現在の惑星形成理論では、惑星は固体の高速度衝突破壊および合体を繰り返して形成されると考えられている。これまでに高速度衝突破壊は室内実験によって精力的に研究されてきた。これらの実験結果を天体スケールに外挿するにはスケーリング則が必要である。衝突破壊のスケーリング則において固体中を衝撃波がどのように減衰するかは重要な問題である.たとえばMizutani et al.(1990)では衝突点に対する対極点での無次元応力が、無次元最大破片質量などを表すスケーリングパラメータとなる。ここで無次元応力とは標的の物質強度で規格化した衝撃波応力である。Mizutani et al.(1990)では衝撃波応力は衝突点からの距離の-3乗で減衰すると仮定して無次元応力を計算している。これまでの衝撃波減衰の数値的研究は応力が標的のユゴニオ弾性限界(HEL)より十分大きい場合のみ扱っていた。しかし正確な衝突破壊のスケーリング則の確立のためには応力がHELより十分大きい場合からHELと同程度の場合まで広い範囲での減衰を正確に記述することが必要である。 そこで本研究は固体の高速度衝突破壊のより良いスケーリング則を得るために、衝突によって発生した衝撃波が固体中をどのように減衰して伝播するかを、塑性変形するような強い応力領域から衝撃波応力がユゴニオ弾性限界程度の領域までの広い応力領域において、数値シミュレーションによって調べた。シミュレーションは2次元軸対称系でCIP法を用いて行なった。 CIP法はオイラー法であり、大変形を伴う数値計算を行なうことが可能である。さらに密度関数を用いて界面を追うことで通常のオイラー法で問題となる界面の数値拡散を抑えることができ、自由表面や衝突面を1、2セル以内に精度良く記述することができる.本研究では圧力を状態方程式から求めるのではなく、速度場から陰的に直接計算するC-CUP法を用いることにした。その理由は自由表面付近では密度変化に比べて圧力変化が何桁も大きいために密度から圧力を計算すると誤差が大きくなるからである。固体の衝突の数値シミュレーションをC-CUP法で行なうのは知る限り本研究が初めてである。 構成方程式として、’elastic-plastic model’および’brittle modelを用いた。前者は理想的な弾塑性転移をし、応力がHEL以上でも物質強度を保つもので、古くから金属などの延性的な物質に適用されている。一方、岩石などの脆性的な物質は応力がHEL以上で徐々に強度を失う性質があることが実験的に知られている。そこで本研究では岩石や氷などのがユゴニオ圧縮曲線のデータをもとに脆性的な物質の強度の失い方をモデル化した。本研究では上記の2通りのモデルを用いて数値計算を行なった。 衝撃波の減衰の原因としては、自由表面で発生する希薄波の効果、波面が球面的に広がる効果、破壊などのエネルギー散逸の効果に分けられる。破壊は衝撃波通過後の引っ張り応力で生じると考えられるので、本研究では前者二つの効果について注目する。 結果として、両モデルの場合でも、衝突軸に沿った圧縮方向の衝撃波応力Sの衝突点からの距離zSに対する減衰率aPはS/Hの値とともに変化し、4つの領域に分けられることがわかった。ここでaPは で定義され、またHはHELでの応力を表す。’elastic-plastic model’を用いた場合、aP=0で、Sは発生応力maxに等しい’isobaric regime’、Pが0から定常値1.7-2.0に上昇し、0.8max<S<maxの領域の’near-field regime’,aPが1.7-2.0の一定値をとる8H<S<0.8maxの領域の’steady regime’,aPがSの減少とともに増加するH<S<8Hの領域の’elastic-plastic regime’,およびaPが弱い衝撃波の値1.0-1.3をとるS<Hの領域の’elastic regime’に分けられる。 衝撃波応力がHEL付近である’elastic-plastic regime’で減衰率が増加する特徴は衝撃波後面で浪費される歪みエネルギーQから生じる。浪費エネルギーQは衝撃圧縮でされた仕事から断熱開放に伴い外部にする仕事を差し引いたものである。圧縮、解放ともに弾塑性転移がある場合、Qの値は転移がない場合に比べて非常に大きくなる。応力が大きいときはQの影響は無視できるが、’elastic-plastic regime’では応力が小さくQの影響により衝撃波の減衰が激しくなると考えられる。 ’brittle model’の場合も同様の4つの領域に分けられることがわかった。これは脆性物質が応力が十分大きいときには強度を完全に失うが、HEL付近では強度が残っているために弾塑性転移をするからである。’elastic-plastic model’との違いは、’steady regime’では’elastic-plastic model’よりもaPは小さい値となり、一方、’elastic-plastic regime’では’elastic-plastic model’よりもaPの増加が激しくなる点である。’steady regime’で’elastic-plastic model’よりもaPが小さいのは、この領域では’brittle model’では強度を完全に失っており、衝撃波の後ろの希薄波が音速の小さい塑性波であるのに対し、’elastic-plastic model’では常に希薄波の先頭は音速の大きい弾性波であるためである。音速の大きい希薄波ほど衝撃波を速く減衰させる。一方、’elastic-plastic regime’で’elastic-plastic model’よりもaPの増加が激しくなるのは、この領域では’brittle model’では応力の上昇とともに物質が強度を徐々に失い、ユゴニオ圧縮曲線が静水圧縮曲線に近付き、その傾きが非常に小さくなるからである。つまり、Rayleigh直線の傾きで表される衝撃波の伝播速度がこの領域では’elastic-plastic model’よりも小さくなるために、浪費エネルギーの効果に加えてさらに減衰が激しくなる。 得られた結果を塑性流体近似を用いた過去の研究と比較すると、’isobaric’,’steady’,および’elastic regimeでは大体一致するのに対し、’elastic-plastic regime’は本研究で新たに見付けられたことが確認された。 さらに惑星形成で重要と考えられている、岩石および氷を用いた、応力ゲージ測定実験との比較を行なった。その結果、岩石、氷ともに’brittle model’を用いた場合の数値計算結果は実験結果と非常に良い一致を示した。 そこで’brittle model’を用いて、スケーリング則で重要な対極点衝撃波応力をこれまでに行なわれた衝突破壊の実験についてそれぞれシミュレーションし、最大破片質量と無次元応力との関係を求めた。その結果、従来のaP=3で一定とする仮定を用いて無次元応力を求めた場合よりも、よりばらつきの少ない、物質によらない良いスケーリング則を得ることができることが明らかとなった。 |