inner probes、Fig.1を参照)を同一テラス上に配置した場合であったが、サブミクロンオーダーで精度良く位置決めできる特性をいかしてinner probes間にステップバンチが存在する条件での測定も行い、明かにステップバンチの存在が表面電気抵抗を大きくしていることもわかった。本論文中では、これらの詳細についてもSi(111)-√21×√21-(Ag,Au)の系での測定も含めて述べている。

図表Fig.1:マイクロ4端子のプローブが試料表面(Si(111)-7×7清浄表面)にコンタクトしたときのSEM像。プローブ間隔8m。 / Fig.2:On Si(111)-7×7 clean surface.Inner probes are on the same terrace. / Fig.3:On Si(111)-√3×√3-Ag surface.Inner probes are on the same terrace.

 プローブ間隔が小さい場合、表面電気伝導度の感度が高くなり、表面超構造の違いによる伝導度の差異を明確に捉えることが可能となった。しかし、プローブの間隔と感度がどのような相関を持っているのかを調べるには現実的な問題として4端子各々を独立して駆動できなければ極めて困難である。また、測定対象の領域がマイクロメートルオーダーよりも小さい場合、例えば、ドメイン境界や同一ドメイン内での表面電気抵抗を測定しようとした際、さらに精度の良い位置決めが必要となる。そのような更に要求の高い条件での表面電気抵抗の測定を可能にすべく、独立駆動型4探針STMの開発を行った。装置の基本構造は、XYZ方向の線形移動およびTilt,Azimuth方向の回転が可能な10cm四方の同一ステージ上に試料および4つのSTMユニットを配置した構造になっている。各々のSTMユニットは、最高40nmのステップ分解能で移動可能なポジショニングユニット(Omicron社、MS-5)および円筒型ピエゾを組み合わせた構造となっており、これらを使い分けることでnm精度での位置決めを実現しようとするものである。将来的にはSEM用の電子銃も組み込む予定であり、これにより試料表面に対して任意の入射角でのSEM観察が可能となる。SEMにより、試料表面の観察はもちろんであるが、4つのSTM探針の位置を容易に確認することができる。さらにこの電子銃を用いることにより、反射高速電子回折(RHEED)による表面超構造観察も可能となる。本論文中では、この装置の基本設計や制御系を含めた製作についての詳細についても述べている。

審査要旨

 半導体表面の電気伝導は、金属原子吸着によって作られる表面超構造に依存して電気伝導度が大きく変化することから、表面固有の研究対象として注目されている。表面敏感走査プローブ技術や走査形電子顕微鏡を使って、金属原子吸着層の状態を正確に観察できるようになり、この知見をもとに表面超構造のつくる表面バンドと表面電気伝導の関係を解き明かそうとする研究が進展している。しかし、表面超構造が精密に観察できるのに対して、表面電気伝導については、これまで、ミリメートルのスケールでの測定しかなされおらず、表面の微細な状態と対応付けて議論するには限界があった。これは、測定される電気伝導度が、表面全体の平均を反映し、しかも、多分にバルク的な成分を含むためである。修士(理学)白木一郎提出の学位請求論文は、このような表面電気伝導と表面超構造の問題に焦点を当てたもので、新しい測定手法として、マイクロ4端子プローブ法を用いて、表面電気伝導度を、"特定の表面状態を選別し"、かつ、"高感度に検出"することにより、表面状態チャネルに依存する電気伝導度を測定して、その要因を探ろうとするものである。研究対象として用いたSi(111)表面の金属原子(AgあるいはAg-Au)吸着系は、最近、1原子層以下の吸着に際して表面電気伝導度の増大が起ることが観測(所属研究室において)されて以来、注目を集めている。本論文の研究は、この知見を出発点として行われたもので、そのねらいは、上記金属原子吸着系の表面状態チャネルに固有の電気伝導度を検出するとともに、表面欠陥(ここでは、ステップバンチ)に起因する新しい表面電気伝導の問題を提起する、ことにある。

 本論文は4章からなり、第一章では、研究の背景と目的が説明されている。まず、Si(111)-114962f01.gif-Ag表面、-114962f02.gif-(Ag,Au)表面では、Si(111)-7x7清浄表面に比べて表面電気伝導度の増大が起る、これはには表面超構造に固有な表面電子バンドが関与しているらしい、という実験的報告について説明があり、この故に、Si(111)の表面超構造が興味深い研究対象であることが述べられている。加えて、局所的な表面電気伝導の測定手法が未開発であり、このことが表面電気伝導の研究の障害になっていること、が説明されている。

 第二-四章は本論文の研究成果をまとめたもので、中でも、第三章には、マイクロ4端子プローブ法による研究成果が集約されている。第二章は、第三章の研究のための基礎検討ともいえる章で、表面電気伝導に関わる表面超構造の微視的な形態についての知見を得ることを目的として、超高真空SEM-SREM-RHEED複合装置、STM装置を用いて、Si(111)-114962f03.gif-(Ag,Au)表面超構造を観察した結果がまとめられている。試料や測定法の説明に続いて、実験で得られた成果として、Si(111)-(Ag,Au)系における温度とAu吸着量に関する相図の作成、Au初期吸着時のAu原子とAg原子の置換現象の解明、表面超構造を形成するAu原子の高温でのアクセプター化の観測、などが述べられている。これらは、いずれも表面超構造の新しい知見であると同時に、本論文全体を通して前提となる金属原子吸着層の性質の理解を良く助けている。

 第三章では、まずマイクロ4端子プローブの機構、ステップバンチで区切られた広いテラスを持つ試料の作成、表面電気抵抗の外部的測定系が説明されている。マイクロ4端子プローブは微小な電極端子を数ミクロン間隔で4本一列に並べたもので、協力関係にあるデンマーク工科大で開発されたものであるが、それを位置検出可能な高真空SEM/SREM装置に組み込み、電気抵抗測定に適合する外部装置を作製した点は本論文に帰属しており、そこには独自の工夫が認められる。試料については、表面のテラスとステップバンチを区別して測定するには、テラスがプローブ間隔より広い必要があり、この条件を満たすべく熱処理条件などを調整することによって、10ミクロン幅のテラスを持つ試料が注意深く作成されている。また、本測定の目標として、測定される電気伝導度に含まれる成分として、二次元的な表面チャネル(表面バンドを介した電気伝導)の寄与と三元的なバルクチャネル(空間電荷層を介した電気伝導)の寄与が考えられ、これらを分離することがポイントであることが説明されている。続いて、Si(111)-7x7清浄表面、Si(111)-114962f04.gif-Ag表面、-114962f05.gif-(Ag,Au)表面の電気抵抗測定の結果と考察がまとめられている。まず、比較対照とすべきSi(111)-7x7清浄表面について、テラス部分の電気抵抗測定から表面状態に起因する電気伝導の上限値が求められている。この上限値に比べて、Si(111)-114962f06.gif-Ag表面、-114962f07.gif(Ag,Au)表面のテラス部分では、一桁以上大きい電気伝導度が観測され、この表面電気伝導度の増大は上記二次元的な表面チャネルの寄与として説明できること、が示されている。加えて、ステップバンチ上で測定した電気伝導度は、テラス上での測定値より数倍から一桁以上(表面超構造の種類で変化)小さいことも示されている。これらの結果は、マイクロ4端子プローブ法で、初めて明らかにされたものであり、測定された表面電気伝導度は、表面超構造と表面電気伝導を関係付ける正確な実験データとして広く参照されるに違いないと思われる。残念ながら、現在のところ、表面伝導の理論的取り扱いの難しさのために、実験と理論の定量的な比較はできていないが、それを差し引いても、本実験の結果は、表面電気伝導の研究の進展に重要なインパクトを与えている。一方、ステップバンチは表面固有の形態であり、これが、著しい電気伝導度の減少を伴うという結果は、ステップバンチの原子配列や不純物サイトの安定性に直接関係することから、表面伝導の新たな問題として重要と考えられる。

 第4章では、三章のマイクロ4端子プローブ法には、プローブ間隔がミクロン以下にできず、さらに微細な表面状態を検出できないこと、プローブ配置が固定されていて表面超構造の面方位依存性が観測できないこと、等の問題があることが述べられ、その克服を目指した、独立駆動型ナノ4端子プローブの開発について説明されている。まだ未完成で結果がでていないので、審査対象とし難いが、STMの探針の位置制御方式や配置などに独自の工夫が盛り込まれていて、より大きな技術的ブレークスルーに挑戦しようとする熱意が伺える。

 以上、各章を紹介しながら、本論文の物理学への貢献点を解説した。技術的ブレークスルーをもとに表面超構造と表面電気伝導の関係を解明しようとする研究は、独自性、インパクトともに優れたもので、これをまとめた本論文は、学位論文として充分な水準にあることが審査員全員によって認められ、博士論文として合格であると判定された。なお、本論文の内容は、Surface Science誌に投稿が予定されている。この論文の業績は第一著者である論文提出者が主体となって実験、及び結果の解釈を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断される。

 よって論文審査委員会は全員一致で博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54763