太陽程度の質量の恒星は、暗黒星雲と呼ばれる低温(〜10K)、高密度(水素分子の密度〜104cm-3以上)の領域で形成されている。暗黒星雲では、100種ほどの分子が存在していることが電波、赤外線観測などで明らかにされており、星形成過程を解明するために精力的にミリ波サブミリ波帯の分子輝線観測が進められている。現在までの観測的研究によると、暗黒星雲では重力収縮が起こって"コア"と呼ばれる特に高密度のガス塊が形成され、さらに収縮が進んで原始星が生まれると考えられている。このようにして原始星が生まれた後の主系列星に至る進化については、理論的にも観測的にも理解が進んでいるが、高密度コアの形成過程についての理解は不十分である。 近年、暗黒星雲コアの進化を探る上で、その物理的、力学的状態とともに、化学組成の変化を調べることが重要であると認識されている。その理由としては、暗黒星雲コアでは化学反応が平衡に達しておらず、多くの分子の存在量がコアの年齢とともに鋭敏に変化していると予想されているためである。暗黒星雲コアで起こっている化学反応機構、化学進化を解明するために、本論文ではHCN、その構造異性体であるHNC、および13C同位体、重水素置換体であるH13CN、HN13C、DNCの観測を行い、20-30個の暗黒星雲コアにおけるこれら分子種の存在量、分布について詳細に調べた。また、C34S、CCS、DCO+、H13CO+など、他の分子輝線観測のデータも用いて、それぞれの暗黒星雲コアの化学組成の違いとその進化段階について議論を行った。 観測は主に国立天文台野辺山にある、口径45mのミリ波望遠鏡を使用して行った。図1の左図は、典型的な暗黒星雲コアTMG1で観測されたH12CN、H13CN、HN 13Cの分子輝線である。観測した輝線は全てJ=1-0の遷移で、周波数は86-89GHz帯にある。本来、HCNのJ=1-0遷移のスペクトル線には、図に示したように強度比5:3:13の本のスペクトルが現われるはずだが、自己吸収の影響を強く受けて、強度比が異常を示している。HNCも同様に、自己吸収の影響を強く受けることが知られており、HCN、HNCの存在量を知るためには、自己吸収の影響のない稀少な同位体H13CNやHN13Cの観測が必要である。 それぞれの分子の柱密度は、LVGモデルによる統計平衡の計算をもとに決定した。その際、暗黒星雲コアの温度は10Kを仮定し、密度はC34S分子の2輝線観測(J=1-02-1)の結果から得られた値を用いた。計算の結果、H13CN、HN13Cは光学的に薄いことが確認された。 今回の観測で得られた暗黒星雲コアにおけるHCN、HNCの水素分子に対する存在量と、巨大分子雲Orion Molecular Cloud-1(OMC-1)における観測結果(S〓i leke tal 1992)を比較したものが図1の右図である。暗黒星雲コアでは、HCNとHNCの存在量に正の相関があることがわかる。また、暗黒星雲コアでは、星形成の有無によらずHNC/HCN比は0.54-4の範囲に分布しており、エネルギー的に不安定な異性体であるHNCの存在量の方がHCNに比べてやや高くなっている。一方、OMC-1では、HNC/HCN比はほとんどの観測点で1より小さく、HNCの存在量が小さくなっている。特に、大質量原始星が形成され、温度が高くなっているOrionKL付近ではHNC/HCN比は1/90程度まで減少している。化学反応モデルでの解析によると、温度が10K程度の暗黒星雲コアではHCN、HNCはともに気相中でのHCNH+イオンの解離性再結合反応で生成し、温度が高い領域OMC-1ではHNCが気相における中性反応によって分解している可能性が示唆される。HCNH+イオンの解離性再結合反応の分岐比は、HCN、HNCの生成がそれぞれ40%、60%となっていることが簡単なモデル計算によって明らかになった。暗黒星雲コア、巨大分子雲におけるHCN、HNCの生成・分解反応について、総合的かつ定量的な解析が行われたのは、今回が初めてである。 図1:暗黒星雲コアにおけるHCN、HNCの観測結果。(左)TMC-1におけるH12CN(89GHz)、H13CN(86GHz)、HN13C(87GHz)のスペクトル線。縦軸で示した輝線の強度は、対応する黒体放射の温度(アンテナ温度)に換算して示してある。また、H12CN、HN13Cについては、0.5K、1Kのオフセットを加えてある。横軸は、輝線の周波数をドップラー速度に換算して示してある。H12CN、H13CNは超微細構造によってスペクトルが3本に分裂するため、見かけ上異なる速度に輝線が観測されている。(右)暗黒星雲コアにおけるHCN、HNCの存在量と巨大分子雲OMC-1の比較。 次に、暗黒星雲コアのDNC、HN13Cのスペクトル線観測を行った。温度が10K程度の暗黒星雲コアでは、重水素原子を含む分子の存在量が、水素を含むものに対して相対的に高くなる重水素濃縮が起こっていることが知られている。これは、分子に重水素が取り込まれる反応が、わずかに発熱反応であるために起こる。本研究では、暗黒星雲コアでの生成反応が十分理解されているHNCの同位体DNCの重水素濃縮に注目し、暗黒星雲コアにおける重水素濃縮度の違いと、その原因について詳細に調べた。図2の左図に、L1512で観測されたDNC、HN13C、H13CO+のJ=1-0遷移のスペクトル線を示した。これらの周波数帯は76-87GHzである。この天体の観測では、DNCのスペクトル線の超微細構造を初めて検出することに成功した。 29の暗黒星雲コアにおけるDNC、HN13Cの観測の結果、DNC/HN13C比は0.50-7.3となっており、天体によって有意に異なっている兆候が見つかった。温度、密度などの物理的パラメータ、DCO+/H13CO+比などの化学組成と比較した結果、DNCの重水素濃縮とDCO+の重水素濃縮に正の相関があることがわかった。また、重水素濃縮が他の天体に比べて有意に低くなっている天体として、L1495、BL1521、BL1521Lが見い出された。これらの天体は全て、アンモニアの存在量がきわめて小さいにもかかわらず、CCSやHC3Nのような炭素鎖分子の存在量が高いという共通の特徴があり、"炭素鎖分子形成領域(carbon-chainproducing region)と呼ばれている。また、これら3天体では星形成の兆候が発見されていない。 暗黒星雲コアの化学進化に関して、Suzuki et al.(1992)はNH3/CCS比を進化段階の指標にすることを提唱している。CCSは化学進化の初期段階で、NH3は化学進化の後期段階で存在量が多くなるため、コアの進化に伴ってNH3/CCS比は大きくなっていくと予想されている。図2の右図は、暗黒星雲コアにおけるNH3/CCS比とDNC/HN13C比をプロットしたものである。この図の中で、NH3/CCS比、DNC/HN13C比がともに系統的に小さくなっている炭素鎖分子形成領域の3天体は左下にプロットされている。これらのことは、天体によるDNC/HN13C比の違いが、暗黒星雲の進化段階の違いによるものであるという解釈が可能なことを示唆している。つまり、図の左下にあるDNC/HN13C比、NH3/CCS比が小さいコアは化学進化段階初期にあり、右上にあるDNC/HN13C比、NH3/CCS比が高いコアは化学進化段階後期にあると考えられる。このような化学組成の変化は、暗黒星雲コアにおける化学反応モデル計算によっても、予想されている。 図2:暗黒星雲コアにおけるDNC、HN13C観測結果。(左)L1512におけるDNC(76GHz)、HN13C(87GHz)、H13CO+(87GHz)のスペクトル線。HN13C、H13CO+については、アンテナ温度に1K、2Kのオフセットを加えてある。(右)暗黒星雲コアにおけるDNC/HN13C比とNH3/CCS比の関係。 DNC/HN13C比とNH3/CCS比の相関は、おうし座分子雲にある暗黒星雲コアTMC-1におけるDNC、HN13Cのマッピング観測によっても見い出されている。図3はTMC-1におけるDNC、HN13C、H13CO+の積分強度図である。DNCは北西部(アンモニアピーク付近)に強いピークがあり、その分布の仕方はNH3分子と類似している。しかし、HN13Cは南東部(シアノポリイン(HCnN)ピーク)にも有為なピークがあり、DNCに比べると、一様な分布に近い。そのため、TMC-1におけるDNC/HN13C比は、南東部のシアノポリインやCCSのピークに比べて、北西部のアンモニアピークやIRAS点源周辺で高くなっている。シアノポリインはCCS同様に年齢が若いコアで、NH3は進化が進んだコアで存在量が多くなっていることが、理論的に予想されている。TMC-1のマップは、進化が進んだコアほど重水素化物の濃縮度が高くなっているというこの予想と良くあっている。また、L1512、L1544、L63におけるマッピング観測では、DNC/HN13C比がコアのH13CO+ピーク付近で高くなっている傾向が見い出された。このことは、収縮が進んだ高密度コアで化学進化が進んでいるという解釈で理解できる。 図3:TMC-1における(a)DNC、(b)HN13C、(c)H13CO+の積分強度図。+は赤外線星IRAS 04381+2540。(c)には、DNC/HN13C比(グレースケール)も重ねて描いてある。 以上のことから、本論文では、天体によるDNC/HNCの重水素濃縮度の違いが、暗黒星雲コアにおける化学進化段階の違いを反映していると結論した。 |