大小マゼラン星雲は我々の銀河系に最も近い系外銀河である。この二つの銀河は、その中の明るい星を個別に分光観測できるほどに近い。しかし、それぞれの銀河に属する星を太陽から等距離とみなせる程には遠い。この適度な距離ゆえに、マゼラン雲の星は恒星進化の観測的研究に不可欠な天体として利用されてきた。 また、マゼラン雲は多くの球状星団を含んでいることでも有名である。それらの年齢は百万年から百億年までの広い範囲にわたっていて、銀河系内球状星団の年齢が百億年程度にそろっていることと強い対照を示している。球状星団の年齢分布はそれ自体がマゼラン雲における星形成史を物語っているが、個々の星団に見られる星の系列もまた恒星進化モデルを検証するための恰好のサンプルを提供している。それは星団が共通の年齢と化学組成を持つ星の集団だからである。特に主系列以降は、ほぼ同一質量の星が各進化段階での進化速度に応じた数で割り振られて並んでいるとみなせる。なぜならば、主系列以降の進化に要する時間の総計は主系列滞在時間に比べ圧倒的に短いからである。したがって、主系列最上端の星の質量と金属量の値は星団内の漸近巨星分枝(AGB)星すべてに適用できることになる。さらに、AGBに沿っての星の分布から進化のスピードを推定することも可能である。 以上述べたように、AGB星進化の観測的研究にとってマゼラン雲球状星団は理想的な天体である。特に、中間年齢型星団にはAGBがよく発達しているものが多い。問題は、最も興味深い天体である質量放出AGB星は数が少ないことである。おそらく、質量放出AGB星は可視AGB星の数百分の一程度と考えられる。したがって、球状星団1個を調べても質量放出AGB星が含まれるかどうかは保証されない。大きな星団にはAGB上部の星が20-30個程度は含まれているので、AGB星の進化を追うには約10星団の観測が必要である。 そこで本論文では、大フォーマットの赤外カメラを用いて中間年齢星団8個を含む12個のマゼラン雲星団をJHKバンドで撮像観測した。研究の目的は、各星団の色-等級図の解析を行なうことと質量放出星の検出である。本論文では特に、AGB星を数多く含むマゼラン雲の中間年齢星団から得られた下部AGBからsuper-wind期に至るまでの小質量星進化の時間的スケール、および今回の観測で発見された質量放出AGB星の変光の解析について報告する。 観測は、PtSi1040×1040素子を基にした近赤外カメラ"PANIC"と南アフリカ天文台(SAAO)の30-inchカセグレン望遠鏡を用いて行われた。同時に、SAAOの74-inch望遠鏡と赤外線測光器による補助的観測も行われた。1993年11月から1996年11月までの間に得られた球状星団12個の近赤外画像から、メンバー星のJ、H、およびK等級が測定された。変光がある場合を除いて、すべての観測で各星について得られた測定値を平均し、その星の等級とした。各バンドにおける測光誤差は最終的に、0.01-0.18等(J)、0.01-0.15等(H)、及び0.01-0.15等(K)と見積もられた。また、JHK等級をもとに黒体放射スペクトルでのフィッティングにより輻射等級が計算された。 残念ながら個々の星団に属するAGB星の数が少ないため、個々の星団ごとに赤外色-等級図について論ずることは困難である。そこで中間年齢型の球状星団8個により、AGB期の進化の時間的スケールを推定した。計算にはNGC152、NGC419、NGC1783、NGC1806、NGC1846、NGC1978、NGC1987、およびNGC2121の測光データが用いられた。星団8個の集合的色-等級図を作成し、プロットされたAGB星を炭素星化以前の星(グループI)、炭素星化して質量放出を起こす前の星(グループII)、および質量放出期にある星(後述、グループIII)の3つの集合に分類した。(図1参照)このうちグループIについて、Paczynski(1970)によるコア質量-光度関係をもとに進化のタイムスケールが計算された。合成色-等級図上のAGBの下限から炭素星化がおこるまでの時間は、2.6×106年であると見積もられた。次に、グループI〜IIIに属する星の個数比から、グループIIとグループIIIについてのタイムスケールが推定された。その結果、炭素星化から質量放出開始までの時間は7.1×105年、質量放出の継続時間は5.6×104年であると推測された。 上に述べた中間年齢星団のうち6個(NGC152、NGC419、NGC1783、NGC1978、NGC1987、およびNGC2121)については、可視域での測光データが公表されている。そこで、これら6星団の年齢と主系列質量をisochrone fittingによって決定した。その結果を表1に示す。次にNGC2121は他との年齢差が大きいので除き、残りの星団5個からAGB星の光度分布関数を作成した。関数はMbol=-5.0付近をピークとするが、それより明るい星は急に減少するという形状を示した(図2参照)。これは、主系列質量1.5-2のAGB星はMbol〜-5.0の時点で大規模な質量放出を開始して光度の増加が抑えられるためと解釈できる。 図1グループIIIの3個の星は球状星団内の赤外線星であり、このうち2つは今回の観測で発見された天体である。JHK等級とJ-K色、および輻射等級を測定した結果を表2に示す。他のAGB星と比べて極端に赤いJ-K色から、これらの赤外線星はAGB期末期の質量放出過程にあって厚いダスト殻に覆われていることが予想された。 図1 中間年齢星団8個による色-等級図 1993-1996年の観測結果から、赤外線星のJHKバンドにおける変光が確認された。赤外線星の変光周期はいずれも500日前後であった(表2参照)。NGC419IR1の変光曲線を図3に示す。赤外線星の周期と輻射等級、K等級をGroenewegen and Whitelock(1996)によるミラ型炭素星の周期-輻射等級、および周期-K等級関係と比較した。すべての赤外線星について、Mbolは約0.1等の範囲内で予想と一致するが、MKは予測値より0.5-0.7等暗いという傾向があった。この事実はKバンドにおいてもダスト殻による吸収があることを示唆しており、赤外線星が大規模な質量放出の過程にあるという予想を裏付けている。 図表表1 Isochrone fittingによる星団年齢と主系列質量 / 図2 星団AGB星の光度分布関数図表図3 NGC419IR1の変光曲線(Kバンド) / 表2 赤外線星の観測結果 以上、今回の研究によって、 ・AGB星の光度分布から推定すると、炭素星と質量放出星の寿命はそれぞれ約7×105年、及び約6×104年である。 ・主系列質量1.5-2のAGB星は、Mbol〜-5.0の時点で大規模な質量放出を開始する。 ・炭素星の周期-輻射等級関係は長周期(P〜530日)領域までよく延長される。ただし、周期-K等級関係では0.5-0.7等のずれが生じる。 という三点が明らかになった。 |