本論文は5章と付録からなる。第1章は、序論、第2章は、海底広帯域地震計の開発と、開発した海底広帯域地震計を用いて取得した地震観測記録にみられる遠地地震波形とノイズスペクトル解析からみたシステムの性能等について述べられている。第3章は、海底孔内地殻変動観測システムの開発と、世界最初の長期孔内観測の開始である三陸沖海底孔への観測システムの設置、第4章は、ノイズスペクトル解析からみた海底孔内地殻変動観測システムの性能と、三陸沖海底孔に見られる特異なノイズ成分の発生要因の推定等、について述べられている。第5章は、結論、付録では、海底孔内地殻変動観測システム各部の設計の詳細について述べられている。 ここ10年に地球規模で陸上に展開されてきた広帯域地震観測網からのデータは地球深部構造の理解に大きな前進をもたらした。一方、地球表面の3分の2をしめる海域は、海洋島における観測に限られ、広帯域地震観測の空白域となっている。このため地球深部の静的・動的構造の解明は、海域に観測網を広げ均質化することによってより進展することが期待される。海底における広帯域地震観測という実用化に技術的困難を伴うこのチャレンジングな課題に向けて、海底観測の先進国が国際的に覇を競っているところである。本論文は、この課題への取り組みであり、海底および海底孔内観測機器の高感度化、広帯域化、長期観測化をすすめ、得られた観測データから海域での広帯域地震観測で問題となるノイズについて考察したものである。 開発された海底広帯域地震計は、高い観測密度での広帯域観測の実用化を目指し、これまで海域の地殻構造探査や微小地震探査に用いられてきて十分な実績があり信頼性の高い海底地震計システムに、新たに小型軽量のPMD2023WB型広帯域地震センサーを組み込んだシステムである。この開発によって、従来の短周期海底地震観測では観測することの不可能であった長周期実体波、約100秒周期までの表面波が地震の規模にしてM6程度以上の地震について観測できるようになった点において画期的である。 開発された海底孔内地殻変動観測システムは、2カ所に掘削された三陸沖海底孔(孔深約1km)に設置され、世界最初の長期に継続する地震および地殻変動観測点となった。先端的な技術によるシステム設計がされているほか、センサー群の周囲にグルート充填する手法を開発・採用し、設置を成功させたことは画期的である。これによって孔内の水循環に伴うノイズの影響を大きく低減するとともに歪み計を周囲の基盤とよくカップルさせることに成功している。 また、初期観測で得られたノイズスペクトルの解析から、1)脈動ノイズは長周期帯域では海底設置の観測点と較べて10dB前後小さい、2)10秒より長い長周期側のノイズは、海底設置の観測点と較べて全体に非常に小さい、3)10秒から50秒周期帯域では、上下動成分にみられるノイズが水平動ノイズより大きい、4)周期100秒近辺に特に水平動に大きなノイズのピークがみられることを明らかにした。3)についてはグルート充填量が1km近い長さの孔内での水の循環の影響を完全にさけるためには十分ではなかった可能性があることを指摘している。また4)に関しては、三陸沖孔周辺の地殻構造モデルを用いて海の長周期表面重力波が堆積層を変形させる効果を解析することによって、無視できない大きさの傾斜変動が堆積層中では起こることを明らかにし、この影響が小さくなる基盤岩への計器の設置が非常に重要であることを指摘している。これらの結果は今後の海域での広帯域地震観測網の建設に寄与する新たで重要な知見である。 なお、本論文第2章のうち、開発に関する部分は共同研究であるが、論文提出者が主体となって開発したものであり、解析は論文提出者によるものである。本論文第3章のうち、開発に関する部分は共同研究であるが、ROVによる観測データの記録回収等に関連する海底部システムは論文提出者が主体となって開発したものである。本論文第4章は、共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析してシステムの性能評価をしたものである。このように、本論文は、共同研究の部分を少なからず含むが、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 |