学位論文要旨



No 115003
著者(漢字) 青地,秀雄
著者(英字)
著者(カナ) アオチ,ヒデオ
標題(和) 3次元非平面断層系における動的破壊伝播の理論的研究
標題(洋) Theoretical Studies on Dynamic Rupture Propagation along a 3D Non-Planar Fault System
報告番号 115003
報告番号 甲15003
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3767号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山下,輝夫
 東京大学 教授 松浦,充宏
 東京大学 助教授 宮武,隆
 東京大学 助教授 吉田,真吾
 防災科学技術研究所 主任研究官 福山,英一
内容要旨

 1992年Landers地震(California)に見られるように,実際に地震を起こす断層システムは非常に複雑な幾何学的構造をしていることが知られており,断層ジオメトリーが地震破壊過程に与える運動学的な役割に関しては古くから指摘されている[例えば,Segall and Polland,1980].しかしながら,3次元弾性体中において非平面的な断層構造上での地震破壊過程を物理数学的に記述できる手法はこれまでのところ確立されてはおらず,実際の複雑な断層構造を考慮して大地震の動的破壊過程が定量的にモデル化されたことはない.非平面的な動的破壊問題は,2次元問題として最近活発に議論されている[例えば,Tada and Yamashita,1997;Kame and Yamashita,1999]が,3次元問題としては,平行に走る断層[Harris and Day,1999]など人工的で単純な幾何学上での破壊現象しか扱われておらず,実際の複雑な断層形状ないし構造が動的破壊過程に与えた影響についてはほとんど明らかにされていない,そこで本研究では,実際の地震現象を再現し議論するために,3次元媒質中で複雑な形状・配置をした断層系での動的破壊過程を直接扱えるような理論的手法の開発を第一の目的とした.更に,本研究で構築した新手法を用いて基本的なジオメトリーが動的破壊過程に及ぼす影響について系統的に調べた.そして最後に,1992年Landers地震の非平面断層モデリングを行い,地震学的データの解析から明らかにされた破壊伝播過程との比較を通じて地球物理学的な背景について議論した.

 非平面断層上での破壊過程を記述するためには,複雑な断層形状・構造を柔軟にモデルに取り込めること,そしてその断層面上においてすべりと応力の関係を精度よく評価できることの二点が特に求められる.そのために,3次元境界積分方程式(BIE)を用いた数値計算技法を開発した.開発の流れを図1に示す.非平面的な断層を記述するにあたって,Tada et al.(1999)では積分方程式の厳密な解析解を保ったまま式変形を実行しているが,本研究では実際に数値計算を行うことを目的としているので,非平面断層を微小平面断層の集まりで近似することから始める.ある点での応力は,自らの平面上でのすべりによる寄与(on-plane kernel)と他平面上でのすべりの寄与(off-plane kernel)の重ね合わせで書き表せる.前者に対して,Fukuyama and Madariaga (1995,1998)が優れた手法を提示しており,本研究では彼らの手法を一般化する形でoff-plane kernelに対する表式を求めた.応力の値を精度よく求めるために,積分方程式が内包していた超特異性を正規化(regularization)によって取り除いた.また,すべり速度が時空間の単位グリッド内一定という離散化法に対して,複雑な積分方程式を解析的に実行することで,非常に簡便な形の離散境界積分方程式が得ることに成功した.この離散境界積分方程式と何らかの初期条件,境界条件(破壊条件,断層構成則,摩擦法則)を組み合わせることで,3次元非平面的な断層系における動的破壊伝播過程のモデリングを可能にした.

図1 境界積分方程式法による非平面断層の取り扱い.

 新手法を用いた屈曲・分岐断層上の動的破壊伝播シミュレーションを行うことで,基本的なジオメトリーが動的破壊過程に及ぼす影響を系統的に調べた.結果を図2にまとめる.重要な点は,3軸圧縮場における屈曲断層の考察から,破損応力降下量が剪断強度に比べて小さい場合には,断層走行の変化による初期応力場の変化によって簡単に破壊が停止すること,また,分岐断層においては動的な相互作用が非常に強く,わずかな応力の不均一分布によって破壊は選択的に進行しやすくなることである.分岐断層のそれぞれに破壊が進行するためには,非常に微妙な応力条件が必要である.以上のように,断層のジオメトリーが動的破壊の進展に対して重要な役割を担っていることを定量的に明らかにした.

図2 基本的な断層ジオメトリーの影響

 これらのことを基に,1992年Landers地震に対して3次元非平面モデリングを実際に行った.これは世界的に初めての試みである.シミュレーションで用いた断層モデルは,Hart et al.(1993)が調査した表面トレースを基に垂直右横ずれの断層系を仮定した(図3).地震前のこの地域の応力場はよくわかってはおらず,1992年の破壊伝播パターン,すなわちJohnson Valley断層を北上してきた破壊が,そのまま自らの断層上を北北西に進まずに,Kickapoo断層を経てHomestead Valley断層に乗り移ったことが,最も重要な問題として議論されてきた.この破壊の乗り移り現象に対しては,周囲の応力場の状況との関連でいくつかの異なる運動学的モデルが提唱されている.本研究では,それらを念頭において,動的破壊の自発的進展という立場から数多くのモデルを検証し,その地球物理学的な背景を議論した.実際の地震発生場はあらゆる要素が複雑で不均一性が強いと思われるが,断層の形状・構造とテクトニックな状況を反映した外部応力場(図4)をまず考慮する.Hauksson(1994)の地震活動による広域応力場の推定(最大主応力軸はN20度E)と,Unruh et al.(1994)が指摘しているJohnson Valley断層南側に沿って南北に走る力学境界の存在から,図4に示すような最大主応力軸の空間変化を仮定する.この場合は,破壊条件(摩擦法則)の水平不均一を導入することなく,Landers地震の特徴である断層間の破壊の乗り移りを説明することができた(図5).更に,Wald and Heaton(1994)がインバージョン解析で求めた破壊の時空間的進展の様子をよく説明することができた.これに対して,外部応力場の方向を一定(最大主応力方向が北北東)とし,破壊条件(剪断強度)の空間不均一分布を法線応力依存性のあるクーロン型構成則で仮定した場合は,実際の破壊進展の様子を再現できず,やはり応力の不均一を導入せざるを得ないという結論になった.すなわち,Landers地震は,破壊条件の不均一性よりもテクトニック背景と断層走行の変化がもたらす応力の不均一性によって,破壊過程が強く拘束されていたと言える.

図3 シミュレーションで用いた断層モデル.図4 断層ジオメトリーと仮定した外部応力場.図5 破壊伝播のスナップショット.

 本研究では,3次元非平面断層での破壊過程をモデル化する物理数学的手法を構築し,その手法を一般的な構造ないし1992年Landers地震に対して適用することで,複雑断屑系の破壊過程の物理的な議論を行った.この研究を通して地球物理学的に非常重要な示唆を得ることができた.従来の研究では,実際の地震現象を再現するのに,単純な断層面(例えば1枚の平面断層)と,その上に不均一な摩擦特性を仮定していたが,摩擦特性は一般に地震が起こった後にしか知り得ない.これに対して,本研究のLanders地震のシミュレーションでは,不均一な摩擦特性を仮定することなく,断層の幾何学的形状・構造とテクトニック応力場を考慮することで実際に観測された破壊パターンを説明できることを示した.逆に言えば,巨視的な数kmから数10kmに及ぶ破壊パターンに対しては,水平方向への摩擦特性の不均一性が非常に弱い可能性を示唆した.このことは,破壊条件の不均一性を予め知ることができない再来周期の長い内陸地震の発生過程とそれに伴う強震動の予測を行う上で,このような断層の幾何学的形状・構造とテクトニック応力場を条件とする非平面モデリングの手法が,非常に有効であることを示している.

審査要旨

 本論文は6章からなり,第1章では,過去の研究例を踏まえて,この分野における現在の問題点から本研究の目的と意義について述べられると同時に本論文の流れが示されている.

 第2章は,本研究で新たに開発された、非平面形状をした断層系における動的破壊伝播過程の数値計算手法について詳述されている.この定式化は3次元境界積分方程式法に基づいており、数値計算を精度良く安定に行うための工夫も種々なされている.まず,境界積分方程式の持つ超特異性を取り除くための数学的な式変形が行われており,その後,実際に数値計算するための離散化が解析的に行われている.これらの定式化は非常に複雑であるが,最終的には系統的にまとめられており,この論文の主たる成果であると言える.最後に,断層の動的成長基準と,提出者が求めた境界積分方程式の組み合わせ方について触れられ,この手法を用いた実際の数値計算の仕方について説明されている.3章以降では,提出者が開発した新しい計算手法に沿って実際に行われた断層の動的破壊のシミュレーションについて述べられている.

 3章では,3次元媒質中の屈曲断層の動的伝播についての数値計算を通して,その物理的背景が議論されている.断層が屈曲していることの動的破壊への影響は,主に外部応力場が屈曲断層上に非一様な応力状態を作り出すことに起因すると報告されている.破壊が進展していくことによる動的な応力場の変化は破壊の進展に対しては,あまり大きな影響を与えないが,屈曲部においてすべりの進行を妨げるなどの影響は、あることが示されている.また、もし応力解放量が絶対応力レベルに比べて小さいとしたならば,破壊は屈曲角度の大きい断層上を進むことは難しいということがわかった。これは、破壊が屈曲した断層を進むのが仮に一般的であるとしたならば,応力解放量は絶対応力レベルに匹敵するほど大きい必要があることを意味する.地震を起こす場の絶対応力レベルの大きさについては,いまなお不明な点が多く,提出者の数値計算結果とその議論は非常に興味深い.

 4章では,分岐断層系における動的破壊伝播過程について数値計算が実行され,それにもとづいて深い議論が行なわれている.前章の屈曲断層の場合と比べ,分岐した断層系では破壊伝播に伴う動的応力の変化が破壊進展に大きく影響している.分岐した断層要素上での初期応力条件のわずかの違いでも,その後の破壊伝播が大きく変わりうるが,破壊は基本的にある分岐断層要素上を選択的に進む傾向にあることが示されている.分岐した二つの断層要素それぞれに破壊が伝播していくためには,非常に微妙な初期条件が必要であり,これが故に,実際の地震が分岐して伝播を続ける例がほとんどないということが指摘されている.これまで,3次元分岐断層系の自発的な破壊伝播過程については,研究例がほとんどなく,提出者が行った数値計算は大きな寄与と言える.

 5章では,以上の成果をもとに,実際の現象への応用を試みている.扱っているのは,1992年ランダース(米・カリフォルニア)地震である.この地震は,地震研究者にとって非常に興味深い対象であり,様々な側面から数多くの研究がなされている.これまでに報告されている断層形状とテクトニック応力についての情報を元に,論文提出者は、さまざまな場合について破壊成長の数値計算を実行し、もっとも簡単かつ可能性のある一つの解を示した.破壊条件の水平方向不均一をいれることなく,上に述べた、断層形状とテクトニック応力についての情報を用いるだけで,実際に見られたいくつかの破壊パターンが再現されている.これはつまり,多くの古典的研究で、平面断層上に仮定されてきた破壊成長基準の不均一は,断層の形状が見かけ上作り出している可能性を示唆しているわけである,今後,提出者のこの指摘を元に数多くの研究がなされるとも思われる.

 最後の6章では,本論文全体にわたるまとめが行なわれており,上記の内容が簡潔に述べられている.

 なお,本研究は全体を通して,福山英一(防災科学技術研究所),松浦充宏(東京大学)との共同研究であるが,論文提出者が主体となって2章の定式化,3章・4章の数値計算,ならびに5章の地球物理学上の応用(数値計算と背景の議論)を行っており,論文提出者の寄与が十分であると判断する.

 したがって,博士(理学)の学位を授与できると認める.

UTokyo Repositoryリンク