学位論文要旨



No 114991
著者(漢字) 中島,浩二
著者(英字)
著者(カナ) ナカシマ,コウジ
標題(和) すばる補償光学系データ解析のためのリチャードソン・ルーシー・アルゴリズムに基づく適正サンプリング画像復元処理法
標題(洋) Optimized Sampling Deconvolution based on Richardson-Lucy Algorithm for Subaru Adaptive Optics
報告番号 114991
報告番号 甲14991
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3755号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 川良,公明
 東京大学 助教授 蜂巣,泉
 国立天文台(東京大学併任) 教授 井上,允
 国立天文台 教授 家,正則
 国立天文台 助教授 高見,英樹
内容要旨

 すばる望遠鏡の様な大望遠鏡では、空間分解能はその口径で決まる回折限界でなく、大気のシーイングによって決まってしまう。この大気のシーイングを装置を用いてリアルタイムで取り除く方法として、補償光学と呼ばれる観測装置である。私の属する国立天文台補償光学観測装置グループが開発している、すばる望遠鏡補償光学系も今春ようやく本格的な観測が始まろうとしている。

 しかし、現在開発が進められている殆どの補償光学装置は、装置の制御面の限界から、波長の長い近赤外線の低次の波面揺らぎを補償しているに過ぎず、観測で得られるPSFは、回折限界のコアの周辺に、補償しきれなかった高次の波面揺らぎの成分から成るハロー成分が残ってしまう。このようにハローに拡がってしまったエネルギーを、回折限界コアに集めるため、補償光学系で得られる空間周波数情報をすべて生かすためには、画像取得後にソフトウエア的に戻す処理(画像復元処理)を行う必要がある。

 これまでにも多くの画像復元処理法がHSTや他の補償光学系のために提案されているが、いずれの方法も天体の視認性という点では向上が見られるが、測光線形性については暗い天体ほどより暗く見えるという非線形星を持っているため、これまではあくまで天体検出のためにのみ用いられてきた。そこで本研究では、すばる望遠鏡補償光学系のポストプロセスとして、「天体(星)のより高い測光精度と測地精度を達成することを目標として」画像復元処理法の開発を行った。

 この研究では、フォトンカウント型検出器を用いる光・近赤外線観測で常にノイズとなるポアソンノイズに対して、常に最もらしい解(最尤解)が得られるリチャードソン・ルーシー法(以下RL法)を基盤に開発をおこなった。また、画像全体のエネルギーが導出の仮定から自動的に保存されると言う利点もあり、RL法は光・近赤外線観測では一般的に使われている。

 しかしこの画像復元処理法は、「リンギング」と言う偽の構造を生じると言う非常に重大な欠点を持つ。「リンギング」とは、或るレベルのバックグラウンド上に天体(星や惑星の縁)が存在しているときに、その周辺でギブス振動に良く似た波状の構造である。このリンギングが起こっている領域では、バックグラウンドの信号レベルを中心に正負に振動しているため、その振動領域に他の天体が存在している場合、自分以外の天体のエネルギーを取り込んでしまうため。したがって、この様にお互いに影響を及ぼしているような天体について測光を行った場合、相対的に強度の強い天体の方はより強く、弱い天体はより弱く成ってしまう。

 この「リンギング」の原因は、検出器に記録する段階で連続的なエネルギー分布が離散化されるため、ナイキスト周波数より高い周波数の情報を一切含んでない点にある。RL法は、反復に伴い天体の中心ピクセルにエネルギーを集中させるため、見かけの解像度は向上する。この場合サンプリング定理という離散化の基本的原則から、本当ならば解像度が高かくなるに伴って、より細かくサンプリング間隔を取る必要がある。にもかかわらず、RL法では反復処理開始時点の画像(すなわち観測画像)の持つサンプリング間隔のまま、反復を行うため、元画像では満たしていたサンプリング定理を反復の途中で犯し、本来ならば0でなければならないナイキスト周波数以上の周波数成分を、あたかも本当に信号回復したかのように推定画像では持ってしまう。したがって、ナイキスト周波数において空間周波数成分が急激に遮断されていしまう。この周波数成分の打ち切りが「リンギング」の原因である。

 そこで、私はこのナイキスト周波数に於ける周波数成分での打ち切りを防ぐ、すなわち常にサンプリング定理を満たすように次のようなアプローチを試みた。

 「離散化画像からは、完全な(点源をデルタ関数に復元するような)像復元は不可能である」という思想から、画像復元処理で再現する画像に対してデルタ関数を復元するのではなく、ガウス関数(最終的に得られる画像の持つPSFという意味で、最終PSFと呼ぶことにする)のようにサンプリング定理を満たすような幅を持った関数を復元するようにアルゴリズムを次のように改良した。

 (1)サンプリング間隔を元の観測画像の半分とし、周波数帯域を2倍に拡げた上で、

 (2)観測PSFh(x)(xは画像上の位置)を最終PSFr(x)と幅の狭い関数s(x)とのコンボリューションh(x)=r(x)*s(x)であると考え、2つの関数r(x)とs(x)に分解した。

 (3)RL法でPSFh(x)の替わりに、関数s(x)を用いて観測画像の復元を行う。

 このアルゴリズムを、適正サンプリング・リチャードソン・ルーシー法(OSARL)法と呼ぶことにすると、OSARL法によって復元された画像は、最終PSFで決まる空間周波数特性を持つように制限されており、反復を繰り返しても決してサンプリング定理を犯さない。したがって適切な最終PSFを与えることで、、「リンギング現象」を抑えながら補償光学系で得られた高い周波数成分の復元を行うことが可能である。

 「リンギング」は中心天体の信号強度が強いほど顕著となる。そこで最適な最終PSFを決めるため、S/N=104の場合について、このガウス関数の幅(シグマ)を変化させて、最も2乗誤差が少なく、最もリンギングが小さい場合を最適な最終PSFとした。この時のガウス関数と元のPSFとの関係は図1のようになる。この時、最終PSFは元の回折限界像の持つ最高周波数より僅かに高い遮断周波数特性を持つ。この様にして決めた最終PSFによるOSARL法で、S/N=104の場合リンギングは最も内側のところでおよそ1/300に抑えることができた(図2)。

 次に、すばる望遠鏡補償光学系を用いたときに期待される典型的な観測条件の場合について、シミュレーションによって測光線形性、および検出位置精度についての評価を、単独星の場合と近接連星系の場合について行った。ここで仮定した観測条件は、観測波長K-band(2.2m)、シーイング0.45 arcsec@V-band(0.45m)、ストレル比(回折限界像との中心強度比)30%である。シミュレーションは、10通りの独立したノイズ分布の観測画像について、それぞれ独立に画像復元処理を行い、その平均をアルゴリズムの持つ系統的な誤差と見なした。

 単独星の場合については、天体のS/N=1-104の場合について、ピーク中心よりある半径内のエネルギーを測定するアパーチャー測光(図3、図はアパーチャはPSFの半値幅の2倍:回折限界像の第2リング相当)、および復元処理後の画像についてPSFフィッテイング測光(図4)の二通りの方法について調べた。アパーチャ測光ではRL法とOSARL法とで、測光結果について全く差が見られない。しかし、PSFフィティングを行った場合には、S/N=102でOSARL法の方がより正確に測光を行うことが出来る。これは、RL法では中心の1ピクセルにエネルギーが集中してしまうために、S/Nが低いところではフィッティングが合わなくなってくるためだと考えられる。

 この結果を受けて、主星と伴星の離角0.04-0.5 arcsec、等級差1-10等級の近接連星系について、ここではPSFフィッティング測光を用いて、主星-伴星間の等級差および距離の差について調べた。ここでは、等級差の結果のみを表1に示す。この表から分かるように、RL法と比較して0.1等級レベルの誤差を約2等級暗い伴星について得ることが出来る。また検出位置精度については、約3等暗い天体まで1ピクセル以下の精度で検出可能であった。これは、OSARL法がリンギングを効果的に抑えた結果、主星のリンギングに移入する伴星のエネルギーが大幅に減少したためだと考えられる。

図表図1:サブピクセル化されたPSFと最適な最終PSF / 図2:RL法とOSARL法とのリンギングの比較(元の画像はS/N=10000) / 図3:単独星についてアパーチャ測光を行ったときの測光線形性 / 図4:単独星についてPSFフィティング測光を行ったときの測光線形性 / 表1:近接連星系における画像復元処理後の伴星の等級誤差 縦軸:等級差(単位:等級)、横軸:離角(単位:秒角)

 この様なアルゴリズムの特性は、系外惑星系の検出で特に威力を発揮する。補償光学系を用いた観測では、同じような高空間分解能を達成する「スペックル観測」や「HST」での観測に比べて、狭帯域フィルターを用いた長時間積分によって、比較的容易に高いS/Nのデータを取得することが出来る。したがって、補償光学系データにOSARL法との組み合わせることで、例えば離隔0.5秒角の場合主星の8等級暗い(1/1600)の伴星を等級誤差0.1等級、位置精度1ピクセル以下と言う非常に高い精度で検出することが可能となる。

審査要旨

 本論文は全7章からなり、第1章は論文全体の概要、第2章は補償光学系の理論と観測装置の概要、第3章は様々なデコンボリューション法の概要、第4章ではリチャードソン・ルーシー法(RL法)が詳しく述べてある。研究成果は、第5〜7章で記述されている。第5章では、天体測光におけるRL法に付随する限界を議論し、それを克服する画像回復法として、学位申請者が開発した最適サンプルRL法(OSARL法)のアルゴリズムを記述している。第6章ではシミュレーションによってOSARL法がRL法より優れていることを示し、第7章では、現実の観測データを用いてOSARL法の優位性を示している。

 天体観測で得られた画像は、天体本来の構造情報を持つ波面が、望遠鏡、大気などを通ることによって変質して、劣化したものである。この劣化した画像から元の天体の構造を推定する手法として最も多用されているのがデコンボリューションである。デコンボリューション法は天体観測画像以外にも、さまざまな画像について各種開発がなされ、適用されてきている。しかし、これらは画像の視認性の向上に重点が置かれたため、天文学において重要な測光性能、位置決定性能について充分な配慮がなされたアルゴリズムは、ほとんど開発されてきていない。

 申請者は国立天文台すばる望遠鏡補償光学系開発グループに属しており、この装置による観測画像の処理、特に太陽系外惑星、褐色矮星のような明るい主星の近傍にある暗い天体の検出性能(測光性能、位置検出性能)の向上に視点をおいたアルゴリズムの開発を行なった。申請者は、そのベースとなるアルゴリズムとして、点源の検出において高い性能を発揮するRL法を採用した。しかし、RL法には像回復の結果、明るい天体の周りにリング状の波紋を生じる、リンギングと呼ばれる構造が不可避的に発生する欠点があり、これによってその天体の近傍にある惑星のような暗い天体の検出を妨げるのみならず、偽の天体までも作り出してしまう場合があり、問題視されていた。申請者は、画像サンプリングの最大周波数のところで、本来ゼロに落ちるべき回復画像の周波数応答が、正の有限の値になっているためにそれが発生していることに着目した。そして、それを抑制する手法として、観測PSF(望遠鏡、大気揺らぎ、補償光学系のよる劣化関数)の2成分分割法を採用したOSARL法を開発した。これは像回復の反復式の中に、高周波成分の成長を押えるフィルター機能を持つようにしたものである。RL法では、実際の観測では入力情報が無いはずの、空間分解能無限大の成分(即ち点源)まで像回復することを目指して反復が行われるのに対して、OSARL法では、実際の観測状況を反映した、点源より幅広い現実的なPSF(目標PSF)に対応する空間分解能を目指して反復が進む。こうすると、高周波成分の成長を抑制できる。申請者はこのPSFの最適な分割の仕方、即ち目標PSFの幅を、画像回復誤差を詳細に評価することによって導き出した。

 次に、申請者は、すばる望遠鏡に補償光学系(国立天文台で開発中)を取りつけて赤外線観測をした場合、明るい主星の近くの暗い伴天体がどのように検出されるかについてのシミュレーションを行った。そこでは現実に近いモデルを作り、様々な等級差、離角の条件下において、RL法とOSARL法の比較を行った。この結果OSARL法が、暗い伴天体検出の能力においてRL法より、測光精度で3〜4等級、位置測定精度で1〜2等級、優れていることを示すことができた。また、申請者は国立天文台1.5m赤外線望遠鏡に補償光学系を取りつけて得られた天体画像にたいしてOSARL法を実際に適用し、RL法よりもリンギングが大幅に減少していることを確認した。

 太陽系外の惑星探査は、現代天文学の主要なテーマの1つとして急速に注目を浴びてきた分野であり、すばる8m望遠鏡による観測が期待されている。太陽系外の惑星を発見するには、補償光学系をすばる望遠鏡と組み合わせるだけでは不十分であり、観測で得られた画像をリンギングのないデコンボリューション法により処理し、主星の光のほとんどすべてを望遠鏡の理論的回折円内に正しく集めて、画像上での伴星への主星からの光の漏れ込みを最小限に抑えることが極めて肝要である。申請者は、自ら開発したOSARL法がこうした条件をほぼ満たしたデコンボリューション法であることを定量的に示しただけでなく、これをすばる望遠鏡での応用に供せられる形までに発展させた。また、コンピュータの計算時間が非常に短いこともOSARL法の特徴である。つまり、OSARL法はリンギングのないデコンボリューションのオンライン化に道を開くものであり、観測効率が大幅に改善されることが期待される。以上のことから、申請者の研究は天文学に対する貢献が大であると評価できる。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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