内容要旨 | | 1.はじめに 地球の材料物質と考えられているコンドライト中には多量の水が存在する.このため,地球進化を考える上で超高圧下における水の挙動や性質を知ることが重要となる.本研究ではマントル中での水の浸透性及び,高温高圧下で超臨界状態にある水に溶解する鉱物成分の組成を実験的に解明し,沈み込み帯における火山フロントの起源,地球分化における水の役割について議論する.また,これまで地球分化に大きな役割を果たしたと考えられてきたマグマに関しても,精密な融解実験によりその重要性を再検証する. 2.マントル中の水の連結度 沈み込む海洋プレートから放出された水は,その直上のマントルウェッジの融解を引き起こしマグマを生成するため,沈み込み帯の火成作用にとって重要な役割を担っていると考えられている.しかしながら,もしもマントル鉱物の粒界が水に対して濡れにくければ(鉱物粒界の三重会合点の二面角が60度以上),粒界の水は互いにネットワークを形成することが不可能であり,浸透性が悪いということになる.この場合,含水鉱物の脱水分解反応により放出された水はペリドタイトの粒界にトラップされたまま,マントルウェッジ内のマントル対流により地球深部に運ばれてしまい,沈み込み帯のマグマを生成する引き金の役目を果たすことが出来ないであろう.本研究ではマントルの主要構成鉱物であるオリビン多結晶粒界中に存在する水の二面角を広い温度圧力条件下において測定し,マントル中の水の浸透性を実験的に解明した. 高温高圧実験は東京大学地震研究所設置のマルチアンビル型高圧発生装置(ERI-2000)を用いて行った.圧媒体にはジルコニア,ヒーターとしてはグラファイトを用い,温度はW-Re熱電対により測定した.出発物質はMg(OH)2とSiO2の試薬を混合し,Mg2SiO4+5wt% H2Oとなるものを合成した.試料は白金カプセルに溶接封入した.実験条件は圧力3-5 GPa,温度800-1000度であり,保持時間は5-219時間とした.回収した試料を片面研磨し,走査型電子顕微鏡により二面角の観察を行った. 測定された二面角は,3 GPa及び5 GPaにおいて温度1000度ではそれぞれ約48度及び40度,温度800度ではそれぞれ62度及び57度となった.1 GPa,1000度での二面角は60度以上(65-70度)であるという結果(Watson et al.,1991)を考慮すると,流体相の連結度は温度1000度において約2 GPa,温度800度において約4 GPaを境に移り変わり,二面角の値は,温度圧力共に対し,負の相関があることがわかる. 実験結果から得られた二面角60度の等値線を温度-圧力図上にプロットし,沈み込むマントルウェッジ最下部のペリドタイトの温度-圧力経路とを比較することにより,地球内部における水の浸透が可能な温度圧力条件を読みとることが出来る(図1).また,沈み込み帯深部の温度構造図中に二面角60度の等値線を書き込む事により,沈み込み帯深部の水の浸透可能領域を知ることができる(図2a).その結果,比較的低温のマントル浅部では浸透性が悪く,高温で高圧力のマントル深部では浸透性が高いと結論づけられる.この浸透性の移り変わる深さは島弧における火山フロント直下の和達-ベニオフ面に相当する.60度の等値線は含水マントル層を斜めに横切るので(図 2b),火山フロント直下から背弧側にかけてのみ,粒界の水は浸透流としてマントルウェッジに広く供給される. 図表図1.温度圧力空間におけるオリビン-水系の二面角60度等値線.沈み込むマントルウェッジ最下部のペリドタイト上面の温度圧力経路曲線は,火山フロント直下の深発地震面(和達-ベニオフ面)に相当する深さにおいて60度等値線と交差する. / 図2.プレート収束境界領域における温度と二面角のモデル分布.aは全体像.bはaの中央部の拡大図.凹面三角と凸面三角はそれぞれ.二面角60度以下と60度以上の場合の結晶粒界のaqueous fluidの形態を示す.粒界にトラップされたaqueous fluidは,二面角60度以下の領域に到達して初めて浸透流として移動することが可能となる. マントルウェッジに供給された水は浸透流として上方に移動し,マントル物質の融点を下げるためにマグマの生成を引き起こし,それらが地表に火山を形成することになるため,火山は地下深部の水の供給のある領域の直上に形成される.水の供給は,火山フロントから背弧側にかけて連続的に起こるため,地表には火山フロントから背弧側へと,ある幅をもった火山弧が形成されることになる. 以上のように,二面角の温度圧力依存性が,沈み込み帯の火山フロントの位置を決定している可能性があり,そこから得られる沈み込み帯のマグマの発生に関する議論は現在知られている沈み込み帯地域の地球物理学的データ及び地球化学的データと矛盾しない. 3.マントルの化学的層構造3.1超高圧下でのフルイドの組成 地球マントルの約80-85重量%はMgO及びSiO2から成るため,マントル物質をMgOとSiO2の2成分で代表させ,超高圧下でのフルイドの組成を決定する実験はMgO-SiO2-H2Oの3成分系で行った.出発物質はSiO2とMg(OH)2の試薬から合成し,白金カプセルに溶接封入した.実験は3-15 GPa,1000-1500度の条件で行い,保持時間は1-77時間とした.回収した試料は電子線プローブ・マイクロアナライザーにより相の同定と組成決定を行った.超高圧下で水に溶け込んでいた元素は分析のため常温常圧に戻す途中で急冷結晶やガラスとして析出するため,超高圧下におけるフルイドの組成を直接測定することは困難となる.そこで,フルイドの組成は回収試料中の平衡共存鉱物の組合せと出発物質との幾何学的関係により決定した. 実験により決定された1100度におけるカンラン石及び輝石と共存するフルイドの組成の圧力変化を図3に示す.1.5 GPaにおいては水にSiO2成分のみが溶解するという実験結果(Nakamura & Kushiro,1974)とは大幅に異なり,3 GPa以上の高圧下ではMgO成分も溶解するようになる.さらに1.5 GPaで溶解する鉱物成分(SiO2)は約20重量%であるが,3 GPa以上において水に溶解する鉱物成分(MgO+SiO2)は圧力と共に増加し,8 GPa以上では約70重量%に達することも明らかになった. 図3.Mg2SiO4-SiO2-H2O系1100℃におけるaqueous fluid組成.1.5 GPa(1280℃)のデータはNakamura and Kushiro(1974)による.3.2超高圧下マントル物質の融解関係 超高圧下でのマントル物質の融解関係や,マグマ-鉱物間の各種元素の分配等の基礎的データは,初期地球におけるマントルの起源や過去から現在にかけてのマグマの発生及び地球深部における物質循環等を知る上で重要な制約を与える.しかしながら,これまでの研究ではこの種の超高圧実験に特有の試料室内の大きな温度不均質を過小評価あるいは無視してきたため,元素分配はもとより溶融相関係の決定においても不正確であったと言える.このため,これまでの超高圧実験に基づいた初期地球の大規模融解の可能性についての議論も肯定的な意見と否定的な意見が並立したままで,決着がついていない.本研究では,温度勾配を最小にするよう新たに開発した実験試料室を有する高圧アッセンブリーを用いて12-19 GPaの圧力下で超高圧実験を行い,マグマ-鉱物間の各種元素の分配やマントル物質の融解関係を精密に再決定した. 高温高圧実験は東京大学地震研究所設置のマルチアンビル型高圧発生装置(PREM)を用いて行った.圧媒体にはクロム入りマグネシア,ヒーターとしてはランタンクロマイトを使用し,断熱材としてジルコニアを用いている.温度はW-Re熱電対により測定した.出発物質は代表的上部マントル物質であるKLB-1(Takahashi,1986)に近いペリドタイト組成のものを,均質性を期すためにゲル法により合成した.試料はレニウムカプセルに封入し,試料部の高さは100ミクロン以下に作製した.実験条件は圧力12-19 GPa,温度1900-2100度であり,保持時間は15-45分程度とした.回収した試料は電子線プローブ・マイクロアナライザーにより相の同定と組成決定を行った.各相の量比は,各相の組成と出発物質組成から,最小自乗法により決定した.この様にして,極めて小さい試料カプセルを用いることにより,各温度・圧力における各相の組成・量比を精密に決定することが可能になった. 3.3マントルの分化 地球はある種の始源的コンドライトの集積により形成したと考えられているが,現在の地球の上部マントル物質のMg/Si比は始源的コンドライトよりも高いことが知られている.この原因として,地球集積論から存在が示唆されている初期地球の大規模融解によるマグマオーシャン中でのSi成分に富む高圧鉱物の結晶分化により,Siに富む下部マントルが生成した可能性が挙げられている. 本研究によると,3 GPa以上の圧力範囲ではマントル鉱物と共存するフルイド中には大量(約70重量%)の鉱物成分が溶存し,そのMg/Si重量比(>l.2)はコンドライトのMg/Si重量比(0.93)よりも大きい.また,このようなフルイドはマントル中を浸透により移動できることも実験から明らかになった.従って,3 GPa(深さ約100kmに相当)よりも深い場所でコンドライトと平衡にあったフルイドが浅部へと移動すると,後にはMg/Si比がコンドライトよりも小さい固体が残され,浅部にはMg/Si比がコンドライトよりも高い領域が形成されることになる(図4).現在の初期地球モデルからはこのようなフルイドの移動が起こりうる温度圧力条件の存在が予想されており,マグマオーシャン形成以前に地球内部にMg/Si比に関する不均質が生じる可能性がある. 図4.aqueous fluidの移動前(A)後(B)のマントルのMg/Si比. 今後,マントルの進化をより詳細に知るには,フルイド移動による分化,その後のマグマオーシャンによる分化の双方の影響を精密な実験により検証していく必要がある. |
審査要旨 | | 本論文は4つの章からなる.第1章から第3章では地球内部における水の挙動に着目している.最初にマントル条件下での水の浸透性に関わる問題を取り扱って,沈み込み帯における火山フロントの起源に関する全く新しいモデルの提唱にいたった.さらに水の浸透性の温度・圧力空間における変化が水に溶解するシリケイト成分の量および組成変化に対応していることを実験的に見出し,このことに基づいて,地球の材料物質であるコンドライトの脱水反応に付随して,初期地球の分化が起こりうることを指摘している.さらに,第4章では,その後の地球分化のプロセスでマグマオーシャンの形成が避けられないとの立場から,マントル物質の融解に関する精密な実験を行い,初期地球におけるマグマオーシャンにおける結晶分化の可能性について論じている。 以下に章ごとの概要を述べる. 第1章においては,マントルの主要構成鉱物であるオリビン多結晶粒界中に存在する水の二面角を広い温度圧力条件において測定し,マントル中の水の浸透性を実験的に解明した.さらに実験結果とマントル内部の温度構造との比較から,沈み込み帯における水の移動を論じている.すなわち,沈み込む海洋プレートから放出された水は,浅部においては浸透性が悪いため,ペリドタイトの粒界にトラップされたままマントルウェッジ内のマントル対流により地球深部に運ばれ,島弧における火山フロント直下の和達-ベニオフ面に相当する深度に到達して初めて浸透流として,浅部にむかって移動可能である.本章では更に,このようにして移動した水がマントル物質の融点を下げ,マグマの発生にいたるという筋書きで,二面角の温度圧力依存性が沈み込み帯の火山フロントの位置を決定しているという新しいモデルを提出している. 第2章においては,オリビン結晶粒界の水の二面角の変化は,水に溶解する鉱物成分の組成,及び溶解度の温度圧力依存性によるものという想定のもと,高温高圧下で超臨界状態にある水に溶解する鉱物成分の組成を実験的に解明した.これまで1.5GPa以下の圧力下では水にSiO2成分のみが溶解することが知られていたが,3GPa以上の高圧下ではMgO成分も溶解するようになることを見出した.さらに1.5GPaで溶解する鉱物成分(SiO2)は約20重量%であるが,3GPa以上において水に溶解する鉱物成分(MgO+SiO2)は圧力と共に増加し,8GPa以上では約70重量%に達することも明らかになった. 第3章においては,1,2章の結果をもちいてマントルの分化における水の役割を論じている.初期地球において3GPa(深さ約100kmに相当)よりも深い場所でコンドライトと平衡にあったフルイドが浅部へと移動すると,後にはMg/Si比がコンドライトよりも小さい固体が残され,浅部にはMg/Si比がコンドライトよりも高い領域が形成される.現在提案されている初期地球モデルからも,このようなフルイドの移動が起こりうる温度圧力条件の存在が予想されており,マグマオーシャン形成以前に地球内部にMg/Si比に関する不均質が生じていた可能性があることを指摘している. 第4章においては,マントル物質の精密な融解実験とそのマグマオーシャン中での結晶分化への応用について述べている.温度勾配を最小にするよう新たに開発した実験試料室を有する高圧アッセンブリーを用いて12-19GPaの圧力下で超高圧実験を行い,マグマ-鉱物間の各種元素の分配やマントル物質の融解関係,融解に伴う各相の量比の変化および液組成の変化等をこれまでの高圧実験に比べて格段に高い精度で決定した.このようにして得られたマグマ-鉱物間の各種元素の分配係数を用いて大規模なマグマオーシャン中での高圧鉱物の結晶分化を検討したところ,上部マントルの各種元素の存在度は現実の値とはこれまでの実験結果以上に大幅に異なることが判明した. 以上のように,本論文はマントルにおける水の組成および挙動に関して新しい実験事実を積み上げ,マントル内におけるプロセスの新しいモデルを提案した点において著しい貢献をおこなった.また,第4章で展開された新しい実験方法によるマントル物質の相平衡に関する精密な研究は,今後地球内部におけるマグマプロセスの定量的な議論を行うための突破口を開いたものとして注目に値する.このように本論文はオリジナリティの高い成果をあげており,博士論文として十分評価に値するものと考えられる. なお,第1章および第2章の一部は,藤井敏嗣,安田敦との共同研究であるが,論文提出者が主体となって実験及び解析を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する. 従って,博士(理学)の学位を授与できると認める. |