学位論文要旨



No 115008
著者(漢字) 関,華奈子
著者(英字)
著者(カナ) セキ,カナコ
標題(和) 地球磁気圏におけるローブ/マントルプラズマのダイナミクス及び起源に関する研究
標題(洋) On the Origin and Dynamics of Lobe/Mantle Plasmas in the Earth’s Magnetosphere
報告番号 115008
報告番号 甲15008
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3772号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 星野,真弘
 宇宙科学研究所 教授 向井,利典
 東京大学 助教授 林,幹治
 東京大学 助教授 齋藤,義文
 宇宙科学研究所 教授 前澤,洌
 東京大学 教授 寺沢,敏夫
内容要旨

 地球固有磁場と太陽風の相互作用により形成される地球磁気圏の中で、太陽風および地球起源プラズマの双方が、重要な役割を果たしていることは広く認められているが、各々の寄与の度合いやその供給機構は、長年に渡り磁気圏物理学上の懸案のひとつである。磁気圏尾部において、プラズマシートと磁気圏圏界面の間の比較的安定定常な磁場により圧力が支えられている領域を、ローブ/マントル領域と呼ぶが、この領域は、昼側極域電離層から流出したプラズマと、マグネトシースから流入したプラズマ双方の主要輸送経路であり、その性質を知ることは、磁気圏全体の構造やダイナミクスを知る上でも重要となってくる。本研究では、これらを踏まえ、GEOTAIL衛星データの解析を主軸に、モデル計算、他衛星データとの比較研究等を用いてローブ/マントル領域の特徴を詳しく調べている。

 図1は、GEOTAIL衛星以前、主に地球近傍の観測に基づき提案されていたローブ/マントル領域へのプラズマ供給に関する理解を、模式的にまとめたものである。ここに示されているように、昼間側カスプ周辺領域から流出した低エネルギー(<1 keV)粒子は時折観測されるものの、低密度・強磁場が特徴的なローブ領域の外側に、太陽風磁場の影響により時に南北非対称に太陽プラズマが入り込んでいる境界層的領域(マントル)が存在する、というのが従来の描像であった。本論文第2章ではまず、GEOTAILのローブ/マントル観測をタイプ分けし、各々の典型例と統計結果を示しながら、その一般的性質をまとめている。ここでは、open magnetotailを示唆する尾部の非対称を統計的に確認するとともに従来の描像では説明できず、第3章以降の研究動機となる部分についても焦点を当てた。すなわち、GEOTAILは地球近傍から遠尾部(≦反太陽方向に約210倍地球半径:Re)にわたる広範囲において、主成分であるH+とほぼ同速度で反地球方向に流れる電離層起源のイオン流(He+、O+)を、しばしば観測したのである。従来の描像によると、地球の電離層から流出したイオンは電場ドリフトによりマントルからローブへと運ばれ、比較的近尾部においてプラズマシートへと注入される。したがって、遠尾部ローブ/マントルにおいては、電離層起源イオンの存在自体が、従来の磁気圏モデルで単純には説明できない。本研究では第3章以降、このローブ/マントル領域に見られる電離層起源イオン流に注目し、その供給過程およびダイナミクスを明らかにしてゆくことを通じて、磁気圏尾部へのプラズマ供給過程を論じている。

図1

 第3章では、地球から約160Reの遠尾部にて観測されたイオンの速度分布関数特性から、地球起源と太陽起源プラズマの混合の直接証拠を提示している。ローブ/マントル領域では、荷電粒子の磁場に垂直な速度成分は電場ドリフトもしくは尾部の構造自体の運動に起因するが、そのいずれもイオン種にはよらない。この性質を利用してイオン種を同定することが可能であり、O+は電離層にHe++は太陽風中にしか存在しないため、He++とO+の同時観測から地球起源と太陽起源のプラズマの混合が示唆される。ただし主要成分であるH+については電離層と太陽風双方に存在しているため、各々の寄与が問題となる。結論を先取りすると、ここで観測されたH+は主に太陽風起源であると結論づけられ、その根拠は、H+の密度と速度が正の相関を示すのに対し、O+は無相関で、異なる特徴を示していることである。

 この地球起源・太陽風起源プラズマの混合は、観測されたO+エネルギーが通常源と考えられてきた極域電離層のものより高いことと相まって、磁気圏内イオン輸送・加速過程の再考を迫っている。その手がかりを得るため、次に、右記の条件を満たすローブ/マントル領域観測全体を母集団とし、O+及びHe+イオン流の統計解析を行った。主な結果をまとめると以下のようになる(表1参照)。

図表表1 Average Flow Parameters

 ・電離層起源のイオン流は地磁気活動度が高い時期に、昼間側で再結合して間もない磁力線上、即ちシースから太陽風起源のプラズマが盛んに侵入していると考えられる領域(尾部非対称のloaded quadr ants)に集中している。(図2参照)

 ・He+およびO+流の観測確率は全ローブ/マントル観測の各々3%および13%に相当し、統計的には、この2イオン種は極めて類似した条件下に観測される。

 ・遠尾部でO+もしくはHe+の残存を可能にしているのは、通常より大きなVII(平均約3keV)であり、何らかの加速・加熱の必要性が示唆される。

図2

 これらに基づき、He+/O+流のsource及びそれに付随する加速・加熱過程の候補を列挙、各々の可能性について考察を行った。その結果、イオン流の有力な供給源になり得るものとしては、付加的加速を受けた昼側極域電離層からの流出イオン、電離層からの高エネルギービーム(UFI beam)、昼間側磁気圏捕捉イオンの3つが残る。以下では、提案したこの3つの候補各々の妥当性を詳しく検証する。

 まず「付加的加速を受けた昼間側極域電離層からの流出イオン」について、O+イオン流の物理量を極域電離層に投影可能なvelocity filter effectを考慮したモデルを考案し、結果を極域からのイオン流出に関する過去の統計結果と比較することにより、定量的にどれくらいの加速が必要なのかを検証した。その結果、尾部でのO+流は、高度1000kmに投影すると少なくとも107[cm-2s-1]のフラックスに相当すること。遠尾部(150 Re以遠)でのO+流を極域イオン流出で供給するために必要な流出エネルギーは平均2.7keVで、典型的なカスプ帯での流出エネルギーよりはるかに大きいこと。遠尾部O+流の27%は109[cm-2s-1]以上の流出がないと説明できないことなどが示され、必要とされる付加的加速の度合いが明らかにされた。

 この付加的加速に関して手がかりを得るため、本研究では次に、ローブ/マントル領域において頻繁に見られる、短いタイムスケールでO+流とHe+流が互いに排他的に出現するという特徴的現象に着目し、これら2つの地球起源イオン流の性質を詳しく比較しながら解析を行った。図3に例示されているように、O+流とHe+流の共存時であっても、二者の密度が反相関変動することも確認され、このことから、源となるイオンの付加的加速・加熱に対し制限が与えられることを見い出した。極域電離層からの流出イオンの加速・加熱については過去多くの研究があり、様々なメカニズムが提案されている。これらの加速機構を分類する場合、異なるイオン種をほぼ同エネルギーにする機構か、同速度にする機構かで区別することが、時に有用となる。観測されたO+とHe+の排他的出現および密度の反相関は、上記2つに分類された加速機構のうち、前者は観測を簡単に説明できるか、後者で観測事実を説明するには、O+とHe+の流出量そのものが時間的に反相関変動している必要があることを示唆している。

図3

 次に、もう2つの候補、高エネルギーUFI beam、および昼間側磁気圏捕捉インによる供給メカニズムについて考える。これらが現実に起こっているならば、昼間側磁気圏界面で磁力線再結合が起こる以前の閉じた磁力線、もしくは起こった直後の開いた磁力線のfoot pointにあたる極域電離層に、He+やO+の降込みが存在するはずである。また、降込みがあった場合、定量的側面を検証する必要がある。次に本研究では、GEOTAILと高時間分解能高感度で地球極域を測定したFAST衛星のデータを用い、極域に降込むO+と尾部で見られるO+流の位相空間密度を、リウビルの定理に基づいて定量的に比較した。図4はその統計結果であるが、昼間側磁気圏の閉じた磁力管内に捕捉されているO+イオンは、尾部の高エネルギーO+流を供給するのに十分な量に匹敵することがわかる。ただしここでFASTのデータは、開いた磁力線と閉じた磁力線双方を含んでおり、この結果の解釈には、磁気圏内に捕捉されていた粒子の磁力線再結合が起こった際のダイナミクスが重要になってくる。このことを調べるため、本研究では次に、経験的地球磁気圏磁場(T96)および電場(Weimer96)モデル中で粒子軌道を追う数値実験を行い、実際に磁気圏内にトラップされていた粒子が尾部に至る軌道が可能であることを確認した。また、軌道のピッチ角依存性等を調べ、これらの計算結果も含めた本研究各章の結果に基づき、ローブ/マントル領域へのプラズマ供給について議論・検討を行った。この議論をまとめたのが図5であるが、図1で示された太陽風流入と極域からの直接流出という従来の描像に加え、付加的加速や昼間側磁気圏に捕捉されたプラズマの磁気圏尾部への寄与などを含めた、新しい描像が示されている。

図4図5
審査要旨

 本論文の目的は,地球磁気圏におけるプラズマダイナミックスおよびプラズマの起源を理解することであり,特に科学衛星ジオテイルデータ解析から,電離層プラズマが磁気圏尾部にどのように輸送されているかを研究することであった。磁気圏尾部においてプラズマを構成する主成分はプロトンや電子であり,その起源は大きく分けて太陽風を通して太陽大気からくるものと地球電離層からくるものがある。本研究では,プロトン以外のイオン種に着目して,太陽風プラズマと電離層プラズマがどのように混合され磁気圏尾部へと輸送されるか,またその輸送過程はなにが支配するのかを研究した。

 本論文は9章からなり,第1章では磁気圏構造およびプラズマ供給源についての概説が述べられている。次に第2章では,ジオテイル衛星が地球半径の約200倍の距離にある夜側磁気圏尾部ローブ領域で,電離層起源と考える一価の酸素イオンや一価のヘリウムイオンを観測した発見的データの説明がなされている。これまでの磁気圏物理の理解では,磁気圏大規模対流運動にともなう電場ドリフトの効果により,電離層起源の粒子は200倍にも及ぶ磁気圏尾部まで到達することはないと考えられていた。この電離層起源のイオンの発見が,これまでの理解に対してどのような位置をしめているかについて,過去の研究のレビューと併せて述べられている。第3章以降では,電離層イオンの遠尾部での発見に対して,どのようにして電離層イオンが磁気圏尾部まで輸送かれるのかを議論することになる。第3章及び4章では,観測された速度分布関数からそれぞれのイオン種の密度・速度などの物理量を求め,イオン種の観測された領域との関係,観測された領域と太陽風との関係など,何時どのような条件下で電離層イオンが磁気圏尾部で観測されるのかを統計的に明らかにしていく。その結果,電離層イオンが見られる領域で,太陽風起源として考えられる2価のヘリウムイオンが同時に観測されることから,太陽風プラズマと電離層プラズマが混合していることを明らかにした。そして更に,太陽風の磁場の方向によって,太陽風のプラズマが磁気圏尾部に輸送される領域がコントロールされていることが知られているが,太陽風磁場の方向と電離層起源のイオンが観測された領域との相関解析から,磁気圏尾部への電離層イオンの輸送は昼間側磁気リコネクションと関わっていることを明らかにした。第5章では,1価の酸素イオンが地球電離層を起源とするとした場合,観測かれた磁気圏尾部の物理量からどの程度のフラックスが電離層で必要かを議論した。また,電離層で既に酸素イオンの流出エネルギーが3keV程度まで加速されている必要があることも導いた。そして加速メカニズムを考える際の重要な制限を付け加えた。第6章では,磁気圏尾部で観測された一価の酸素イオンと一価のヘリウムイオンの位相速度密度に反相関が見られことをデータ解析から論じ,電場ドリフトの下での粒子輸送過程を併せて考えると,流出に寄与する加速メカニズムとして,イオン種によって速度が異なる加速メカニズムが必要であることを示した。第7章では,地球極域を観測するFAST衛星のデータを用いて,地球電離層と磁気圏尾部の関係を調べた。リウビル定理に基づき,地球極域での一価の酸素イオンの位相速度密度と磁気圏尾部で観測されたものとを統計的に比較することによって,昼側磁気圏からの輸送でもって磁気圏尾部で観測された電離層起源のイオン粒子が説明できることが示されている。また第8章では,粒子軌道の数値モデリングにより電離層から磁気圏尾部でのプラズマ輸送の考察がなされている。第9章では,以上の考察でなされた新しい描像の磁気圏プラズマ輸送過程が纏められている。

 なお本論文は,論文は共同研究の部分も有るが、論文提出者が主体となって理論的観点からデータ解析を行なっている。衛星観測運用やデータ取得などは大型衛星計画の国内外のグループによる成果であるが、本論文は、論文提出者の鋭い洞察力がなくては完成しなかったのは言うまでもなく、本人の寄与が十分あると認められる。

 以上の理由により、博士(理学)の学位に十分に値すると判断する。

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