学位論文要旨



No 114990
著者(漢字) 西田,伸二
著者(英字)
著者(カナ) ニシダ,シンジ
標題(和) マゼラン雲球状星団のAGB星
標題(洋) AGB Stars in the Magellanic Globular Clusters
報告番号 114990
報告番号 甲14990
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3754号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 村上,浩
 東京大学 助教授 川良,公明
 東京大学 教授 祖父江,義明
 東京大学 教授 中田,好一
 国立天文台 教授 笹尾,哲夫
内容要旨

 大小マゼラン星雲は我々の銀河系に最も近い系外銀河である。この二つの銀河は、その中の明るい星を個別に分光観測できるほどに近い。しかし、それぞれの銀河に属する星を太陽から等距離とみなせる程には遠い。この適度な距離ゆえに、マゼラン雲の星は恒星進化の観測的研究に不可欠な天体として利用されてきた。

 また、マゼラン雲は多くの球状星団を含んでいることでも有名である。それらの年齢は百万年から百億年までの広い範囲にわたっていて、銀河系内球状星団の年齢が百億年程度にそろっていることと強い対照を示している。球状星団の年齢分布はそれ自体がマゼラン雲における星形成史を物語っているが、個々の星団に見られる星の系列もまた恒星進化モデルを検証するための恰好のサンプルを提供している。それは星団が共通の年齢と化学組成を持つ星の集団だからである。特に主系列以降は、ほぼ同一質量の星が各進化段階での進化速度に応じた数で割り振られて並んでいるとみなせる。なぜならば、主系列以降の進化に要する時間の総計は主系列滞在時間に比べ圧倒的に短いからである。したがって、主系列最上端の星の質量と金属量の値は星団内の漸近巨星分枝(AGB)星すべてに適用できることになる。さらに、AGBに沿っての星の分布から進化のスピードを推定することも可能である。

 以上述べたように、AGB星進化の観測的研究にとってマゼラン雲球状星団は理想的な天体である。特に、中間年齢型星団にはAGBがよく発達しているものが多い。問題は、最も興味深い天体である質量放出AGB星は数が少ないことである。おそらく、質量放出AGB星は可視AGB星の数百分の一程度と考えられる。したがって、球状星団1個を調べても質量放出AGB星が含まれるかどうかは保証されない。大きな星団にはAGB上部の星が20-30個程度は含まれているので、AGB星の進化を追うには約10星団の観測が必要である。

 そこで本論文では、大フォーマットの赤外カメラを用いて中間年齢星団8個を含む12個のマゼラン雲星団をJHKバンドで撮像観測した。研究の目的は、各星団の色-等級図の解析を行なうことと質量放出星の検出である。本論文では特に、AGB星を数多く含むマゼラン雲の中間年齢星団から得られた下部AGBからsuper-wind期に至るまでの小質量星進化の時間的スケール、および今回の観測で発見された質量放出AGB星の変光の解析について報告する。

 観測は、PtSi1040×1040素子を基にした近赤外カメラ"PANIC"と南アフリカ天文台(SAAO)の30-inchカセグレン望遠鏡を用いて行われた。同時に、SAAOの74-inch望遠鏡と赤外線測光器による補助的観測も行われた。1993年11月から1996年11月までの間に得られた球状星団12個の近赤外画像から、メンバー星のJ、H、およびK等級が測定された。変光がある場合を除いて、すべての観測で各星について得られた測定値を平均し、その星の等級とした。各バンドにおける測光誤差は最終的に、0.01-0.18等(J)、0.01-0.15等(H)、及び0.01-0.15等(K)と見積もられた。また、JHK等級をもとに黒体放射スペクトルでのフィッティングにより輻射等級が計算された。

 残念ながら個々の星団に属するAGB星の数が少ないため、個々の星団ごとに赤外色-等級図について論ずることは困難である。そこで中間年齢型の球状星団8個により、AGB期の進化の時間的スケールを推定した。計算にはNGC152、NGC419、NGC1783、NGC1806、NGC1846、NGC1978、NGC1987、およびNGC2121の測光データが用いられた。星団8個の集合的色-等級図を作成し、プロットされたAGB星を炭素星化以前の星(グループI)、炭素星化して質量放出を起こす前の星(グループII)、および質量放出期にある星(後述、グループIII)の3つの集合に分類した。(図1参照)このうちグループIについて、Paczynski(1970)によるコア質量-光度関係をもとに進化のタイムスケールが計算された。合成色-等級図上のAGBの下限から炭素星化がおこるまでの時間は、2.6×106年であると見積もられた。次に、グループI〜IIIに属する星の個数比から、グループIIとグループIIIについてのタイムスケールが推定された。その結果、炭素星化から質量放出開始までの時間は7.1×105年、質量放出の継続時間は5.6×104年であると推測された。

 上に述べた中間年齢星団のうち6個(NGC152、NGC419、NGC1783、NGC1978、NGC1987、およびNGC2121)については、可視域での測光データが公表されている。そこで、これら6星団の年齢と主系列質量をisochrone fittingによって決定した。その結果を表1に示す。次にNGC2121は他との年齢差が大きいので除き、残りの星団5個からAGB星の光度分布関数を作成した。関数はMbol=-5.0付近をピークとするが、それより明るい星は急に減少するという形状を示した(図2参照)。これは、主系列質量1.5-2のAGB星はMbol〜-5.0の時点で大規模な質量放出を開始して光度の増加が抑えられるためと解釈できる。

 図1グループIIIの3個の星は球状星団内の赤外線星であり、このうち2つは今回の観測で発見された天体である。JHK等級とJ-K色、および輻射等級を測定した結果を表2に示す。他のAGB星と比べて極端に赤いJ-K色から、これらの赤外線星はAGB期末期の質量放出過程にあって厚いダスト殻に覆われていることが予想された。

図1 中間年齢星団8個による色-等級図

 1993-1996年の観測結果から、赤外線星のJHKバンドにおける変光が確認された。赤外線星の変光周期はいずれも500日前後であった(表2参照)。NGC419IR1の変光曲線を図3に示す。赤外線星の周期と輻射等級、K等級をGroenewegen and Whitelock(1996)によるミラ型炭素星の周期-輻射等級、および周期-K等級関係と比較した。すべての赤外線星について、Mbolは約0.1等の範囲内で予想と一致するが、MKは予測値より0.5-0.7等暗いという傾向があった。この事実はKバンドにおいてもダスト殻による吸収があることを示唆しており、赤外線星が大規模な質量放出の過程にあるという予想を裏付けている。

図表表1 Isochrone fittingによる星団年齢と主系列質量 / 図2 星団AGB星の光度分布関数図表図3 NGC419IR1の変光曲線(Kバンド) / 表2 赤外線星の観測結果

 以上、今回の研究によって、

 ・AGB星の光度分布から推定すると、炭素星と質量放出星の寿命はそれぞれ約7×105年、及び約6×104年である。

 ・主系列質量1.5-2のAGB星は、Mbol〜-5.0の時点で大規模な質量放出を開始する。

 ・炭素星の周期-輻射等級関係は長周期(P〜530日)領域までよく延長される。ただし、周期-K等級関係では0.5-0.7等のずれが生じる。

 という三点が明らかになった。

審査要旨

 本論文は7章からなり、第1章では大小マゼラン星雲に属する球状星団の概説と恒星進化研究への応用の利点が論ぜられている。第2章では南アフリカ天文台におけるそれら星団の観測とデータ解析、第3章は個々の球状星団の性質、第4章は中期年齢型球状星団に対する統合データの解析、第5章では本研究で発見された球状星団赤外線星に対する変光周期光度関係が論ぜられている。結論は第6章に述べられている。

 恒星内部構造が重層化する影響で、恒星の主系列以降の進化は理論的な追跡が困難な分野である。進化のタイムスケールが短くなるため、観測的にその道筋をたどるに必要なサンプルを得ることも難しい。本論文の著者はマゼラン星雲の球状星団を恒星進化のサンプルに用いることにより上記の難点が回避できることに着目した。著者は球状星団の年齢、メタル量、主系列先端質量を星団AGB星に適用することで、南アフリカ天文台で実施した近赤外線観測に基づいてAGB星進化を観測から定量的に定めようと試みた。

 観測は1994年から1998年にかけて南アフリカ天文台サザランド観測所75cm望遠鏡を使用して行なわれた。観測装置は東京大学と南アフリカ天文台の共同開発による白金シリサイド1040×1040ピクセル近赤外線カメラである。著者はデータ解析に必要な予備テストを行ない、ライン毎の露出時間の補正、非感光部の影響、ノイズの効果を評価して、ローカル測光システムから標準測光システムへ変換する方法を確立した。観測対象には大小マゼラン星雲に属する12の球状星団が選ばれた。

 著者はまずそれら星団の公表された可視域等級カラー図に基づき、統一された手法で年齢を再決定した。その結果、5つの星団NGC152,419,1783,1978,1987の年齢は互いに接近し、誤差の範囲内で重なりあっていることが判った。各星団に属するAGB星の数は著者が目的とする進化の定量的研究には不足なので、これら5つの星団のデータをまとめて扱う必要がある。この統合データの近赤外線等級カラー図を作った結果、AGB星が3つのグループに分けられることが判った。グループIはほとんどがMまたはK型の星で、グループIIは炭素星からなる。光度はグループIの先端とほぼ等しいかやや明るい。グループIIIは星の数が3つしかないがすべて赤外線星であり、光度はグループIIとほぼ等しいが赤外カラーがさらに赤いことによってグループIIと明確に区別される。

 著者はグループI、II、IIIは進化系列をなしていると考えた。グループIの寿命をパチンスキーの核質量-光度関係に基づいて200万年と定め、グループ間の星数の比を滞在時間の比に等しいと考えて、炭素星の寿命を約70万年、赤外線星の寿命を8万年と定めた。本論文で決定されたこれらの寿命に、星団内の可視炭素星はミラ型変光を示さないこと、光度関数が輻射絶対等級=-5で突然カットされることを合わせると、本論文はこれまで漠然と考えられていたAGB進化、すなわちAGB上端部で脈動が強まり、質量放出が開始されて赤外線星となるという描像に大きな変更を迫るものである。本論文の結果に依れば、主系列質量1.5-2太陽質量の星はAGBを上がって行き、-4.5等で炭素星に転化し、70万年後にほぼ同時期にミラ型脈動と質量放出を開始する。質量放出の時間は約8万年であり、この急激な質量放出のために、星の光度は-5等以上に上がれないのである。またこのような星は塵に包まれ、可視光では見えなくなってしまう。星雲内の球状星団以外の領域では、ミラ型星が可視光でも観測されるが、本研究はこれらの可視ミラ型星は別の主系列質量の星から生じたものであることを示唆する。このように本論文により、これまで一様にみなされてきたAGB進化が主系列質量により異なる道をたどることが示された意義は大きい。

 著者は続いて、本研究で発見された星団内赤外線星の変光周期-光度関係を論じている。これまで赤外線星に対しては変光周期-光度関係のデータが存在せず、また可視ミラ型星に対しては周期400日以上では関係データが平均線から大きくはずれることを理由に、質量放出段階でも変光周期-光度関係が成立するかどうかは疑問視されてきた。しかし、質量放出星に対して周期光度関係が使用できないと、例えば数万のIRAS天体の定量的研究に大きな支障をきたすことは明らかである。この意味で、わずか3天体であるがグループIIIの赤外線天体が従来求められていた可視天体に対する周期光度関係の上にきれいに乗ったことは重要である。M型星と異なり炭素星の変光周期は500日を大きく越えることは考えにくく、本研究で炭素星の周期光度関係は最長部分まで確立されたと考えられる。

 なお、本論文第5章は田辺俊彦、松本茂、中田好一、関口和寛、I.S.Glassとの共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行なったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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