本論文は7章からなり、第1章は序,第2章はLUNAR-Aペネトレータによる熱流量測定、第3章でLUNAR-Aペネトレータの主要な構成要素の熱物性の測定、第4章でペネトレータ全機熱試験、第5章で逆問題によるペネトレータの最終熱モデルの決定、第6章で月レゴリス中のペネトレータ周囲の温度場の数値シミュレーション、そして第7章にまとめが述べられている。 LUNAR-A計画では、2本のペネトレータを月面の表側と裏側に貫入させ、月震計測と共に熱流量計測を行うことになっている。月の熱流量は月内部の放射性元素の量、さらには内部の物質の化学的特徴を推定する上で重要な計測項目である。月熱流量計測は、月レゴリス中に貫入したペネトレーターに搭載された5個の熱伝導計で月レゴリスの熱伝導率を測定し、18個の温度計でペネトレータ温度勾配を測定し、月レゴリスの温度勾配を推定することによって行われる。月レゴリスの温度場は貫入したペネトレータ自身によって大きく乱されるので、数値シミュレーションを用いてペネトレータ貫入前の月レゴリスの温度場を推定する必要がある。その推定を十分な精度で行うためには、精度よいペネトレータの熱数学モデルを構築することが不可欠である。 本論文はペネトレータによる月熱流量計測システムの一環をなすペネトレータ熱数学モデル構築を行った結果をまとめたものである。第3-5章の中で熱数学モデルを構築するために次のような方法が述べられている。 (1)ペネトレータを構成する各重要部分ごとに、-20℃での熱伝導率、比熱を測定するシステムを構築し、測定を10%未満の精度で行っている。 (2)ペネトレータ全体をふく射冷却により降温させた時に生じる温度分布の計測を行っている。その結果、(1)で測定した主要部分のデータと、それ以外の部分の推定値を合わせて求めたモデルで、25% 未満の熱物性の変更で計測結果を説明できることを示している。 第6章では、以上の方法にもとづいて最終的に決定したモデルの不確定性に起因する月熱流量計測の誤差を、数値シミュレーションを用いて解析している。その結果、初期貫入温度0℃でペネトレータが月レゴリスに貫入し、内部発熱なしで30日経過後に計測を行うと、月レゴリス温度勾配の推定誤差が6%以内であることを明らかにした。 さらに他の誤差要因も加味すると、16%以内の精度で月熱流量が決定されることを示した。この精度での測定と米国の月探査機Lunar Prospectorの線計測結果と合わせるとTh量の濃集する厚さが6kmの精度で求められるとしている。 計測には精度を上げるための種々の工夫が必要であり、計測結果の評価には的確な誤差見積りなど、高度でかつ細心の実験技術、さらに長時間にわたるなど困難な計測が要求される。論文から申請者はこれらに対して十分な配慮を行っていること、また十分な技術と能力を有していると判断された。 この研究で、ペネトレータによって月内部のTh存在量の分布や、マントルからの熱流量を推定するという目標のために十分な精度を有していることを実証した意義は大きく、LUNAR-A計画における月熱流量測定のための基礎となる重要な成果が得られたと評価できる。 本研究は田中智助手との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験および解析をおこなったもので論文提出者の寄与は十分であると判断する。 したがって、審査会全員により博士(理学)を授与できると認める。 |