素粒子の標準模型は、電磁相互作用、弱い相互作用、そして強い相互作用を包含するゲージ場の理論であり、その正しさは数多くの実験結果によって検証されている。この標準模型を超えて、重力相互作用まで含めた統一理論を構築しようという試みこそ、素粒子物理学者の最大の目標である。 実は、標準模型は重力を除いた3種類の相互作用を完全に統一したものではない。しかし、いずれにしても電磁、弱、強の相互作用を統一する大統一理論はやはりゲージ場の理論で有効に記述できると期待されている。一般に、現象論的に満足のいく場の理論の模型を作る際に避けて通れない関門として、ヒエラルキー問題と呼ばれるものがある。これは、PlanckスケールMP1〜1019GeVと電弱スケールMew〜102GeVが著しく異なるために生ずる数々の困難を指す。具体例としては、繰り込まれたHiggs場の質量がMew程度となるためには、裸の質量の値に対して不自然ともいえるほどのファインチューニングが必要であるという事情が存在する。これは一般に、Higgs場の2乗質量は1ループ近似で2次発散の繰り込みを受けることに起因している。この問題に対する1つの解決を与えるのが、超対称性である。 超対称性を持つ場の理論においては、ボソンとフェルミオンは必ず対となって存在しているため、Higgs場の質量に対する繰り込みは対数発散までとなり、上述のようなファインチューニングは不要である。実は、超対称性の効用はこればかりではない。弦理論に超対称性を持たせたいわゆる超弦理論には、一般の弦理論の多くには含まれていたタキオンが存在しないのである。 タキオンが存在しないということは、真空が安定であり、少なくとも理論を摂動論的には定式化できることを意味している。これはまことに歓迎すべき事態である。なぜならば、超弦理論こそ、重力まで含めた究極の統一理論を記述する、現在のところでは最有力な候補だからである。 以上を要約しよう。まず、超対称ゲージ理論は重力を除いた3種類の相互作用を統一する理論の有効な記述を与える。さらに、重力まで含めた全ての相互作用を包含する理論として最も有力なものに、超弦理論がある。このことはすなわち、超対称性を持つ理論を調べることが、相互作用の統一理論へと近付く際の重要な足掛かりとなることを示唆している。 最近の10年間における、超弦理論と超対称ゲージ理論に関する研究から生まれた最も著しい成果をここで挙げておく。まず超弦理論においては、双対性と呼ばれる概念についての研究が盛んに行われた。双対性とは、一見まったく異なるようにみえる2つの理論が、実は同一の理論の異なる記述に過ぎないということを意味する用語である。例えば、強結合の理論と弱結合の理論の間に双対性が成立していれば、解析が困難な前者の理論を解析が比較的易しい後者の理論にすり替えて議論することが可能になる。IIA型理論とIIB型理論との間のミラー対称性は、双対性の典型例である。この双対性についての研究の発展のなか、実はある1つの統一的な記述が存在し、それが幾つかの超弦理論を互いに結びつけているのだという解釈が主流となってきた。その「統一的な記述」をわれわれはM理論と呼んでいる。M理論は、11次元上の超膜理論、あるいは行列模型によって記述されるのではないかという幾つかの議論があるが、その真の定式化については謎がまだ残されている。 超対称ゲージ理論の非摂動的性質についてのわれわれの理解もまた、飛躍的な進歩を見せている。その中でも最も注目に値するものの一つは、SeibergとWittenによって研究された、4次元においてN=2の超対称性を持った理論の厳密解に関するものであろう。一般に、N=2超対称ゲージ理論の真空は、Coulomb相およびHiggs相と呼ばれる2つの相から構成されている。そのうち、Coulomb相の形状は、量子論的な効果によって、その古典的な形状から大きく変形を受けてしまう。場の理論においてその量子論的効果を厳密に計算することは一般には極めて困難である。ところが、ここではN=2超対称性という非常に制限の強い状況のおかげで、量子効果まで含めたCoulomb相の厳密な形状が予想できるのである。SeibergとWittenの具体的な主張は、N=2 SU(2)超対称Yang-Mills理論のCoulomb相上の計量が、ある複素1次元の曲線によって完全に決定されるというものである。これを一般のゲージ群および物質場を入れた理論へと拡張する試みが、それ以降盛んに行われてきた。そこでもやはり、Coulomb相上の計量は、一般には複素1次元とは限らない何らかの幾何学的物体により決定されているという予想がなされている。N=2超対称ゲージ理論を支配するこの幾何学的物体を、以下ではSeiberg-Witten幾何と呼ぶことにしよう。われわれは、Seiberg-Witten幾何がゲージ理論の厳密解を求める際に有効な単なる数学的手段であるのか、あるいは実際に対応する物理的実体が存在するのか、という疑問を当然ながら抱くのである。 あるゲージ理論に対応するSeiberg-Witten幾何を発見する手法は幾つか存在する。無論、純粋な場の理論による方法が最も代表的なものであるが、それは目下のところ発見法的であると言わざるを得ない。その他の強力な手法としては、超弦理論の中にゲージ理論を埋め込み、Seiberg-Witten幾何の起源を探るというものがある。埋め込む方法もまた種々存在するのであるが、われわれは本論文においては、IIAおよびIIB型超弦理論をCalabi-Yau多様体にコンパクト化し、その低エネルギー有効理論の一部としてゲージ理論を実現することにする。この方法では、Seiberg-Witten幾何はIIB型超弦理論の側でのCalabi-Yau多様体そのものに同定される。つまり、Seiberg-Witten幾何は紛れもない物理的実体なのである。この手法では、欲しいゲージ理論を再現するようなCalabi-Yau多様体を作る手続きがある程度確立しているため、Seiberg-Witten幾何を得る方法としては幾分系統的であると言える。 われわれが本論文において具体的に調べた模型は、ゲージ群としてE6あるいはE7を持ち、さらに基本表現に属する物質場を入れた、4次元のN=2超対称ゲージ理論である。そのうち、E6ゲージ理論においては、上記のようなCalabi-Yau多様体を用いる手法を採用した。その結果得られたSeiberg-Witten幾何は次のように与えられる。 ただし これは、以前にN=1閉じ込め相スーパーポテンシャルの方法から予想されたものと完全に一致している。また、E7ゲージ理論については、ゲージ群としてE6またはSO(12)を持つ理論のSeiberg-Witten幾何が既に知られていることを利用した。すなわち、E7をE6またはSO(12)に破ったときに既知の結果が再現されるように、E7ゲージ理論の幾何の形を決定したのである。結果は ただし これもまた、Calabi-Yau多様体を用いた以前の解析の結果と一致した。 以上のように、全く異なる幾つかの手法から同一のSeiberg-Witten幾何が得られたことは、4次元のN=2超対称ゲージ理論のCoulomb相はある種の幾何学的物体によって支配されているという当初からの予想を強く支持するものである。また、われわれが本論文で行った解析は、厳密な証明が与えられてはいない種々の予想を基にしていることを忘れてはならない。N=1閉じ込め相スーパーポテンシャルの方法やミラー対称性などがその例である。上述のような極めて非自明な一致は、これらの予想の正当性をも示しているといえる。 以上のように、超弦理論の中に超対称ゲージ理論を埋め込んで解析するという方法によって、同時に双方の性質を理解することが可能となる。今後も類似の研究により、超弦理論と超対称ゲージ理論の力学的性質に関する知見が一層広がることを期待している。 |