内容要旨 | | 線バーストは、その発見以来数十年を経ても、未だにその起源天体は未知のままである。しかしながら、近年の電波から線にわたる精力的な観測から、それは宇宙論的な距離にある10-100km程度の非常にコンパクトな中心天体によって引き起こされていることがわかってきた。一方理論的には、その莫大なエネルギー源として1015〜17Gの超強力な磁場が提案されている。一部の中性子星は〜1015Gにも及ぶ強力な磁場を伴っていることが観測的にも明らかにされている。本論文の前半では、こうした強磁場中での高エネルギー原子核による「中間子シンクロトロン放射」について詳しく考察する。現在、世界のいくつものグループが高エネルギーニュートリノの観測計画を進めている。これにあわせ、生成された中間子の崩壊によって生じるニュートリノのスペクトラムを理論的に計算した結果、3世代のニュートリノ(e-,-,-)の間に顕著な違いの生じ得ることがわかった。後半では、銀河における軽元素、リチウム、ベリリウム、ボロンの生成過程を扱う。現在これらの元素は、高エネルギーの宇宙線が星間ガスに衝突することによって生じると考えられており、銀河ハローの化学進化や、宇宙線強度・組成の時間発展を探る重要なブローブとして、理論・観測の両面から活発に研究が行なわれてきた。こうした高エネルギー核反応で生成される軽元素は高いエネルギーを持っており、伝播中に核反応を起こしたり、銀河から逃げ出したりする。しかしながら、現在までの研究は非相対論的な運動学に基づいており、これらの効果が適切に扱われてきたとは言い難い。我々は相対論的な運動学に基づき、高エネルギーの軽元素生成反応及び星間ガスへの熱化を正しく扱い、これまでの研究の妥当性を定量的に検証した。 1.線バースト中心天体 線バーストは、その残光中の吸収線の発見から宇宙論的な距離で起こっている現象であることが突き止められている(Metzger et al.1997)。その結果線バーストの総放出エネルギーは超新星のそれをも越える、1053ergにも及ぶと考えられている。一方で、0.1ms程度の時間スケールで激しく変動する線の光度から、この爆発現象は半径10km〜100km程度のコンパクトな中心天体によって引き起こされていると考えられている。こうした線の光度及び時間変動を説明する理論的なモデルとして、超強磁場を伴った中性子星(Usov 1992)やブラックホールなどが提案されている。こうした強磁場は、最近になって一部の中性子星(SGR)などで実際に観測されている(Kouvcliotou et al.1998)。また、そうした強磁場を伴う天体での超高エネルギー宇宙線の核子成分の加速も、今までに多くの理論家たちによって提案されてきた(Hillas 1984)。 2.中間子シンクロトロン放射 一般に原子核は、電磁場のみならず中間子場とも結合しているために、加速度運動を行なうと、光子のみならず中間子をも放射する。とくに、相対論的な原子核が強磁場のなかを運動する場合には、光子シンクロトロン放射に対応して、「中間子シンクロトロン放射」が存在すると期待される。この「中間子シンクロトロン放射」は、強い相互作用の結合定数を反映して、通常の光子シンクロトロン放射よりも約1000倍強力であると考えられる。Ginzburg&Syrovatskii(1965)は磁場の中での中間子0の放射率を導いたが、その当時はその公式を適用すべき天体を見い出すことはできなかった。 我々は、Ginzburg & Syrovatskiiの0中間子放射の扱いを拡張し、核子とスカラーあるいはヴェクトル型の結合をする、中性及び荷電中間子の放射率を導いた(Tokuhisa& Kajino 1999)。Figure1はH=1.5×1016Gの磁場中での高エネルギー陽子(Ep=1012,1014,1016,1018,1020,1022eV)によるヴェクトル型中間子0の放射スペクトル(実線)である。光子シンクロトロン放射のスペクトラムも参考のために示されている(点線)。横軸は放射された中間子のエネルギーである。それぞれの曲線は異なったエネルギーの入射陽子に対応している。スペクトルの低エネルギー部分で強度が急激に減少しているが、これは0の有限の質量(〜770 MeV)によるものである。一方でスペクトルの高エネルギー領域では、光子及び中間子のスペクトルの傾きは等しい。これは、両者が陽子のカレントとヴェクトル型の結合をしていることによる。また強度に注目すれば、結合定数の比から期待されるように、中間子シンクロトロン放射の強度は、光子シンクロトロン放射のそれの約1000倍強力であることがわかる。Figure2は、Figure1のスペクトラムを積分して得られる、中間子シンクロトロン放射の総エネルギーを示す(cV/sec)。横軸は:pH/H0で定義される量である。ここで、pは入射陽子のレーレンッ因子、H0はH0=で定義される物理定数であり、陽子に対しその値は1.5×1020Gである。実線は中性スカラー中間子0(質量135MeV)、実線は中性ヴェクトル中間子0(質量770MeV)の放射強度である。点線は光子のシンクロトロン放射の強度を示す。ここでも、中間子の放射強度の曲線に対してはの小さな領域(入射陽子のエネルギーが小さい、または磁場が弱い場合に対応)で急激な放射強度の減少が見られるが、これもやはり、中間子の有限の質量によるものである。Figure 2から>0.1の領域では、中間子シンクロトロン放射は、光子シンクロトロン放射よりも約1000倍も強力な強度を持つことがわかる。〜0.1は例えば、陽子のエネルギーEp=1020eV磁場の強さH〜108G、あるいは、Ep=1015eV.H〜1013Gに対応する。こうした磁場及びエネルギーは宇宙物理的には決して珍しいものではない。 3.ニュートリノスペクトラム クォークモデルによれば、u,dクォークからなるもっと軽いから、最も重いトッポニウムに至るまで、数多くの中間子の存在が予測されており、現在までにトッポミウムを除いてその存在が実験的に確認されている。我々の定式化はこうした重い中間子の放射をも予測する。とりわけ興味深いのはボトモニウム、すなわち(、質量9.5GeV)である。は数パーセントの分岐比で±,±,e±へと崩壊する。我々は、これらの荷電レプトンの磁場の中でのエネルギー損失を考慮に入れ、±,±の崩壊から生じるのスペクトラムを計算した。その結果、±はその寿命が極めて短いために、磁場中でエネルギーを損失する前に崩壊し、高エネルギーのニュートリノ(:e2:1:1)が放射される可能性のあることがわかった。はその大きな質量のためにフォト・メソン効果など他の過程で作ることは極めて困難であり、こうした高エネルギーのニュートリノの検出は「中間子シンクロトロン放射」の検証の鍵となるだろう。 図表Figure 1 / Figure 24.まとめ 我々は、原子核による中間子シンクロトロン放射が宇宙物理学的に重要な過程であることを示した。とりわけ線バーストの中心天体や、強磁場を伴う中性子星やブラックホール周辺での高エネルギー宇宙線の加速などを考える際には考慮に入れることが不可欠である。実際の宇宙物理学上の応用、及び観測への示唆などはこれからの課題であが、本研究では、それに備えて中間子の崩壊によって生成されるニュートリノのスペクトラムの計算も定量的に行ない将来の研究に備えた。 4.参考文献Ginzburg,V.L.,& Syrovatskii,S.I.1965a,Uspekhi Fiz.Nauk.87,65.Hillas,A.M.1984,Ann.Rev.Astron.Astrophys.,22,425.Kouveliotou,C.et al.1998,Nature,393,235.Metzger,M.R.et al.1997,Nature,387,879Tokuhisa,A & Kajino,T,1999,Astrophs.J.,525,117L.Usov,V.1992,Nature,357,472. |
審査要旨 | | 本論文は、3章およびAppendixからなる。第1章では、最近のガンマ線バーストの観測を説明するモデルとして、ガンマ線バーストが1015Gを超える強磁場と相対論的に運動する粒子を伴った現象であるというモデルがあることや、1015G程度の磁場を持つ中性子星が発見されたことに着目し、高エネルギーに加速された陽子によって強磁場中で中間子が放射される過程が起こりうることを論じている。第2章では、1012Gから1015Gに及ぶ強磁場中を相対論的に運動する陽子から放射されるスカラー中間子およびベクター中間子の放出率およびスペクトルを、陽子の運動は半古典的に取り扱いながらも第一原理から導いている。この半古典的な取扱いによって生じる放出率の誤差も見積もっている。さらに、光子の放出率と比較し、この過程の重要性を確認している。この過程が起こったことのシグナルとして系外に放出されるニュートリノおよびニュートリノのエネルギースペクトルを理論的に予測している。その結果、1010eVを超える高いエネルギーを持つニュートリノが放出されることを定量的に示し、磁場が1012Gより小さい場合はニュートリノのほうがニュートリノより3桁程高いエネルギーを持つハードなスペクトルになるという特徴を示すことを明らかにした。また同時に、このように中間子が陽子のsynchrotron放射によって作られる場合には、高エネルギーの光子は系外には出ていけないことを示した。観測可能性を検討するため、ガンマ線バーストの一種であるsoft-gamma repeaterからくる地上でのニュートリノ強度を見積もっている。例として1kpcの距離で光子のエネルギーが1045ergくらいの大きなバーストの場合、1立方キロメートルのニュートリノ検出装置では約百個弱のeventsが検出されるとしている。この数値はほとんど陽子のエネルギーによらないことも示した。さらに、定常状態を仮定して近似的なニュートリノ輸送方程式を解き、そのスペクトルを計算している。その結果から、どのような情報がニュートリノのスペクトルから得られるのかを述べている。第3章では以上の結果をまとめている。Appendixでは宇宙線の輸送を記述する近似的な方程式を導入し、その定常解を用いて宇宙線のスペクトルを計算している。この結果をもとに宇宙線に存在する炭素や酸素などと星間ガス中の陽子やヘリウム原子核との破砕反応を計算し、我々の銀河における軽元素の進化を記述して観測との良い一致を見た。その際、破砕反応後の粒子のエネルギーを相対論的な効果を考慮して精確に計算し、従来なされていた近似が40%ほどの精度であることを明らかにした。この点は生成された軽元素が星間物質と熱化する過程を記述するのに重要である。ここで取り扱った輸送方程式が2章のニュートリノスペクトルの導出に援用されている。 本研究の特色をまとめると、 1.最近の観測によって,ガンマ線バーストやマグネターが強磁場と相対論的に運動する粒子が共存する可能性のある場所として取り上げられることが多くなってきたことに着目した。 2.相対論的なエネルギーに加速された陽子は電弱場だけでなく中間子場と強く相互作用する。結合定数が電弱場の結合定数より約3桁大きいことから、強磁場をともなう中性子星やブラックホールなどでは,この相互作用によって引き起こされる反応が重要と考え、スカラー中間子およびこれまで誰も調べていなかったベクター中間子のシンクロトロン放出率を第一原理から導出した。 3.導出した理論式を、軽いクォーク・反クォークの束縛系と考えられる中間子や中間子だけでなく,重いクォーク・反クォークの束縛系と考えられる中間子などにも適用し,強磁場中での陽子加速にともなう中間子シンクロトロン放出現象のシグナルとして,これら重い中間子の崩壊で発生するおよびレプトンの寿命と崩壊モードの違いによって,最終的に発生するニュートリノおよびニュートリノのエネルギースペクトルに顕著な違いが見られることを理論的に予測し、観測可能性を論じた。 4.宇宙線の破砕反応で従来軽視されてきた相対論的な効果がどの程度効くのかを精確に見積もる地味だが重要な計算を行った。 特に,超強磁場,超高エネルギーで起こりうる強い相互作用による物理素過程の反応断面積を初めて導出し、天体現象からのシグナルとしてどのように観測されうるかという点にまで議論を押し進めたところは、論文提出者の力量の大きさを示すものと考えられ高く評価できる。 なお、本論文の第2章の内容は、梶野敏貴との共同研究であるが、論文提出者が主体となって計算を進め結果を得たものなので、論文提出者の寄与は十分であると判断できる。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 |