学位論文要旨



No 115012
著者(漢字) 渡部,雅浩
著者(英字)
著者(カナ) ワタナベ,マサヒロ
標題(和) 中緯度大気海洋系に見られる10年規模変動のメカニズムに関する研究
標題(洋) A Study on Mechanisms of the Decadal Climate Variability in the Midlatitude Atmosphere-Ocean System
報告番号 115012
報告番号 甲15012
学位授与日 2000.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3776号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山形,俊男
 東京大学 教授 杉ノ原,伸夫
 東京大学 教授 住,明正
 東京大学 助教授 木本,昌秀
 東京大学 助教授 松田,佳久
内容要旨

 1980年代後半から,冬季北半球中緯度の大気海洋系に10年規模の気候変動が存在することが明らかになってきた.観測データの解析からは大気と海洋が互いに関係しあっていることが示唆されるが,その物理的理解は未だ十分とは言い難い状況にある.本研究では北大西洋を主要な対象として,海面水温(SST)の三極構造(tripole)および北大西洋振動(NAO)と呼ばれる高度場の南北振動からなる10年規模変動のメカニズムを,一連の観測データ解析および数値モデル実験により明らかにすることを目的とする.本研究の主要部分は5本の研究論文で構成されており,何が10年規模の振動的振舞いをもたらすのか,そして観測データの統計解析が示唆するようにこの変動は大気海洋間のフィードバックを含む結合モードであるのか,という疑問点に注目する.

 序論に続く第2章では,まず観測データの詳細な解析を行なった.その結果,周期約12年で変動するSST偏差の符合を変える過程として,平均地衡流による温度偏差の移流(g・▽T’)が重要であることが分かった.一方,大気海洋結合大循環モデル空海CCSRでも観測に似た周期約10年の変動をシミュレートしたが,そこでは地衡流偏差による平均温度場の移流(v’g・▽)が位相の逆転をもたらしており,SST偏差の時間発展の様子が違っている.これは主にモデルの気候場の誤差に起因すると考えられるが,北大西洋では二種類の10年規模の振動が原理的には存在し得ることを示している.

 このような変動の存在条件を調べるため,第3章では簡単化した大気海洋結合モデルを構築して解の振舞いを調べた.パラメータ空間の中でg・▽T’あるいはv’g・▽によって駆動される二種類の振動(移流モードとロスビー波モード)が同定された.時間発展の様子から,移流モードが観測された変動の雛型であると考えられる.これらはともに大気海洋間の大規模な正の熱的フィードバックがその存在に不可欠であるが,SST-熱フラックス間の局所的な負のフィードバック(減衰時間スケールは5〜7ヶ月)が強いために減衰振動となる.実際,局所的なSST-熱フラックスの負のフィードバックは10年よりはるかに短い時間スケールをもつので,観測に見られるようにSST偏差を数年にわたって持続させるには減衰を弱める何らかの過程が必要である.そこで,第4章では海洋混合層の「再帰過程」が減衰を抑えるのに寄与する効果を上層水温データの解析およびバルク混合層モデルの実験で調べた.その結果,亜熱帯を除く二つのSST偏差の中心では,確かに冬季のSST偏差の1/3〜1/4が夏季の躍層下で保存され,翌冬のSST偏差に影響することが確認された.この効果の有意性は,冬季から春季にかけての混合層深さの差だけでなく,NAOのような大気偏差が春先のいつまで卓越するかに強く依存することも明らかになった.

 第3章で行なった簡易結合モデルによる実験結果は,大気海洋の正のフィードバックが10年規模変動に本質的に重要であることを強く示唆するが,中緯度では大気からの一方的な強制が卓越しているために,観測データで正のフィードバック過程を見い出すことは非常に困難である.また,中緯度SST偏差が大気循環にどう影響するかは未だに統一した結論が得られていない.そこで,第5章で大気大循環モデルに熱力学のみの海洋を結合して長期積分を行ない,一部結合を切った実験とともに解析して正のフィードバックが働くかどうかを調べた.その結果,SST偏差のtripoleおよび大気偏差のNAOという特定の大気海洋のパターンの間に,弱いながら確かに正のフィードバックが働くことが分かった.すなわち,SST偏差のtripoleのうちの中緯度の偏差に大気が局所的に応答し,それに伴う非断熱加熱および大規模大気偏差とストーム・トラックの間のフィードバックがNAO的な南北二極の大気偏差を形成する.それによりもとのパターンと同じ極性のSST偏差が強制される,というものである.S/N比の違いから,このフィードバックは大気よりもSSTを基準にした方がはっきり見える.

 このように,北大西洋10年変動は基本的には中緯度海域内の閉じた大気海洋過程で説明できることが明らかになったが,一方で熱帯大西洋にも似た周期の卓越変動が報告されており,それと北大西洋の変動が無関係であるかは明確ではない.第6章において中緯度・熱帯間の結合を調べたところ,熱帯のSSTから中緯度大気(すなわちNAO)への影響もあることが分かった.ただし,このテレコネクションは太平洋の類似の現象と比べると非常に弱いものである.

 本研究の結果は,北大西洋10年規模変動の本質が基本的には海域で閉じた大気海洋系結合振動であることを示している.今後は結合大循環モデルによる再現性を向上させ,10年変動の予測可能性を探るとともに,本研究で提示されたメカニズムの検証を行なってゆくべきと考える.

審査要旨

 1980年代後半から冬季の北半球中緯度の大気海洋系には10年規模の気候変動が存在することが明らかになってきた。観測データの解析からは大気と海洋が互いに関係していることが示唆されるが、その物理的理解は未だ十分とは言い難い状況にある。

 本研究では北大西洋を主要な対象として、SST偏差の三極構造(tripole)および北大西洋振動(NAO)と呼ばれる高度場の南北振動からなる10年規模変動のメカニズムを、観測データの解析および数値モデル実験により明らかしている。序論に続く第2章では北大西洋の海面水温(SST)の変動について観測データと東京大学気候システム研究センターの大気海洋結合大循環モデル<空海CCSR>の結果を比較検討している。観測データからはSST偏差は周期約12年で変動するが、この位相を変える過程として平均地衡流による温度場の偏差成分の移流が重要であることを明らかにした。一方、大気海洋結合大循環モデル<空海CCSR>に現れる周期約10年の変動は地衡流の偏差成分による平均温度場の移流が位相の逆転をもたらすために、SST偏差の時間発展の様子が観測結果とは違っている。これはモデルの気候値の誤差に起因すると考えられるが、北大西洋では二種類の10年規模の振動が原理的には存在し得ることが明らかになった。

 第3章ではこのような大気海洋変動の存在条件を簡単化した大気海洋結合モデルを構築して調べた。第2章のパラメータ空間の中で平均地衡流による温度場の偏差成分の移流が重要となる場合と地衡流の偏差成分による平均温度場の移流が重要となる場合の二通りの振動(移流モードとロスビー波モード)が同定された。これらの二種類の振動モードではともに大気海洋間の大規模な正のフィードバックがその存在に不可欠であるが、熱的なダンピング(減衰時間スケールは5〜7ヶ月)が強いために減衰振動となっている。

 実際、局所的なSST-熱フラックスの負のフィードバックによるダンピング効果は10年よりもはるかに短い時間スケールを持つので、観測に見られるようにSST偏差を数年にわたって持続させるには熱的な減衰を弱める何らかの過程が必要である。そこで第4章では海洋混合層の<再帰過程>が減衰を抑えるのに寄与する効果を上層水温データの解析およびバルク混合層モデルを用いた実験で調べている。その結果,亜熱帯を除く二つのSST偏差の中心では冬季の水温偏差の1/3〜1/4が夏の躍層下で保存され、翌年の冬季の海面水温に影響を及ぼすことが確認された。この効果の有効性は冬季から春季にかけて混合層の深さに加えてNAOのような大気偏差が春先のいつまで卓越するかにも強く依存することが明らかになった。

 簡易結合モデルの結果から、10年規模の変動には大気海洋間に正のフィードバック機構が存在することが重要であることをわかったが、中緯度では大気からの海洋への一方的な強制が卓越しているために観測データから正のフィードバック機構の存在を見い出すことは非常に困難である。中緯度のSST偏差がいかなる大気変動を生むのかは未だに解決していない。そこで第5章ではAGCMに熱力学のみの海洋を結合して長期積分を行ない、一部結合を切った実験も行って正のフィードバックが働くかどうかを調べた。その結果、SST偏差のtripoleおよび大気偏差のNAOという特定の大気海洋のパターンの間に弱いながらも正のフィードバックが働くことがわかった。まずtripole型のSST偏差のうちの中緯度の偏差に大気が局所的に応答し、それに伴う非断熱加熱および大規模大気偏差とストーム・トラックの間のフィードバックがNAO的な南北二極の大気偏差を形成する。それによりもとのパターンと同じ極性のSST偏差が強制されるというものである。

 このように北大西洋の10年変動は基本的には中緯度海域内の閉じた大気海洋過程で説明できることがわかったが、一方で熱帯域にも似た周期の卓越変動が報告されており、これと中緯度の変動との関係は明確ではない。そこで第6章では中緯度・熱帯間の結合を調べている。ここでは熱帯のSSTから中緯度大気(すなわちNAO)に影響を及ぼすことが明らかになったが、このテレコネクションの効果は太平洋の類似の現象と比べると非常に弱い。

 本論文は北大西洋10年規模変動が基本的には中緯度海域で閉じた大気海洋系結合振動として説明できることを初めて示したもので、今後の観測や予測研究の方向をも照らす価値の高い研究であると言える。第2章は木本昌秀、故新田京カ、可知美佐子博士ら、第3、4、5、6章は木本昌秀博士との共同研究によるものであるが、論文提出者が主体となって解析、モデリングを行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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