本論文は、X線観測により活動銀河にみられる鉄輝線の起源に制限を与えようとしたものである。具体的には、硬X線領域(2-10keV)において過去最高の感度および分光能力を有するX線天文衛星「あすか」のデータを主に用いて、「あすか」がこれまでにもっとも長い時間観測したセイファート1型銀河「MCG-6-30-15」の解析を行なっている。「あすか」は日本の第4番目のX線天文衛星であり、その特徴はX線望遠鏡により硬X線領域まで高い感度があること・半導体検出器による高いエネルギー分解能・ガス検出器による広視野かつ低雑音の観測にある。 「あすか」はセイファート銀河「MCG-6-30-15」で鉄輝線が非対称に低エネルギー側に広く裾をひく形していることを発見した。この輝線の形状は、中心ブラックホールのごく近傍まで侵入した隆着円盤で放射されたと考える(disklineモデル)ともっとも自然に説明できることが示された。この鉄輝線は活動銀河の中心に存在すると考えられてきた巨大質量ブラックホールの初めての直接的観測的証拠とされている。その後、このような形状をした鉄輝線が「あすか」の観測により多数のセイファート銀河でも検出され、disklineという解釈はひろく受け入れるようになっている。ところで、disklineというのは非常に大きな可能性をもったモデルである。というのはまず、輝線の形状から輝線放射領域を求めることが出来る。また、この解釈は〜10シュバルツシルト半径(RSch)というブラックホールの非常に近傍の情報を観測的に得られることを言っている。さらには、3RSchより内側の降着円盤の存在はブラックホールの回転を意味し、時空の構造をも調べることが出来ることになる。実際、いくつかの輝線の例についてこのような議論も報告されている。このようにdisklineは非常に大きなインパクトを天体物理学へ与えるモデルである。しかし、disklineの観測的証拠は唯一「輝線の形状」というエネルギースペクトル解析によるものであり、このモデルが時間変動という点からも自然に説明がつくのかという観点からはあまり検討されていない。そこで我々は、「形状」以外の証拠をえるべく、多角的に解析を行なった。 我々の視点は、「輝線が連続成分が周囲の降着円盤で再放射された蛍光X線であるのであれば輝線と連続成分の間に相関がみられるはずである」ところにある。この証拠を得るためには、時間変動を追えること、および、連続した長時間データであることが重要である。「MCG-6-30-15」は、適度な時間スケールで変動があること、そして「あすか」がこれまでに3回の長時間観測を行ない、しかも全積分時間も最長(のべ3週間)であることから、我々の目的には最適の素材である。表-1に観測ログを示す。 表1:観測ログ。ただしAO-5の観測ではAug7 01:00-16:42に中断がある。 光度曲線では明らかに強度変動がみられているが、3回の観測をそれぞれで平均化して明るさを比較すると、AO-7を基準にした場合、AO-2は16%明るく、AO-5は12%暗かった。 我々はまず、3回の長時間観測についてそれぞれの平均のエネルギースペクトルの解析を行なった。「MCG-6-30-15」のX線エネルギースペクトルには、ベキ関数で表される連続成分・鉄輝線・高階電離した物質(warm absorber)による吸収(2keV以下で顕著)・トムソン散乱による反射成分(10keV以上で顕著)が存在することが知られている。 既に報告されているOVII,OVIIIに加えて、その他の高階電離した物質の存在を平均スペクトルで探した。NeVIII,SXVIのK-エッジに対応するエネルギーで更にエッジを加えることが有意であった。SXVIの存在は電離度が非常に進んでいることの直接的証拠になる。 鉄輝線の形状は、3回の観測で同様であり、disklineモデルでフィッティングすると中心からの距離が3-10RSchの領域で鉄輝線が放射されているという結果になった。このことは、106s積分すれば輝線の形状は再現性があることを示唆している。 次に、鉄輝線と連続成分の変動の相関を調べた。光子数統計と変動の時間スケールのかねあいで、2×104sで変動を調べることにした。「MCG-6-30-15」の中心質量を他の観測からいわれている〜106と仮定すると、104sの間に光が進む距離は〜103RSchである。だから、disklineで考えられているような状況では、2×104sで平均化すれば直接くる連続成分と降着円盤で再放射されてくる輝線成分の間の時間差というのは問題にならないはずである。 この時間分解能では光子数統計はあまり良くないため、輝線の強度と形を評価するために中心エネルギーと幅とを固定した2つのガウシアンで近似したモデルでフィッティングを行なった。2つの輝線成分は、5.4keVを中心とした=0.7keVのものと6.4keVを中心とした=0.2keVのものとから成り、以後それぞれをRedとBlue、そして両者の和をSumと呼ぶ。このフィッティングではwarm absorberの影響を除くために2.5-10keVのみを使った。連続成分はベキ関数で表し、ベキ指数もフリーパラメータにした。連続成分の強度・ベキ指数・輝線強度あるいは等価幅のあいだに相関が見られないか・それぞれの変動の様子について調べた。以上の解析により得られた結果は、以下の通りである。 1.2×104sでは、その時々で形も強度も違う。 2.Blue強度は連続成分の1次関数でほぼ表せる。 3.Blueは変動の大きさが連続成分と同程度かそれ以下である。 4.Blueは連続成分より〜104s遅れているようである。 5.Redは連続成分あるいはBlueと相関があるように見えない。 6.Redの変動は連続成分より大きい。 7.Sumも連続成分と相関があるように見えないし、変動の大きさは連続成分と同程度かそれ以上である。 Redに関する手がかりを探して、15のエネルギー帯に分けた光度曲線を24sの時間ビンで作成し、その変動の振幅を調べた。入手可能なRXTEの同時観測データは「あすか」の感度が低下する7keV以上の解析で補間的に利用した。少なくともAO-7では、Blueのエネルギー帯では強度変動がまわりのエネルギー帯に比べて小さいことが分かった。これは、Blueのエネルギー帯に連続成分とは別の変動成分が存在していることを意味しており、非常に興味深い。この様子を調べるために、さらに4つの時間ビンについても変動率を調べた。Blueのエネルギー帯での変動率の減少は、どの時間ビンでも確認できた。Blueに加えてRedのエネルギー帯でも、105sの時間ビンでは変動率の減少が確認できた。この減少分を「巾関数+2つのガウシアンからなる輝線」というモデルで説明するには、連続成分と輝線成分の逆相関が必要になることが分かった。 まず、disklineモデルに基づいて議論を始める。最初に述べたとおりdisklineモデルは、観測ごとに平均した輝線の形状を自然に説明できる。数十万秒で平均化したスペクトルは、どれも似ていて、同じdisk-line modelでよく再現できる。しかし、もっと短いtime scaleでスペクトルを見ると、RedとBlueは、無相関に変動しているように見える。 まずBlueについて考えると、上の2,3,4の解析結果より、Blueのかなりの割合の成分は、連続成分の再放射であると考えて良い。そしてcontinuumからの時間遅れより、Blueの放射領域は連続成分から〜103 RSchの距離にあるようだ。また、この距離でのKepler回転は,中心質量を106と仮定すると、250eVの輝線巾と矛盾しない。 しかし、Redをdisk-lineモデルで説明することには、いろいろとむずかしい点がある。Redは大きなDoppler効果や相対論的重力効果による赤方偏移を受けていると考えられ、ブラックホールのすぐ近くの円盤から来ていると考えられる。そのような場所を光が横切る時間は、104秒の時間より十分短いものと考えられる。もし、Redが、連続成分の再放射と考えるなら、両者の相関が顕著に見えてよいはずであり、それらの相関が出ないことはきわめてふしぎである。Redの変動が、親である連続成分より大きくなるのこともひじょうに考えにくい。われわれが見ている連続成分中には、Redを出している場所にあたっている連続成分はほとんど見えていないことにしなければならない。さらに説明がむずかしいことは、105s程度の時間ビンで見た5-7keVバンドの変動率が他のエネルギー域にくらべて小さくなることである。あくまで、5-7keVのプロファイルを連続成分の上のexcessと考えると、そのエネルギー域の変動が小さいことは、excess成分と連続成分とに負の相関がなければならないことになる。変動率の相対的な減少が、105sあたりで顕著になることも説明がむずかしい。 これらのことは,むしろ、「5-7keVのまわりがけずられた」と考えると、うまく説明がつく。0.6-0.8keVあたりの変動率も同様の性質を示していることは、スペクトルの上で飛び出ているところが、変動率が小さくなっていることを示しており、吸収の変動分の影響を受けなかった部分が変動が小さくなっていると考えることできれいに説明ができる。さらには、吸収体が持っている変動の時間スケールが、105s程度であれば、5-7kevの変動率がそのあたりの時間スケールで小さくなることも説明がつく。 このように考えてくると、5-7keVのエネルギー域は、手前にある吸収体の中にある透過窓になっていて、その吸収の程度の違いでRed成分がつくられていると考えることが自然に思える。そのような吸収の窓は、が1000を越えるようなwarm absorberを考えれば、説明をつけることができよう。Astro-E衛星の精密な分光観測による吸収端構造の探査が、最終的な答えを出すことになろう。 図表図1:「あすか」衛星による3回の長時間観測でえられた鉄輝線の形状 / 図2:105sでのエネルギー別の変動率。点線は2.5-4,7-10keVで求めた巾関数モデルの変動率である。スペクトルの輝線構造に対応するエネルギー帯がまわりに比べて変動率が小さいのがみてとれる。1keV以下の変動も中関数より小さくなっている。 |