内容要旨 | | 地球の固有磁場がどのようにして維持されているのか,その地磁気がなぜ時間的に変動し,またなぜときには磁極の逆転という現象さえ起こるのかという問題は,人々の科学的興味を大いにかきたて,これまでさまざまな方法で研究がなされてきた.この問題は近年ひとつの転機を迎え,大規模数値シミュレーションによってそのメカニズムが明らかにされようとしている.地磁気は,地球のコア内部の溶融鉄が対流運動することで誘導される電磁場にその起源をもつ.この「地球ダイナモ」の本質は,対流している流体が高速回転下にあること,その形状が球であること,そして流体運動が電磁場の影響を強く受けていることにある.本研究は,回転する電磁流体球の熱対流運動の数値シミュレーションをおこなうことで,地球ダイナモの物理をさらにくわしく知ることを目的としている. 地球のダイナモ作用の本質を理解するために,物理現象のパラメーター化などの仮定を排除した,セルフコンシステントな三次元数値モデルを構築する.すなわち流体運動を記述するナビエ・ストークス方程式,流体中の熱伝導方程式および磁場の誘導方程式を非線形時間発展問題として数値的に解く.流体球の内部には熱源を与え,さらにそれを外から冷やす.球内には自己重力場を仮定しているので熱対流運動が起こる.このモデルでは,流体コアの回転軸に平行な一様磁場を外部から与え,その状態での熱対流運動,すなわちマグネトコンベクションの問題を扱う.その特殊な場合として,外から磁場エネルギーを与えない自励ダイナモの数値計算もおこなう. マグネトコンベクションの利点は,加える磁場を適当に制御することで,電磁流体力学的な現象を系統的に観察することができるという点にある.とくに本研究では系の回転軸に平行な一様磁場を加えることが特徴的である.このような基本場の回転する流体球への応用は,三次元非線形の数値計算はもとより,線形解析でもこれまでおこなわれていない.またコアの自転周期をあらわすエクマン数として2×10-5という値をもちいる(表1を参照).これは過去の研究に比べても小さい値であり,地球ダイナモへの応用という観点でより現実的であるといえる. 表1:計算にもちいる無次元数.ただし R0-流体コアの半径,B0-加えた一様磁場の強度,-系の回転角速度,-流体の動粘性率,-熱拡散率,-磁気拡散率,-熱膨張率,-コア表面での温度勾配,g0-コア表面での重力加速度,0-真空の透磁率.なおの定義でB0を誘導磁場強度に変えたものを誘導磁場のエルサッサー数と定義しbとあらわす. (a)線形解析-まず方程式を線形化し,回転と磁場の影響下での対流の発生条件をしらべた.加える磁場の強さをあらわすエルサッサー数を適当に変え,臨界レイリー数を計算した.結果は以下のとおり: ・エルサッサー数がO(1)よりも小さい範囲では誘導される磁場はトロイダル成分が卓越する.このとき対流セルの断面はスパイラル構造を呈する. ・エルサッサー数が4になったところで臨界レイリー数は最小値をとる.このとき誘導磁場のトロイダル/ポロイダル比はほぼ1である.さらにこのとき運動エネルギーに対する誘導磁場のエネルギーの相対値が最大となる.対流セルのスパイラル構造は抑えられる. ・エルサッサー数がO(1)よりも大きいところでは境界にエクマン・ハートマン層が形成される. ・流体の速度場と電流場の両方の効果を取り入れた,修正された渦度保存則を提案した.これによって対流セルのスパイラル構造の変化を説明した. ・臨界レイリー数が=O(1)で極小値をとるという結果は,古典的な線形マグネトコンベクションの結果と一致する.しかし回転球に赤道反対称のトロイダル磁場を加えた最近の計算結果とは異なる. (b)非線形解析1-次に比較的低いレイリー数のもとでの非線形マグネトコンベクションの数値計算を,加える磁場の強さを徐々に強くするという方法で系統的におこなった.結果は以下のとおり: ・加える磁場のエルサッサー数が1以下のとき(弱磁場状態):生成される磁場はトロイダル磁場が卓越する.対流セルのスパイラル構造が顕著である. ・エルサッサー数が2のとき(マグネト-ジオストロフィック状態):生成される磁気エネルギーは運動エネルギーの30倍に達する.誘導磁場はポロイダル成分が卓越する.対流セルのうち高気圧型のセルが肥大する.これは赤道面付近で高気圧セルに磁場が閉じ込められ,磁気圧が流れを加速する効果による.平均東西風の構造が弱磁場状態のそれと完全に逆転する. ・エルサッサー数が10のとき(マグネトストロフィック状態):誘導磁場はポロイダル成分が卓越する.対流セルのうち低気圧型のセルがより発達する.平均東西風の構造は弱磁場状態のそれに似ている. ・磁場の増加にともない,弱磁場状態からマグネト-ジオストロフィック状態へのドラスティックな転移がみられた.それは水平方向への磁場の曲げが特徴的なエクマン層から,強い磁場を維持できるエクマン・ハートマン層への転移として理解された. この計算(b)ではおだやかな流れ場のもとで力のバランスを詳細に解析し,対流モードの分類をおこなった.しかし地球のコアは乱流状態にあると考えらるので,レイリー数がもっと大きい場合も考察する必要がある. (c)非線形解析2-高レイリー数のもとでの非線形マグネトコンベクションの数値計算を,=3でおこなった.結果は以下のとおり: ・対流状態は,計算(b)におけるマグネトストロフィック状態と性質を同じくする. ・誘導される磁場はポロイダル成分が卓越する. ・低気圧型の対流セルが著しく発達し,コア内部では西向きの東西風がみられる. ・境界層での力のバランスはほとんどローレンツカと粘性力のみによって決まる.ハートマン層的である. ・誘導磁場が加えた磁場と同程度に成長したため,磁場の影響がきわめて強い対流状態が実現されたと考えられる. (d)自励ダイナモの数値計算-計算(c)の結果を初期条件として,外部から磁気エネルギーを注入しない,自励ダイナモの数値計算をおこなった.結果は以下のとおり: ・対流状態は,計算(b)におけるマグネト-ジオストロフィック状態と性質を同じくする. ・誘導磁場エネルギーのトロイダル/ポロイダル比は1である. ・流れ場の時間変動が激しく,高気圧型の対流セルの発達は顕著にはみられない.しかしコア内部の平均東西風はマグネト-ジオストロフィック状態のそれに似ている. ・境界層ではローレンツ力と粘性力,および圧力と粘性力の両方のバランスがみられる. ・内核接円筒(内核に接する円筒で回転軸に同軸のもの)の内側に強い東西風がみられる.そこではトロイダル磁場が効果的につくられる. ・自励ダイナモは,最終的にはマグネト-ジオストロフィック状態に落ち着くことが予想される.しかし計算(b)でみたように弱磁場状態からマグネト-ジオストロフィック状態への対流モードの転移はなかなか起こりにくい.この例では,マグネトストロフィック状態を出発点としたため,すぐにこの状態を得ることができたと考えられる. 以上の数値計算の結果をもとに,地球のコアの対流状態を考察する.これまで,線形論の結果などから地球のコアでもb〜1程度の誘導磁場強度が予想されていた.しかし地表で観測されるポロイダル磁場をコアに内挿するとエルサッサー数が1よりも小さく見積もられるため,地球のコアの中ではむしろトロイダル磁場が強いのではないかと考えられてきた.今回の結果はそのような描像の変更を求める.まずコア内部の磁場のトロイダル/ポロイダル比はおおよそ1程度であることが推定される.なぜならこの特徴はマグネトストロフィック,およびマグネト-ジオストロフィック状態に特有のものであり,地球のコアもそのような状態にあると考えられるからである.誘導磁場のエルサッサー数の平均値は,計算(c)(d)ではおよそ2〜3の程度であった.しかし地表で観測される磁場をつくっているのは,コア表面のポロイダル磁場であることに注意しなければならない.計算(c)(d)では,コア表面にはきわめて強い磁束がパッチ状に存在しているが,それは局所的なもので,それ以外の領域の磁場は非常に弱い.その結果として,地表面に相当するようなコアから離れた球面上では,磁場のエルサッサー数は最大で=0.06の程度である(図1).これを=1m2/s,=104kg/m3などの値をもちいて見積もると,地表面で予想される磁場強度は80000nTとなる.現在の地磁気強度は最大で60000nTの程度であるから,これはきわめてよい一致というべきである.この結果は,コア表面に形成されるエクマン・ハートマン層の物理と密接に関連する.コア表面を磁束が貫くためには,それを支える強い電流系が維持されなくてはならない.この電流は境界層の外の流れ場が生成するので,その流れの強さや構造によって電流強度に制約が与えられ,どこまでも強くはならない.結果として,コア表面全体でみると,そこを貫く磁束は大きくはなれないのである. 本研究ではマグネトコンベクションの数値計算をおもにおこなった.この結果のうち,とくにマグネト-ジオストロフィック状態が自励ダイナモの数値計算結果(d)と比すべきものであったということが重要である.したがってこのような対流状態をマグネトコンベクションの範疇で取り扱うことは意味のあることである.とくにマグネトコンベクションでは加える磁場を適当に制御することができるので,磁場強度を変えたり,その構造を変えたりするなど,さまざまな数値実験が考えられる.最後にこの点を指摘する. 図1:ダイナモ数値計算(d)の結果.磁場の動径成分をコア表面(左)と地表面(右)とでコンターで表した.灰色の濃い部分は磁場が外向きであることをあらわす.コンター間隔(図中のc)は誘導磁場のエルサッサー数の平方根を意味する. |
審査要旨 | | 地球磁場の起源は,地球の流体コアでおこる対流ダイナモ作用にある.その研究は,1995年以降盛んになった三次元数値シミュレーションによって格段の進展が見られるが,ダイナモ作用の基礎的な物理過程にはまだ不明な点が多く残されている.本研究は,外部磁場を適当に制御したマグネトコンベクションの数値計算によって,流体コアのダイナミクスについていくつかの新しい知見を得ている. 本論文は,本文8章と付録3章とからなる.第1章では研究の目的と過去に行われた研究についてまとめてある.地球のコアのダイナミクスの基礎過程を調べる上で,回転球殻流体のマグネトコンベクションの数値計算を行う意義が強調されている.本研究のような,系の回転軸に平行な一様磁場を基本場とした計算例はこれまでにほとんどなく,系統的なマグネトコンベクションの数値実験による回転系での電磁流体力学の考察の重要性がよく理解できる.第2,3章ではモデルと計算手法の説明を行っている.熱対流のモデル化にはブシネスク近似を用いているが,ダイナモ過程の本質的な部分はこの近似によっても保たれている.数値計算は空間精度を損なわないよう,解像度をあげる工夫をしている. 第4章から第7章までは計算結果をまとめている.粘性項の相対的大きさをあらわすエクマン数を,すべての計算で2×10-5としているが,これは実際の地球への応用も可能な値である.第4章では方程式の線形解析を,加える基本場の強さを変えて行っている.その結果,加えた磁場強度をあらわす無次元数であるエルサッサ数が4のとき,臨界レイリー数が最小になるという現象がみられた.これは1970年代に行われた簡単な系での解析的な研究結果に類似しているが,球殻領域での計算としては新しい結果で,地球のコアへの応用が期待できる.第5章では非線形マグネトコンベクションの数値計算を,エルサッサ数を段階的に増加させて系統的に行っている.与えたレイリー数は臨界値の1.2倍程度で,比較的おだやかな流れ場が実現されている.ここではエルサッサ数の大きさによって,三つの異なる対流状態が存在することが示された.一つ目は主にコリオリ力と圧力勾配がつりあったジオストロフィック状態で,加えた磁場の影響が弱いときにみられる.二つ目はマグネト・ジオストロフィック状態で,エルサッサ数が2のときに実現した.ここでの流れの構造はジオストロフィック状態とは全く異なり,その違いについて本章では紙数を割いてくわしく考察している.三つ目のマグネトストロフィック状態はエルサッサ数が10のときにみられた.このときの対流状態は,むしろ磁場が弱いときのそれに近いものであった.これら三つの対流状態のうち,マグネト・ジオストロフィック状態の存在が注目に値する.この状態では対流セルのうち高気圧型のセルが特に発達し、他の二つの対流状態とは対照的である.この状態の存在は本論文で初めて見つけられたものであり,その原因の解明とともに,本論文のコアダイナミクスへの貢献として特筆すべき点である.またジオストロフィック状態からマグネト・ジオストロフィック状態への転移の原因としてコア・マントル境界における境界層の果たす役割の重要性が示されている.これまで粘性境界層は重要ではないとする考えが広く認められていただけに,この指摘は意義がある. 第6,7章では,よりレイリー数が大きく,地球のコアにより近い状況で計算を行っている.第6章のマグネトコンベクションの結果は,低レイリー数の数値実験で得られたところのマグネトストロフィック状態に比すべきものであり,また第7章の自励ダイナモの計算結果は,マグネト・ジオストロフィック状態に分類される.特に自励ダイナモの計算結果がマグネト・ジオストロフィック状態のひとつとして解釈できたことが注目される.磁場が自己励起するような系では,このマグネト・ジオストロフィック状態に自然に落ち着くことが示唆されるからである.また第7章の自励ダイナモの解は,強度や空間パターンの点で現在の地球磁場に非常によく似たもので,計算結果の地球ダイナモへの応用の可能性を示している.最後に第8章では本研究の結果をまとめ,さらに地球のコア内部の状態についての推論をおこなっている.また付録は数値計算の手法を詳細に解説したものである.なお第5章は河野長氏との共同研究であるが,申請者が主体となって計算,解析を行ったものと認める. 以上のとおり,本論文は回転する球殻流体内におけるマグネトコンベクションの数値計算を,線形解析から非線形自励ダイナモの例に至るまで,系統的に行った研究であり,その結果,流体コア内の力のバランスやそこでの流れ場のパターンについて,いくつかの重要な知見が得られ,コアダイナミクスの研究の発展に大きく寄与するものである.よって審査員一同は,申請者に対して博士(理学)の学位を授与できるものと認定する. |