学位論文要旨



No 114984
著者(漢字) 山本,常夏
著者(英字)
著者(カナ) ヤマモト,トコナツ
標題(和) 活動銀河中心核からのTeVガンマ線発生機構の研究
標題(洋)
報告番号 114984
報告番号 甲14984
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3748号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 中畑,雅行
 東京大学 助教授 須藤,靖
 東京大学 助教授 森,俊則
 東京大学 助教授 大橋,正健
 東京大学 助教授 永江,知文
内容要旨

 高エネルギーガンマ線天文学は、特にガンマ線による空気シャワーが大気中で発する光を地上に置かれた望遠鏡で検出する方法で近年急速に発展している。地球大気に突入した高エネルギー粒子または光子は空気シャワーを生成しその進行方向にチェレンコフ光を放出する。このチェレンコフ光を集光することにより、空気シャワーのイメージをとらえ一次宇宙線の到来方向、成分、エネルギーを決定することができる。イメージング法と呼ばれるこの方法は高エネルギーガンマ線の観測に威力を発揮し、この分野の急速な発展をもたらした。これにより、超新星残骸や活動銀河中心核からの高エネルギーガンマ線が確認されている。

 活動銀河はその中心に108〜109の超巨大ブラックホールが存在すると考えられている。周りのガスや星がこのブラックホールに落ちて行くことによりこの周りに高速に回転する降着円盤が形成され、その降着円盤と直行する方向に相対論的なジェットが放出されている。ブラックホールのごく近傍ではジェット中にある電子が相対論的エネルギーまで加速され、それに伴い莫大なエネルギーを放出していると考えられている。

 1996年夏からアメリカユタ州に3m口径の望遠鏡を7台建設し、近傍の活動銀河中心核のサーベイ観測を行った。観測を開始して間もなく、近傍の活動銀河中心核Mrk501からのTeVガンマ線フレアーの検出に成功した。97年3月に始まったこの前例のない明るさのガンマ線フレアーは、その強度を大きく変動させながら約半年にわたり全天で最も明るいガンマ線源として輝き続けた。この150時間に及ぶ観測データを詳細に解析し、観測されたガンマ線の強度、エネルギー分布を調べた。

 この結果、

 ・観測されたガンマ線のスペクトラムは折れ曲がっており単純な巾関数では説明出来ない。

 ・人工衛星により、同時に観測されたX線領域の結果と比較すると、ガンマ線とX線の強度は一致して変動している。

 ・X線と比べてガンマ線の強度は大きく変動しており、数日から数十日のスケールで10倍以上の変動を繰り返している。

 ・ガンマ線の強度の変動に対し、スペクトラムの構造に変動が見られない。

 ことが確認された。

図1:活動銀河中心核Mrk501からのガンマ線フレアーを解析した結果。左図はMrk501を中心とし、天球上4度×4度の範囲で有意性の分布を示している。Mrk501からのガンマ線が30の有意性で検出されている。右図はガンマ線の微分エネルギースペクトラムを計算した結果。複数の望遠鏡を使ったステレオ解析と個々の望遠鏡を独立に解析したモノラル解析の結果をプロットしている。スペクトラムは折れ曲がっており、単純な巾関数では説明できない。曲線は指数関数のカットオフを仮定した巾関数でフィットした結果を示している。図2:左図はX線とガンマ線の観測結果を自己シンクロトロンコンプトン散乱モデルによりフィットした結果。X線のデータはRXTEの観測結果の内4日分を使用した。ガンマ線の観測結果は97年全体の平均スペクトラムと観測された日毎のガンマ線検出頻度からそれぞれの日のスペクトラムを推定した結果。曲線はモデルから予想される光子の放射エネルギー分布を示している。右図は銀河間背景赤外線の吸収によるガンマ線の光学的厚さの1027Hzを基準とした相対値を推定した結果。曲線は、理論から予想されるそれぞれの赤方変移の天体までの光学的厚さ。

 このフレアーの特性を調べるため、X線天文衛星RXTEの観測結果と合わせ、放射機構モデルの計算を行った。放射機構は、X線をシンクロトロン放射により放出している高エネルギー電子がそのシンクロトロン光子と衝突し逆コンブトン散乱を起こすことによりガンマ線を放射しているとする自己シンクロトロンコンプトンモデルを採用した。この結果、

 ・放射領域の半径は約0.025pcであり中心核のごく近傍である。

 ・ジェットは中心核から遠ざかるにしたがって減速している。

 ・観測されたガンマ線のスペクトラムに変動が見られないことは、放射モデルと誤差の範囲で一致する。

 ・観測されたスペクトラムの折れ曲がりは、銀河間背景赤外線による吸収とモデルから予想される放射領域でのガンマ線のエネルギー分布からほぼ完全に説明できる。

 ことが分かった。さらにこのモデルから予想される放射領域でのガンマ線のエネルギー分布と、観測されたガンマ線のルミノシティーから、銀河間背景赤外線による吸収の相対量を推定した。この結果は、星の明りとダストによる再放射から予想される背景赤外線の量と良く一致している。銀河間背景赤外線は、人工衛星、気球を用い直接測定が行われているが、銀河系、検出器、地球からのバックグラウンドに阻まれ、上限と下限のみが求められている。本論文で用いたデータのみから絶対量を求めることは出来ないが、銀河間背景赤外線の測定として現在唯一の結果である。

審査要旨

 本論文は、アメリカユタ州に建設された3m口径ガンマ線望遠鏡7台を用いて活動銀河中心核Mrk501からのTeVガンマ線の観測について書かれた物である。論文は7章からなり、第1章は、高エネルギーガンマ線天文学の概要について述べられ、ガンマ線の発生機構、過去の他エネルギー領域での観測等について書かれている。第2章は、論文の本題である活動銀河中心核におけるガンマ線発生機構、活動銀河核の分類、Mrk501の多波長観測についてまとめられている。第3章は、ガンマ線望遠鏡で用いているImaging atmospheric cherenkov techniqueについて書かれ、第4章は、アメリカユタ州に建設された3m口径のガンマ線望遠鏡7台(7素子宇宙線望遠鏡)の詳細について書かれている。第5章は、1997年に観測されたMrk501からのTeVガンマ線フレアーについてそのデータ解析、エネルギースペクトルについて書かれている。第6章は、7素子宇宙線望遠鏡で観測されたMrk501のフレアーとその同時期に観測されたNASAのRXTEによるX線領域での観測とを合わせて、放射モデルのフィットを行い、放射領域のサイズ、磁場の大きさ、ビーミングファクター等について考察している。また、スペクトルの形から銀河間背景赤外線による吸収について議論している。第7章は、論文全体の結論である。

 本論文で用いられている7素子宇宙線望遠鏡は、1996年夏にアメリカユタ州に建設された3m口径の望遠鏡7台である。望遠鏡は、ガンマ線が大気上空で起こすシャワーから発せられる大気チェレンコフ光を望遠鏡の焦点面においてイメージとして捕らえる装置であり、各望遠鏡には256チャンネルのマルチアノード光電子増倍管が装着されている。このイメージ法では、(1)シャワーのイメージからガンマ線の到来方向を見ることができる、(2)ガンマ線が作るシャワーとハドロンが作るシャワーとのパターンの違いからバックグラウンドとなるハドロンシャワーを落とすことができる、といった特長を持つ。本解析では、99.45%のハドロンシャワーを取り除き、ガンマ線に対する効率は32.25%であった。また、本論文では複数台の望遠鏡によるステレオ解析も行い個々の現象ごとに到来方向を決定し、エネルギー分解能、角度分解能を向上させた解析も行っている。エネルギー分解能はモノラル解析の場合、2-10Tevの範囲で55%(半値幅)であるが、ステレオ解析にすることにより23%に向上している。しかし、ステレオ解析の場合には、有効面積が減ってしまうため、本論文ではエネルギースペクトルをステレオ解析とモノラル解析で求めその同一性を確認した上で、統計を必要とする解析においてはモノラル解析の結果を用いている。ガンマ線からの信号をハドロン等によるバックグランドと分離するため、7素子宇宙線望遠鏡ではラスタースキャンと呼ばれる方法によりoff sourceのデータをon sourceのデータ取得と同時に取り、到来方向分布においてoff sourceデータから見積もったバックグラウンドを差し引くという方法を行っている。こうしてMrk501からのTeV領域ガンマ線観測を1997年に143時間行った結果、30の有意性で信号を捕らえた。その観測から次の結果を得た。

 (1)2-10TeVに渡りエネルギースペクトルを測定した。スペクトルは一つのべきではフィットできず、6TeVのあたりから折れ曲がりが見られる。これは銀河間背景赤外線による吸収によって説明できる。

 (2)モノラル解析で求めたエネルギースペクトルは、エネルギー分解能の良い(ただし、統計量は減るが)ステレオ解析で求めた結果と良く一致する。

 (3)TeVガンマ線の強度の変動は、RXTEでのX線の変動と±5日以内で一致しており、TeVガンマ線とx線とが同一の場所で放射されていることと矛盾しない。

 (4)TeVガンマ線の変動はX線の変動と比べて大きい。

 高エネルギー電子のシンクロトロン放射によりX線が放射されている領域で、同じ電子がシンクロトロン光子と衝突して逆コンプトン散乱によってTeVガンマ線が放出されているとするモデル(SSCモデル)を用いて、TeVガンマ線強度とX線のスペクトルをフィットし、放射領域について考察をした。その結果、放射領域の半径は0.1pc以下であり、ビーミングを表すDoppler beaming factorが10-250と得られた。このことから、放射は中心核のごく近傍でおきていることがわかった。

 本論文が使用した7素子宇宙線望遠鏡は、手嶋政廣助教授らとの共同実験ではあるが、本論文での解析はすべて論文提出者が行ったものであり、また論文提出者はこの実験の建設やデータ取得に主体的に参加してきており、論文内容に対する論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって,博士(理学)の学位を授与できると認める。

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