一般相対論から導かれたEinstein方程式には光速度で伝播する波動解が存在する。これは重力波と呼ばれ、時空の歪みの伝播として理解されている。重力波の存在は間接的には証明されているが、その直接検出は未だになされていない。もし重力波が直接検出できれば一般相対論の検証だけでなく、今まで電磁波では観測することができなかった天体現象の情報を得ることができる。従って、重力波観測は物理学的・天文学的観点から非常に興味深いものである。 重力波と物質との相互作用は極めて小さいためにこれまで検出は困難とされてきた。しかし、重力波検出に必要不可欠な極限技術が最近開発されてきたことによって、重力波検出はもはや不可能ではないレベルまで研究が進んできており、世界中で重力波を直接検出するための大型レーザー干渉計重力波検出器の建設プロジェクトが進行している。その中で日本では世界に先駆けて、国立天文台の三鷹キャンパスに300mレーザー干渉計(TAMA300)が完成した。 レーザー干渉計型重力波検出器の原理は、懸架された2枚の鏡の間の距離をレーザー干渉計で非常に高精度に測定し、重力波によって生じた固有距離の変化を検出するものである。地上に建設されたレーザー干渉計で検出が期待されている重力波源は超新星爆発や回転する非対称なパルサーなどであるが、特に有望と考えられているのは連星中性子星の合体である。これから放出される重力波周期は10Hz〜1kHz程度であり、また20Mpc以内で起きたその合体による実効的な重力波振幅は地上ではhc〜10-20程度になると計算されている。 TAMA計画は1995年に始まった300mレーザー干渉計を建設する計画である。TAMA300の目的は将来建設が提案されている日本のkmクラス干渉計に必要な技術を確立することと、2000年からは本格的に運転し、実際に重力波検出を試みることである。よって、TAMA300の最終目標感度はアンドロメダ銀河(r〜700kpc)までの距離で起きた連星中性子星合体を考慮してh=1.7×10-221/である。 TAMA300はFabry-Perot-Michelson干渉計、リサイクリングミラー、そして光源の3つの基本要素から構成されている。Fabry-Perot-Michelson干渉計はその両腕に長さ300mのFabry-Perot共振器を装備したMichelson干渉計であり、Fabry-Peort共振器の多重干渉を利用することで実効的な光路長を長くし、重力波に対する感度を高めている。リサイクリングミラーは干渉計感度を制限するレーザーショット雑音を抑制するために、干渉計内部の実効的な光量を増加させるのに使用される。光源には高出力レーザーとモードクリーナーと呼ばれる光学系が採用されている。モードクリーナーはFabry-Perot共振器であり、干渉計に入射するレーザー光の空間的ひずみや幾何学的なビーム揺らぎを除去するために使用される。またモードクリーナーはレーザー周波数基準器としても利用できるようにそれぞれの鏡は懸架され、地面振動の影響を減少させている。 本研究ではTAMA300にリサイクリングミラーを組み込む前段階である300m Fabry-Perot型干渉計(TAMA300 Phase1)のためのレーザー周波数及び強度安定化システムの開発を行った。同時に高出力レーザーとモードクリーナーからなる光源の性能評価も行った。 TAMA300 Phase1の目標感度はh=1.7×10-211/であり、それを満たすために光源に対して次のような要求が課せられている。干渉計への入射光量は3W、単一周波数発振、TEM00モード、直線偏光が求められる。またレーザー強度安定度1×10-81/(安全係数10)、周波数安定度は5×10-6Hz/(安全係数10)が要求されている。 干渉計への入射光量、そのビームの品質及びレーザー安定度に対する要求を満たすために、10W注入同期Nd:YAGレーザーと10mリング型モードクリーナーが採用された。10W注入同期レーザーはソニー(株)中央研究所によって開発されたものである。そのマスターレーザーにはNPROと呼ばれる700mW出力で単一周波数発振する高安定なレーザーが使用され、10Wリング型スレーブレーザーを注入同期させる方式で高出力かつ高安定なレーザー光を得ている。10mモードクリーナーはTAMA300のセンター真空槽室内に建設された。全ての鏡は2段振り子で懸架されており、地面振動の影響を軽減している。また残留ガスによる光路長揺らぎを防ぐために10-5Paの真空度に保たれた真空槽内に配置されている。 モードクリーナーへの入射光量が6.5Wのときにモードクリーナー出射光量3.5Wを実現した。このとき、モードクリーナーの透過率は約54%であった。干渉計への入射光のビーム品質はモードクリーナー出射光の空間的なビームプロファイルを測定することで評価した。その結果、干渉計入射光は実際に満足できるレベルのTEM00モードであることが確認された。リング型共振器の持つ偏光選択性の評価も行い、約40dBの偏光除去比を持つことが確認された。これによって干渉計に直線偏光を持つレーザー光を供給できる。 位相変調器(EOM)はそれを透過するビーム波面を乱し、干渉計の干渉効率を減少させるため、干渉計制御に必要な位相変調はモードクリーナー入射前でかけられなければならない。しかし、そのような配置ではモードクリーナー透過光に周波数-振幅変換されたRF強度雑音が生じる。このRF強度雑音は干渉計出力に現れ、干渉計をショット雑音限界で動作させることを妨げることが、寺田によって解明され、またその雑音を抑制するための変調透過法が開発された。しかし、その実験では低出力レーザーが使用されていたために、実際にTAMA300で使用する10Wレーザーで検証する必要があった。そこで、本研究では10Wレーザー自体の特性調査を行い、この実験に使用可能であることを示し、実際に変調透過法を用いて、10WレーザーのRF強度雑音が要求されるレーザーショット雑音以下になることを確認した。 レーザー強度雑音は強度変調用EOMを利用して制御した。モードクリーナーの揺らぎによって生じる強度雑音を抑制するためにモードクリーナー透過光の一部を用い、かつ、空気揺らぎから生じる雑音を低減するためにそれを真空中で検出した。その結果、強度安定度3×10-81/を達成した(図1左)。これはTAMA300 Phase1の目標感度を安全係数3で満たす値であり、モードクリーナー透過光を利用した強度安定化の方法が妥当であることを示した。またこのとき強度安定度は散乱光雑音に支配されていることが確認されたので、これを除去することで、更に強度安定度は向上することが期待される。 本研究で最も重要なのはレーザー周波数安定化である。レーザー周波数安定度に対する要求値は5×10-6Hz/(安全係数10)である。これは10Wレーザーのフリーラン時の周波数安定度より、7桁以上も小さい値である。そのような要求値を満足するためにTAMA300 Phase1のためのレーザー周波数安定化システムの設計を行い、実際にその性能を評価した(図2)。 レーザー周波数は最初モードクリーナーを周波数基準として周波数安定化され、次に干渉計のFabry-Perot腕共振器を利用して安定化される。このシステムは世界の重力波検出計画で採用される方式と比較してシンプルであり、要求される周波数安定度を達成するために必要な制御利得を2つに分割でき、また干渉計に制御信号を返さないことによって重力波信号を全く汚染しないという利点を持つ。更に、他の重力波検出計画では考慮されていない、干渉計から得られた誤差信号がモードクリーナー制御ループに注入される際にモードクリーナー透過光にRF強度雑音を悪化させない条件を考慮して設計された。 このシステムによってレーザー周波数安定度5×10-5Hz/を達成した(図1右)。これはTAMA300 Phase1の目標感度を達成できる値である。達成された周波数安定度を支配していたのはレーザーショット雑音であった。このショット雑音値は計算値と1桁ほど違いがあったが、この違いが将来明らかになれば、周波数安定度はさらに向上することが期待される。また干渉計全体の連続7時間以上の運転が実現されたことから、この周波数安定化システムは重力波の連続観測に十分耐えられることが確認された。 図表図1:(左図)強度雑音スペクトル、(右図)周波数雑音スペクトル / 図2:レーザー周波数安定化システム及びその他の制御システム 以上の研究成果により、300m規模の干渉計で世界に先駆けて重力波検出のための観測を行うことができた。また、TAMA300 Phase1の光源に対する要求をほぼ満足したので、近い将来、その目標感度であるh=1.7×10-211/が実現されると期待される。 |