学位論文要旨



No 115011
著者(漢字) 吉田,信介
著者(英字)
著者(カナ) ヨシダ,シンスケ
標題(和) LUNAR-Aペネトレータの熱モデルの実験的決定と月熱流量計測への適用
標題(洋) Experimental Determination of a Thermal Model of the LUNAR-A Penetrator and Its Application to Lunar Heat Flow Measurements
報告番号 115011
報告番号 甲15011
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3775号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤原,顯
 東京大学 教授 水谷,仁
 東京大学 教授 浜野,洋三
 東京大学 助教授 中村,正人
 東京大学 助教授 栗田,敬
内容要旨

 LUNAR-Aミッションでは、2本のペネトレータを月面の表側と裏側に貫入させ、月震計測と共に月熱流量計測を行う。月熱流量計測により月内部の熱的状態を知る直接的な手がかりとなる物理学的データが得られる。また、月の熱流量の大部分を決めている放射性元素、U、Thは難揮発性元素の代表であるため、月熱流量の計測は、月内部の放射性元素量存在度の推定、ひいては月の材料物質の化学的特徴を明らかにするという側面も持つ。本研究は、そのペネトレータによる月熱流量計測システムの一環をなすペネトレータ熱数学モデル構築を主とした研究である。

 ペネトレータの熱流量計は、18個の温度計と5個の熱伝導率計から構成されている。月熱流量計測は、月レゴリス中に貫入したペネトレータに搭載された5個の熱伝導率計で月レゴリスの熱伝導率を測定し、18個の温度計でペネトレータ温度勾配を測定し、月レゴリスの温度勾配を推定する事で実施される。月レゴリスの温度場は貫入したペネトレータ自身によって大きく乱されているので、数値シミュレーションを用いてペネトレータ貫入前の月レゴリスの温度場を推定する必要がある。その推定精度を左右する重要な要因として、ペネトレータの熱数学モデルの精度が挙げられる。

 ペネトレータは様々な形状、材料物質からなる複合物質である。そこで本研究ではその熱数学モデルを構築するために、2つの方法を用いた。

 (1)10cmオーダーの大きさの各構成物質毎に、貫入する月レゴリス環境に近い-20℃での熱伝導率、比熱を測定するシステムを構築した。

 熱伝導率は定常法で、比熱は断熱法で計測し10%精度の測定に成功した。本測定では、特に月熱流量計測の精度において重要であると思われる物質、例えば月レゴリスと接するペネトレータ構体であるCFRP等を計測した。

 (2)ペネトレータ全体を輻射冷却により降温させた時に生じる温度分布の計測を行った。(1)の結果と各部品の組成、文献値等を参照した推定値から求めた"initial model"から、25%未満の熱物性の変更で計測結果が説明できた。(表1、図1)また、(1)で計測されていない物質の比熱の推定を行った

表1."initial moder"から"final moder"への改良

 以上の方法で決定したペネトレータの熱数学モデル:"final model"の評価として、このモデルの不確定性に起因する月熱流量計測の誤差を、数値シミュレーションを用いて調査した。初期貫入温度0℃でペネトレータが月レゴリスに垂直に貫入し、内部発熱無しで30日経過後に計測を行うとすると、月レゴリス温度勾配の推定誤差は6%以内であることを確認した。

 月熱流量計測の他の誤差要因(熱伝導率計測誤差±10%、温度差計測誤差±10%)を合わせると、±16%の精度で月熱流量が求められる。この精度の熱流量計測値が得られるとすると、Lunar Prospectorの線計測結果と合わせてTh量の濃集する厚さが±6km精度で求められる。(図2)アポロ15・17号計測地点の結果と合わせて、月内部のTh存在量分布、マントルからの熱流量などに関する重要な知見が得られるであろう。

図表図1.全機熱特性実験結果と、インバージョンで求めた熱数学モデル(initial modelを改良したfinal model)を用いた数値計算との比較 / 図2.表層のTh濃度と月熱流量Th/U=3.7,K/U=2000.表層から深さhkmまでTh濃度一定と仮定
審査要旨

 本論文は7章からなり、第1章は序,第2章はLUNAR-Aペネトレータによる熱流量測定、第3章でLUNAR-Aペネトレータの主要な構成要素の熱物性の測定、第4章でペネトレータ全機熱試験、第5章で逆問題によるペネトレータの最終熱モデルの決定、第6章で月レゴリス中のペネトレータ周囲の温度場の数値シミュレーション、そして第7章にまとめが述べられている。

 LUNAR-A計画では、2本のペネトレータを月面の表側と裏側に貫入させ、月震計測と共に熱流量計測を行うことになっている。月の熱流量は月内部の放射性元素の量、さらには内部の物質の化学的特徴を推定する上で重要な計測項目である。月熱流量計測は、月レゴリス中に貫入したペネトレーターに搭載された5個の熱伝導計で月レゴリスの熱伝導率を測定し、18個の温度計でペネトレータ温度勾配を測定し、月レゴリスの温度勾配を推定することによって行われる。月レゴリスの温度場は貫入したペネトレータ自身によって大きく乱されるので、数値シミュレーションを用いてペネトレータ貫入前の月レゴリスの温度場を推定する必要がある。その推定を十分な精度で行うためには、精度よいペネトレータの熱数学モデルを構築することが不可欠である。

 本論文はペネトレータによる月熱流量計測システムの一環をなすペネトレータ熱数学モデル構築を行った結果をまとめたものである。第3-5章の中で熱数学モデルを構築するために次のような方法が述べられている。

 (1)ペネトレータを構成する各重要部分ごとに、-20℃での熱伝導率、比熱を測定するシステムを構築し、測定を10%未満の精度で行っている。

 (2)ペネトレータ全体をふく射冷却により降温させた時に生じる温度分布の計測を行っている。その結果、(1)で測定した主要部分のデータと、それ以外の部分の推定値を合わせて求めたモデルで、25% 未満の熱物性の変更で計測結果を説明できることを示している。

 第6章では、以上の方法にもとづいて最終的に決定したモデルの不確定性に起因する月熱流量計測の誤差を、数値シミュレーションを用いて解析している。その結果、初期貫入温度0℃でペネトレータが月レゴリスに貫入し、内部発熱なしで30日経過後に計測を行うと、月レゴリス温度勾配の推定誤差が6%以内であることを明らかにした。

 さらに他の誤差要因も加味すると、16%以内の精度で月熱流量が決定されることを示した。この精度での測定と米国の月探査機Lunar Prospectorの線計測結果と合わせるとTh量の濃集する厚さが6kmの精度で求められるとしている。

 計測には精度を上げるための種々の工夫が必要であり、計測結果の評価には的確な誤差見積りなど、高度でかつ細心の実験技術、さらに長時間にわたるなど困難な計測が要求される。論文から申請者はこれらに対して十分な配慮を行っていること、また十分な技術と能力を有していると判断された。

 この研究で、ペネトレータによって月内部のTh存在量の分布や、マントルからの熱流量を推定するという目標のために十分な精度を有していることを実証した意義は大きく、LUNAR-A計画における月熱流量測定のための基礎となる重要な成果が得られたと評価できる。

 本研究は田中智助手との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験および解析をおこなったもので論文提出者の寄与は十分であると判断する。

 したがって、審査会全員により博士(理学)を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク