学位論文要旨



No 114997
著者(漢字) 永田,伸一
著者(英字)
著者(カナ) ナガタ,シンイチ
標題(和) 「ようこう」、SOHO衛星による太陽コロナの多温度構造に関する研究
標題(洋) Multi-Temperature Structure of the Solar Corona observed by Yohkoh and SOHO
報告番号 114997
報告番号 甲14997
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3761号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 吉村,宏和
 東京大学 教授 中田,好一
 東京大学 教授 常田,佐久
 国立天文台 教授 桜井,隆
 国立天文台 教授 福島,登志夫
内容要旨 はじめに

 太陽中心部での核融合反応で生成されたエネルギーは、ほぼ全てが電磁波として太陽表面から宇宙空間に放射されている。太陽を開放系におかれた熱源とみなせば、6×103Kの黒体に過ぎない。しかし、太陽表面の上空には106K(1MK)以上に達する高温大気「コロナ」が広がっている。熱力学第二法則により、低温の太陽表面から、高温のコロナへ、熱を輸送する事は不可能である。従って、コロナを維持するためには、何らかの機構により非熱的エネルギーを太陽上空へ供給、熱化しなければならない。いわゆる「コロナ加熱問題」は天文学の未解明最重要課題の一つである。

 コロナはプラズマを閉じ込めた磁気ループの集合体である。磁気大気の加熱という枠組の中で、現在まで、二つの学説が有力視されて来ている。一つは、光球面の乱流が作る電磁流体波を用いる「AC加熱説」、もう一つは、各コロナループは、スケールの異なるフレアにより加熱されているとする「DC加熱説」である。しかし、両者とも、理論と観測の両面に、十分な説明を与えるには至っていない。

 1990年代、人工衛星の太陽X線観測により、コロナ研究は大きく進展した。とりわけ、91年に打ち上げられた日本の太陽観測衛星「ようこう」は大きな役割を果して来た。「ようこう」の軟X線望遠鏡(Soft X-ray Telescope:SXT)が明らかにした、コロナ加熱の新たな描像は、以下のようにまとめられる。

 1.コロナ中で活発な振舞を示す活動領域は、高温(5MK以上)transient成分と、定常な低温成分(3-5MK)成分からなる(Yoshida & Tsuneta 1996).

 2.高温transient成分は、磁気リコネクションにより引き起こされるマイクロフレア(1027-1029erg)起源である.マイクロフレアの発生頻度分布では、活動領域全体の加熱を説明できない(Shimizu 1995).

 3.定常成分(3-5MK)は、コロナループのスケーリング則(定常加熱モデル)を満たす.スケーリング則が示唆する加熱源分布は,ループ上部に向けて大きくなる(Kano & Tsuneta 1996).

 「ようこう」のフレア観測が確立した、磁気リコネクションモデルにより、活動領域の5MK以上の高温プラズマ生成機構は、ほぼ解決したといえる。しかし、上記2の結果に加え、独立な研究(Yoshida 1995)により、活動領域全体では、定常成分(3-5MK)の熱エネルギーが、高温成分のそれを上回ることが示され、コロナ全体の加熱の観点からは、定常成分の加熱機構の解明が求められている。

 「ようこう」SXTは斜入射型望遠鏡であり、軟X線領域(1-50Å)に高い有効面積をもつ。コロナの軟X線放射の温度特性から、SXTが観測するプラズマは2.5MK以上に限定される。従って、SXTの結果だけで、コロナ全体の加熱を議論する事は危険である。1-2MKのコロナプラズマの放射は、EUV領域(100-300Å)の輝線に集中する。95年にESA/NASAにより打ち上げられたSOHO衛星は、コロナのEUV輝線を観測するExtreme-ultraviolet Imaging Telescope(EIT)を搭載している。そこで本論文では、SXTとEITの同時観測により、広温度帯域でのコロナの構造と進化を調べ、コロナ加熱機構へ新たな観測的制約を課す事を試みた。なお、観測ロケットに搭載された輝線望遠鏡XUV Doppler Telescope(XDT)も用いた。

活動領域の多温度構造:XDT観測実験

 XDTは、磁気リコネクションに伴って発生する高速プラズマ流の検出を目指して開発された。1.8MKに感度を持つ、Fe XIV 211Åのドップラーシフトを測定するため、輝線に対して±1Å程度ずれた波長に反射ピークを持つ2枚の多層膜反射鏡でコロナの全面観測を行った(1998年1月31日打ち上げ)。XDTの2バンドは、大局的には211Å輝線を観測していると考えて差し支えない。XDTと同様の直入射多層膜望遠鏡のEITはFe IX 171Å(1.3MK)、Fe XII 195Å(1.5MK)、Fe XV 284Å(2.0MK)の3つのコロナ輝線を観測する。従って、EIT/XDT(1-2MK)と、SXT(2.5MK以上)のデータの相補的な解析により、コロナプラズマの分布を、広い温度帯域で調べられる(表1)。

表1:各観測機器の波長、温度感度.(温度感度は太陽スペクトルを考慮したもの.)

 画像データ間の精密な位置あわせをした上で、詳細な比較解析を行った。まず、画像間の相関係数を求め、各温度画像の差異を定量化した。その結果、隣り合った温度画像間での相関が大きくなることが分かった。次に、コロナループの分布を調べるため、活動領域NOAA8143の内部構造を詳細に解析した。画像フィルターにより各温度画像でループを同定し、画像間でのループの分布を比較した。その結果、以下の特徴を見出した。

 ・各輝線の構造は空間的に完全には同一ではない.(1-2MKのわずかな温度の違いで、ループの分布が少しずつ異なっている.)

 ・大局的には、SXTで観測される「高温ループ」、EIT/XDTで観測される「低温ループ」に二分される.

 ・高温ループと低温ループは、空間的に独立な存在であり、「入れ子」構造のように、活動領域を満たしている.

コロナループの時間変化

 XDT観測から、1-2MKの温度を持つ低温ループと、2.5MK以上の高温ループは、空間的に独立な存在である事が分かった。しかしながら、「スナップショット」解析では、低温ループが、高温ループの冷却結果、もしくは、高温ループへの加熱過程である可能性は棄却できない。そこで、XDT共同観測前後の2日間にわたるSXTとEITの観測データを用い、「入れ子」構造の時間変化を調べた。(この間のEITの観測は、ほぼ195Åのみに限られている。)

 各時刻で、「入れ子」構造が成り立っており、この構造が一時的な現象でない事が分かった。スナップショットで同定したループ(高温、低温ともに8本ずつ)のライフタイムは1時間程度-10時間程度に分布するが、短寿命成分は、活動領域の中心部分に、長寿命成分は、活動領域の外側に見られた。活動領域中心では、複数のループが混在するために、画像変化からは、高温ループ、低温ループ間の遷移を判定することは難しい。活動領域外側に位置する、空間的に分離しやすい成分では、高温ループと、低温ループの定常的な共存が確認された。これらの成分では、高温ループ、低温ループ間の遷移は認められなかった。また、低温ループの長いライフタイムは、9時間から11時間にわたることが分かった。

観測結果の考察

 観測されたコロナの多温度構造と、コロナループモデルとの整合性を検証した。まず、低温ループが、高温ループからの冷却結果である可能性を調べた。インパルシブに加熱されたループモデル(Antiochos & Sturrock 1978;Antiochos 1980)を用いて、高温ループからの冷却過程を計算し、SXTとEITの観測量の時間変化と比較した。この場合、EITが強い感度を持つ温度にループが滞在するのは、急速に温度が低下する放射冷却の最中で、EITで観測可能なのは高々1時間程度であり、長寿命低温ループの説明は難しい。他方、短寿命低温ループは、高温状態からの冷却結果との解釈は可能である。ただし、比較的小さな観測値を再現するためには、冷却の初期の高温状態(2MK以上)での、密度が108cm-3程度と、通常のコロナループ109cm-3より低くなければならない。

 他方、定常加熱モデルのスケーリング則(Rosner,Tukcer & Vaiana 1978)を用いれば、観測された長寿命低温ループは説明可能である事が分かった。この場合、低温成分を再現する加熱源は、ループの足元で大きくなる分布を持つ。(ループ上方で加熱源が大きくなる高温定常ループと対象的な結果である。)

 低温ループの物理量を、SXTの高温ループ観測結果と比較した(図1)。フレア成分は、突発的なエネルギー開放の結果、熱伝導冷却過程にある。また、高温定常成分も比較的、熱伝導が有効な状態にある。高温定常ループでは、ループ上方ある熱源から、下方へと熱が流れるという先の描像に一致する。これに対して、低温ループは、放射冷却が支配的な状態にある。スケーリング則が示唆する、加熱源分布は、ループに沿った温度勾配(熱伝導)を、高温ループのそれよりも小さくする。このために、ループ系としては、放射冷却が支配的な状態になることが、説明が可能である。

図1:低温ループと高温ループの関係図.(温度密度ダイヤグラム.)

 本観測の「ループ」が、装置の空間分解能以下の小さなループの「束」である可能性は否定できない。この場合、観測結果は、個々のループの加熱、冷却の、平均過程となる。観測的には、「束」毎に異なる(平衡)温度を持った空間的分布が見られるため、「束」毎で加熱レートが異なると解釈すべきであろう。

まとめ

 本研究の結果をまとめると次のようになる:XDT実験の広温度帯域コロナ観測により、コロナループ毎の温度の違いが明らかになった。引続く、「ようこう」、SOHO衛星の共同観測から、SXTが観測する高温定常ループと、EIT/XDTが観測する低温定常ループは、空間的、時間的に独立な存在であることが判明した。定常加熱モデルでは、低温定常ループと、高温定常ループの違いを、熱入力の空間分布の相違に帰着させられる。また、定常「ループ」がより小さいループの束である場合は、束毎に、加熱のレートが異なる。

 AC加熱説では、ループの熱源分布の違いを、エネルギーを供給する波動のdamping lengthの違いとみなす事が出来る。DC加熱を起源とする場合は、電流シート形成と拡散の分布が異なる。いずれにせよ、現在の観測機器の空間分解能で定義される「ループ」内部の、空間構造、非一様性が、ループの(平衡)温度に影響を及ぼしていると考えるのが自然であろう。本研究が明らかした、ループ毎の加熱の違いは、高空間分解能で、光球面磁束管(0.2"-0.3")と、コロナ(〜1")を、同時に観測する、Solar-B衛星計画の恰好の研究対象となろう。

審査要旨

 本論文は、太陽コロナ中の100万度程度の低温磁気ループと、200万度以上の高温ループは、互いに独立な物理的存在である事を観測的に示したものである。本論文は、第1章の概説、第2章のエックス線および極紫外線望遠鏡の温度測定精度の議論、第3章の太陽コロナの一様でない多様温度構造の議論、第4章の多様温度構造とコロナ加熱問題の議論からなっている。

 本論文の主たる議論は第3章のコロナの多様な温度構造を持つループが共存して隣り合わせで存在することをエックス線のデータを用いて示したことにある。太陽コロナの加熱機構を解明するためには、コロナを構成する磁気ループ(プラズマループ)の熱的進化を知る必要がある。そのためには、ループを空間的に分解し、時間的に連続に観測しなければならない。また、広温度帯域をカバーする必要がある。しかし、分光器による従来型の観測では、スリットにより視野が限られ、スキャンに長時間を要するという難点があった。申請者は、観測波長帯域の異なる撮像型望遠鏡の同時観測により、この困難を克服できる事に着眼した。観測には、「ようこう」衛星搭載軟X線望遠鏡、SOHO衛星搭載極端紫外線望遠鏡、観測ロケット搭載XUVドップラー望遠鏡(XDT)が用いられた。これらの望遠鏡によって観測されたデータの解析の大まかな計画はグループ全体で討議されたものである。申請者は、この大まかな計画のなかで独自性を発揮し、コロナのなかのループの分布に注目して、その同定を行い、温度の違うループが空間的に異なって存在することを見いだした。これが、本論文の主要な論点であり、発見である。

 具体的には、1998年1月31日のXDT共同観測で各望遠鏡が取得した画像データを用いて、温度の異なるループの重なり具合を調べ、100万度程度の低温ループと、200万度以上の高温ループが排他的に存在する事を示した。次に、「ようこう」とSOHOにより、各々8例の高温ループと低温ループの変化を追跡し、低温ループと高温ループの排他的関係が時間的に継続することを見出した。この現象を、プラズマループの解析モデルを用いて考察し、低温ループが高温ループの冷却過程として形成されるか否かを検証するため、高温ループの冷却過程と仮定して得られる低温ループのライフタイムが、観測値の数分の一以下である事を示した。

 以上の観測と考察の結果、低温ループと高温ループは独立の物理的存在だと結論している。高温ループを保持するために必要な熱入力は、低温ループのそれを上回るため、各ループの熱入力はループ毎の局所的な条件により決められていると結論づけている。既に、地上からのコロナグラフの観測により、様々な温度をもつループがコロナに存在することは知られていた。地上のコロナグラフは太陽の縁をみる一方、宇宙空間からのエックス線および極紫外線による観測は太陽面を真上からも観測することができる。両者は相補的なものである。複数の宇宙空間からの観測装置を組み合わせて、ループ毎の発展の違いを取り上げた着想は、従来にないものであることは確かであるが、その反面、解析には、太陽大気およびコロナ中の構造を見据えた解析が必要である。申請者は、この問題を独自な方法で解析し、その結果、低温ループと高温ループの系統的な差異を見出した。この結果は、コロナ加熱の問題の解決に貢献するものと期待できる。

 また、申請者は本論文の結論を導くデータ解析、考察と同時に、データを取得したXUVドップラー望遠鏡の開発で、中心的な役割を果たしている。望遠鏡の開発に先立ち、放射光実験施設を駆使した多層膜評価試験に取り組み、天体観測に必要とされる高波長分解能多層膜の設計方法確立に大きく貢献している。この結果は、原弘久、坂尾太郎、清水敏文、常田佐久、吉田剛、石山若菜、村上勝彦、押野哲也との共著で既に論文として公表してある。次いで、この手法を用いてXDT搭載用多層膜反射鏡の開発に取り組み、以前に天体観測に用いられた多層膜反射鏡と比較して、波長分解能が高く、がっ、極めて一様な多層膜反射鏡を実現した。これも、常田佐久、坂尾太郎、吉田剛、原弘久、鹿野良平、石山若菜、村上勝彦、大谷正之との共著で既に論文として公表してある。これら2篇の論文は、グループによる研究であるが、申請者が中心となって主体的に行なったものである。これらの研究は、本論文に用いられたデータ取得の上からも、データ解析を行う上でも、本質的な役割をはたしており、本論文ではAppendixとして集録してある。

 本論文は、原弘久、鹿野良平、小林研、坂尾太郎、清水敏文、常田佐久、吉田剛、Joseph B.Gurmanとの共同研究であるが、申請者が中心となって主体的に行なったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 従って、委員会は全員一致で、本論文提出者に博士(理学)の学位を授与できることを認める。

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