学位論文要旨



No 115006
著者(漢字) 宇田川,真之
著者(英字)
著者(カナ) ウダガワ,サネユキ
標題(和) 点過程としてみた火成活動の統計及び確率論的研究
標題(洋)
報告番号 115006
報告番号 甲15006
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3770号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤井,敏嗣
 東京大学 教授 兼岡,一郎
 東京大学 助教授 鍵山,恒臣
 東京大学 助教授 小屋口,剛博
 岡山大学 教授 河野,長
内容要旨

 火山活動の時空分布を解析対象として確率論の観点から研究を行った.火成活動の確率的な振る舞いは,タイムスケールの長短によって大きく2つに分けられる.短いタイムスケール(数日から数年)の活動に対しては,火山の噴火時系列を確率点過程とみなして解析し噴火機構のモデル化を行った.その際には,統計的解析手法の整備した.そして,長いタイムスケール(数十万年をこす)の活動に対しては,火山の生成などを解析対象として,対応するマントルメカニズムの統計的性質を明らかにした.その際には,年代データの取得が困難であったが,古地磁気情報も用いることでこれを克服した.

 短いタイムスケールの火山活動に関しては,噴火時系列を時間軸上の点過程として扱った多くの確率論的研究がすでに行われてきた.しかし,これら従来の研究では統計的解析の手法に不備があった上,解析した噴火時系列のデータ数も少なく,その解析結果には信頼性が乏しかった.また,従来の研究での研究目的が噴火活動の統計的予測に絞られており,統計解析の結果から噴火機構そのものが考察されることは少なかった.そこで本研究では,網羅的な点過程検定プロシージャーを作成し,良質の噴火時系列データを用いて統計解析を行った.そして得られた信頼性の高い結果を用いて,噴火機構のモデル化を行った.噴火機構のモデル化では,各噴火間隔に対し1つの確率モデル分布が対応するようなモデルを構築した.そのための手順として,まず各噴火間隔が互いに独立に従っているとみなせるモデル確率分布を同定し,次にそのモデル確率分布の数学的構造から噴火メカニズムの物理的モデル化を行った.

 噴火間隔分布に対するモデル確率分布として次の6分布を検討した.指数分布,ガンマ分布,ワイブル分布,対数正規分布,逆正規分布,正規分布である.いずれの確率モデル分布にもその分布が間隔分布として現れるようなも数学モデルが存在している.例えば,逆正規分布は,連続マルコフ過程の閾値初期通過時間が従う分布である.これらのモデル確率分布を観測された噴火間隔の頻度分布に最尤法であてはめ,観測された噴火間隔の頻度分布が各モデル確率分布の標本分布とみなすことができるかを複数の適合度検定(両側;有意水準0.05)を用いて検定した.また,観測分布に対するモデル確率分布のあてはまりのよさをAICによって比較した.そして,各噴火間隔の独立性を,隣りあう噴火間隔同士の相関性や噴火時系列の傾向性の存否を調べるノンパラメトリック検定を行って確かめた.こうした統計検定の結果で,各噴火間隔が互いに独立とみなせ,かつ,その頻度分布があるモデル確率分布に従っているとした検定が棄却されなかったとき,そのモデル確率分布を噴火間隔の母集団とみなした.

 実際に解析した噴火時系列は,島弧,海嶺,ホットスポットのテクトニックセッティングにある10火山の噴火時系列である.これらの時系列のうち最もデータ数が多いのは,「火山報告」(気象庁)に記載された1979年から1993年の15年間の桜島火山の爆発時間の記録である.図1にその15年間の累積爆発分布を示した.爆発総数は約3,000回,平均爆発間隔は約30時間である.図1の定常的に活動しているように見える6つの期間に含まれる噴火からNo.1〜6のデータセットを構成して解析対象とした.図2に代表例としてデータセットNo.6(1991/1/15-1992/2/15,噴火回数361回)に含まれる噴火間隔の頻度分布と各モデル分布をあてはめた様子を対数軸上に示した.観測された頻度分布に最も良くあてはまっているようにみえるのは対数正規分布である.実際,対数正規分布はNo.4を除く全てのデータセットでAICによって最良なモデル分布とされた.その他,桜島火山以外の火山の噴火時系列データは,スミソニアンカタログのデータを用いて解析した.その結果,幾つかの島弧の火山(霧島など)の各噴火時間間隔はワイブル分布に,ホットスポットの火山(キラウエアなど)の各噴火時間間隔は対数正規分布に,それぞれ独立に従っているとみなすことができた.

 以上の結果から噴火機構のモデル化を行った.ただし,確率モデル分布から一意には噴火機構のモデルを得ることはできないので,多くの確率モデル分布に対し共通の視座を与えるような種類のモデルを検討した.そうした視座を与える噴火機構の描像として,時間とともに蓄積していく何らかの物理量(例えばマグマの体積)が閾値(例えばマグマ溜りの容量)に達した時に噴火が起きるという自然な描像がある.この描像に基づき解析結果を整理しモデル化を行った.例えば,ワイブル分布は極値分布の一種という数学的構造をもつので,噴火間隔がワイブル分布に従う火山は岩盤の強度のような閾値が変動としている場合と解釈できる.また,噴火間隔が対数正規分布に従っている場合は,蓄積量が確率変数の掛け合わせの構造をもっているために確率的に変動している場合と解釈できる.具体的には,図3に示した分岐している火道からなる火山という噴火機構のモデル化を行い,桜島のデータの場合には分岐の数が10以上必要であると見積もった.

 長いタイムスケールの火成活動は,マントル内のメカニズムによって生み出される.その活動の様相は,テクトニックセッティングによって大きく異なるため,時空分布データのもつ意味や統計解析手法はテクトニックセッティングによって異なっている.

 ホットスポットであるハワイ諸島では,過去の噴火中心の空間配置と絶対年代測定値から,各島の生成時刻が推定されている.その生成時系列を確率点過程とみなして統計解析を行った結果,これを定常ポアソン過程とみなせる事がわかった.

 島弧については,若い島弧上には周期的な火山配置が観測されることから,マントル内のメルトからのレーリーテーラー不安定による等間隔なダイアピル上昇が火山生成メカニズムとして提唱されてきた.今回,スミソニアンカタログのデータに基づき,世界各地の島弧上で第四紀に活動した火山の分布を,2次元および1次元上の点分布とみなして統計解析を行った.その結果,第四紀に活動した火山を積算した空間分布には,周期性が確認される空間分布がある一方で,ランダムとみなしうる空間分布も存在している事が分かった.そこで,後者のランダム性を棄却できない分布をレーリーテーラー不安定による火山生成が繰り返されて生成した分布とみなすために必要な繰り返し回数などを確率シミュレーションを行って評価した.

 海嶺については,アイスランドで実際に年代測定を行って考察した.アイスランドの火成活動をうみだすマントルメカニズムの定性的性質を把握するためには,その火成活動の長期局所的な情報と短期広域的な情報とを総合して考察することが必要である.そこで,長期局所的な情報を第三紀溶岩台地で測定できる長時間の溶岩堆積率の経年変化データから取得し,短期広域的な情報を現在の活動帯における火山活動の観測事実から取得した.

 溶岩堆積率の経年変化データは,東部第三紀溶岩台地において取得した.図4に示したSudurdalur地域のMA,MBセクションにおいて連続して堆積した溶岩層からサンプリングを行い,試料のK-Ar年代を測定した.しかし,得られたK-Ar年代は統計的点過程解析に使用できる程度に精確なものではなかった.そこで,K-Ar年代に加え,地質情報と古地磁気方位データをもとにSudurdalur地域の古地磁気層序を確立し,磁極反転年代値を時間目盛りとした時間尺度を各セクションで作成した.そして,この時間目盛りを用いて,溶岩堆積率を3つのスケールで評価した.まず,数百万年スケールの堆積率を,複数のセクションにまたがる磁極反転史から見積もったところ,約25枚/百万年でほぼ一定であった.次に,十〜百万年程度のスケールの活動を,各磁極期中の平均堆積率から評価したところ,堆積率は約100枚/百万年の振幅と約百万年の波長をもって変動していることを確認した(図5:参照).この変動は,ポアソン性検定の結果,偶然とはみなせない有意な変動である.さらに,VGP(双極子近似した時の極の位置)の変化と溶岩の化学組成変化から,数万年間隔でクラスター的に堆積している様子を確認した.

 一方,アイスランドの現在の東部活動帯における活動からは短期広域的な情報を獲得した.火山は約50kmの等間隔で存在しており,その噴火活動には,エピソーディックに活動する小規模な割れ目噴火と,数千年間隔でまれに発生している大規模な割れ目噴火の2種類があることが知られている.こうした現在の活動帯の様相をコンパイルして定量的に評価した後,Sudurdalur地域での溶岩堆積率の経年変化をあわせることによって,東部アイスランドの火成活動の全体像を考察した.アイスランドの地殻は,拡大軸を境に両側に広がっており,第三紀溶岩台地のSudurdalur地域で観測された溶岩流の堆積活動は,拡大軸から遠ざかっていく1地点の上に到達した大規模割れ目噴火の記録と解釈される(図6参照).空間の直線上に等間隔に存在する火山配置から,アイスランドにおける火山生成のマントルメカニズムとしてレーリーテーラー不安定による火山生成を想定すれば,溶岩堆積率にみられた1百万年波長の脈動は,レーリーテーラー不安定が繰り返し発生していて,その間隔が1百万年スケールであることに対応しているといえる.

図表図1:桜島における累積爆発回数 / 図2:桜島のデータ(No.6)における爆発時間間隔の頻度分布とモデル確率分布の比較 / 図3:分岐している火道からなる火山のモデル / 図4:Sudurdalur地域でのサンプリングサイト / 図5:Sudurdalur地域での溶岩堆積率の経年変化 / 図6:拡大軸から遠のいていく1地点に堆積していく溶岩流の模式図
審査要旨

 本論文は5つの章からなる.第1章は論文全体のイントロダクションに相当し,本研究の基本的方法論である「噴火間隔,火山の分布,長期的な火山活動の変動などに関する統計的解析から背後にある物理プロセスの制約条件を得るという」という考え方について論じている.第2章では,本研究の具体的な解析手法となる統計解析法や検定方法に関する詳細なレビューと解説を行っている.第3章では,短期間の火成活動の統計的性質から噴火メカニズムを明らかにする目的で,噴火間隔という統計量に注目して世界各地の火山の噴火データについて解析を行った.第4章では,長期間の火成活動の統計的性質から,火山地下のマントルの運動や熱源の変動について明かにする目的で,島弧,海嶺,ホットスポット地域の火山の分布,溶岩流の堆積率の変動に関する解析を行った.第5章はこれらの解析結果に基づいた結論である.以下には,本論文の具体的成果である第3章,第4章の結果について概要をまとめる.

 第3章では,世界各地の火山噴火の記録をコンパイルし,各火山について噴火間隔が従う確率分布を統計解析により特定した.本論文では,いくつかの統計解析手法を複合させることによって,系統的に統計則の存否を判断する系統的なアルゴリズムを提示した.また,桜島という非常に頻繁に噴火を繰り返す火山の例を用いて,従来の火山の統計的研究に比べ10倍以上のデータ量を用いた統計解析を行い,検定結果の信憑性を大幅に向上させた.その結果として,桜島火山の複数のデータサブセットについて,噴火間隔の統計的性質が対数正規分布に非常に近いという事実が得られ,噴火が全くランダムな過程ではなく,噴火間隔を決定する何らかの因果律が存在していることが示された.さらに,本論文ではこの統計的性質を説明する単純な噴火モデルについて提唱している.つまり,対数正規分布が積の中心極限定理の結果漸近的に得られる確率分布であることに注目し,火山ガスが分岐した通路を通った後に火山の地下で溜まり,溜まり内のガスの量がある閾値を超えると噴火が起こるという噴火モデルによって,噴火間隔の統計的性質が説明できることを示した.また,同様な解析を世界各地の火山噴火のデータに適用し,噴火間隔がポアソン過程から期待される指数分布から有意にずれる例が,桜島の他にも多く見られることを示した.

 第4章では,島弧火山の分布,アイスランドの溶岩の堆積率の推定,ホットスポット地域の火山の分布から,これらの地域の火山活動の長期的変動の特徴を明かにすることを目的としている.長期的火山活動の変動については,基となるデータに多くの誤差が含まれているため,第3章で行った短期的火山活動に対する解析をそのまま適用することが難しい.そのため本章では,長期的火山活動について如何に精度の高い時系列データを取得できるか,という点に焦点を当てた研究がなされている.本論文では,溶岩の絶対年代と古地磁気データから古地磁気層序が確立されれば,地磁気の反転期間中の溶岩流の枚数から溶岩の堆積率の変動が有意であるかどうかを統計的に判断できる,ということを利用して,数十万年スケールの火山活動の変動の抽出する新手法を提唱した.具体的には,アイスランド東部の1地域を例に,ある程度広がりをもった領域について古地磁気層序を確立し,広域的な溶岩の堆積率の変動からその地域の火山活動の時間的変動を推定することに成功した.この結果は,これまで絶対年代データだけからでは原理的に検出不可能であったアイスランドの火山活動の数十万年スケールの変動について,様々な種類のデータの組み合わせと統計的解析とを有効に用いて制約条件を与えたオリジナリティの高い成果である.また,島弧の火山の寿命がおよそ数十万年であることを考慮すると,この成果は,アイスランドの火山と他のテクトニックセッティングの火山活動を比較するための新しい道筋をつけることができたことを意味しており,火山学的にも重要な意義をもっている.本章では,異なるテクトニックセッティング間の火山活動の統計的性質を比較するために,世界各地の島弧における火山の分布の統計的性質,ホットスポットの火山活動の長期的時間変動の統計的性質についても解析を行っている.これらの個々の解析は未だ予察的なものではあるが,火山分布や火山活動の統計的性質のテクトニックセッティングごとの多様性からマントルとプレートの運動の性質の違いを議論できるという,本研究手法の今後の発展性を示す上で重要な結果を得ている.

 以上のように,本博士論文は,第3章,第4章の各章でオリジナリティの高い成果を挙げており,また,議論の精密さや研究手法についても高い水準に達している.よって博士(理学)の学位を授与できると認める.

UTokyo Repositoryリンク