学位論文要旨



No 115005
著者(漢字) 石峯,康浩
著者(英字)
著者(カナ) イシミネ,ヤスヒロ
標題(和) 火山噴煙のダイナミックスに関する数値研究
標題(洋) Numerical Study of Volcanic Eruption Columns
報告番号 115005
報告番号 甲15005
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3769号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 新野,宏
 東京大学 教授 井田,喜明
 東京大学 教授 渡辺,秀文
 東京大学 助教授 小屋口,剛博
 東京大学 教授 山形,俊男
内容要旨 ◎はじめに

 プリニー式噴火と呼ばれる大規模な火山噴火で発生する火山噴煙は、マグマが持つ熱エネルギーで大気を加熱・膨張し、浮力を生み出すことによって大気中を上昇する。このような火山噴煙のダイナミックスについては、これまで定常1次元モデルに基づく議論が数多くなされてきた。その結果、噴煙の最高到達高度と火口からの熱供給率に良い相関があるなど、重要な特徴が導き出されている。しかし、実際の火山噴火では、傘型噴煙の拡大など1次元モデルで再現できない重要な現象がいくつか知られており、これらを包括的に議論できるモデルが望まれる。また、従来の1次元モデルで得られた結果についても、それらをさらに定量的に議論するためには、モデルが含む仮定の妥当性を詳細に検討する必要がある。そこで、軸対称2次元の数値モデルを構築してより現実的な運動を再現し、噴煙のダイナミックスを詳細に考察することを試みた。本研究では、特に、噴煙内の水平構造に注目して考察を進めた。

◎理論背景

 噴煙の基本的なダイナミックスを記述するモデルとしてWoods(1988)が広く知られている。これは、浮力によって上昇運動をする「乱流プリューム」に関するモデル(例えばMorton et al,1956)の枠組みに則り、平均的な上昇速度、密度、半径の鉛直分布を求める定常1次元モデルである。そのため、このモデルでは、火山噴煙において極めて重要である次のような現象の考察を深めることができない。その一つは、噴煙が最高到達高度に達した後の水平運動(傘型噴煙の拡大)であり、これは、衛星観測で信頼性の高いデータが得られる点で重要である。他の例としては、密度などの水平分布が一様でないことによって生じると予想される噴煙柱の部分崩壊(コラム状に鉛直に延びる噴煙の一部が地面に向かって崩れ落ちて、火砕流を発生させる現象)が挙げられる。また、Woods(1988)のモデルで利用されている「エントレイン仮説」はもともと体積変化のない乱流プリュームについて導入されたものである。一方、火山噴煙では混合した大気の熱膨張によって体積が著しく変化する。従って、この仮説によって火山噴煙の振る舞いをどの程度定量的に評価できるのかについては、詳細に検討する必要がある。

◎計算手法

 圧縮性流体についてのナビエ・ストークス方程式を差分化して、現実的な初期条件・境界条件の下、時間積分を行った。計算領域は、火山の火口を原点、鉛直上向きに対称軸を取った円柱座標系において、高さ30km、半径10kmを設定した。噴煙内の大砕物サイズが非常に小さい噴火を想定し、その速度と温度は気相と等しいと仮定した。すなわち、大砕物と気相の混合物を、それらの平均密度を持つ単相流体とみなして計算した。また、移流項の計算にCIP法(Takewaki et al.,1985)を利用し、乱流粘性の計算はラージエディーシミュレーション(スマゴリンスキーモデル)の手法に従った。

◎結果と考察

 火口からの噴出条件:温度1200K、粒子濃度76wt%、噴出速度200m/sの計算で得られた火砕物粒子分布の時間発展を図1に示す。噴煙は5分で約13kmの高さに達した。その後コラム状に延びた噴煙を維持しながら、高さ10km-15kmの領域に水平拡大していく様子が再現できた。また、他の噴出条件で計算することで、噴煙柱崩壊(噴煙全体が大気よりも軽くなることができずに地面に沿って流れる現象)に対応する結果や、部分崩壊に対応する結果(図2)も得ることができた。後者の条件で部分崩壊が起きたのは噴火開始後30分以降であり、それまではプリニー式噴火に近い振る舞いをしている。このような噴火スタイルの遷移は観測などによって知られていた実際の現象と調和的である。しかし、これまでの議論では、この遷移は継続的な噴火で火口が侵食される結果であるとみなされていた。そのため、火口での噴出条件を一定にした計算でこのような結果を得たことは、大気条件の変化だけで噴火スタイルの遷移が起こり得ることを示した点で重要である。

図1.数値計算で得られた火砕物分布の時間発展(定常的にコラム状の噴煙を形成する噴火に対応)図2..数値計算で得られた火砕物分布の時間発展(部分崩壊を起こす噴火に対応)

 これより下では、コラム状の噴煙が定常的に形成された結果(すなわち図1の結果)について詳しく考察する。図3は、噴火開始後5分の各高さにおける噴煙と周囲大気の密度差を静止大気の密度で割った値(浮力の大きさに相当)と、速度の空間分布を示している。この図より、噴煙周縁部は相対密度が小さいため上向きの浮力を受け、中心軸付近では相対密度が大きいため下向きの浮力を受ける、という傾向がすべての高さにおいて生じることが分かる。これは、噴煙の密度が、温度と火砕物粒子濃度の両方に依存することから生じる構造である。すなわち、中心軸付近では火砕物粒子の濃度が高い効果が温度が高い効果よりも卓越するため密度が大きくなり、周縁部では逆に温度が高い効果が卓越するため密度が小さくなる(図4)。この傾向は、周縁部に取り込まれた大気が著しく熱膨張することを考慮すれば直感的に理解しやすい。しかし、大気密度を下回る領域ができるかは、海洋学で利用される温度・塩分濃度(T-S)図と同様の図を利用して議論する必要がある(図5)。

 また、このような密度の水平構造が形成される結果、噴煙柱下部では中心軸上に極大があった速度の水平分布が、上部では極大域が噴煙周縁部にずれる特異な構造に変化することが分かった(図4)。そして、このような顕著な速度構造の変化が見られる領域では、1次元モデルが利用しているエントレイン仮説が成り立たないことが分かった。この結果については、1次元モデルが「速度の水平分布はどの高さでも相似な構造を持つ」という仮定の下に噴煙の半径を決めていることが原因である、という解釈を導き出すことができた。

図表図3.図1の条件・噴火開始後5分における密度変位と速度の空間分布 / 図4.図3の高さ5km(左)と10km(右)での次の各物理量の水平分布 / air:周囲大気との密度差 T/2Tair:周囲大気との温度差 Ns:粒子の質量分率 V/Vmax:その高さの最大速度で規格化した速度

 さらに、噴火に伴って対流圏界面で波が発生することや(図6)、コラム状に延びる噴煙のすぐ外側に強い下降流が発達することなどを数値計算で見出した。特に、対流圏界面における波の発生は、大規模火山噴火に伴って発生する長周期大気振動(例えばDonn and Balachandran,1981)と強い関連が予想される現象であり、重要であると考えられる。

図5.温度-粒子濃度度平面上での噴煙の等密度線(左下)。プロットした点は図1の5分、高さ5kmのデータ。左上は粒子濃度-密度図。右は温度-密度図。図6.図1の10分における圧力分布(白抜き:高粒子濃度領域)
◎参考文献Donn WL,Balachandran NK(1981)Mount St.Helens Eruption of 18 May 1980:Air Waves and Explosive Yield.Science,213:539-541Morton BR,Taylor Sir Geoffrey,Turner JS(1956)Turbulent gravitational convection from maintained and instantaneous sources.Proc.Roy.Soc.Lond.A234:1-23Takewaki H,Nishiguchi A,Yabe T(1985)Cubic Interpolated Pseudo-particle Method(CIP)for Solving Hyperbolic-Type Equatiojns.J.Comp.Phys.61:261-268Woods AW(1988)The fluid dynamics and thermodynamics of eruption columns.Bull Volcanol.50:169-193
審査要旨

 プリニー式噴火と呼ばれる大規模な火山噴火は、噴火口から火砕物と気体の混ざった約1000Kの火山噴煙を毎秒数100mの高速で噴出する。噴煙に含まれる高温の火砕物は、周囲から取りこんだ空気を加熱・膨張させ、浮力を生み出しながら10-50kmの高度まで上昇する。このような火山噴煙は、単に直接的な噴火災害を生ずるだけでなく、エアロゾルを成層圏に注入し、日射を減らして気候変動をもたらすことからも注目されている。

 プリニー式噴火に伴う火山噴煙の振る舞いの研究は、ごく最近まで、流体力学における「乱流プリューム」の研究に用いられてきた定常1次元モデルを応用し、その平均鉛直流、密度などの鉛直分布を求める形でなされてきた。その結果、噴煙の最大到達高度などいくつかの基本的なパラメータに関する観測データとの一致が報告されている。しかしながら、1次元モデルにもいくつかの問題点がないわけではない。例えば、「プリュームの周辺部における周辺空気の取りこみ(エントレインメント)がその高度の平均鉛直流速に比例する」というエントレインメント仮説を用いているために、噴煙が最大到達高度に達した後に生ずる傘型噴煙の水平方向への拡大を適切に表現できない。また、主として圧縮性を無視したブシネスク流体に用いられてきたエントレインメント仮説が、急激な膨張を伴う火山噴煙に対して適用できるかどうかの保証はない。更に、1次元モデルでは、水平方向の密度の不均一性を表現できないため、噴煙柱の一部が崩壊し、火砕流を発生させる部分崩壊のような現象は表現できない。

 本論文は、1次元モデルに比べて、より現実的な、圧縮性も考慮した軸対称2次元の火山噴煙の数値モデルを開発し、火口からの噴出物の初期条件により、火山噴煙の振る舞いがどのように変化するかを明らかにしたほか、1次元モデルでは表現不可能な、傘型噴煙の水平方向への広がりや噴煙中の部分崩壊などの再現に成功し、そのメカニズムを明らかにしたものである。また、1次元モデルで仮定されているエントレインメント仮説が、噴煙上部では成り立たないことを示した。これまで行なわれた2次元の数値実験による研究では、計算領域が狭く傘型噴煙を表現できないか、分解能が荒く、部分崩壊のような現象は表現されていなかった。また、エントレインメント仮説の有効性を検証した研究はなかった。

 本論文は5つの章と2つの付録からなる。第1章は序論で、過去の類似の研究のレビューと本研究の位置づけが的確に述べられている。2つの付録は1次元モデルの更に詳細なレビューをまとめたものである。また、第5章は結論である。

 第2章では、本論文で用いた2次元軸対称数値モデルが記述される。プリニー式噴火で発生する火砕物の90%は直径5mm以下で、その落下速度が噴煙中の乱流速度より小さいと考えられるため、簡単のために火砕吻は気体と全く同じ速度で移動すると仮定し、流体は火砕物と気体の平均密度を持つ単相流体として扱っている。支配方程式は、火砕物の密度も考慮した状態方程式、運動方程式、熱力学の式、圧縮性も考慮した質量保存の式、火砕物の質量の保存式を軸対称2次元の円筒座標系で書き下し差分化したものである。エントレインメントに重要な乱流拡散係数は乱流動粘性係数に等しいとし、後者は格子スケールの流速シアに依存するSmagorinsky(1963)のパラメタリゼーションを用いて表現している。移流項の計算には、比較的粗い格子間隔でも数値拡散の小さいCIP(Cubic Interpolation Pseudoparticle)法、圧力計算には誤差の小さいC-CUP(CIP combined,unified procedure)法という最新の計算手法を導入している。噴火前の大気の温度としては、米国標準大気の温度を与え、圧力と密度は静水圧平衡と状態方程式から求めた。計算領域は半径10km、高さ30kmにとった。

 第3章は数値計算の結果を示している。本論文では、噴火口での条件として、吹き出し速度、温度、火砕物の気体に対する質量混合比、火口の半径の4つを独立に与えることができるが、代表的な結果として、これらのパラメータの3種類の組み合わせに対する結果を示している。実験AとBは吹き出し速度200m/s、温度1200K、火口の半径100mは共通であるが、質量混合比がAでは76%、Bでは80%と違っている。実験Cでは、吹き出し速度は同じだが、温度が800K、質量混合比75%、火口半径200mである。実験Aでは安定な噴煙柱が形成されると共に、高度13kmに達すると浮力を失って、対流圏界面を挟む高度10-15kmを水平に広がる傘型噴煙が再現された。噴煙柱の中心軸上では質量混合比が大きく、上昇流は減速されていたが、周辺部では、質量混合比が小さくなるので、中心軸上に比べて強い上昇流が実現していた。

 実験Bでは、初期には実験Aと同様、高度12kmに達する噴煙柱が形成されたが、30分を過ぎると噴煙柱の一部が崩壊し、地表面に達して火砕流となって水平外向きに流出した。このような部分崩壊は数値モデルにより再現されたり、そのメカニズムを議論された例はない。モデルで再現された火砕流の温度は周囲の大気に比べて10Kしか高くなかったが、これは1979年のスフリエル火山の噴火の際、噴火開始から10分後に高度18kmに達した噴煙柱が崩壊して発生した火砕流がほとんど暑くなかったというCarey et al.(1988)の報告と整合的である。噴煙柱の部分崩壊の後は、傘型噴煙が水平方向へ広がる速度は減少した。

 実験Cでは、噴煙柱は高度6km以上に達することができず、中心軸のすぐ外から下降流となって流れ落ち、地表面に達して後、火砕流となって水平に広がる、いわば「崩壊する噴水」のような形態をとる。この結果は,従来しばしば報告されている噴煙柱崩壊による火砕流の発生現象を再現するものである。なお、すべての実験を通して、噴煙柱からは波長約2kmの音波の放出が見られた。このような音波の放出が数値モデルにより見られたことはない。

 第4章では、数値実験で得られたいくつかの結果に関する議論が展開されている。まず、部分崩壊と噴煙柱崩壊型の噴煙のメカニズムを、温度(Temperature)と火砕物の重量混合比(Solid particle fraction)平面上に数値実験で得られた密度をプロットした「T-S図」にもとづき議論している。このT-S図は火山噴煙の密度が温度と火砕物の重量混合比の2つに依存する状況が、海洋の密度が温度(Temperature)と塩分(Salinity)によって決まる状況に似ていることから論文提出者が独自に考案したものである。数値実験である時間にある高度で得られたT、Sの値をT-S図上にプロットしてみると、実験Aの場合には中心軸上と周囲の大気で密度が大きく、噴煙中の周辺部で密度が小さい。これは、中心軸上では高温かつ火砕物の質量混合比が大きいが、後者の効果が勝つために密度が大きくなっており、周辺部では低温かつ火砕物の混合比が小さいが、エントレインされた空気が加熱されて膨張する効果が大きく、密度は小さくなっている。一方実験Bの場合は、中心軸上の密度が非常に大きく、次に周囲の大気、噴煙中の周辺部になっている。実験Cの場合には、中心軸上から外に行くにつれて密度が小さくなっている。これらのことから、実験A、Bでは中心軸上の重い流体が外に流れ落ちようとするのを、周辺部の軽い流体に働く浮力があたかも器があるかのように妨げているために崩壊がおきにくく、実験Bでは器から重い流体が時々あふれる以外には崩壊がおきないこと、実験Cの場合は崩壊を妨げるものがないので、常時中心軸上のすぐ外側で流れ落ちる構造になっていることが示される。

 次に、エントレインメント仮説に関する議論がある。まず、実験Aに見るように、中心軸上で浮力が負で上昇流も弱く、周辺部で浮力が正で上昇流も強い構造が、1次元の乱流プリュームで想定する物理量の水平分布から大きく外れていることが指摘され、数値実験から求めたエントレインメント係数の高度分布から、エントレインメントが平均的な上昇流に比例する通常のエントレインメント仮説が成り立たないことが示される。

 最後に、数値実験で得られた傘型噴煙の広がる様子、音波の発生、噴煙柱のすぐ外側の下降流に関する議論がなされ、これらが今後観測と比較される可能性の高いことが述べられる。

 以上のように、本論文は、火山物理学にCIP法などの最新の数値流体力学的手法を本格的に導入した先駆的研究であり、従来から行なわれきた定常1次元モデルでは表現不可能であった火山噴煙や傘型噴煙の時間発展、噴煙柱の部分崩壊などのメカニズムの解明を行なっただけでなく、平均密度を温度と火砕物の質量混合比の関数として表現するT-S図を考案し、これにもとづき定常な噴煙柱、部分崩壊する噴煙柱、連続的に崩壊する噴煙柱のメカニズムに新たな視点をもたらした。また、数値実験の結果の中には噴煙柱から放出される音波など、今後観測に照らして比較すべきいくつかの新しい現象も見出されている。このように、本論文は、火山物理学的な意義、研究手法及び結果のオリジナリティ、得られた結果の物理的考察のいずれの点においても、博士論文として要求されるレベルに達している。なお、本論文の一部は指導教官の小屋口剛博助教授との共著論文としてすでに印刷発表されているが、研究の立案、実行、結果の解釈のほとんどは、申請者が主体的に行ったものであり、その寄与は十分であると判断できる。従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク