本論文は全部で6章からなる。第1章では、これまでの矮小銀河研究の概要と本研究の動機、第2章では、かみのけ座銀河団の特徴、第3章では、観測とそのデータの制約の詳細、そして第4章では、かみのけ座銀河団矮小銀河のカタログについて述べられている。第5章では、矮小銀河の光学的特性、星の種族、物理的諸量の相関関係について本研究で得られた結果と、それに基づく矮小銀河の形成と進化についての考察、第6章では、結論について述べられている。 矮小銀河は宇宙に数多くある。しかし、その性質についてはまだ分かっていないことが多く、矮小銀河の形成と進化には謎が多い。本研究は、この謎を解明するべく、近傍のかみのけ座銀河団の測光・分光観測を行い、矮小銀河の周囲の環境条件がその光学的特徴や星の種族構造にどのような影響を与えるかを調べたものである。 過去において類似の研究は甚だ稀である。これは、矮小銀河の観測には高い測光精度と広範な視野が必要とされるが、通常の写真乾板やCCD検出器ではこの二つの条件を同時に満たすことができないためである。著者はこのジレンマを解消するために、共同研究者とともに、CCDを多数並べて視野を稼ぐモザイクCCDカメラを開発し、かみのけ座銀河団の深い撮像観測を行った。また測光データを元にして選択した銀河約500個についてファイバー多天体分光器を用いた分光観測を行い、銀河の赤方偏移のみならず、銀河の吸収線強度を得た。これらの測光・分光観測はこれまでの矮小銀河の観測に比べて質・量ともに抜きん出たものである。本研究で作成された矮小銀河のカタログは今後数多くの研究者に利用されるであろう。従って、その内容は高く評価できる。 本研究の主目的は矮小銀河の性質を明らかにし、それが銀河周辺の環境に依存するか否かを調べることである。まず、矮小銀河を構成する星の分布情報を表す、有効表面輝度、有効半径、表面輝度分布の形について、銀河団の場所ごとの違いをコルモゴロフ・スミルノフ検定で評価した結果、これらの測光量に銀河団中心からの距離による相違は見られないという結論が得られた。つまり、周辺環境の違いが矮小銀河の光度分布形状に及ぼす影響は小さいということを明らかにした。 次に矮小銀河を構成する星の情報を表す色を調べた結果、銀河団中心からの距離が大きくなるに従って、色は青くなるという結果を得ている。これは本研究で得られた特筆すべき成果であり、矮小銀河についての新たなる発見である。矮小銀河には矮小楕円銀河と矮小不規則銀河の二種類があるが、銀河団にあるのは圧倒的に矮小楕円銀河である。矮小楕円銀河は通常の楕円銀河の顕著な特徴である色・等級関係の低光度部分を占めることが知られている。楕円銀河の色・等級関係についてはどの銀河団でも同一であり、周辺の環境にも依存しないという普遍性が指摘されているが、本研究で初めて、矮小楕円銀河の色は通常の楕円銀河と違って、環境に左右されていることが指摘されたと言えよう。銀河団の外側の矮小銀河ほど青いということは、系統的に星の金属量が低いか、銀河そのものが若いことを示唆する。銀河の色は金属量と年齢に対して縮退しており、色だけからそのどちらであるかを決定することは困難である。これを解決するために、著者は吸収線強度を詳しく調べ、金属量に敏感なMg2吸収線強度が銀河団中心からの距離によって減少することを見出した。一方、年齢に敏感なH吸収線の強度については目立った変化が認められなかった。これから、著者は、銀河団中心からの距離が大きくなるに従って矮小銀河の色が青くなるという現象は、矮小銀河の金属量が少なくなるためであるという結論を得た。実際に、銀河団ガスの圧力の違いが銀河内部の星の生成史に影響して、このような金属量の相違を生み出すという理論的予測もあり、この発見が天文学にもたらす意義は大きい。 著者はさらに、銀河団中心ほど丸い矮小銀河が多いことを見出した。今までの観測から、おとめ座銀河団などでは、銀河団の中心に丸くて中心核を持つ矮小銀河が集中していることが示されている。この核はかみのけ座銀河団の距離では分解して見ることはできないが、核を持つ矮小銀河は高い有効表面輝度をもつことが予想される。実際、この銀河団の丸い矮小銀河は比較的高い表面輝度を持っている。これはおとめ座銀河団と同様の現象がかみのけ座銀河団でも起きていることを強く示唆する。 本論文は、これまでほとんど知られていなかった暗い矮小銀河の性質を初めて明らかにし、さらにその星の金属量、言い替えれば、星生成史が銀河の周辺環境によって異なっているという可能性を十分に説得力のある形で提示した論文であり、その天文学に対する貢献は大きなものがある。また、その水準は国際的に見ても高いものである。 本論文は関口真木、柏川伸成、八木雅文、嶋作一大、土居守、岡村定矩との共同研究であるが、論文提出者が主体となって観測、解析、及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 |