学位論文要旨



No 114981
著者(漢字) 水野,恒史
著者(英字) Mizuno,Tsunefumi
著者(カナ) ミズノ,ツネフミ
標題(和) 近傍渦巻き銀河中の大光度コンパクトX線源の「あすか」による観測的研究
標題(洋) ASCA Investigation of Ultra Luminous Compact X-ray Sources in Nearby Spiral Galaxies
報告番号 114981
報告番号 甲14981
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3745号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 佐々木,真人
 東京大学 助教授 蓑輪,眞
 東京大学 教授 長瀬,文昭
 東京大学 助教授 榎本,良治
 東京大学 助教授 茂山,俊和
内容要旨

 近傍の渦巻銀河にはしばしば、「Ultra Luminous compact X-ray sources」(ULXs)と称する強い点状X線源が見られ、そのX線光度は1039-40 erg s-1にも達する。これは、代表的な銀河系内X線星である中性子連星系のエディントン限界光度を、実に1桁から2桁以上も上回る、特異な天体である。これらは我々の銀河系や隣のM31には未確認であり、その正体は大きな謎として関心を集めて来た。エディトン限界は中心星の質量に比例するので、〜100を持つ新種のブラックホール連星などの説が出されたが、いずれも単なる可能性の提示に留まり、ULXsの放射機構については発見以来なんと20年近くもの間、解決の糸口すら得られなかった。これは、過去の撮像型X線衛星では分光能力が不十分だったためである。この状況を一変させたのが1993年に打ち上げられた、我が国4番目のX線衛星「あすか」(Tanaka et al.1994)で(§3)、10keVまでの硬X線領域で撮像と分光を同時に実現した最初の衛星として、ULXの研究を大きく推し進めて来た。

 銀河系内のX線連星では、伴星からの降着物質がコンパクト星の周りで円盤(降着円盤)を形成し、重力エネルギーの解放により、そこからX線が放射される。観測されるX線スペクトルは一般に、光学的に厚い標準降着円盤(Shakura & Sunyaev 1973)からの多温度黒体放射(Multi Color Disk,MCD)モデルで良く表現できる(§2)。「あすか」により、M33 X-8(Takano et al.1994)、IC 342 source 1(Okada et al.1998)などのULXsが観測された結果、それらのスペクトルもMCDモデルでよく表されることが報告され、ULXsのブラックホール連星説がにわかに有力となってきた。しかしながら、これらのULXsでは降着円盤の内縁の温度Tinが約1.5keVと、銀河系内やマゼラン星雲内に見られるブラックホール連星系に比べてかなり高く、大光度から示唆される大きなブラックホール質量(〜100)との間に矛盾を生じる(Okada et al.1998;Mizuno et al.1999)。そのため本学位論文より以前では、ULXをブラックホール連星として矛盾なく説明することが困難であった(§2)。

 我々はこれらの問題点を解決し、矛盾のないULXの描像を確立するため、おもに「あすか」のデータを用いて、ULXの統一的な研究を行なった。用いた対象は、合計9個の渦巻き銀河に含まれる12個のULXsである(§4)。また、ULXは未同定の超新星残骸(Super Nova Remnant,SNR)かもしれない、という説を検討するため、系外銀河に見られる3つの大光度のSNRsのデータも対照として解析した。画像解析では、優れた撮像能力をもつROSAT HRIのデータも援用した結果、ほとんどのULXsが点源と矛盾しないことを確認した(§5)。時間変動の解析では、12個のULXsのうち4つ(IC 342 source 1、NGC 1313 source Aおよびsource B、M81 X-6)から、短期(1日以内)または長期(複数回の観測の比較)の時間変動を検出し、これらが単独のX線源であることを結論づけた(§5)。以上により、これらのULXsが暗いX線天体の複合体である可能性は棄却された。

 続いて我々はULXsおよびSNRsのX線源のスペクトルを詳しく解析した結果、3つのSNRsのスペクトルはいずれも光学的に薄いプラズマの放射の特徴を示し、ULXsのスペクトルはそれと明らかに異なることを確認した(§6.9)。よってULXsは未同定SNRではなく、質量降着をエネルギー源とするX線連星系と考えるべきである。さらにULXsのスペクトル解析により、以下のような重要な知見を得た。

 我々は第1に、ULXsのスペクトルがMCDモデルで統一的に記述できることを見い出した(§6,§7.1)。図1に典型的な1例を示す。12個のULXsのうち、この例を含む9個のスペクトルは単一のMCDモデルで、また1個はそれにpower-lawのハード成分を加えたモデルで表された。これはULXsがブラックホール連星のソフト状態にあることを強く示唆する。残る2例も、ブラックホール連星のハード状態によく見られるスペクトル(光子指数〜1.5のpower-law)を示していた。よってULXsはブラックホール連星であり、その大多数は光学的に厚い降着円盤からの放射が卓越するソフト状態にあるという描像で統一的に説明できる。1040 erg s-1にも達するULXsの光度をエディントン限界内で説明するには50-100の質量のブラックホールが必要であり、このような大質量ブラックホールの存在を示唆するという意味でも、我々の観測結果は重要である。

 第2に、ULXsの観測で得られた降着円盤の内縁の温度Tinは、1.0-1.8keVという範囲に集まっており、これは系内ブラックホール連星の場合(典型的にTin=0.5-1.2keV)と比べ、有意に高い(§6)。MCDモデルでは、円盤の光度L、円盤の内縁の半径Rin、およびTinの間にはL∝という関係があるので、観測された光度(1039-40 erg s-1)とTinから、Rinの値は100km程度と求まる。このRinはブラックホール周りの最終的な安定軌道に対応すると考えられ、回転の無いブラックホールではシュバルツシルド半径をRSとしてRin=3RS=8.85(M/)kmで与えられる。よってULXではブラックホールの質量は10-20にしかならず、エディトン限界から要求される質量との間に矛盾を生じる(図2左参照)。この問題はTinが高いために生じたもので、すでにOkada et al.(1998)、Mizuno et al.(1999)などで指摘されていたが、これがULXsに共通する性質であることが確認された(§7.2)。

図表図1:「あすか」で得られたULXsの一つであるIC 342 source 1のスペクトル。十字が実データ、ヒストグラムがモデルを表し、下側のパネルは残差である。2種類のデータ点(とモデルヒストグラム)は「あすか」搭載のSIS検出器(低エネルギーで卓越)、GIS検出器(高エネルギーで卓越)に対応し、両者の同時フィットはTin〜1.8keVのMCDモデルで良く説明できる。 / 図2:(左)ULXsの、エディントン限界から要求される質量とRinの関係。降着円盤を正面から見ていると仮定してRinを算出してあり、実線はRin=3RSを表す。ULXsはのきなみ、この直線の右側に来ており、これはTinが高すぎる(Rinが小さすぎる)ことを意味する。比較のため、銀河系内/マゼラン星雲内ブラックホール連星の場合の、光学的質量とX線観測から求められたRinも示してある。(右)「あすか」で得られた3つのULXsの、Rinの温度依存性。これも降着円盤を正面から見たものと仮定してある。

 第3に我々は、時間変動の観測された3つのULXs(IC 342 source 1、NGC 1313 source B、M81 X-6)では、強度変動にともない円盤の内縁の半径Rinが変化していることを見い出した(§6,§7.2)。図2右に示すように、変動は大まかにRinという関係で表される。通常のブラックホール連星では、X線光度が変化してもRinはほとんど変動せず(Ebisawa 1991,Ebisawa et al.1993)、ULXsはこれと異なる特質を示している。

 以上により、「円盤の温度Tinが異常に高い」(Rinが小さすぎる)、「Rinが温度とともに変化する」、という2点が、ULXsのブラックホール説を完成する上で解決すべき問題として浮上した(§7.2)。我々は、用いたモデルや仮定の不備、母銀河までの距離の不定性などを慎重に検討し、また既知の銀河系内/マゼラン星内のブラックホール天体と詳しい比較を行った結果、上記の特性は間違いなくULXsに固有の性質とみなすべきであることを確認した(§7.3)。

 ULXsに固有なこの2つの特質を説明するには、従来の標準降着円盤モデルの枠組を一歩踏み出す必要がある。近年の理論的研究(例えばEsin et al.1997)によると、標準円盤モデルは質量降着率()の比較的低いところで成立し、が上昇して光度がエディントン限界に近づくと、光学的に厚いという性質は保たれるが、解放されたエネルギーが放射として逃げるのではなく物質にエントロピーとして蓄えられ、ブラックホールに落ち込んで行くと考えられる(これをAdvection Dominated Accretion Flow、略してADAFと呼ぶ)。この考えは、スリム円盤モデル(あるいは光学的に厚いADAFモデル)として提唱されている(Abramowicz et al.1988)。このモデルでは最終安定軌道の内側からも放射が生じるため、スペクトルをMCDモデルで表すとの上昇につれRinの関係に従ってRinが小さく(Tinが大きく)なって行くことが予言されている(Watarai et al.1999)。よってULXsで見られたRinの変動は、スリム降着円盤が実現しているとして解釈でき、そのような理論的予言を初めて観測的に確認した結果となった(§7.4.1)。またスリム円盤の元でULXsに見られる高いTinも説明可能であるが、こうしたULXsと、標準降着円盤の成立している通常のブラックホール連星との間の温度の違いは、光度の差により円盤の状態が変わったと考えるだけでは連続的につながらない(§7.4.1)。よって両者の間ではさらにブラックホールの性質そのものが、何らかの差をもつと考えざるをえない。

 このような可能性として残るのはブラックホール自体の回転である。我々はこれまでシュバルツシルドブラックホールを仮定してきたが、回転するブラックホール(Kerrブラックホール)の下では最終安定軌道が3RSから1/2RSまで最大6倍も小さくなり、これに伴い温度も高くなる。これはULXsの性質と合致する。さらに回転の強いブラックホールの周りの降着円盤は、スリム状態になりやすいことが示されており(Beloborodov 1998)、ULXsと系内ブラックホール連星とを統一的に説明することが可能となる。よって我々は、ULXsは回転する重い(50-100)ブラックホールに大きな質量降着が起き、スリム状態の円盤が実現しているという解釈に到達した(§7.4.2)。

 この仮説を確かめるために、我々は相対論効果(重力赤方変位、ドップラーシフト、光線の湾曲)を取り込んだ計算(Cunningham et al.1975;Zhang et al.1997)を援用し、定量的に検討した結果、ブラックホールの回転の強さと円盤を見込む角度を適切に(温度の高いULXsで65°程度以上)選び、さらにスリム円盤の効果を加味することで、ULXsに見られる高い温度を定量的に説明できることを確認した(§7.4.3)。以上により、長年にわたり謎だったULX現象に対しで、物理的に明らかな意味をもつ定量的な解釈を、初めて構築することに成功したといえる。

審査要旨

 近傍の渦巻き銀河には、しばしば大光度銀河(Ultra Luminous compact X-ray sources;ULXs)と称する強い点状X線源がみられる。これは代表的な銀河系内X線星である中性子連星系のエディントン限界光度を一桁から二桁以上も上回る特異な天体であるが、そのULXsの放射機構については発見以来20年近くもの間、大きな謎として関心を集めてきたが、解決できなかった。

 本論文は硬X線領域で撮像と分光を同時に実現した我が国4番目のX線衛星「あすか」のすぐれた撮像・分光特性を駆使しULXの放射機構に観測的制限を与えようとしたものである。第1章は導入、第2章でこれまでのUXLの実験、理論の両面での研究の紹介、第3章にて観測に使用したX線衛星「あすか」の観測装置についての説明が述べられている。第4章にて、観測対象についての選択とその一般的特性を説明した後、第5、第6章が本論文の「あすか」の撮像装置および分光装置を駆使した解析について述べ、最終の第7章では、その解析結果に基づき、洞察と議論を展開している。

 本論文の解析としてまず合計9個の渦巻き銀河に含まれる12個のULXsについて超新星残骸である可能性を検討した。画像解析において、撮像能力の優れたROSAT HRIのデータも援用し、ほとんどのULXsが点源と矛盾しないことを確認した。さらにULXsおよび超新星のX線源のスペクトルを詳細に解析し、最終的にULXsのスペクトルが多温度黒体放射(Multi Color Disk;MCD)モデルが最も好ましいモデルであることが見出された。これにより、ULXsはブラックホール連星であり、その大多数は光学的に厚い降着円盤からの放射が卓越するソフト状態にあるという描像で説明できる。ULXの光度をエディントン限界内で説明するには50-100太陽質量という大質量のブラックホールが必要であり、このような大質量ブラックホールの存在を示唆すると意味でも、この観測結果は非常に重要である。

 第2に、本論文ではULXsの観測で得られた降着円盤の内縁の温度が、銀河系内のブラックホール連星に比べ、有意に高いことを見出している。MCDモデルでは円盤の光度、内縁の半径、および、内縁の温度にはある関係が存在し、それから導出されるブラックホール質量は10-20太陽質量となり、エディントン限界から要求される質量との間に矛盾がULXs共通に生ずることを指摘している。

 第3に、時間変動の観測された3つのULXsでは強度変動に伴い円盤の内縁の半径が変化していることを見出した。大まかに、内縁の半径は内縁の温度に逆比例する。通常のブラックホール連星では、X線光度が変化しても内縁の半径は変わらない。従って、ULXsはこれと異なる特質を示していることになる。

 以上により、「内縁の温度が異常に高い」「内縁の半径が温度とともに変化する。」という2点がULXsのブラックホール説を完成する上で解決すべき問題として見なされる。最近の理論的研究によれば、標準円盤モデルは質量降着率の比較的低いところで成立し、降着率が上昇し、光度がエディントン限界に近づくと光学的に厚いという性質は保たれるが開放されたエネルギーが放射として逃げず物質にエントロピーとして蓄えられ、ブラックホールに落ち込んで行くと考えられるスリム円盤モデルが提唱されている。それによれば、「内縁の半径は内縁の温度に逆比例する」という観測事実が解釈される。

 本論文では、スリム円盤モデルでは高い内縁の温度も説明可能だが、標準降着円盤が成立しているとする通常のブラックホール連星では光度の差により円盤の状態が変わったと考えるだけで連続的につながらないと考察し、そのモデルを引き起こす物理実体に目を向けている。その可能性として、ブラックホール自体の回転を挙げ、定量的に検討した。その結果、ブラックホールの回転の強さと円盤を見込む角度を適切に調整し、スリム円盤の効果を加味することで、ULXsに見られる高い温度を定量的に説明可能であることを確認した。ULXのエネルギー放出現象に対して、観測事実により、モデルに制限を加え、かつ、定量的解釈を初めて構築し、提唱しているといえる。

 なお、本論文の第6章、第7章の一部は牧島一夫教授、久保田あやとの共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析および検証をおこなったもので、論文提出者の貢献が十分と判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54770