学位論文要旨



No 114992
著者(漢字) 小宮山,裕
著者(英字)
著者(カナ) コミヤマ,ユタカ
標題(和) かみのけ座銀河団の矮小銀河の測光的性質
標題(洋) Photometric Properties of the Dwarf Galaxy Population in the Coma Cluster of Galaxies
報告番号 114992
報告番号 甲14992
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3756号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 有本,信雄
 東京大学 教授 吉井,讓
 東京大学 教授 岡村,定矩
 国立天文台 教授 小林,行泰
 国立天文台 教授 家,正則
内容要旨

 矮小銀河は宇宙に最も多く存在する銀河であり、宇宙論・銀河形成の様々な問題に深く関わっている。しかしその性質についてはまだ分かっていないことが多く、矮小銀河の形成、進化に関して提唱されている理論的予言・説に結論を与えることができていない。理論的予言・説には、例えば、矮小銀河を取り囲む銀河団内物質が及ぼす圧力の違いによって矮小銀河からガスが抜けるタイムスケールが変化し、矮小銀河の金属量に違いが生ずるだろうというものや、矮小銀河は大きな渦巻き銀河同士の相互作用の結果生まれてくるのではないかとする説など、矮小銀河の性質と銀河を取り巻く環境との密接な関わりを示唆するものが多い。本研究では矮小銀河の周囲の環境が矮小銀河の性質に与える影響の有無を明らかにし、矮小銀河の形成・進化の解明に貢献することを目標としている。

 今までこのような研究が行われてこなかった理由として、矮小銀河が観測できる近傍銀河団は見かけの大きさが大きいために測光精度は高いが視野の小さいCCDを使った観測に不向きであったこと、広い視野を持つ写真乾板では感度が足りなかったことがあげられる。我々はこのジレンマを解消するためにCCDを多数並べて視野を稼ぐモザイクCCDカメラの開発に取り組んだ。そしてこのモザイクCCDカメラ2号機をカナリア諸島ラパルマ島にあるウィリアムハーシェル望遠鏡に取り付け、かみのけ座銀河団の測光観測を行った。この結果、今までCCDで観測が行われてきた領域よりも広い領域について、より深くまで銀河を調べることができるようになった。また測光観測データを元にして選択された銀河約500個についてファイバー多天体分光器を用いた分光観測を行い、銀河の赤方偏移情報のみならず、銀河を構成する星の情報を表す吸収線強度を得ることができた。これらの測光分光観測は今まで行われてきた矮小銀河の観測の中でも質・量ともに抜きん出ている。本研究では我々の観測で得られた赤方偏移情報を持つ銀河に加えて、過去に行われた観測から得られた赤方偏移情報を持つ銀河を加え、約700個の銀河から444個のかみのけ座銀河団に属する銀河のみを選び、カタログを作成した。このカタログに基づいて、かみのけ座銀河団の矮小銀河の性質を調べた。

 特に本研究では矮小銀河の性質が銀河団中心からの距離によって変化するか否かに着目する。まず、矮小銀河を構成する星の分布情報を表す、有効表面輝度、有効半径、輝度分布の形の三つの測光量について、銀河団の場所ごとの違いをコルモゴロフスミルノフ検定を行って評価した。その結果、これらの測光量に銀河団中心からの距離による相違は見られないという結論が得られた。つまり、周辺環境の違いが矮小銀河の光度分布形状に及ぼす影響は小さいということが分かった。次に矮小銀河を構成する平均的な星の情報を表す、色、吸収線強度を調べた結果、銀河団中心からの距離が大きくなるに従って、色は青くなるという結果を得た(Figure 1)。さらに吸収線強度を詳しく調べた結果、金属量に敏感なMg2吸収線の強度については銀河団中心からの距離によって変化することが認められたが、年齢に敏感なH吸収線の強度については目立った変化が認められなかった。つまり、銀河団中心からの距離が大きくなるに従って矮小銀河の色が青くなるという現象は、矮小銀河の金属量が銀河団中心からの距離に従って少なくなることを表している(Figure 1)。等級範囲16.5<R<18の矮小銀河と等級範囲18<Rの矮小銀河について個別にMg2吸収線の強度を金属量に変換した結果、かみのけ座銀河団の矮小銀河の金属量[Fe/H]は、銀河団中心からの距離の対数log(d)に対して各々-0.346と-0.908という傾きを持つことが示された。この結果は、銀河団内物質の及ぼす圧力の違いによって矮小銀河からガスが抜けるタイムスケールが変化し、矮小銀河の金属量に違いが生ずるだろうという理論的予言と合致する。一方で暗い矮小銀河の金属量勾配が急になることから、矮小銀河の金属量を決定する要因として銀河団内物質の及ぼす圧力と別の要因が必要であるということが示唆される。

Figure 1:銀河団中心からの距離の対数(log(d))に対する、色(B-R)と金属量に敏感な吸収線(マグネシウム2)の強度(Mg2)の変化を表す図。上から順に、等級範囲16.5<R<18の矮小銀河の色、等級範囲18<Rの矮小銀河の色、等級範囲16.5<R<18の矮小銀河のマグネシウム2吸収線強度、等級範囲18<Rの矮小銀河のマグネシウム2吸収線強度がプロットされている。下の二つのグラフにはマグネシウム2吸収線強度を金属量([Fe/H])に焼き直した値がグラフの右側に併記されている。各図中の破線はデータ点を一次直線でフィッティングした結果である。

 銀河の見かけの偏平度を調べた結果、銀河団中心ほど丸い形を持つものが多いという結果が得られた。これが周辺環境の違いが矮小銀河の形に及ぼす影響を表しているかどうかを調べるために各種測光量との相関を調べた。偏平度と有効表面輝度の相関を調べた結果、丸い形を持つものは高い表面輝度を持つ傾向が見られた。今までの観測からおとめ座銀河団などでは、銀河団の中心に丸くて中心に核を持つ矮小銀河が集中していることが示されている。しかし、この核はかみのけ座銀河団の距離では分解して見ることはできないが、核を持つ矮小銀河は高い有効表面輝度をもつことが予想される。従って、ここで見られた偏平度の銀河団内の場所による違いは、周辺環境の違いが矮小銀河の形に影響を及ぼしているというよりも、形態の異なる矮小銀河の銀河団内での空間分布の違いを表していると考えられる。

 さらに個々の銀河内での色の分布を表す色勾配について調べた。矮小銀河の色勾配についてはあまり調べられておらず、数個の銀河団・銀河群のものしか調べられてきていない。かみのけ座銀河団では、他の銀河団・銀河群で観測されているのと同様に、銀河の外側ほど青い色勾配を持つもの、銀河の外側ほど赤い色勾配を持つものともに存在することが分かった。しかし、銀河団中心では銀河の外側ほど赤い色勾配を持つ矮小銀河の数が多いことも明らかになった。

審査要旨

 本論文は全部で6章からなる。第1章では、これまでの矮小銀河研究の概要と本研究の動機、第2章では、かみのけ座銀河団の特徴、第3章では、観測とそのデータの制約の詳細、そして第4章では、かみのけ座銀河団矮小銀河のカタログについて述べられている。第5章では、矮小銀河の光学的特性、星の種族、物理的諸量の相関関係について本研究で得られた結果と、それに基づく矮小銀河の形成と進化についての考察、第6章では、結論について述べられている。

 矮小銀河は宇宙に数多くある。しかし、その性質についてはまだ分かっていないことが多く、矮小銀河の形成と進化には謎が多い。本研究は、この謎を解明するべく、近傍のかみのけ座銀河団の測光・分光観測を行い、矮小銀河の周囲の環境条件がその光学的特徴や星の種族構造にどのような影響を与えるかを調べたものである。

 過去において類似の研究は甚だ稀である。これは、矮小銀河の観測には高い測光精度と広範な視野が必要とされるが、通常の写真乾板やCCD検出器ではこの二つの条件を同時に満たすことができないためである。著者はこのジレンマを解消するために、共同研究者とともに、CCDを多数並べて視野を稼ぐモザイクCCDカメラを開発し、かみのけ座銀河団の深い撮像観測を行った。また測光データを元にして選択した銀河約500個についてファイバー多天体分光器を用いた分光観測を行い、銀河の赤方偏移のみならず、銀河の吸収線強度を得た。これらの測光・分光観測はこれまでの矮小銀河の観測に比べて質・量ともに抜きん出たものである。本研究で作成された矮小銀河のカタログは今後数多くの研究者に利用されるであろう。従って、その内容は高く評価できる。

 本研究の主目的は矮小銀河の性質を明らかにし、それが銀河周辺の環境に依存するか否かを調べることである。まず、矮小銀河を構成する星の分布情報を表す、有効表面輝度、有効半径、表面輝度分布の形について、銀河団の場所ごとの違いをコルモゴロフ・スミルノフ検定で評価した結果、これらの測光量に銀河団中心からの距離による相違は見られないという結論が得られた。つまり、周辺環境の違いが矮小銀河の光度分布形状に及ぼす影響は小さいということを明らかにした。

 次に矮小銀河を構成する星の情報を表す色を調べた結果、銀河団中心からの距離が大きくなるに従って、色は青くなるという結果を得ている。これは本研究で得られた特筆すべき成果であり、矮小銀河についての新たなる発見である。矮小銀河には矮小楕円銀河と矮小不規則銀河の二種類があるが、銀河団にあるのは圧倒的に矮小楕円銀河である。矮小楕円銀河は通常の楕円銀河の顕著な特徴である色・等級関係の低光度部分を占めることが知られている。楕円銀河の色・等級関係についてはどの銀河団でも同一であり、周辺の環境にも依存しないという普遍性が指摘されているが、本研究で初めて、矮小楕円銀河の色は通常の楕円銀河と違って、環境に左右されていることが指摘されたと言えよう。銀河団の外側の矮小銀河ほど青いということは、系統的に星の金属量が低いか、銀河そのものが若いことを示唆する。銀河の色は金属量と年齢に対して縮退しており、色だけからそのどちらであるかを決定することは困難である。これを解決するために、著者は吸収線強度を詳しく調べ、金属量に敏感なMg2吸収線強度が銀河団中心からの距離によって減少することを見出した。一方、年齢に敏感なH吸収線の強度については目立った変化が認められなかった。これから、著者は、銀河団中心からの距離が大きくなるに従って矮小銀河の色が青くなるという現象は、矮小銀河の金属量が少なくなるためであるという結論を得た。実際に、銀河団ガスの圧力の違いが銀河内部の星の生成史に影響して、このような金属量の相違を生み出すという理論的予測もあり、この発見が天文学にもたらす意義は大きい。

 著者はさらに、銀河団中心ほど丸い矮小銀河が多いことを見出した。今までの観測から、おとめ座銀河団などでは、銀河団の中心に丸くて中心核を持つ矮小銀河が集中していることが示されている。この核はかみのけ座銀河団の距離では分解して見ることはできないが、核を持つ矮小銀河は高い有効表面輝度をもつことが予想される。実際、この銀河団の丸い矮小銀河は比較的高い表面輝度を持っている。これはおとめ座銀河団と同様の現象がかみのけ座銀河団でも起きていることを強く示唆する。

 本論文は、これまでほとんど知られていなかった暗い矮小銀河の性質を初めて明らかにし、さらにその星の金属量、言い替えれば、星生成史が銀河の周辺環境によって異なっているという可能性を十分に説得力のある形で提示した論文であり、その天文学に対する貢献は大きなものがある。また、その水準は国際的に見ても高いものである。

 本論文は関口真木、柏川伸成、八木雅文、嶋作一大、土居守、岡村定矩との共同研究であるが、論文提出者が主体となって観測、解析、及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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