学位論文要旨



No 115004
著者(漢字) 荒木,英一郎
著者(英字)
著者(カナ) アラキ,エイイチロウ
標題(和) 深海での広帯域地震観測にみられる地震動・ノイズの地球物理学的特性に関する研究
標題(洋) Geophysical nature of broadband seismic signals in deep oceans
報告番号 115004
報告番号 甲15004
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3768号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 金沢,敏彦
 東京大学 教授 深尾,良夫
 東京大学 教授 笠原,順三
 東京大学 助教授 藤本,博巳
 東京大学 教授 川勝,均
 海洋科学技術センター 深海研究部長 末廣,潔
内容要旨

 地球深部の研究を行うに当たって、地震観測からのデータは非常に重要である。ここ10年の陸上広帯域地震観測網からのデータは、地球深部構造の理解に大きな前進をもたらせた。この観測網を海域に拡げることによって、地球深部の理解がより深まることが期待される。しかしながら、現在のところ海域での地震観測はほとんど海洋島観測に限られ、その密度は十分とはいえない。また、海底での観測は、観測期間の短さ、観測帯域の狭さ、海域観測では一般に脈動などのノイズの大きな影響から、地球深部の研究を行うのにふさわしい観測を行うことが著しく困難であった。本研究では、地球深部の研究を行うことができるような地震観測を海域で行えるようにすることを目的として、海底、海底孔内観測機器の高感度、広帯域、長期観測化を行った。また、開発した観測機器で様々な海域(四国沖、オントンジャワ海台、室戸沖、三陸沖)での地震観測を行い、そこで得られたデータから、海域での広帯域地震観測で問題となると考えられるノイズについて考察を行った。

海底広帯域地震計の開発

 海底での観測機器の開発は、高い空間密度での広帯域観測の実用化を目指し、超小型広帯域海底地震計の開発を行った。最近利用できるようになった、小型軽量の広帯域地震計PMD2023WBを従来海域での地殻構造探査や微小地震観測に用いられてきた海底地震計システムに実装することにより、これまでの短周期海底地震計では観測することの不可能だった長周期実体波、約100秒周期までの表面波がM6程度以上の地震について実用的に観測できるようになった。

海底孔内地殻変動観測システムの開発

 海底に設置した観測機器による長周期地震波の観測は、海底の底層流の影響を大きく受けるため、ある水準以上の観測を行うためには、地震計を海底底層流の影響から逃れるため堆積層中に埋設するか、海底孔内に設置することが必要である。そこで、高品質な海域での観測を行うため、海底孔内地殻変動観測システムを開発し、99年夏にODP Leg186により三陸沖の二地点への設置と観測を行った。システムの開発にあたっては、目標である地球深部研究に役立つ地震観測データを得るためには、観測を長期的に継続して行い、データの蓄積をはかることが不可欠であることを重要視し、これまでの孔内観測では行われなかった長期観測が行えるよう工夫を図った。

 開発したシステムは、孔内にセメント充填により固定されたセンサー群、センサーからの信号を統合、記録する海底部、センサーと海底部を接続するケーブル群からなる(図1,2)。センサー群は、CMG1T広帯域地震計、Sacks-Evertson歪み計、高感度傾斜計、PMD2123広帯域地震計からなる。センサーは、海底下約1.1kmに設置され掘削船Joides Resolution号からセンサーを吊下しているパイプを通しセメントを圧送、センサー部およびセンサー上約130mに渡って孔内を充填、固定された。セメント充填による固定は、歪み計を周囲によくカップルさせるほか、孔内の水循環に伴うノイズの影響からセンサーを遠ざけることを目的とした。センサーからの各信号は、海底部のデータ統合モジュールで受信(アナログ信号はA/D変換)され、1つのシリアル回線に統合され、同じく海底部に設置されたレコーダーに送られる。レコーダーは72GBの記憶容量を持ち、データを連続1年間記録できる。レコーダは、水中脱着コネクタで接続されており、無人潜水艇により回収、交換が可能な設計となっている。これにより、1年以上のオフライン長期観測を実現する。また、無人潜水艇による作業時に誤って接続部が破損することを防ぐため、コネクタ部を直接潜水艇が脱着するのではなく、レコーダ保持部に備えられたレバーを操作することによって、脱着を行うという工夫をした。システムの電源はMg合金の陽極と炭素陰極の電位差により海水を電解液として起電する海水電池を組み合わせ、システムが必要とする18Wを連続2〜3年供給できるものとした。陽極の交換を行えば、さらに長期間の運用が可能である。また、長期に渡る運用中のモジュールの故障、又は将来の陸上からのケーブル接続に備えて、データ統合モジュールは海底で脱着、交換できるよう設計した。

海底孔内地殻変動観測所のパフォーマンス

 99年9月に三陸沖に設置(図3)したシステムの起動を無人潜水艇により行い、設置した2点とも成功し、本システムで長期観測のための運用が可能であることが示された。起動時の観測で、広帯域地震計から上下動、水平動3成分の良好な地震観測データが得られた。

 初期観測で得られたノイズスペクトラム(図4)について以下のことがいえる。

 1)脈動ノイズは長周期側では海底と比べて10dB前後小さいが、海底と比較した場合の短周期側の振る舞いは上下動と水平動で異なる。

 2)長周期側(10秒〜)のノイズは、海底設置の観測点と比べると底層流の影響を逃れられる効果が現れ、全体に非常に小さい。10秒から50秒周期帯域では、上下動ノイズの方が水平動ノイズより大きく現れた。孔内の水循環によるノイズをさけるためにセメント充填を行ったが、充填量が1km近い長さの孔内での循環の影響から逃れるには十分でなかったのかもしれない。

 3)100秒近辺に特に水平動に大きなノイズのピークが見られた。この観測事実は、海の長周期表面重力波が堆積層を変形させ、その変形にともなう傾斜を考えると説明される。今回の設置点のように堆積層が厚い地殼構造モデルについてこの変形を評価すると、堆積層中で無視できない大きさの傾斜が起こることが示され、その影響が十分に小さくなる基盤岩への計器の設置が非常に重要であることが示唆される。現在の技術では、今回の設置深度より深くへの掘削と設置は困難であるが、近い将来に掘削技術が向上した際の地震計設置においてはこのことが十分考慮されるべきである。

図表図1 海底孔内地殻変動観測システム(全体断面図) / 図2 システム海底部の拡大図 無人潜水艇によりデータの回収等のサービスが可能な構造 / 図3 本研究の海底孔内地殻変動観測システムの設置場所◇震源分布とともに示す / 図4 孔内観測点1150Dで得られたサイトノイズ 実線は上下動、点線が水平動、Peterson(1993)のLow/High Noise Modelを破線で示す。
海底での脈動ノイズの空間的相関

 間隔1kmの高密度アレイ観測を南海トラフで行い、そこで見られる脈動のコヒーレンスを調べた。観測されたコヒーレンスは、観測点間隔1kmでも小さく、観測点間隔が離れるほど更に小さくなる傾向を示した。アレイ観測に見られる脈動の観測点間の位相差は、観測期間を通じて各周波数ごとに決まった値を取る傾向を示し、周波数約0.2Hzから約0.6Hzに見られるコヒーレントな脈動の成分は、観測点間を水の音速を下回る位相速度で伝播しているものと考えられ、これは海底付近に局在するストーンリー波であることが示唆される。

審査要旨

 本論文は5章と付録からなる。第1章は、序論、第2章は、海底広帯域地震計の開発と、開発した海底広帯域地震計を用いて取得した地震観測記録にみられる遠地地震波形とノイズスペクトル解析からみたシステムの性能等について述べられている。第3章は、海底孔内地殻変動観測システムの開発と、世界最初の長期孔内観測の開始である三陸沖海底孔への観測システムの設置、第4章は、ノイズスペクトル解析からみた海底孔内地殻変動観測システムの性能と、三陸沖海底孔に見られる特異なノイズ成分の発生要因の推定等、について述べられている。第5章は、結論、付録では、海底孔内地殻変動観測システム各部の設計の詳細について述べられている。

 ここ10年に地球規模で陸上に展開されてきた広帯域地震観測網からのデータは地球深部構造の理解に大きな前進をもたらした。一方、地球表面の3分の2をしめる海域は、海洋島における観測に限られ、広帯域地震観測の空白域となっている。このため地球深部の静的・動的構造の解明は、海域に観測網を広げ均質化することによってより進展することが期待される。海底における広帯域地震観測という実用化に技術的困難を伴うこのチャレンジングな課題に向けて、海底観測の先進国が国際的に覇を競っているところである。本論文は、この課題への取り組みであり、海底および海底孔内観測機器の高感度化、広帯域化、長期観測化をすすめ、得られた観測データから海域での広帯域地震観測で問題となるノイズについて考察したものである。

 開発された海底広帯域地震計は、高い観測密度での広帯域観測の実用化を目指し、これまで海域の地殻構造探査や微小地震探査に用いられてきて十分な実績があり信頼性の高い海底地震計システムに、新たに小型軽量のPMD2023WB型広帯域地震センサーを組み込んだシステムである。この開発によって、従来の短周期海底地震観測では観測することの不可能であった長周期実体波、約100秒周期までの表面波が地震の規模にしてM6程度以上の地震について観測できるようになった点において画期的である。

 開発された海底孔内地殻変動観測システムは、2カ所に掘削された三陸沖海底孔(孔深約1km)に設置され、世界最初の長期に継続する地震および地殻変動観測点となった。先端的な技術によるシステム設計がされているほか、センサー群の周囲にグルート充填する手法を開発・採用し、設置を成功させたことは画期的である。これによって孔内の水循環に伴うノイズの影響を大きく低減するとともに歪み計を周囲の基盤とよくカップルさせることに成功している。

 また、初期観測で得られたノイズスペクトルの解析から、1)脈動ノイズは長周期帯域では海底設置の観測点と較べて10dB前後小さい、2)10秒より長い長周期側のノイズは、海底設置の観測点と較べて全体に非常に小さい、3)10秒から50秒周期帯域では、上下動成分にみられるノイズが水平動ノイズより大きい、4)周期100秒近辺に特に水平動に大きなノイズのピークがみられることを明らかにした。3)についてはグルート充填量が1km近い長さの孔内での水の循環の影響を完全にさけるためには十分ではなかった可能性があることを指摘している。また4)に関しては、三陸沖孔周辺の地殻構造モデルを用いて海の長周期表面重力波が堆積層を変形させる効果を解析することによって、無視できない大きさの傾斜変動が堆積層中では起こることを明らかにし、この影響が小さくなる基盤岩への計器の設置が非常に重要であることを指摘している。これらの結果は今後の海域での広帯域地震観測網の建設に寄与する新たで重要な知見である。

 なお、本論文第2章のうち、開発に関する部分は共同研究であるが、論文提出者が主体となって開発したものであり、解析は論文提出者によるものである。本論文第3章のうち、開発に関する部分は共同研究であるが、ROVによる観測データの記録回収等に関連する海底部システムは論文提出者が主体となって開発したものである。本論文第4章は、共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析してシステムの性能評価をしたものである。このように、本論文は、共同研究の部分を少なからず含むが、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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