学位論文要旨



No 114966
著者(漢字) 土田,隆之
著者(英字)
著者(カナ) ツチダ,タカユキ
標題(和) 逆散乱法による多成分ソリトン方程式の研究
標題(洋) Study of Multi-Component Soliton Equations Based on the Inverse Scattering Method
報告番号 114966
報告番号 甲14966
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3730号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 神部,勉
 東京大学 教授 高瀬,雄一
 東京大学 助教授 勝本,信吾
 東京大学 教授 時弘,哲治
 東京大学 教授 生井澤,寛
内容要旨

 ザブスキーとクルスカルにより、1960年代半ばに、ソリトンと名付けられた粒子的性質を持つ孤立波が発見されてから30年以上が経過した。ソリトン現象及びそれを記述する多様なソリトン方程式が、流体力学,固体物理学、プラズマ物理学,非線形光学、生物物理といった物理学の諸分野に登場し、自然現象の分析に不可欠な役割を果たすことが今日ではよく知られている。ソリトン方程式は、分散性と非線形性の微妙なバランスによって粒子性を示す孤立波解を持つが、その本質的な非線形性(即ち、通常の変数変換等で直接線形化することは不可能)のために、解析的な取扱いは容易ではなかった。しかし、計算機によったソリトンの発見から数年後の1967年に発明された逆散乱法は、種々のソリトン方程式を解析的に取扱うことを可能にした。その基本的なアイデアは、ソリトン方程式を2つの演算子(空間発展を記述する演算子と時間発展を記述する演算子から成り、ラックス対と呼ばれる)の無矛盾条件として表現し、その空間発展方程式に散乱の順問題と逆問題の概念を持ち込むというものである。我々は、逆散乱法によって、ソリトン解のみならず多様な厳密解を導出する,無限個の保存則や対称性の存在を示す,初期値問題の解法を与える,リュウビル・アーノルドの意味での可積分性を証明する,といった重要な結果を得ることができる。

 本論文では、従属変数を任意個持つような多成分のソリトン方程式に対し、独立変数(空問x、時間t)が連続・離散両方の場合について、逆散乱法の枠組に則って解析を行い,その性質(保存則、ソリトン解等)および各々の系の相互関係を調べることを中心的な目的とした。多成分の従属変数を持つようなソリトン方程式は、何らかの意味での内部自由度を持つような物理現象の記述に有効であることがわかってきた。その典型例として、結合型非線形シュレディンガー方程式が、複屈折を持つ光ファイバー中を伝幡するパルス(2つの偏光を持つ)を記述する良いモデルであることが挙げられる。多成分ソリトン方程式は、特殊な場合として一成分或いは二成分の方程式を含むという意味で、一般化の一種と考えられるが、解の振舞,保存則等を調べてみると多成分系に特有の性質が見られ、数学的のみならず物理的応用まで含めて大変興味深い。これまで多成分ソリトン方程式については、広田、太田らによる"直接法"を用いた研究、スビノルボフらによるジョルダン代数と関係づけた研究等がなされてきたが、逆散乱法を用いた研究はマナコフによる先駆的な仕事以来、本質的にはあまり進んでいなかった。しかし、直接法はソリトン解の簡潔な導出に適している反面、保存量の導出,初期値問題の取り扱い,より一般的な解の導出には適していない、など他の方法ではカバーしきれない面があった。そこで、逆散乱法を用いて、複数の多成分ソリトン方程式について考察し、保存量,可積分性の証明等を与え、またゲージ変換を用いてそれらの系の関係を調べることで、多成分ソリトン方程式の統一的な理解を目指したのが本論文の内容である。

 第2章では、逆散乱法の一般的な枠組を概説する。線形微分方程式系の両立条件に基づき、ラックス対,ラックス方程式を定義した後、AKNS形式,カウプ・ニュウェル形式,タクタジャン形式,WKI形式といった代表的なソリトン方程式の階層を、対応するラックス形式と共に紹介する。AKNS形式を例にとり、多成分化を考える前に、逆散乱変換を実際にどのように適用するかを解説する。線形微分方程式系を線形微差分(或いは偏差分)方程式系に置き換えることにより、離数系に吋する逆散乱法の枠組を調べ、例として、アブロヴィッツとラディックによって発見されたAKNS形式の可積分な離散化を見出す。最後に、ソリトン理論におけるゲージ変換の概念を導入し、カウプ・ニュウェル階層に対するゲージ変換によりチェン・リー・リウ階層と呼ばれる微分型非線形シュレディンガー方程式の階層が生成できることを示す。

 第3章では、AKNS形式に含まれるソリトン方程式の多成分拡張を議論する。AKNS形式のラックス対において従属変数を行列へと一般化することにより、行列変形KdV方程式と行列非線形シュレディンガー方程式を得た。これらの方程式に対し、無限個の保存則,ハミルトニアン構造,古典r-行列を用いた表示を発見し、逆散乱変換を実行することでN-ソリトン解と初期値問題の解法を与えた。行列非線形シュレディンガー方程式のリダクションとして結合型非線形シュレディンガー方程式が、行列変形KdV方程式のリダクションとして結合型変形KdV方程式が得られることを示し、それぞれの結合型方程式に対してリダクションが散乱データの対称性に与える制約を考察することで、逆散乱法を適用した。また、結合型非線形シュレディンガー方程式の2-ソリトン解を4通りのパラメータ値に対して図示することで、多成分の場合のソリトンの衝突の様子を調べた。最後に、結合型非線形シュレディンガー方程式と結合型変形KdV方程式とは,対応するラックス対の行列のサイズが異なるにもかかわらず、2つを重ね合わせて得られる方程式(これを結合型広田方程式と呼ぶ)も逆散乱法により可積分であることを明らかにした。

 第4章では、微分型非線形シュレディンガー方程式のうち、第2章でふれたチェン・リー・リウ方程式とカウプ・ニュウェル方程式の多成分化について調べる。第2章で与えたチェン・リー・リウ方程式のラックス表示をトレイスレスでない形に変形することで、行列拡張が可能となることを示し、行列チェン・リー・リウ方程式を見出した。行列変数のベクトル表示へのリダクションを考えることで、2通りの結合型チェン・リー・リウ方程式を得るとともに対応する保存量の構成法を示した。変数変換やゲージ変換を適用することにより、2つの結合型チェン・リー・リウ方程式の性質,差異等を調べた。1つの重要な結果として、一方の式は新しい結合型カウプ・ニュウェル方程式と変数変換を通じて関係していることが示された。

 第5章では、高次対称性に基づいた議論によりオルヴァーとソコロフが提出した、行列変数の微分型非線形シュレディンガー方程式の伸間達について調べる。第4章で導出した行列チェン・リー・リウ方程式に対して、ここではリダクションを仮定することなく一般形のままでの変数変換を考案した。この変換を用いることにより、オルヴァーとソコロフが提出した9つの方程式のうち7つについて、ラックスの意味での可積分性及び互いの関連性について示した。残った2つの方程式については、スカラー変数の場合との類推から、線形化することに成功した。これにより,これら2つの方程式の一般解を構成し、可積分性を直接的に証明した。

 第6章では、タクタジャンによって解かれたハイゼンベルク強磁性体方程式の高次方程式と、和達,紺野,市川によって解かれたWKI方程式の高次方程式の2つについて一般化した結合型方程式を提出する。前者については,可積分な空間離散化スキームをラックス形式に則って発見した。また、独立変数の変換を含めた意味でのゲージ変換によって、2つの結合型方程式の間の対応関係を明らかにした。

 第7章では、第3章で考察した方程式を取り上げて、多成分ソリトン方程式に対する可積分な離散化について調べる。アプロヴィッツとラディックが提出した離散版の逆散乱法において、従属変数を行列に拡張することで、行列変形KdV方程式と行列非線形シュレディンガー方程式の離散化を、対応する保存則とともに導いた。さらに、離散化された行列変形KdV方程式に対するリダクションによって,結合型変形KdV方程式の可積分な離散化を得た。リダクションを散乱データに反映させることで、離散化された結合型変形KdV方程式に対して逆散乱法を適用し、N-ソリトン解,初期値問題の解法を与えた。ある種の変数変換を離散化された結合型変形KdV方程式に対して行うことで、結合型広田方程式の可積分な離散化が得られることを示し、その連続極限に関して議論した。特別な場合として、離散化された結合型非線形シュレディンガー方程式のラックス対は、連続の場合と比べ行列のサイズが異なることを示した。

 以上のように、本論文では、多成分ソリトン方程式について逆散乱法の観点から研究を進めた。特に、行列型ソリトン方程式の提出と解法,その離散化,リダクションの考察は新しい成果である。我々の結果は、これまで直接法等,逆散乱法以外の方法で研究されることが多かった多成分ソリトン方程式の構造,対称性等を新しい角度から解明し,更なる発展の基礎を与えるものである。

審査要旨

 様々なソリトン系が物理学の諸分野で知られおり、物理現象の理解にそれらが欠くことのできない役割を果たしている。独立変数が連続の場合あるいは離散の場合があるが、従属変数は多くは一成分が二成分に限られている。本論文は、逆散乱法に基づいて可積分性を保持したまま、多成分系へ拡張する一般化の試みであり、その結果、いくつかのソリトン系相互の関係が明らかにされると共に、新しいソリトン系も見い出された。多成分系への拡張は広田、太田の直接法、あるいはSvinolupovの方法など他にも知られているが、本研究は特に逆散乱法をその基礎としている。

 本論文は8章から構成されている。第1章のIntroductionに続いて、第2章では逆散乱法を概説し、次いで第3章でAKNS形式でのソリトン方程式の多成分拡張を考察する。第4章では、微分型非線形シュレディンガー方程式の多成分可積分系を求める。第5章では、Olver and Sokolovの高次対称性を持つ9個の多成分方程式系が、いずれも可積分であることを示す。第6章では、強磁性体方程式およびWKI方程式を一般化した可積分結合型方程式を提出する。第7章では、可積分な離散化の方法をAKNS形式の多成分ソリトン方程式に対して考察する。最後の第8章で要約と結論が述べられる。

 第2章ではソリトン方程式の階層を紹介し、代表的なAKNS形式を例にとり、逆散乱変換を概説する。さらに離散系の逆散乱変換について述べ、ゲージ変換による可積分系の階層の生成の方法を考察する。

 第3章では、AKNS形式のソリトン方程式の多成分拡張のために、ラックス対において従属変数を行列へと一般化することによって、行列形式の変形KdV方程式および非線形シュレディンガー方程式を得た。これらの方程式について、無限個の保存量、ハミルトン構造等を発見し、逆散乱変換を実行してN-ソリトン解と初期値問題の解法を与えた。リダクションの方法によって、多成分の結合型変形KdV方程式および結合型非線形シュレディンガー方程式を導き、逆散乱解を与えた。さらに両者を重ね合わせて得られる方程式(結合型広田方程式)も、対応するラックス対の行列サイズが異なるにもかかわらず可積分であることを明らかにした。

 第4章では、微分型非線形シュレディンガー方程式のうち、Chen-Lee-Liu方程式とKaup-Newell方程式の多成分化を考察する。行列Chen-Lee-Liu方程式を見出し、リダクションの方法によって、2種のChen-Lee-Liu方程式を得ると同時に、保存量を構成した。重要な結果として、一方の式は多成分の結合型Kaup-Newell方程式と関係していることが示された。

 第5章では、Olver-Sokolovの提出した方程式について、行列形式の一般化を考察する。行列Chen-Lee-Liu方程式の変数変換によって、Olver-Sokolovの9つの方程式のうち、7つはラックスの意味で可積分であることが示された。残る2つについても、一般解を構成し可積分性を直接的に示した。

 第6章では、強磁性体方程式およびWKI方程式を一般化した可積分結合型方程式と、その可積分な空間離散化を見出した。またゲージ変換によって、両結合型方程式の相互関係を明らかにした。

 第7章では、多成分ソリトン方程式の可積分な離散化を考察する。Ablowitz-Ladikの離散化を行列形式に拡張して、行列変形KdV方程式および行列非線形シュレディンガー方程式の離散化を導いた。リダクションによって、結合型変形KdV方程式の可積分な離散化を得て、逆散乱法によってN-ソリトン解と初期値問題の解法を与えた。さらに結合型広田方程式の可積分な離散化とその連続極限を考察し、結合型非線形シュレディンガー方程式の離散化ラックス対は、行列サイズが連続の場合とは異なることを明らかにした。

 以上、論文提出者は本論文において、多成分の従属変数をもつソリトン系について、逆散乱法に基づいた解析を行ない、いくつかのソリトン系について新しいラックス対および無限個の保存量を求め、N-ソリトン解と初期値問題の解法を与えた。さらにソリトン系相互の関係を明らかにしたり、新しいソリトン系の発見等、可積分系についてさざまな有意義な結果を得た。問題解析の方法は堅実であり、本論文の学術的水準は高く、博士(理学)の学位にふさわしいものであると、審査員全員により判断された。

 本論文は、第3章から第7章の内容は既に発表済みで、合計6編の共著論文に対応している。掲載学術誌は、Journal of Mathematical Physics,Journal of Physical Society of Japan,Journal of Physics等である。これらを本学位論文に使用することについては共同研究者から同意が得られており、論文の内容は提出者が主体となっての研究で、その寄与が十分であると判断された。

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