この論文では3次元AdS空間上の重力理論と2次元CFTの間の対応について包括的に議論する。 まず、負の宇宙定数=-2l-2を持った3次元重力理論のBTZブラックホール解の性質を見る。これは質量M,角運動量Jの2つの保存量を持つ。このブラックホールに関して興味深いのは、地平線の面積から算出したエントロピーが、2次元CFTの状態数の漸近公式のような表式を持つことである。この類似性をより詳しく見ると、ブラックホールのエントロピーがある2次元CFTで説明されるとした場合、その中心電荷は3l/2G3、左右のセクターのレベルは質量と角運動量から次のように読み取れる。 この性質はAdS3/CFT2対応の一つの具現化と理解できる。3次元ブラックホールのエントロピーに関するこのような解釈はStromingerによって提唱されたものであるが、この方法はBTZブラックホールを一部に含むような高次元のブラックホールについても適用できる。その一例として、type IIB超重力理論のD1/D5-brane解がある。Maldacenaの極限、あるいは元々漸近平坦な解の事象の地平線付近に着目する近似において、この解はBTZブラックホールと3次元球面との直積であらわされるが、上の方法に倣ってこのソリトンを3次元のBTZブラックホールと見なしてエントロピーを正しく再現することができる。 次にChern-Simons形式による3次元重力理論の解析を概観する。3次元の負の宇宙定数を持つ重力理論はChern-Simonsゲージ理論と等価であり、この理論には空間全体を伝搬する物理的な自由度がないことが知られている。より詳しくはこの理論は3次元時空の境界上のSL(2,R)WZNW理論、さらに中心電荷3l/2G3のLiouville理論にまで帰着することができる。この形式において、BTZブラックホールやより一般のブラックホール解がどのようにあらわされるかを調べ、さらにそれらの解の集合の上に作用するビラソロ代数をChern-Simons形式で導く。このビラソロ代数はBrown,Henneauxによって発見されたものであるが、それは古典論のレベルで中心電荷が非零(上の値)になる。Liouville理論はこのようにブラックホールのエントロピーを説明するCFTの候補として正しい中心電荷を持ってはいるけれども、基底状態が非零のエネルギーを持っているために通常のCardyの状態数公式が適用できず、ブラックホールの微視的状態を完全に内包しているとは言えない。 ブラックホールの微視的記述についてはStrominger,Vafaにより初めて行われたように、超弦理論のソリトン、特にD-braneの上の場の理論を考えることで得られると考えられる。これにのっとって、M4(K3あるいはT4)にコンパクト化したtype IIB超弦理論のD1/D5brane(black string)複合体の微視的記述がM4上のインスタントンモジュライ空間上の2次元シグマ模型であらわされることを導く。さらに3次元AdS空間上の超重力理論がこのシグマ模型と双対であることの幾つかの根拠を示す。M4=K3の場合を議論することにして、まず二つの理論のモジュライについて考えると、シグマ模型の方では標的空間の2次のコホモロジー群がR3,20で与えられることから、モジュライ空間は次の商空間で与えられることが示される。 一方超重力側では、スカラー多様体は元々はつぎの商空間であるが、 AdS3×S3背景上ではこのうちの丁度21個のスカラーが質量を持つため残ったモジュライはCFTのモジュライと一致することが分かる。次にBPSスペクトルの対応についてみる。CFT側ではカイラルプライマリ状態が標的空間のコホモロジー代数に対応してあらわれ、特にコホモロジ-代数の生成元を1粒子状態と見なす。この1粒子状態は超重力理論のKKモードの解析から正しく再現されることがわかる。 AdS3空間上の弦理論と2次元のシグマ模型との対応を次に考える。このために元々のD1/D5-brane背景のS-双対をとってNS1/NS5-brane背景に移って考える。まずこの背景上の弦理論がよく知られた超対称WZNW理論で記述されることを導き、自由場近似を用いてこの系を解析する手法を定式化する。この手法を用いてAdS3/CFT2対応がどの程度よくなり立っているかの解析をする。境界上のシグマ模型にはビラソロ代数の生成子やカイラルプライマリ場など、特徴的な代数関係に従う演算子があるが、それらがAdS3弦の世界面上の自由度から再構築できることを見る。 Giveon,Kutasov,Seibergによって調べられたように、AdS3弦の世界面上の自由度からつくられたビラソロ代数は、次の仮定のもとでBrown-Henneauxのビラソロ代数の中心電荷を正しく再現する。 ここではAdS3の座標の一つであり、AdS3が次の計量であらわされるとする。 上の条件はの巻き付き数が背景の持つNS1-brane電荷と等しくなるべしと言う条件として自然なものである。境界上のCFTはN=4超共形対称性を持っているので、Brown-Henneauxのビラソロ代数も超共形代数に拡張されるはずである。そのために存在すべき超対称電荷が、世界面上のスピン場からつくられることを見る。 シグマ模型のカイラルプライマリ場に対応する演算子を、同様にAdS3弦理論の世界面上の自由度から構成できることを見る。ただしスペクトルの対応を見ると、シグマ模型の方ではカイラルプライマリの持つR-chargeの上限がQ1Q5のオーダーであるのに対し、世界面上の自由度から構成できるのはR-chargeがQ5のオーダーのものまでである。この上限の不一致はMatrix String Theoryの枠内で議論することによって解消できることを後に示す。 また、これらの演算子が正しく作用する"基底状態"がAdS3弦理論の物理的状態のHilbert空間の中に存在するかを考察する。Q1=1のときは実際にそのような基底状態があらわに構成できるが、それ以外のときは構成できないことが分かる。 このようにAdS3上の弦理論と境界上のシグマ模型の対応がQ1=1のとき以外にうまく行かないのは弦理論が一つの弦の量子論に対応しているためで、完全な対応はMatrix String Theoryの枠内ではじめてみることができるのではないかと考える。これにしたがって5-braneの存在のもとでのMatrix String Theoryの解析を行う。 まず5-braneの存在を考慮して適当なハイパー多重項を導入したMatrix String Theoryのクーロンブランチの解析を行う。その結果得られる有効作用はAdS3上の複数の弦の作用と同じ物理的自由度を持つことが確かめられる。またMatrix Stringの世界面上のU(1)ゲージ場の存在に着目し、これが非零の電束を持つか否かで二つのセクターがあらわれることを見る。この2つにセクターはAdS3上の弦理論にあらわれる2種類の弦、すなわち通常のようにAdS3上を伝搬するいわゆる"short string"と、境界に巻き付いて背景の持っBNSの電荷を担ういわゆる"long string"の2つに対応していることを見る。 またMatrix String Theoryのもつtwistedセクターが、弦の1体の系の解析では再現できなかったカイラルプライマリをほぼ完全に再現することを見る。これは任意のCFTの対称積(オービフォルド)を考えると、Zm-twistedセクターでは世界面上のカレント代数のレベルやビラソロ代数の中心電荷がm倍になるという性質など、オービフォルドCFTの性質から説明できる。 以上のようにAdS3/CFT2対応はAdS3上の弦理論を考えても同様に成り立つことが分かる。超重力理論を考えることとの相違点の一つは、超重力理論ではKKモードのスペクトルに上限がないのに対して、弦理論(あるいはMatrix String Theory)ではスペクトルが有限で、境界上にシグマ模型のBPSスペクトルとよく一致するという点である。 |