プリニー式噴火と呼ばれる大規模な火山噴火は、噴火口から火砕物と気体の混ざった約1000Kの火山噴煙を毎秒数100mの高速で噴出する。噴煙に含まれる高温の火砕物は、周囲から取りこんだ空気を加熱・膨張させ、浮力を生み出しながら10-50kmの高度まで上昇する。このような火山噴煙は、単に直接的な噴火災害を生ずるだけでなく、エアロゾルを成層圏に注入し、日射を減らして気候変動をもたらすことからも注目されている。 プリニー式噴火に伴う火山噴煙の振る舞いの研究は、ごく最近まで、流体力学における「乱流プリューム」の研究に用いられてきた定常1次元モデルを応用し、その平均鉛直流、密度などの鉛直分布を求める形でなされてきた。その結果、噴煙の最大到達高度などいくつかの基本的なパラメータに関する観測データとの一致が報告されている。しかしながら、1次元モデルにもいくつかの問題点がないわけではない。例えば、「プリュームの周辺部における周辺空気の取りこみ(エントレインメント)がその高度の平均鉛直流速に比例する」というエントレインメント仮説を用いているために、噴煙が最大到達高度に達した後に生ずる傘型噴煙の水平方向への拡大を適切に表現できない。また、主として圧縮性を無視したブシネスク流体に用いられてきたエントレインメント仮説が、急激な膨張を伴う火山噴煙に対して適用できるかどうかの保証はない。更に、1次元モデルでは、水平方向の密度の不均一性を表現できないため、噴煙柱の一部が崩壊し、火砕流を発生させる部分崩壊のような現象は表現できない。 本論文は、1次元モデルに比べて、より現実的な、圧縮性も考慮した軸対称2次元の火山噴煙の数値モデルを開発し、火口からの噴出物の初期条件により、火山噴煙の振る舞いがどのように変化するかを明らかにしたほか、1次元モデルでは表現不可能な、傘型噴煙の水平方向への広がりや噴煙中の部分崩壊などの再現に成功し、そのメカニズムを明らかにしたものである。また、1次元モデルで仮定されているエントレインメント仮説が、噴煙上部では成り立たないことを示した。これまで行なわれた2次元の数値実験による研究では、計算領域が狭く傘型噴煙を表現できないか、分解能が荒く、部分崩壊のような現象は表現されていなかった。また、エントレインメント仮説の有効性を検証した研究はなかった。 本論文は5つの章と2つの付録からなる。第1章は序論で、過去の類似の研究のレビューと本研究の位置づけが的確に述べられている。2つの付録は1次元モデルの更に詳細なレビューをまとめたものである。また、第5章は結論である。 第2章では、本論文で用いた2次元軸対称数値モデルが記述される。プリニー式噴火で発生する火砕物の90%は直径5mm以下で、その落下速度が噴煙中の乱流速度より小さいと考えられるため、簡単のために火砕吻は気体と全く同じ速度で移動すると仮定し、流体は火砕物と気体の平均密度を持つ単相流体として扱っている。支配方程式は、火砕物の密度も考慮した状態方程式、運動方程式、熱力学の式、圧縮性も考慮した質量保存の式、火砕物の質量の保存式を軸対称2次元の円筒座標系で書き下し差分化したものである。エントレインメントに重要な乱流拡散係数は乱流動粘性係数に等しいとし、後者は格子スケールの流速シアに依存するSmagorinsky(1963)のパラメタリゼーションを用いて表現している。移流項の計算には、比較的粗い格子間隔でも数値拡散の小さいCIP(Cubic Interpolation Pseudoparticle)法、圧力計算には誤差の小さいC-CUP(CIP combined,unified procedure)法という最新の計算手法を導入している。噴火前の大気の温度としては、米国標準大気の温度を与え、圧力と密度は静水圧平衡と状態方程式から求めた。計算領域は半径10km、高さ30kmにとった。 第3章は数値計算の結果を示している。本論文では、噴火口での条件として、吹き出し速度、温度、火砕物の気体に対する質量混合比、火口の半径の4つを独立に与えることができるが、代表的な結果として、これらのパラメータの3種類の組み合わせに対する結果を示している。実験AとBは吹き出し速度200m/s、温度1200K、火口の半径100mは共通であるが、質量混合比がAでは76%、Bでは80%と違っている。実験Cでは、吹き出し速度は同じだが、温度が800K、質量混合比75%、火口半径200mである。実験Aでは安定な噴煙柱が形成されると共に、高度13kmに達すると浮力を失って、対流圏界面を挟む高度10-15kmを水平に広がる傘型噴煙が再現された。噴煙柱の中心軸上では質量混合比が大きく、上昇流は減速されていたが、周辺部では、質量混合比が小さくなるので、中心軸上に比べて強い上昇流が実現していた。 実験Bでは、初期には実験Aと同様、高度12kmに達する噴煙柱が形成されたが、30分を過ぎると噴煙柱の一部が崩壊し、地表面に達して火砕流となって水平外向きに流出した。このような部分崩壊は数値モデルにより再現されたり、そのメカニズムを議論された例はない。モデルで再現された火砕流の温度は周囲の大気に比べて10Kしか高くなかったが、これは1979年のスフリエル火山の噴火の際、噴火開始から10分後に高度18kmに達した噴煙柱が崩壊して発生した火砕流がほとんど暑くなかったというCarey et al.(1988)の報告と整合的である。噴煙柱の部分崩壊の後は、傘型噴煙が水平方向へ広がる速度は減少した。 実験Cでは、噴煙柱は高度6km以上に達することができず、中心軸のすぐ外から下降流となって流れ落ち、地表面に達して後、火砕流となって水平に広がる、いわば「崩壊する噴水」のような形態をとる。この結果は,従来しばしば報告されている噴煙柱崩壊による火砕流の発生現象を再現するものである。なお、すべての実験を通して、噴煙柱からは波長約2kmの音波の放出が見られた。このような音波の放出が数値モデルにより見られたことはない。 第4章では、数値実験で得られたいくつかの結果に関する議論が展開されている。まず、部分崩壊と噴煙柱崩壊型の噴煙のメカニズムを、温度(Temperature)と火砕物の重量混合比(Solid particle fraction)平面上に数値実験で得られた密度をプロットした「T-S図」にもとづき議論している。このT-S図は火山噴煙の密度が温度と火砕物の重量混合比の2つに依存する状況が、海洋の密度が温度(Temperature)と塩分(Salinity)によって決まる状況に似ていることから論文提出者が独自に考案したものである。数値実験である時間にある高度で得られたT、Sの値をT-S図上にプロットしてみると、実験Aの場合には中心軸上と周囲の大気で密度が大きく、噴煙中の周辺部で密度が小さい。これは、中心軸上では高温かつ火砕物の質量混合比が大きいが、後者の効果が勝つために密度が大きくなっており、周辺部では低温かつ火砕物の混合比が小さいが、エントレインされた空気が加熱されて膨張する効果が大きく、密度は小さくなっている。一方実験Bの場合は、中心軸上の密度が非常に大きく、次に周囲の大気、噴煙中の周辺部になっている。実験Cの場合には、中心軸上から外に行くにつれて密度が小さくなっている。これらのことから、実験A、Bでは中心軸上の重い流体が外に流れ落ちようとするのを、周辺部の軽い流体に働く浮力があたかも器があるかのように妨げているために崩壊がおきにくく、実験Bでは器から重い流体が時々あふれる以外には崩壊がおきないこと、実験Cの場合は崩壊を妨げるものがないので、常時中心軸上のすぐ外側で流れ落ちる構造になっていることが示される。 次に、エントレインメント仮説に関する議論がある。まず、実験Aに見るように、中心軸上で浮力が負で上昇流も弱く、周辺部で浮力が正で上昇流も強い構造が、1次元の乱流プリュームで想定する物理量の水平分布から大きく外れていることが指摘され、数値実験から求めたエントレインメント係数の高度分布から、エントレインメントが平均的な上昇流に比例する通常のエントレインメント仮説が成り立たないことが示される。 最後に、数値実験で得られた傘型噴煙の広がる様子、音波の発生、噴煙柱のすぐ外側の下降流に関する議論がなされ、これらが今後観測と比較される可能性の高いことが述べられる。 以上のように、本論文は、火山物理学にCIP法などの最新の数値流体力学的手法を本格的に導入した先駆的研究であり、従来から行なわれきた定常1次元モデルでは表現不可能であった火山噴煙や傘型噴煙の時間発展、噴煙柱の部分崩壊などのメカニズムの解明を行なっただけでなく、平均密度を温度と火砕物の質量混合比の関数として表現するT-S図を考案し、これにもとづき定常な噴煙柱、部分崩壊する噴煙柱、連続的に崩壊する噴煙柱のメカニズムに新たな視点をもたらした。また、数値実験の結果の中には噴煙柱から放出される音波など、今後観測に照らして比較すべきいくつかの新しい現象も見出されている。このように、本論文は、火山物理学的な意義、研究手法及び結果のオリジナリティ、得られた結果の物理的考察のいずれの点においても、博士論文として要求されるレベルに達している。なお、本論文の一部は指導教官の小屋口剛博助教授との共著論文としてすでに印刷発表されているが、研究の立案、実行、結果の解釈のほとんどは、申請者が主体的に行ったものであり、その寄与は十分であると判断できる。従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。 |