BESS測定器は、超伝導ソレノイド・飛跡検出器・高性能粒子識別装置・並列処理型高速データ収集システムで構成され、大面積立体角を有し、0.2〜100GeVの広いエネルギー領域を同時に高精度に測定できるという、これまでの飛翔体観測器にない特長を備えている。この特長を生かして、陽子・ヘリウム・電子等の、各種宇宙粒子線を精密に測定すると同時に、反陽子・反ヘリウム等の反粒子を極微量まで探索している。 宇宙反陽子は、その大部分が宇宙線と星間物質の衝突によって二次的に生成されると考えられているが、このような衝突反応から生成される反陽子のスペクトルは、2GeV付近にピークを持つ特徴的な形をしていると予想される。特に、1GeV以下の低エネルギー領域での流束は、相対論的運動学により抑制される。このような特色を持つため、宇宙反陽子は「宇宙における諸現象」を研究する際に有用であり、長年強い関心を引いてきたが、その期待される流束は微小であり、又電子等のバックグラウンドが極めて多いため、測定は困難を極めていた。 しかしながら我々は、大面積かつ高感度なBESS測定器を用いて、1993,94年に質量の同定という確実な方法で8例の反陽子を検出することに成功し、低エネルギー宇宙反陽子の存在を世界で初めて確認した。1995年には飛行時間分解能の向上により0.2〜1.4GeVのエネルギー領域で43例の反陽子を明瞭に観測し、この領域で反陽子のエネルギースペクトルを初めて測定した。 更に1997年には、データ収集システムの高速化、およびエアロジェル(屈折率1.03)を輻射体に用いたチェレンコフカウンターを搭載したことによる粒子識別能力の飛躍的改善によって、0.18〜3.56GeVのエネルギー領域で415例の反陽子を検出した(図1)。それをもとに算出した、大気上での反陽子スペクトルが、図2である。 図1:1997年に測定された反陽子 95年のデータと97年のデータは、矛盾しないことが確認されたので、統計精度を上げるために、まとめられている。 主要な系統誤差は、高エネルギー領域では、大気により生成される反陽子バックグラウンドの計算の不定性から、また低エネルギー領域では、反陽子が物質との相互作用により失われる効率の見積りの不定性から生じる。 測定されたスペクトルは、これまでの実験に比較して、圧倒的に優れた精度を持ち、「衝突起源の反陽子」に期待される2GeV付近のピークを検出することに成功した。これにより宇宙反陽子の大部分は、宇宙線と星間物質の衝突によって生成されるということを確認した。図2に示されているように、「衝突起源の反陽子」について予測されるスペクトルは、特にピーク付近で我々のデータとの極めて良い一致を見せている。一方で、低エネルギー領域では若干の過剰を示している。これを説明する要因として、「統計のふらつき」,「計算に用いたモデルに修正を加えるもの」等の事柄が考えられるが、「原始ブラックホールの蒸発のような、未知の反陽子生成源の兆候」である可能性も否定できない。 一般に太陽系に入射した宇宙線は、太陽風などの影響を受けるが、その影響は低エネルギーの宇宙線ほど大きい。したがって、太陽活動の活発化に伴う、反陽子スペクトルの変化を追跡することによって、図2の低エネルギー領域に見られる若干の過剰が、何に起因しているのか決定できる可能性がある。 図2:1995,97年に測定された反陽子スペクトル。曲線は「衝突起源の反陽子」について予測されるスペクトル。 |