研究背景 活動領域の初期は、対流層で作られた磁束管が太陽表面に浮上してくる過程として知られ、浮上磁場領域と呼ばれている。したがって、活動領域の進化、とくに浮上磁場領域と呼ばれる初期の段階の進化の解明は、太陽磁場の起源を明らかにする上で重要な情報をもたらすと考えられている。ようこうの成果により太陽活動現象の多くが磁気リコネクションにより起こることがわかってきた。しかし太陽コロナにエネルギーを蓄積する過程はまだ解明されていない。浮上磁場領域ではフレアやコロナ質量放出現象などの活動現象が頻繁に発生することから、エネルギーを蓄積する起源として、浮上磁場領域が注目されている。さらに浮上磁場領域は、太陽コロナの誕生過程である事、つまり1万度程度であったプラズマがはじめて100万度に加熱される過程であることから、コロナ加熱の解明に重要な役割を果たすと考えられる。このように浮上磁場領域は、太陽物理学の多くの問題に深く関連しており、その研究は非常に重要である。
これまでの浮上磁場領域の研究は、連続光(光球)、H線(彩層)による観測で進められ、光球、彩層における浮上磁場領域の性質が明らかにされてきた。しかし、太陽コロナにおける浮上磁場領域の研究はまだ十分におこなわれておらず、特に統計的な研究はなされていなかった。ようこう衛星搭載の軟X線望遠鏡の高い時間・空間分解能によって初めて、コロナにおける浮上磁場領域の研究をすることが可能となった。太陽コロナにおける活動領域の進化を明らかにすることが本研究の目的である。
第2章:コロナにおける活動領域の膨張速度 太陽コロナにおける浮上磁場領域の進化を明らかにするために、「ようこう」軟X線望遠鏡で撮られた太陽の軟X線像の解析をおこない、33例の活動領域の大きさ(面積)の時間変化を調べた。その結果、コロナにおける磁束管の見かけの上昇速度は〜1-2km/sである事がわかった。この速度はHの観測によるArch Filamentの上昇速度(〜10km/s)や理論から予測された磁束管の上昇速度(〜10km/s)と比較すると非常に遅い値であり、新しい問題を提起した。
第3章:TRACE衛星観測による浮上磁気ループの進化 TRACE衛星は1998年に打ち上げられたNASAの人工衛星であり、すぐれた時間・空間分解能をもっている。第2章で提起された問題を解決するために、我々はこのTRACE衛星に着目した。なぜならそのすぐれた能力によって、彩層からコロナにかけての浮上磁場領域のダイナミックスをより詳細に調べる事が可能だからである。本研究に使用した浮上磁場領域は、98年6月8日に西のリムの近くに現れた。TRACE衛星はこの浮上磁場領域を、波長171Åの紫外線、2秒の空間分解能、1分の時間分解能で撮像している。TRACE衛星のこの波長の太陽像は、120万度のコロナを観測しているが、太陽表面に近い領域では彩層物質による減光(吸収)も確認されている。したがって、我々はこの画像を使用することにより、彩層からコロナにかけての浮上磁場ループの運動を、同時に調べることができる。
観測結果をまとめると以下のとおりである。彩層ループの上昇速度は15-27km/s程度であり、HArch Filamentの上昇速度と同程度である(図1左)。コロナループの上昇速度はおよそ5-15km/sであり(図1右)、ようこうSXTの膨張速度(1-2km/s)と比較すると有意に速い。また、一部のコロナループは加速度的に上昇することを発見した。この加速運動は柴田ら(1989)によるArch Filamentの理論モデルによる予言と良い一致を示した。結論としては、SXTで観測された磁気ループの遅い上昇速度は、真の速度ではなく、あくまで見かけの速度である可能性が高く、コロナ浮上磁場領域の磁気ループの上昇速度は、H線の観測や理論が予言したのと同様に、速い速度(〜10km/s)であることなどがわかった。しかしTRACEと言えどもドップラーシフトを用いた観測ではないので、この問題を完全に解明するためには、コロナ輝線を使用したドップラー観測が不可欠であり、Solar B衛星での実現が期待される。
図1:TRACE衛星で観測された浮上磁気ループの高さの時間発展第4章:活動領域の熱エネルギーと磁場の関係とコロナ加熱 6千度の太陽表面の上空に100万度のコロナがあることが発見されて以来、コロナ加熱問題は、太陽物理学の中で最も重要な問題のひとつである。Golubら(1980)はSkylabのデータを用いて、コロナ活動領域中の全熱エネルギー(Uth)と全光球磁束()、圧力(P)と足元の磁束密度(B)の間に、次の関係がある事を発見したUth〜1.5,P〜B1.5。この結果により、コロナ加熱は磁場が基本的な役割を担っていることがわかったが、しかしその加熱機構についてはいまだに謎である。多くの加熱モデルが提案されているが、大きくナノフレア説、アルフベン波説にわけられる。両者の違いは、コロナへのEnergy Flux Density(F)の磁場依存性に現れる。ナノフレア説の場合は、F〜B2Vph/4 B2であり、アルフベン波説の場合は、F〜VABとなる。ここでVph,は、ループの足もとの運動速度、アルフベン波の振幅であり、それぞれ磁束密度(B)に依存しないと仮定している。これは両者のモデルでも最も簡単化したモデルである。
一方、Rosnerら(1978)は、定常的なコロナループに次の関係があることを発見したT=1.4×103(P・l)1/3,EH=105P7/6L-5/6。ここで、EHは加熱率である。この関係は定常コロナループにおいて、放射冷却と熱伝導冷却が釣り合うことを意味しており、このモデルはコロナループの特徴を良く再現した。このループモデルにそれぞれのコロナ加熱モデルを適用すると次の関係式を得る。
したがって、圧力の磁束密度依存性が観測的にわかれば、どちらのモデルが正しいのかを判定する事ができる。
まず我々はようこう軟X線望遠鏡で得られたデータを使用して、全X線強度が最大になったときの温度(T)、圧力(P)、大きさ(L)の関係を調べた。その結果、大きい活動領域ほど温度が高い事(T〜L0.28)、大きい活動領域ほど圧力が小さいこと(P〜L-0.16)を発見した。また、Rosnerらのスケール則を検証し(T〜(P・L)0.35)、活動領域全体についても、熱伝導冷却と放射冷却が釣り合っていることを確認した。
次にSOHO衛星搭載のMDIで得られた磁場マップを使用して、光球磁場とコロナ活動領域の関係を調べた。まず光球での全磁束()と活動領域コロナの熱エネルギー(Uth)のを調べた結果、次の関係があることが分かったUth〜1.3。これは、Skylabの観測によるGolubら(1980)の結果とほぼ同じである。また磁束密度(B)と圧力(P)の関係を調べた結果、次の関係があることが分かった(図2)。
図2:磁束密度(B)と圧力(P)の関係 この結果はGolubらの結果(P〜B1.5)とは異なっている。Golubらの観測結果には、有意な関係があるとは言いがたかったが、我々はより高い精度で、圧力と磁束密度の関係を得ることができた。この関係はコロナ加熱モデルに、大きな制約を与えるものである。
この結果をコロナ加熱モデルから予言される関係と比較すると、ナノフレア説ではP〜B1.7であり、アルフベン波説ではP〜B0.86であるので、後者とよく一致する。しかし(1)式は最も簡単なモデルから来る予言であり、ナノフレア説には、この観測的要請(式3)をみたす自由度が残されている。つまり磁場の強い場所では対流運動が制限されると考えて、V/phB-1と仮定すれば、我々の要請を満たすことが出来る。
第5章:活動領域の温度進化 吉田と常田(1996)は、ようこう軟X線望遠鏡で得られたデータを解析し、活動領域が、高温で非定常な成分(6MK)と低温で定常的な成分(〜3MK)の2種類から成る事を発見した。しかしこの低温定常成分が、「異なる活動領域によって違うのか?」、「活動領域の進化とともにどのように変化するのか?」などは、まだ分かっていない。
そこで我々は64例の活動領域について、温度、圧力などの物理パラメーターの時間変化を調べた。実際の活動領域は常にマイクロフレアなどの活動現象が発生しており、完全に定常的な成分だけを調べることは出来ない。そこで出来る限りフレアの影響は取り除いた、活動領域の平均温度の時間発展を調べた。成長期の活動領域について詳しく調べた結果、活動領域の温度はその成長とともに高くなる事が分かった(図3左)。また温度の変化は活動領域の大きさの変化と良い相関があり、温度の上昇は、活動領域が大きくなるためであると結論した。圧力については、有意な時間変化はみられなかった。また衰退期の活動領域を調べた結果、温度、圧力ともに、衰退とともに低くなることが分かった(図3右)。
図3:活動領域の温度の時間発展 進化効果を調べるために、第4章で求めた活動領域の全X線強度が最大になったときの大きさ(L)と温度(T)、圧力(P)の関係(T〜L0.28,P〜L-0.16)と比較した。同じ大きさの活動領域を比較すると、多くの場合において、成長期に温度、圧力ともに平均よりも高く、衰退期には温度、圧力ともに低いことが分かった。我々は成長期と減衰期の活動領域では、温度や圧力などの特徴が異なることを発見した。