学位論文要旨



No 114972
著者(漢字) 原,祐次
著者(英字)
著者(カナ) ハラ,ユウジ
標題(和) q-頂点作用素による可解格子模型と変形ビラソロ代数の研究
標題(洋) q-Vertex Operator Approach to Solvable Lattice Models and Deformed Virasoro Algebras
報告番号 114972
報告番号 甲14972
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3736号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 松尾,泰
 東京大学 教授 高橋,實
 東京大学 教授 江口,徹
 東京大学 教授 和達,三樹
 東京大学 助教授 甲元,眞人
内容要旨

 統計力学における代表的な2次元可解格子模型であるABF模型は、その臨界指数が共形場理論の予想と一致することが確かめられている。具体的にはABF模型はparameter rによって指定される模型のfamilyであり、各模型はcentral charge c=1-の共形場理論で記述される。これは共形場理論のアイデアから自然に期待された結果であったが、その後の研究はABF模型の一点関数がVirasoro代数の指標を用いて書かれることまで明らかにした。一点関数は温度に依存しているので、これは模型が臨界点を外れたところでも"共形場理論的な構造"を持つことを意味する。この構造は次のようなものであることが最近の研究で分かった。すなわち、ABF模型のcorner transfer matrixのspectrum generating algebraが上記のcentral chargeを持つVirasoro代数のq-変形(q-Virasoro代数)x,rであり、半無限の転送行列と(anti-)kinkの生成消滅演算子がq-Virasoro代数のprimary場である。(qはABF模型の温度に対応するparameterであり、=-qo)またq-Virasoro代数のscreening currentは楕円代数Uq,pを成しており、この代数は楕円量子群とzero modeの代数{P,Q|[Q,P]=1}のtensor積として構成できる。この量子群の頂点作用素が前述のprimary場であり、半無限の転送行列はtype I、(anti-)kinkの生成消滅演算子はtype IIと呼ばれる頂点作用素になっている。

 このような最近の結果を出発点に3通りの方向へ研究を進めた。各章はそれぞれ一つの投稿論文に対応している.但し本論文では投稿論文を発展させた未発表の結果も含んでいる.

 Free field approach to dilute AL models

 dilute AL模型はABF模型と同じuniversality classに属する2次元可解格子模型である。但しABF模型は共形場理論の可積分摂動の観点からは12-摂動であるが、dilute AL模型は13-摂動なので後者からはABF模型とは異なるq-変形を施されたVirasoro代数が得られると予想される。また対応する量子群もこの模型では()である点が異なる。

 我々はまず()からdilute AL模型の頂点作用素の自由場表示を構成し、それを用いてn点関数の積分表示を与えた。さらにscaling limitをとる事によりq-Knizhnik-Zamolodchikov(q-KZ)方程式の|q|=1における解を構成した.自由場によって構成されるFock空間はそのままではcorner transfer matrixの固有ベクトルの空間よりも大きいのでBRST-cohomologyで商空間をとることが必要である。この模型ではがtwistedされたaffine Lie環であることからからの拡張が非自明であり、Feigin-Odesskii代数に帰着させることで解決した。。これは今までにあまり知られていない現象で問題が難しくなっている。

 次に頂点作用素の合成によりq-Virasoro代数x,r()を構成したが、これは予想通りABF模型のものとは異なる交換関係を満たす事が分かった。またこのq-Virasoro代数は、2次元可積分な場の理論の模型でありdilute AL模型の連続極限と考えられるBullough-Dodd modelのangular quantizationから導かれた代数とも一致する。

 q-Virasoro代数のcurrentが頂点作用素の合成により与えられるということは、currentがbreather(kinkとanti-kinkの束縛状態)の生成消滅演算子になっていることを意味する。またL=3の場合に、この模型はmagnetic Ising模型に等価なのでscatteringにE8的な構造があることが知られている。我々は高次のcurrent T(n)(z),を定義し、E8的な構造を8種類のbreatherの生成作用素の交換関係として構成してみせた。(T(1)(z)は元々のcurrentであり、T(n)(z)はT(1)(z)を合成することにより得られる。)すなわちf(n,m)(z)などを有理関数として

 

 という関係式が成り立ち、比f(n,m)(z2/z1)/f(m,n)(z1/z2)はscaling limitでmagnetic Ising模型のS行列Sn,m(1-2)と一致する。(iはzlのscaling limit)さらに次のような種類の関係式も八つ成り立つ

 

 これは解析的Bethe仮説法で研究されているE8型のT-systemの式と酷似しており、q-Virasoro代数のcurrentがaffine量子群の指標と酷似した関係式(dressed vacuum form)を満たすというABF模型における指摘とも合致する結果である。

 Free field realiztion of vertex operators for level two modules of Uq

 投稿論文では量子群Uq(sl2)のlevel 2表現の頂点作用素をbosonとfermionを用いて具体的に構成した。付随する有限次元表現はspin 1と1/2が有り得るが特に1/2の時にはfermionの部分はRamond sectorとNeveu-Schwartz sectorを結ぶfermion emission operatorのq-変形になっており興味深い。論文出版後更に、Uqの結果をもとに楕円量子群(sl2)のlevel 2表現とその場合の頂点作用素に対しても自由場表示を得た。これにはがUqのHopf代数としての構造を捻る事で得られるquasi-Hopf代数であることを用いた。

 冒頭で述べたABF模型の代数的構造を、k回fusionしたABF模型に対して考える.対応するCFTはであり、screening currentはUq,p,のlevel k表現を与えている.従ってわれわれが自由場表示したの頂点作用素はq-変形されたN=1 super CFTのprimary場であると考えられる。現在、ABF模型とdilute AL模型に倣って、これを合成することでq-変形されたN=1 superconformal algebraを求めているが最終的な結果を得るまでに至っていない。ここでは現状報告をしておく。

 Correlation functions of the XYZ model with a boundary

 XYZ模型については対応する楕円量子群Aq,p(sl2)が提唱されているものの、自由場表示が良く分からない為にXXZ模型とUqの場合のように対称性を用いて模型を解くには至っていない。しかし最近intertwining vectorを用いたface-vertex対応によりXYZ模型をABF模型にmapすることで、間接的にXYZ模型を自由場表示しn点関数を求めることが成された。この手法を片側のみ可解な境界を持つ半無限のXYZ模型

 

 に適用し相関関数の積分表次式を求めた。可解な境界はboundary Yang-Baxter equationを満たすK-matrixにより定式化されるが、我々はboundary Yang-Baxter equationの一般解で三つのparameterを持つK-matrixに対して結果を得た。三つのparameterは境界のspinにかける,y,z方向の外場に対応している。従来の可解な境界に対する頂点作用素を用いた研究では(自由場表示を用いて解かれたXXZ模型、ABF模型に対しても、q-KZ型の方程式を解くことで相関関数を求めたXYZ模型に対しても)対角成分のみを持ち一つしかparameterをもたないK-matrixの場合しか扱われていなかった。このK-matrixはABF模型のK-matrixからintertwining vectorを用いて構成される。また上述したq-KZ equatjonによる結果は我々の積分表次式の特殊化により得られることも確かめた。

審査要旨

 統計力学における代表的な厳密な取り扱いの方法としてYang-Baxter方程式やCorner Transfer matrixで代表される可解格子模型の手法がある。一方場の理論の立場では2次元の共形対称性を用いた相関関数などの計算法がよく理解された手法として知られている。これら2つの方法の間には、臨界点における相関関数の漸近的な振る舞いについて二つの方法で計算した結果が一致すると言った自然な対応関係以外に、より偶発的な対応があることが知られていた。最も代表的な例として、2次元可解格子模型であるABF模型の一点関数が共形場理論の指標で書き表されるというものがあった。

 この対応により臨界点以外でも共形対称性に類するものが存在するのではないかという予想が行われ、実際それはq-変形Virasoro代数という対称性の発見に結び付いた。この立場では可解格子模型に置ける様々な励起がVirasoro代数のprimary fieldとして理解できることがわかった。

 原祐次氏の学位論文では、この対称性を出発点としてそれを幾つかの方向に拡張を行っている。

 まず一つめのトピックスとして(第二章)、dilute AL模型と呼ばれるものについてのq-変形Virasoro対称性の構築が取り上げられている。この模型は、元のABF模型が共形理論の立場では13変形を行ったものに対して、12変形を行った模型として理解できるものである。異なる方向に対する変形であることに対応して、q-変形されたVirasoro代数も異なったものが現れることが確認され、Uq(A2(2))という分類ができることが同定されている。この学位論文ではさらにこの対称性を用いてVertex operatorの構成、スペクトルの同定、相関関数の計算、scaling limitの計算などを行っている。またE8の偶発的な対称性(Zamolodchikovにより最初に指摘された)がこの立場でどのように見ることができるかについて、対称性の生成子の予測などをおこなっている。

 なお、この部分は共同研究に基づくものであるが、特に相関関数の計算において原さんの寄与が非常に大きかったと認められる。

 次に第二のトピックスとして(第三章)、ABF模型ではsl(2)のコセットがレベル1のものを使っていることを拡張して、レベル2のものに対する自由場表示を行っている。この二つの違いは端的には最初のものが自由ボソン一つで書けることに対してレベル2では自由ボソンとフェルミオンを同時に入れることになる。もともと共形代数の立場ではこの系は超対称性を持つことが知られており、この学位論文における計算の狙いはq一変形Virasoro代数の超対称性を持つ場合への拡張である。この狙い自体はまだ到達されていないが、NSセクターとRamondセクターを結び付けるVertex作用素の構築が行われている。

 3つめのテーマとしては(第四章)、以上で考えた自由場を用いた考察を境界があるようなXYZ模型に適用し、相関関数の計算を行っている。XYZ模型自体はまだ自由場表示がされていないが、それをintertwining vectorを用いてABF模型に移すことにより自由場の方法を使うことが可能になる。この学位論文ではこの模型における可解な境界(K行列により定式化される)の最も一般的な形で3つのパラメーター(xyz方向の磁場に対応するもの)で変形されているものを新たに決定し、それを用いて相関関数を求めている。

 原さんの以上の3つの結果はこの分野における着実な研究結果というべきものであり、審査員一同で十分博士(理学)を与えるに適当な業績であることが認められた。

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