本論文は5章からなり、第1章はRHIC計画の概観およびスピン力学の基礎、第2章はSiberian Snakeのもとでの軌道及びスピン写像、第3章は軌道写像のシンプレクティック化、第4章はRHICでのスピン追跡について述べ、第5章に結論が述べられている。 米国ブルックヘブン国立研究所(BNL)に昨年完成されたRHICにおいて、BNLと理化学研究所の共同で、偏極陽子ビームを加速する計画が進められている。本論文は、25GeVで入射された後、250GeVに加速される間の偏極陽子の減偏極について、主に計算機シミュレーションのよって研究したものである。 RHICが超伝導リングであるため加速は緩やかで、この加速の間に陽子は約107回リングを周回する。このため微小な計算誤差の集積が避けられないが、特に軌道写像が十分な精度でシンプレクティックになっていない場合、意味のある計算結果は得られない。同様に、スピン写像はユニタリでなければならない。 通常のリングでは偏極ビームは加速の間に多数の共鳴を通過するために減偏極が避けられない。これを軽減するため、RHICでは、Siberian Snakeと呼ばれる方式を採用する。このためにhelical dipoleと呼ばれる特殊な超伝導磁石を用いる。これは既に完成し磁場測定が行なわれた。結果は磁場計算プログラムTOSCAとよく一致することが確かめられている。本論文ではTOSCAの結果を用いている。 本論文の眼目は、離散的に与えられた磁場のもとでの軌道およびスピンの写像をシンプレクティック化・ユニタリ化し、かつ十分高速なアルゴリズムを得て、RHICでの減偏極を追跡することにある。 本論文で用いたシンプレクティック化の手順は次のようなものである。 1.磁場の各成分のcubic spilne補間を行なう。(厳密にはMaxwell方程式を満たしていない。本論文では10-3の精度であることが確かめられている。) 2.閉軌道を求める。これにはリングの他の部分の情報が必要。 3.閉軌道上で、DA(Differential Algebra)を用いてRunge-Kutta法の積分を行ない、閉軌道のまわりのTaylor mapを求める。本論文では2次の項まで求めている。このTaylor mapはTaylor seriesの打切り誤差のみならず、磁場計算誤差、Runge-Kutta積分誤差等による、係数そのもののnon-simplecticityをも含んでいる。 4.後者の理由によるnon-simplecticityを、次の手順で除く。 (a)線形部分にはCayleyの行列シンプレクティック化を用いる。 (b)非線形部分は、一般的なvector field上の微分演算子の形に変換する。 (c)これを位相空間上の経路積分でPoisson括弧に直す。この積分はもとの写像が正確にシンプレクティックでないため、経路依存であるが、位相空間上の直線を使う。これにより、Taylor展開係数は各次数までシンプレクティックになる。 5.Taylor seriesの打切りによるnon-simplecticityの回避についてはkick factorization等いくつかの方法が知られている。 粒子追跡は既存のプログラムSPINKを改良して行なった。主な改良点は、上記のsimplectic mapの導入、そのエネルギー値での補間、加速空胴中での処理のシンプレクティック化等である。 以上の方法を用いて偏極陽子を追跡した結果、次のような結論を得ている。 1.入射ビームのemittanceが10mm・mrad以下であれば、intrinsic resonanceによる減偏極は5%以下である。 2.初期の4極磁石の設置誤差2.5mm、補正後の閉軌道0.2mm(いづれも標準偏差)以下であれば、最終的な偏極度73%が得られる。 3.なお、Helical magnetのためにbetatron tuneのエネルギー依存性が発生し、変動量はQx〜0.02,Qy〜0.03に達する。このため約70GeV以下でx-y結合共鳴が起るが、スピン運動への影響は小さい。 減偏極の計算機追跡による研究は多数あり、RHICに限っても既にいくつか行なわれているが、離散的かつ誤差を含む磁場データを用いてシンプレクティックに追跡する手法を与えている点で意義が大きい。これはスピン運動のみならず、軌道追跡についても重要である。 なお、本論文の一部分は片山武司教授との共同研究によるものであるが、論文提出者が主体となって方法の開発、実際の計算を行なったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 |